Side:直樹美紀
ピアノの上に、シャベルを持った女子生徒が舞い降りる
「待たせたな、もう大丈夫だ」
その姿は、まるで物語のヒーローの様で──
"かれら"の群れを殲滅した三人の生徒によって私は助け出された
無事にショッピングモールから脱出し、荷物の整理をしている光景をぼんやりと眺めていると、一人の女性が話しかけてきた
「大丈夫だった? 怪我はない?」
「はい、大丈夫です。……えっと」
目の前の女性には、残念ながら覚えがなかった
恐らく巡ヶ丘高校の先生だとは思うのだが、私の授業を担当していた先生の中に、この女性は居なかった
「私は佐倉慈。巡ヶ丘学院高校の国語教師をしているわ」
「2年B組の直樹美紀です。よろしくお願いします、佐倉先生」
佐倉先生とそんなやりとりを交わしていると、猫耳型の帽子を被った女子生徒が駆け寄ってくる
「わたしは3年C組の丈槍由紀だよ! よろしくっ!」
「えっと……よろしくお願いします。由紀先輩」
"先輩"、と言う私の言葉に感動に打ち震えている彼女は、どうやら私の先輩らしい
……正直、同学年か後輩と思っていただけに、少し驚いた
その後、同じ制服を着た生徒が集まって、代わる代わる自己紹介をしてくれた
──その中に、当然圭は居なかった
Side out
「あの……私の他に女子生徒を見ませんでしたか? 圭っていって、私と同じくらいの子なんですけど」
車に由紀ちゃんの持っていた荷物を詰めていると、さっきまで由紀ちゃん達と話していたはずの美紀さんが話しかけてきた
「んー……美紀さん以外は見てないですね。一緒に居たんですか?」
「……一緒に居たんですけど、数日前に出て行っちゃったんです」
……数日前に出て行った
という事は徒歩であろうとは言え、この周辺にはもう居ないだろう
探しに行くには、あまりにも手掛かりがなさすぎる
自分達の他に外を旅していた佐竹さんも、ここ最近で生存者を見たのは自分達だけだと言っていた
という事は、恐らく彼も見かけてはいないだろう
「……すみません、僕たちが来るのがもう少し早ければよかったんですけど」
「いえ、先輩達のせいじゃないです。引き留められなかった私が悪いんです」
どこか気まずい雰囲気を感じながらも、荷物を詰め終え、トランクをしめる
荷物の整理を終え、出発の準備は整った
佐竹さんもバイクに跨っていて、こちらに笑顔を向けている
「それじゃあ僕はもう行くよ。皆、元気でね」
「ええ、佐竹さんもお元気で」「じゃあねー!」
佐竹さんの乗ったバイクが音を立てて走り去っていく
その光景を見守りながら、くるみちゃんがぽつりと呟いた
「……なぁ、うまくいくと思うか?」
「いいえ? うまくいって欲しいとは思いますけど、正直うまくいくとは思いませんね」
自分としてはうまくいってほしいとは思っているが、願望と現実は別物だ
終わりゆくこの世界で、彼の目的はあまりにも無謀が過ぎる
「十人が何かを為そうとした時、その中の一人がそれを為せればいい方だと誰かが言っていました。確率的には、まぁそういう事なんでしょう」
「……そっか」
なんにせよ、彼に対してできる事はもうない
どんな結末になるのかは彼次第だ
「……さてと、それじゃあ僕たちも帰りましょうか!」
──車の停まる音で、目を覚ます
思考は霞みがかったようにぼんやりとしたままだが、どうやら学校に着いた様だ
車の窓からは、夕焼けの空が見える
「おう起きろ。着いたぞー」
ドアの開く音と、カズの声
それと同時に、車の外からは由紀ちゃん達の声
「……おう、今行く」
正直言ってまだ寝足りないが、夕方とは言えまだ奴らの影はある
彼女達を放っておく訳にもいかない
一先ず背負えるだけの荷物を持って、バリケードを乗り越える
……機嫌よく先頭を歩く由紀ちゃんとは対照的に最後尾、もとい隣を歩く美紀さんは随分とげんなりとした様子だ
「……お疲れ様です。車の中で相当もみくちゃにされたみたいですね?」
「……はい、正直すごく疲れました。先輩達が悪い人じゃないって事はわかったんですけど」
相当由紀ちゃん(恐らく彼女だとは思う)の相手で疲れたのだろう
ただまぁ、車の中で交流できたのはいい事だとは思いたい
「食事をしてシャワーを浴びたら、すぐ寝てしまっても構いませんよ。寝具はこちらで探しておきます」
「……シャワーがあるんですか?」
彼女の表情がほんの少し輝く
女性にとってシャワーのあるなしだけでも大違いだろう
「ええ、屋上に太陽電池があるので。曇り続きとかじゃなければ大抵は使えますよ」
彼女の表情が更に輝く。見ていてとても微笑ましい
倉庫として使っている部屋に荷物を置き、食事の時間まで解散になった
女性陣は相変わらず美紀さんを中心に会話をしているし、カズは地下に今日の夕食の材料を取りに行った
かく言う俺は、美紀さん用の布団を探しに部屋を巡り歩いていた
「……ん?」
そんな最中、一つの小包を見つける
これは──
「それじゃあ、いただきます!」
「「「「「「いっただっきまーす!」」」」」」
佐倉先生の声を合図に、皆が食べ始める
目の前には皿の上で湯気をあげるステーキ
美紀さんが合流したのだから、今日くらいはいいだろうという佐倉先生の判断だ
「おいしい……」
「だろー!?」
心なしか光が射している様に見える美紀さんに、くるみちゃんが同意を求めている
やはり、良い事があった時は美味しい物を食べるに限る
「あとどんくらい残ってた?」
「この人数ならあと一回だなー」
「りーさんおかわりー!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
賑やかな食事も終わり、生徒会室にほんの一時の静寂が戻る
アレをするならば今しかない。既に見つけた小包の中身を渡しておいた皆に目配せをする
「「「「「「ようこそ! 巡ヶ丘学院高校へ!」」」」」」
乾いた音がいくつも鳴り響き、紙吹雪が舞う
呆気にとられている美紀さんに微笑みながら、この場にいる全員を代表して言葉を紡ぐ為に、一歩踏み出す
「僕たちは貴女を歓迎します。ようこそ、直樹美紀さん」
呆気にとられていた彼女は、いつの間にかくすくすと微笑んでいて
「……ありがとうございます。これから、よろしくお願いしますね」
「それじゃあ、シャワーを浴びて寝る準備をしましょうか」
佐倉先生の言葉に頷き、それぞれが席を立ち更衣室へと向かう
──生ぬるい風が頬を撫でる
陽はとうに落ち、皆が床に就いてからしばらくの時間が経った
車の中で仮眠を取ってしまったせいか、眠いにも関わらず寝付けない
順調に生活リズムが乱れていっている様な気がしないでもないが、後で正せばいいだろう
なにはともあれ、今日は収穫の多い一日だった
純粋に物資を取ってこれた事もそうだが、新しい仲間である美紀さんも友好的だ
……万が一にでも敵対的、あるいは否定的であったなら、かなりマズイ事になっていただろう
「……葵先輩?」
扉の音が響く。声に誘われ視線を向ければ、そこには美紀さんが居た
「ん、どうしました? 今日くらいは早く寝ると思ってたんですけど」
「……周りに人が多くて、どうにも寝付けなくて」
確かに、今ではすっかり慣れてしまったが、過去においてはあの中で眠るのはそれなりのストレスであった気もする
つい昨日まで一人で過ごしていた彼女なら、猶更かもしれない
……彼女も今日から大切な仲間だ。できる限りの手助けはしてあげたい
「僕が眠くなるまででいいなら、お相手になりますよ? 僕も寝付けなかった所ですし」
「……ありがとうございます」
そう言って彼女は、膝を抱えて手すりにもたれかかる
「……私、こんな幸せでいいのかなって思うんです」
「……それは、お友達に対する負い目ですか?」
数日前にショッピングモールを出て行ってしまったという、圭と言う名の彼女の友人
彼女は、その友人に負い目を感じているのだろうか
「……わかりません。でも、漠然と不安になってしまって」
「……そうですか」
恐らく自分は、残念ながら彼女の苦悩に対する解決策を持ちあわせてはいないのだろう
友人を喪った彼女の悲しみも、彼女の過ごした孤独の日々も。真に理解する事は出来はしない
「でも、美紀さんは今まで頑張って来たのでしょう? なら、少しくらい幸せになってもバチは当たらないはずです」
なにより自分がもし圭さんの立場だとして、友人の幸せを願わないなど、ある訳がない
「それにきっとまた会えますよ。圭さんも、そう信じているはずです」
「……気休めですか?」
「ええ、気休めです」
きっぱりと言い切る。下手に誤魔化すよりも、こちらの方が性に合っている
……それが可笑しかったのか、美紀さんは小さく噴き出して
「……ありがとうございます、先輩」
「いえいえ、気にしないでください。新しい後輩のためですから」
屋上に一陣の風が吹く。……そろそろ、流石に眠くなってきた
「それじゃあ僕はもう寝ますね。美紀さんも、あまり夜更かしはダメですよ?」
「はい。おやすみなさい、先輩」
美紀さんの言葉を背に、扉をくぐる