Side:佐倉慈
──恵飛須沢さんが連れてきた男の子が体を起こし、くるみさんに襲いかかろうとする
「くるみっ!」
その事に気づいた若狭さんが洗濯機から手を離し駆け寄ろうとするが、きっと手遅れなのだろう
丈槍さんは驚きのあまりに固まっている
扉を抑えている白井君は、動く事が出来ない
教師たる私は、目の前で生徒が襲われるのをただ呆然と眺める事しかできない
──くるみさんが、傍にあるシャベルに気づく
それを掴み、首を目がけて
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
振りぬく。
振り下ろす。
振り下ろす。
振り下ろす。
振り下ろす。
あまりの光景に、駆け寄ろうとしていた若狭さんは顔を逸らす
白井君でさえ、苦々しい表情をしていた
早く彼女を止めなければ
取り返しのつかない事になってしまう前に
そう思う私の頭とは裏腹に、私は体を動かすことができない
はやく、とめなければ
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
丈槍さんが、両目から涙を流しながら恵飛須沢さんに抱き着いた
動きを止め、シャベルの落ちる音が屋上に響く
「……ばか、なんでお前が泣いてんだよ」
へたり込み、あやすように丈槍さんを抱き寄せる
私は
「くるみ! だっ、大丈夫!?」
「大丈夫だって、この通りケガもないしさ」
ハッ、とした表情をした若狭さんが慌てて駆け寄る
そんな彼女に、何事もないかのように返す恵飛須沢さん
──わたしは
side out
恵飛須沢さんの助けを得て、バリケードを構築し終える
日は殆ど沈み、もうすぐ夜になるだろう
「すみません、恵飛須沢さん。あんなことがあったばかりなのに」
「いいっていいって、気にすんな。……えっと」
……きっと、強がりなのだろう
言葉を言いよどむ彼女を見て、名前を告げていなかった事を思い出す
「あぁ、僕は白井。3年C組の白井葵です」
「白井か、よろしくな」
差し出された手を握り返し、握手を交わす
恵飛須沢さんは佐倉先生の方にちらりと目線を向ける
「めぐねえ、大丈夫だと思うか?」
佐倉先生は気を失って倒れ、丈槍さんと若狭さんに介抱されている
よほどあの光景がショックだったのだろう、目を覚ます様子は見られない
「どうでしょう、明日になれば目を覚ますと思いたいですが……」
「無理、させちまったかな……」
沈む夕日を眺めながら消え入る様な声で、彼女はポツリとつぶやいた。相当責任を感じているのだろう
慣れない慰めの言葉を探し、見つからず。正直な考えだけを告げる事にした
「恵飛須沢さんのせいじゃ、ないですよ」
陽は完全に沈み、街に夜が訪れた
太陽光パネルの近くまで移動し、携帯の電源を点けてカズに電話をかけてみるが、繋がらない
インターネットは繋がらず、ラジオは砂嵐
予想はしていたが、どうやら本格的に終末とやらが始まったらしい
「……やっぱりダメか」
「なにやってんだ?」
いつの間にか近くにいた恵飛須沢さんが声をかけてくる
「いえ、電話が繋がらないものかと思いまして。……結局ダメでしたけど」
「このパニック状態だろ? そりゃそうだろうなー」
手すりにもたれかかり伸びをしながら、恵飛須沢さんは返す
「……どうなるんだろうな、これから」
「少なくとも、しばらくはここに籠らなければならないでしょうね」
救助が来るにしても、数日で来るとは思えない。この状況が拡大していれば更にかかるだろう
最悪、救助そのものが来ない可能性も視野に入れなければならない
「目下の最優先事項は室内で安全に寝れる場所と食糧の確保、でしょうか。この二つがない事には始まらないでしょう」
「食糧……って事は購買部かー」
「購買部は二階にありますからね、そこまでとは言わずとも三階の確保はある程度必要でしょう」
考え込む恵飛須沢さんに、言葉を続ける
「とりあえずそこの階段の二階に下る部分と二年教室手前にバリケード、幸いにして階段近くにトイレはありますから職員室側へは状況に応じてといった所でしょうか」
「ま、そんな感じか」
「ええ、僕たちだけで話し合っても仕方がないですし、詳しい計画は一先ず明日にしましょう」
「それもそうだな。さ、戻るか」
彼女が菜園の方向へと歩いていくのを、ぼんやりと見送る
──彼女は強い人だと思う
知人……あるいは親しかったであろう人を自分の手で殺し、その辛さをおくびにも出そうとせず振る舞う
こちらがついてきていない事に気が付いたのか、彼女が振り返る
「どうした? 置いてっちまうぞー」
「はいはい、今行きますよー」
彼女の姿にどこか眩しさを感じながら、歩き出す
「佐倉先生も目を覚まさないし……仕方ないから今日はもうお休みにしましょうか」
「めぐねえ、大丈夫かな」
丈槍さん達の下へと戻ると、丈槍さんと若狭さんがブルーシートを広げながらそんな会話を交わしていた
作業をしている若狭さんに声をかける
「やっぱり、まだ目が覚めませんか」
「ええ、明日には目を覚ますといいのだけれど。……何かわかった?」
「電話にネット、ラジオも全部駄目。覚悟決めて籠城しかないっぽいな、こりゃ」
問いかける若狭さんに、恵飛須沢さんがそう答える
「詳しい今後の方針は明日全員で相談しましょう。佐倉先生が目を覚ますにしろ覚まさないにしろ、早い内に決めなければなりません」
辺りは既に真っ暗。これから行動するには流石に無理がある状況だ
「そうね・・・・・・」
軽く考え込む若狭さん。そして不意に思い出したかのように
「そういえば白井君、寝る時にはこれを使って? 流石にそのままは辛いでしょ?」
はい、と彼女は三枚あるブルーシートの内の一枚を差し出してくれる
非常にありがたいが、ここで受け取ってしまえば後でアイツに何とどやされるかわからない
「いえ、そちらは四人も居るんですからそちらで全部使ってください」
「え、でも……」
「カバンを枕代わりにして寝るので一晩くらいなら大丈夫です。……それに、ここで受け取ってしまったら後でカズの奴に何てどやされるかわかりませんから」
「……本当に大丈夫なの?」
若狭さんは確認するように問いかけてくる
「ええ、使える物資はそちらで全部使ってください。ただでさえ佐倉先生が気を失ってるんですから」
「……わかったわ。ありがとう、白井君」
男が近くにいては気も休まらないだろう。太陽光パネルの方を指で示し
「いえ、お気になさらず。僕はあっちの方で寝ていますので、何かあったら声をかけてください」
それだけ告げ、四人から離れる
小型以外の荷物を粗方出し終わり、カバンを枕代わりに床の上に直接寝そべる
怒涛の一日だった。日常が終わり、テレビや映画で見たような終末が始まる
カズの事は少し気がかりだが、アイツの事だからどうせひょっこりこっちに合流するに違いない
(あぁ、明日の朝にでもカバンの中に入ってたお菓子を丈槍さん達に渡そう)
その事だけを決め、瞼を閉じる
──始まった非日常に、ほんの少しだけ心を躍らせながら
園芸用ロープ、そういうのもあるのか!
バリケードを縛っている物の正体がずっと疑問だったので検索してみたらそういうのがあるんですね
くるみちゃんのメンタルが順調にゴリラに近づいている気がする今日のこの頃
白井 葵 (18)
4月18日生まれ
身長:170㎝ちょい
体格:平均よりほんの少し細め
黒い短髪、黒目