終わる世界、始まる物語   作:フィーラ

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20.おてがみ

Side:典軸和義

 

 ──確かあれは、高校の入学式から間もない春の事だ

 アイツの父親に呼び出され、俺は巡ヶ丘市駅近くのカフェテリアに訪れていた

 

「君をあの子の友人と見込んで、頼みがあるんだ」

「……なんですか? 出来る範囲でなら聞きますけど」

 

 正直、俺はこの男が苦手だ

 殆ど会話をした事がないというのもそうだが、何というか……その身に纏う雰囲気の様な物が苦手だった

 

 

「別に何か特別な事をして欲しいという訳じゃない。これを渡しておきたくてね」

 その言葉と共にテーブルの上に置かれたのは、どこかの家の鍵らしきモノと、一枚の地図

 

 地図の方は書かれている内容からして、恐らく巡ヶ丘市周辺の物だ。一か所に赤い丸が描かれている

 鍵の方は……俺が既にアイツの家の合鍵を持っている以上、アイツの家のものではないだろう

 

「……なんですか、これ?」

「避難シェルターの鍵と、シェルターの場所を示した地図だ。きっと万が一の時に役に立つだろう」

 

 意味がわからない。そんな物を赤の他人の俺に渡すくらいだったら、自分の子供に直接渡せばいいではないか

 そんな俺の考えを察したのか、男は言葉を続ける

 

「意味がわからない、という顔をしているね。頼みというのは他でもない、万が一の事が起こるまで、これの事をあの子には秘密にしておいて欲しいんだ」

「はあ?」

 

Side out

 

 

「ん? 何してるんです?」

 遠足から数日経ったある日の事。生徒会室の扉をくぐれば、佐倉先生と由紀ちゃんが小さな紙に何かを書き込んでいた

 

「あら、白井君」

「お手紙書いてるの! ほら!」

 

 由紀ちゃんが見せてくれた紙には、"わたしたちは元気です"という大きな文字と、自分達七人を模したであろう絵

「おぉ、上手ですね」

 

 ただ、手紙を書いた所でどうやってそれを届けるのだろうか

 本来その役割を果たすべき機関は、既に機能を停止して久しい

 

 その答えは、彼女達が教えてくれた

「ふっふーん、これだよ!」

「理科室にヘリウムガスがあるはずだから、それを使って飛ばすつもりよ」

 

 由紀ちゃんが傍らから手にしたのは、沢山のゴム風船

 随分とファンシーな手法ではあるが、理屈は通っている

 

 

 ただ、二人だけで手紙を飛ばすというのは些か寂しいだろう

 どうせならこういったイベントは全員で楽しみたい

 

 カズはバリケードのメンテナンスをしていたはずだし、美紀さんは図書室に入っていくのをさっき見かけた

 くるみちゃんとりーさんは……この時間ならば屋上の菜園だろうか

 

「そういう事なら皆も呼んできましょうか。ついでに理科室に行ってガスも取ってきますよ」

「よろしくね、白井君」

 

 

 

 美紀さんには既に図書室で声をかけ、生徒会室へと向かって貰った

 カズに声をかけ終わり、残る二人に声をかける為に廊下を歩く

 

「外に手紙ねえ……てっきりお前はそういうの嫌がるかと思ってたけどな」

「……これを出したからっつって、今すぐどうこうって事もないだろ。接触してくるとすればそれこそ、長距離を移動する余裕のある人間くらいなもんだ」

 

 遠足で見た外の状態からして、受け取る人間がいるとしたら遠方の人間になるだろう

 そして遠方の人間がこちらにわざわざ接触しに来るとしたら、それはよほど余裕のある人間か、救助を目的とする人間くらいなものだ

 

 それに、いつまでもここで生活をしている訳にもいかない。ならば僅かな可能性であったとしても、救助の可能性という奴に賭けてみるのも悪くないだろう

 

「んじゃ、俺は理科室で取るもん取って先に生徒会室行ってるわ。くるみとりーさん呼んでくるのは頼むなー」

「あいよー」

 

 

 階段を上がり、扉を開ける

 予想通り、そこではくるみちゃんとりーさんが作業を行っていた

 

「ん? どーした」「どうしたの? 葵君」

「由紀ちゃんの提案で手紙を飛ばす事になりまして、二人もどうです?」

 その言葉に、くるみちゃんが目を輝かせる

 

「おぉー、手紙を飛ばすって言ったらやっぱ鳩だよな!」

「……捕まえるんですか? 今から?」

 確かに鳩などの鳥類はそこら辺でも見かけない事もないが、捕まえるとなったらどうなのだろうか

 

「よっし、さっそく準備してくるっ!」

 そう言って、彼女は階段へと駆け出した

 ……本気で捕まえるつもりらしい

 

「あらあら……」「夕ご飯期待してますねー」

「殺さねーよ!」

 

 彼女の捨て台詞と共に、扉が閉まる

 捕まるにしろ捕まらないにしろ、鳩に関しては彼女に任せておけばいいだろう

 

「さて、鳩はくるみちゃんに任せて生徒会室に戻りますか」

「ええ、そうね」

 

 

 

 紙にペンを走らせ、文字を描く

 よく考えてみればこの十八年余りの人生において、手紙を出す相手などそう居なかった

 故に学校の名前と座標、今居る人数だけを書いた、実用一辺倒の手紙だ

 

 誰かが、この手紙を受け取るのだろうか

 受け取ったとして、その時自分たちはこの場所に居るのだろうか

 自分達がこの場所に居たとして、受け取った人間はこの場所に辿り着けるのだろうか

 

 

 ──どれもこれも、どうでもいい事だ

 生きていけるならばこの学校に固執するつもりはないし、彼女達が笑顔で居れるのであればそれでいい

 

 俺はただ、最期のその時まで彼女達の笑顔を護るだけだ

 

 

 扉が勢いよく開く音が響く。くるみちゃんが帰って来たらしい

「獲って来たぞー!」

「うわ、本当に捕まえてきたんですか」

 

 彼女の手には、鳩の入った鳥かご

 宣言通り鳩肉にする事なく、鳩を捕まえる事に成功した様だ

 

「かわいー!」

「先輩、鳩なんて捕まえてきたんですか?」

 

 ドヤ顔をしている彼女の周りに、手紙を書き終わった由紀ちゃんと美紀さんが集う

 そんな彼女たちを、手を軽く叩いて佐倉先生が制す

 

「準備も終わった事だし、皆でお手紙を飛ばしましょう?」

 

 

 

 屋上へと出れば、快晴の空。手紙を飛ばすにはいい陽気だ

「頑張ってね、鳩子ちゃん」

 

 由紀ちゃんが鳩の籠に目線を合わせ、そう呼びかける

 いつの間にか名前を決めていたらしい

 

「ちょっと待て、誰が鳩子ちゃんだ」

「その子だよ? 鳩錦鳩子ちゃん」

 

 彼女の言葉を皮切りに、二人の間で口論が始まる

 自分としては名前なんてどちらでもいいと思うのだが、そんなに重要な事なのだろうか

 

「鳩子じゃない、コイツの名前はアルノーだ!」

「ええー、私も名前つけたいー!」

 

 白熱していく二人の口論

 美紀さんなどは呆れたように眺めているが、流石にそろそろ止めなければならない

 

「それじゃあ、間をとってアルノー・鳩錦三世でどうです?」

「「オッケー!」」

 ──どうやら、この提案で丸く収まったらしい

 

「いや、三世はどっから出てきてんだよ」

「かの大泥棒に倣って、こういうのは三世って相場が決まってるだろ?」

 呆れたようなカズの言葉に、自説を返す

 正直な所適当ではあったが、それなりの理由はつけておいた方がいいだろう

 

 

「それじゃあ放すわよ? せーの!」

 佐倉先生の合図と共に、沢山の風船と一羽の鳩が大空へと飛んでいく

 その光景を、ただただ見守る

 

「お返事、来るかな?」

「人類が全滅しているとは流石に思いませんし、その内来るでしょう」

 

 どうやってこの場所に返事が届くかは甚だ疑問ではあるが、なんらかの形で来る事はあるだろう

 それに返事が来なかったなら、また飛ばせばいい

 

 

 

 

Side:直樹美紀

 

 女子トイレの扉を閉め、廊下へと出る

 時は既に夜半を過ぎ、辺りからは虫の鳴き声一つ聞こえはしない

 

(……?)

 ふと、わずかではあるけれど、外から車の走る音が耳に入った

 付近の窓から外を伺えば、校門から黒い軽自動車が入ってくるのが見える

 

(和義先輩の車……?)

 

 こんな夜更けに、どこへ行っていたのだろうか

 リュックを背負った先輩が、玄関口から周りを警戒しながら入ってくるのが見える

 

 ──足音をなるべく立てないようにしながら、静かに階段を下りる

 階段の影に隠れる様に様子を伺っていると、先輩が入っていったのは、購買部

 先輩の後を追い、購買部の電気を点ける

 

「……先輩、何をしているんですか」

 ──先輩が動きを止める

 リュックの口から見えたのは、保存食の数々

 

 

「……あー、美紀はなんでここに?」

「先輩の車が入ってくるのが見えたので、様子を伺っていました」

 頬を搔きながら、曖昧に笑う先輩

 

 それでもリュックを隠そうとはせずに、再び購買部の棚へと保存食を移す作業を始めた

 不自然にならない様に棚に物を置くその様は、随分と手馴れていた

 

「んー……俺が居たとこにまだ物資が色々残ってたから、それをこっちに移しとこうと思ってな」

「……なら、佐倉先生にその事を話して、皆で持ってくればいいじゃないですか」

 

 以前悠里先輩の帳簿を見せて貰ったが、食糧の不足は心配ない程だった

 少なくとも、こんな夜更けにコソコソと外から取って来なければならない状況ではないはずだ

 

「いやー、そういう訳にも行かねえんだわ、この事はなるべく秘密にしておきたくてな。それに、わざわざ全員で取りにいく程でもねえし」

 全て中身を移し終えたらしく、いつの間にかリュックの中身は空になっていた

 

 

「そういう訳だから、美紀も由紀たちには黙っててくれっと助かる」

 そう言って、リュックを片手に先輩は立ち上がる

 

「……もし私が先輩達にこの事を話したら、どうするつもりですか?」

「ん? いや別にどうも。そん時はそん時だしな」

 

 そう語る先輩の表情からは、おおよそ嘘と言った物が読み取れない

 本当にどうでもいいと思っている表情だ

 

「んじゃ俺は寝室に戻るから、美紀も早めに寝ろよ?」

 その言葉を最後に、先輩は部屋を後にする──

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