Side:若狭悠里
「乾パン、残り八缶です」
「乾燥パスタが二kg、レトルトのミートソースが十人前ですねー」
二人の報告を聞き、帳簿に書き記す
食糧置き場においてある食糧も、もう残り少ない。そろそろ地下や購買部倉庫から取ってくるべきだろうか
「ありがとう二人共。助かったわ」
「いえいえ」「お役に立てたなら、なによりです」
帳簿を閉じて、座りっぱなしだった体を伸ばす
時計を見ればまだお昼には早い。屋上に行けば、くるみの手伝いが出来るかもしれない
「それじゃあ僕はこれで。また何かあったらいつでも呼んでください」
そう言って、部屋を出ていく彼
その姿を何となく目で追っている内に、ふと、美紀さんから視線を向けられている事に気が付いた
「あら、どうしたの?」
「あの、悠里先輩。一つお聞きしたい事があるんですが」
美紀さんからの質問なんて珍しい。一体どうしたのだろうか
彼女の方へと体を向け、言葉を待つ
「……その、悠里先輩と葵先輩っていつから──」
Side out
──ここ数日、りーさんの様子がおかしい
目が合ってもすぐ逸らされてしまうし、話しかけようと思っても逃げるかのようにどこかに行ってしまう
それどころか、ここ数日において食事時以外にまともに彼女の姿を見た覚えがない。それくらい明確に避けられている自覚があった
あれ程露骨に避けられると、気にしない様にしていても気になってしまう
(……知らない間に何かやらかしたか?)
唯一やらかした自覚のあるプールの件は、かれこれもう一週間近く前になる。それにあの件では、特に不和もなかった
それ以外となると、はっきり言って全く身に覚えがない。知らない間に何か彼女の気に障る様な事をしてしまっている可能性は、否定できないが
身に覚えがない以上彼女に直接聞くしかないのだが、ここ数日は彼女に話しかける機会すらなかった
さて、どうしたものか
廊下を歩みながら、纏まらない思考を続ける
……やはり佐倉先生か由紀ちゃん辺りに相談してみるのが最善だろうか
相談事となれば、真っ先に思い浮かぶのはあの二人だ
由紀ちゃんは、確かさっき食糧倉庫に入っていくのを見かけた。よほど短い用事でなければ、まだあそこに居るだろう
佐倉先生は……職員室か生徒会室辺りだろうか。今日は昼食以降会っていないので、よくわからない
(……となると、まずは由紀ちゃんに相談しに行くか)
幸いにして、食糧倉庫はすぐそこだ。一人でわからない事は、素直に他人の知恵を借りるに限る
歩みを進め、食糧倉庫の扉を開ける
「すみません由紀ちゃん、ちょっと相談したい事が──」
──目に飛び込んできたのは、屈んでいる彼女の背中。その手にはうんまい棒が握られている
かけられた声に肩を震わせ、錆びついたロボットを思わせる緩慢な動きで、彼女はこちらを振り向いた
「……いいですか? お菓子とは食べる為にあるんですから、食べるなとは言いません。ですが隠れて食べるのではなく、事前に言って貰わなければ困ります」
「うっ……ごみん」
目の前には正座をしている由紀ちゃんと、二本分のうんまい棒のゴミ
誰かに言われて食糧の確認をしに来たのだと思っていたが、どうやら目的はつまみ食いだったらしい
……まぁ、彼女も反省してくれているだろう。同じ事を二度も繰り返す彼女ではあるまい
りーさんには甘すぎると言われてしまいそうだが、甘いくらいが自分にはちょうどいい
それに、うんまい棒ならば確か購買部倉庫にまだ余りがあったはずだから、誤魔化す事は可能だ
「……はぁ、これは僕がなんとかして誤魔化しておきます。その代わりに、由紀ちゃんに相談があるんです」
「……りーさんが、葵くんを避けてる?」
「はい、僕自身に原因の心当たりがないので、由紀ちゃんに相談しに来たんですけど」
「うーん……でもどっちかって言うと、最近のりーさん、葵くんの事ずっと見てるよ?」
「……は?」
りーさんが、自分の事を見ている?
益々意味がわからない。避けられているはずなのに見られているとは、どういう事なのか
……いや、不快な存在程、目に入りやすいとも言う。つまりはそういう事なのか?
そうだった場合、正直言ってかなり傷つく
「えーっとね、食べ終わった後のちょっとした時間とか、遠くに葵くんを見つけた時とか。そんな時にぼんやりとみてる感じって言うか……わかり辛くてごめんね?」
「いえ、十分ですよ。ありがとうございます、由紀ちゃん」
立ち上がって扉を開け、彼女が部屋を出ていくのを見送る
何はともあれ、少しは手掛かりらしきものを掴む事が出来た
……冷静になってよく考えてみれば、自分はこんな事を一々気にする様な人間であっただろうか
歩みを進めながら、そんな考えが頭に浮かぶ
他人にならどう思われようが構わないし、どう接されようが構わない
ただ、りーさんは大切な友人だ。彼女に避けられたままというのは、かなり困る
(……まともに友人関係を築いて来なかったツケか)
あの一件があるまで、友人付き合いなどと言うものは殆どなかった
強いて友人と呼べる人物を挙げるとしても、挙げられるのは二人だけ
しかもその二人相手に付き合い方で悩むなんて事はしてこなかった
それが彼女達と交流を持つ様になっただけで、これ程までに悩む事になろうとは
……いや、ただ悩んでいるだけとも違う気がする
ここ数日まともに思考が纏まっていない自覚があるし、気がつけば彼女の姿を探しているし、彼女の事を考えている
これではまるで──
(まるで、恋でもしているみたいじゃないか)
──いや、その様な事はあり得まい
確かに彼女は器量もよく、気立てもいい。正直言って人間としてかなり好感が持てる女性である事は確かだ
だが、彼女に恋をしているかと言われれば……かなり疑問が残る
それに百歩譲って彼女に恋をしているとしても、それはただの片想いだ
彼女に自分は相応しくないし、彼女にはもっと相応しい相手が居るだろう
……くだらない事を考えていても仕方がない
これ以上は、本人に聞くしかないだろう
Side:祠堂圭
「……はい、出来る限りの処置はしたよ。大した事もできなくてごめんね?」
足首に巻かれた包帯と添え木。たどたどしいながらも、彼女がしてくれた応急処置だ
走るのは厳しいが、ゆっくり歩く事くらいならできるだろう
彼女は謝ってくれたが、私にだって同じくらいかそれ以下の事しかできない
それに、助けに来てくれただけで十分に嬉しいのだから
「いえ、ありがとうございます。……えっと」
お礼を言おうとして、目の前の彼女の名前すら知らない事に気づく
見た事がない制服だから、少なくとも同じ高校の人間ではないと思うのだけれど
「
「祠堂圭って言います。よろしくお願いします、常光さん」
「日向でいいよ? あと敬語もいらないっ!」
顔を上げ、改めて目の前の女性を見遣る
身長は私よりも10㎝以上は高いだろうか。一つに纏められた綺麗な黒髪が、犬の尻尾の様に揺れている
……あと、スタイルがすごく羨ましい。特にこう、ある一部が
「日向さ……日向はどこの高校なの? その制服、この辺りじゃ見ないけど」
「北の方の高校だよ? 多分名前を言ってもわからないかなー」
彼女の言う通り、告げられた校名に覚えはなかった
少なくとも県内にはなかったと思う。ともすれば彼女は、かなり遠い場所から来たのではないだろうか
「とりあえずここ出よっか。……歩ける?」
立ち上がった彼女に手を取られ、私も立ち上がる
……歩くくらいなら、できない事はない。ただし走れと言われたら、恐らく厳しいだろう
"かれら"の中を突破するには、少し厳しいかもしれない
「……ごめん。歩く事は出来るけど、走るとなったら難しいかも」
「そっか!」
「へっ?」
彼女の言葉と共に、私の体が宙へと浮く
次の瞬間には、彼女に抱きかかえられ──所謂お姫様抱っこの状態になっていた
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
「えっ、えっ? えぇぇぇっ!?」
あろうことか、彼女は私を抱きかかえたまま走りだした
駅構内を抜け、外へと。薄闇にまばらに見える"かれら"も、彼女に追いつけず、引き離されていく
いや、それよりも彼女のどこにそんな力があったのだろうか
ぱっと見ではそんなに筋肉がついている様には見えなかったし、むしろスレンダーの部類に入っている様に見えたのだけれど──
「はい、お姫様一名ごあんなーい。ささ、入って入って」
十分もしない内に彼女は立ちどまり、再び私の足が地に着く
目の前には、一台のキャンピングカー。扉の奥で日向が手招きをしているのが見える
「……えっと、お邪魔、します?」
ちなみにKちゃん視点は時系列が違います(今更)
初日に学園生活部と出会わなかった野郎二人組がどうなっているのか考えるのが最近のブームです
というか創作者なら、他の方の作品における世界線で自キャラがどうなってるか気になる……気にならない?