Side:直樹美紀
しとしとと、静かな雨音が廊下に響く
窓の外へと目を向ければ、天気は曇り空からついには雨へと転じ、割れた窓からは時折雨粒が吹き付けている
外から聞こえる”かれら”の声も、ほんの少しだけ騒がしい
本を小脇に抱えながら廊下を歩いていると、生徒会室の扉の前にくるみ先輩が屈んでいるのを見かけた
様子からして、扉の隙間から中を覗き込んでいるらしい
一体、どうしたのだろうか
「くるみせんぱ──」
「──シーッ!」
声をかけようとするも、小声で制されてしまう
内心で首を傾げながらも、視線で促されるままに、先輩に倣い扉の隙間から生徒会室の中を覗き込む
そこに見えたのは、帳簿を前に話し合う悠里先輩と葵先輩の姿
声こそよく聞こえないが、真剣な表情をしている事から、あまり明るい内容ではない事は想像がつく
予想される所としては、充電残量の問題だろうか。食糧の方は地下の保存食に手を出す必要性こそ出てきたものの、急を要する状態ではない
ここ最近は曇りや雨が続いている。発電量としては平時と比較してかなり少ないだろうし、電気がなければシャワーも、最悪浄水設備すら動かない
お湯だけならまだしも、水自体が出ないのは死活問題だ
くるみ先輩は、先輩達が二人だけで無理に解決しようとするのではないかと懸念して──
「……なぁ、あの二人、最近距離が近くないか?」
──るなんて事は、全くなかった。
……確かに、あれ程に二人の距離は近かっただろうか
隣で同じ様に生徒会室の中を覗き込むくるみ先輩を盗み見ながら、思案する
机に置かれた手は自然な形で重ねられているし、その事を二人は全く気にしている様子がない。物理的な距離も、普段よりも人一人分は近い様な気がする
──思い出すのは、一週間くらい前の出来事。私の問いを、悠里先輩は真っ赤になりながらとは言え、否定した
悠里先輩が葵先輩の事を避け始めたのは、その頃からだ
それが最近になって今まで通りどころか、今までよりも距離が接近しているとあれば、勘繰りたくなるのも道理というものだろう
「あれ、くるみちゃんにみーくん。どしたのー?」
「「シーッ!」」
Side out
「充電残量、心許なくなってきたわね……」
「地下の食糧にも手を出さなきゃいけなくなってきましたし、外に食糧取りに行くついでに、どっかから発電機の一つや二つでもかっぱらってきます?」
空から零れる雨粒が、弱々しいながらも窓を叩く
薄暗い室内で、帳簿を前に唸るりーさん。その不安を表すかの様に、艶やかな彼女の髪が揺れる
目下の問題の一つは電力だ。太陽光発電だけでは、安定した電力を得る事は難しい。今までなんとかなっていたが故に後回しにしていたが、そろそろ発電機の一つくらいは手に入れるべきか
これから冬へと季節が移り変わる以上、これまでよりも電力の必要性は増していくだろう
自分達はともかくとして、女性陣にとってシャワーが出ないのは死活問題だ。それに冬になれば、暖房器具の必要性も出てくるだろう。今まで以上に電力が必要になる事は想像に難くない
問題の二つ目は、やはり食糧だ
ここ最近になって、地下の食糧にも手を出さざるを得なくなってきた。あそこの貯蔵量からして二ヶ月以上は保つだろうが、冬を越すには全く足らないだろう
本格的に冷え込む前に、少なくとも冬を越せるだけの量を何処かから持って来なければなるまい
……今までなんだかんだと先延ばしにしていたが、そろそろ一階の制圧も進めた方が良いかもしれない
一階には特筆すべき施設はないが、一階を制圧してしまえば少なくとも本校舎の中は安全になる上、地下区画への出入りも容易になる
「あ、そういえば部室棟にはお風呂あるって話でしたっけ?」
高校では万年帰宅部であったが故に最近まで知らなかったが、少し前にそんな話を聞いた様な気がした
この問いに対する答えは、やはり彼女が知っていた様で
「ええ、運動部が使っていたお風呂があったはずよ。まだ使えれば、だけれど」
「……あるかないかで言ったら、ある方がやっぱ嬉しいですよねえ」
無言で頷く彼女。シャワーがあるだけでも有り難いとは言え、やはり冬場においては、シャワーだけでは体も暖まらないだろう。お風呂に入れる事に越したことはない
……そう考えると、益々必要な物が増えてくる
発電機に、それを動かす燃料。食糧とバリケードを構築する為の資材。その他諸々
とてもではないが、自分達だけで決められる様な問題ではなくなってきた。今後の方針も含めて、先ずは佐倉先生に相談だろうか
「……まぁ、これ以上は僕たちだけで考えても仕方がないでしょう。先ずは佐倉先生に相談して、そこから皆にって感じですかね」
「そうね。元々物資の確認が目的だったのだし、それが出来ただけでも良しとしましょうか」
立ち上がる彼女を眺めながら、そういえば自分も含め皆はまだ夏服という事にも気がつく
前回ショッピングモールに出掛けた際には夏用、よくて秋用の服しか持ってこなかった
服を手に入れるとなれば、気分転換も兼ねて、もう一度皆で遠足というのも悪くないのかもしれない
……となると、車は二台必要になる。全員で行く分物資の運搬効率は落ちるが、食糧に関しては優先順位を落としても問題ないだろうか──
「……葵君?」
──頬を撫でる感触。目蓋を開け、思考の海へと沈みかけた意識を、現実へと引き戻す
目の前には、こちらを見つめる彼女。その右手は、自分の頬へと添えられていて
考え事をするのは、後にすればいい。積み上げていた思考を、明後日の方向へと投げ捨てる
「なんでもありませんよ。ちょっと考え事をしていただけです」
「……そう?」
何はともあれ、これ以上自分達だけで考えても仕方がない
そう結論付け、扉へと手を掛け、開け放つ
──開け放った扉の先にあったのは、
「……それで、どうしてコソコソと覗き見る様な真似をしてたんです? 普通に入って来てくれて構いませんでしたよ?」
数分の後。テーブルを挟んだ先には、こちらから目を逸らしながら座る佐倉先生達の姿
別に怒っている訳ではなく理由を聞きたいだけなのだが、どうにも会話が進まない
ややあって、美紀さんがおずおずと口を開いた
「……その、葵先輩と悠里先輩って、やっぱりお付き合いされているんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、隣に座っていたりーさんの表情が凍り、そしてどんどんと赤くなっていく
そういえば、皆に報告がまだだった様な気がしないでもない。別に隠している訳でもないので、話してしまっても構わないだろう
「ええ、そうですよ? お話ししてませんでしたっけ」
「葵君っ!?」
「聞いてませんよ……」
悲鳴染みたりーさんの声に、呆れを多分に含んだ美紀さんの声
三者三様の反応を見せる彼女達。特にくるみちゃんの表情には、これからどうやって揶揄ってやろうかという考えがありありと浮かんでいる。南無三
例えここで話さずとも、何れバレていただろう。遅いか早いかの違いでしかないと思いたい
「何はともあれ、おめでとうございます。お二人共」
「おめでとう、二人共。大切にしてあげてね、白井君?」
「ありがとうございます。……元より、そのつもりですよ」
言われずとも、自分が彼女を支え続けよう。彼女が笑顔で居続けられる様に
尤も、彼女には良き友人がいる。自分が彼女に必要かどうかさえ、定かではない
くるみちゃんに揶揄われ、由紀ちゃんにキラキラした眼差しで詰め寄られながら真っ赤になっているりーさんを眺め、そんな考えが頭に浮かぶ
……どちらにせよ、自分は自分の出来ることをするだけだろう
「さて、それじゃあ報告も終わりましたし、本題に入りましょうか──」
Side:直樹美紀
──夢を、見ていた
目を覚ますとそこはあの一室で
くるみ先輩も、由紀先輩達も、……圭も、誰も居ない。私だけの、孤独な空間
夢の中で私は、独り授業を受けていた。……いや、受けていたというのは、正確ではない
先生もクラスメートも誰一人おらず、自習に近い行為を繰り返すだけ。半ば作業と化した、ただのルーチンワークだ
それでも、そうでもしていないと、孤独に圧し潰されてしまいそうで
毎日、毎日。寝て起きては、機械の如くその行為を繰り返す
何日も、何週間も、何ヶ月も。ただただ繰り返す──
(……夢、か)
瞼を開け、布団から体を起こす。変な夢を見てしまったせいか、どうにも目が冴えてしまった
あんなものは所詮、ただの夢だ。あそこに私が居た期間は二週間程しかなかったし、今も私はここに居る
……だとしたら、この胸に抱えた漠然とした不安は、何なのだろうか
もしかしたら今ここに居る私が夢で、あの夢の中の私が本当の私なのではないか?
本当は助けなど来ていなくて、今も私はあの部屋で独り、生き続けているだけなのではないか?
……いいや。こんな事を考えるのは止めよう。私は確かに、ここにいるはずなのだから
(……?)
ふと辺りを見回せば、くるみ先輩の布団が、空いている
次いで廊下へと繋がる扉に目を向ければ、わずかな隙間。また夜更かしをしているのだろうか
「……お、美紀。どうしたー?」
ランタンの光に導かれ、生徒会室の扉を潜る
そこには、椅子に座りマグカップを傾けているくるみ先輩
その姿はほんの少し、眠たげだ
「いえ、変な夢を見てしまって眠れなくて。……先輩は、どうされたんですか?」
「んー……、アタシも似たようなとこかな?」
苦笑を浮かべながら頬を掻く先輩
そんな先輩の隣へと歩みを進め、椅子へと腰掛ける
「まっ、なんだ。アタシで良かったら相談に乗るぜ?」
「ありがとうございます、先輩。……その、不安なんです。私は本当はここに居ないんじゃないか、って」
先輩が訝しげな表情を浮かべる
当然だろう。私は今もここに居て、先輩と話しているのだから
「今ここに居るのが夢で、本当は今もあの部屋で独りで居るんじゃないかって、不安なんです。そんな事はないって、わかってるんですけど」
「……そっ、か」
不意に立ち上がる先輩。そして、私の頭へとのびる腕
そのままくしゃくしゃと、頭を撫でられる感触が伝わってくる
「もしそうだとしても、アタシが何度でも迎えに行ってやるよ。大切な後輩の為だからな」