半年以上経ってたので実質初投稿です
違うんです投稿が遅れたのには山より深く海より高い訳があってですね
Side:佐倉慈
僅かな隙間を残し閉じられていたシャッターを押し上げ、暗がりへと足を踏み入れる
記憶を頼りに手探りで辺りを探れば、覚えのある凹凸。それを押し込むと、暗闇は一瞬の内に消え去った
まだ、こちら用の電源は生きているらしい
その事自体は喜ばしいが、それは同時に恵飛須沢さん達が未だ外に居るであろう事も意味している
……彼女達は無事だろうか
「……めぐねえ?」
傍らの丈槍さんが、心配そうに私を見上げる
……そうだ。生徒の前で不安な表情なんてしていられない。そんな事をしていては、彼女まで不安になってしまう
あくまで冷静に。どんな事があろうとも適切な行動が出来る様に努めなければ
一先ず、このシャッターは元に戻しておいた方がいいだろう
ここは地下な上にいくつか部屋を介しているとは言え、煙がここまで来てしまえば大変だし、校舎の中に殆ど姿がなかったとは言え、”かれら”がここへ辿りつかないとも限らない
されど、締め切ってしまえば白井君達や恵飛須沢さん達がこちらへ来た時に、開けるのに手間取ってしまうかもしれない。手を差し込む程度の隙間は必要だろう
──私達の身を護るためにしておくべき事は分かった。ならば、次はここに居ない彼らの為にしておくべき事だ
屋上からは大きな爆発が見えた。もしかしたら恵飛須沢さん達が怪我をしてしまっているかもしれない
ならば治療する為の道具が必要だろう。確か、件のワクチンとは別に応急セットの様な物があった覚えがある。いつ使う事になってもいい様に準備はしておくべきだろう
それに、後から追いつくと言っていた白井君達も心配だ
私達がここに辿り着けたのだから、あの二人が辿り着けない道理はない……筈だ。しかしあの火と煙の中を抜けてくるのには、思った以上に水分と体力を奪われる
ならば、用意して置くべき物は何かしらの飲料。確か地下の備蓄の中に、いくつか飲み物があった筈。食糧と違って水は屋上の浄水施設で賄えていたから、まだまだ残っている筈
白井君達は勿論、恵飛須沢さん達も外で戦っている。ならば彼女達の分も用意して置くべきだ。……私も、正直に言って喉が渇いている。とは言え私たちは見つけたその場で飲んでしまえば問題はない、筈だ
やるべき事は決まった。丈槍さんに顔を向け、彼女を安心させる為に言葉を紡ぐ
「大丈夫。さ、行きましょう?」
こくん、と彼女が頷いたのを確認し、手を取りあいながら階段を下る。そう長くない階段を下った先には、あの日に見たコンテナの群れ
確か中身の内容を書いたメモを一つ一つ貼ってあった筈だ、目的の物を探すのにそう時間はかからないだろう。──若狭さん達には、感謝してもし足りない
「由紀ちゃん、お薬を探してきてくれる? 包帯とガーゼ、消毒液……一先ずそれくらいで構わないわ。くるみさん達が怪我をしていたらいけないでしょう?」
「……うん、わかった!」
そう元気よく返事をした丈槍さん──私から見ても空元気だ──が迷いなくコンテナの一角へと駆けて行き、直ぐに見えなくなる
もしかしたら、この膨大なコンテナの中身を彼女は覚えているのかもしれない
──いいや。そんな事を思うのは後でもいい。私は、私の役割を果たすだけだ
幸いにして、目的の物はそれほど時間をかけずに見つける事が出来たし、それを運ぶ事にそれ程苦労はしなかった
先に戻っていた丈槍さんと共に飲み物を口にしながら、次にすべき事を考える為に思考を巡らせようとした、その時
背後から、金属同士が擦れる音が響く
肩を強張らせながらも反射的に背後を振り向けば、大きな音を立ててシャッターが上がってゆく。その先には、手を取り合う白井君と若狭さんの姿
二人も、無事にここへと辿り着いたのだ
「りーさん、葵くんっ!」
丈槍さんが思わずと言った表情で若狭さんに抱きつく
半ばタックルじみた抱擁を受けた彼女も、ほんの少し体が揺らいだだけで何事もなく受け止め、穏やかな表情をしながらも丈槍さんを撫でている
……心配していたよりも大丈夫そうだ。白井君がよくやってくれた様で少し安心する
急いで二人へと駆け寄り、ペットボトルを手渡す
「ありがとうございます、佐倉先生。……それと、ただ今戻りました」
「おかえりなさい。白井君、悠里さん」
彼は手に取ったペットボトルの蓋を開け、その中身を飲みながらも何かを探す様に視線を彷徨わせている
──その視線が、何を探しているのかは明白で
「……くるみちゃん達は、まだ戻っていませんか」
ぽつりと、彼が呟く
丈槍さんを撫でていた若狭さんの体が強張り、その表情に不安と緊張が戻る
予想は、していた。彼ならば、きっと彼女達を助けに行こうとするだろうと
危険を顧みず、私達の不安や心配すら気にも留めずに。彼は行ってしまう
「ま、しょうがないですね。パパッと走ってパパッと助けてきます」
それじゃ、二人をお願いしますね。なんて言いながら再びシャッターを押し上げようとする彼
──引き留めなければ
そう考えた私よりも先に彼を引き留めたのは、震える若狭さんの手と、縋る様な眼差し
「・・・・・・いかないで」
絞り出したかの様な、微かな声
尚も言葉を紡ごうとした彼女の唇は、他でもない彼によって塞がれた
「大丈夫ですよ。すぐに戻って来ますから」
するり、と。握られた手を解き、彼女を柔らかに撫でる彼
それもすぐに終わり、耳障りな音を立てながら、再びシャッターが押し上がる
──どうあっても、彼の心は変わらない
ならば私が変わるしか、ない
「・・・・・・待ってください」
階段を登ろうとしていた彼が、どこか怪訝そうな顔をしながら振り返る
覚悟を、決めなければ
「私も、連れて行ってください」
果たして。その言葉に対する反応は、文字通り三者三様だった
どこか覚悟していたかの様な表情を浮かべる丈槍さん
ぺたん。と床にへたり込み、信じられないものを見たかの様な眼差しの若狭さん
そして、怪訝そうな表情を深める白井君
「とても危険ですよ?」
「わかっています」
浅慮を咎めるが如き彼の視線が、私を射抜く
確かに今外は危険だ。戦闘経験のない私が出て行った所で、大した役には立たないかもしれない
だが、危険に身を投じようとしているのは、彼だって同じだ
それに、危険だからといって彼女達を見捨てていい理由には、ならない
「もしかしたら、戻って来れないかもしれません」
「覚悟の上です」
──視界の端で、若狭さんが僅かに身を乗り出そうとするのが見える
戻って来れないかもしれないなんて、そんなのはどうだっていい
あの子達が、無事に戻ってくる事が出来るのならば。この身が果てたって何一つ惜しくはない
それに、目の前の彼だって、私が守るべき内の一人だ
「それを理解してまで危険に身を投じようとするのは、貴女が教師であるからですか?」
三度目の彼からの問いかけに、言葉が詰まる
頭の中が真っ白になり、上手く言葉を紡げない。もし彼を納得させる事が出来なければ、彼は一人で外へと向かってしまうだろう
私が、あの子達の教師だから?
──違う
私に、この事件に対する責任があるから?
──違う
いつも危険な役目ばかりを押し付けてきた事に対する負い目?
──違う
違う!
そんなちっぽけな理由で、あの子達を助けたいと思ったんじゃない!
「──いいえ。いいえ! 私が、佐倉慈という一人の人間が、あの子達を助けたいと思ったからです!」
燻っていた熱に、火が灯る様な感覚がした
己が内から溢れる衝動を口にしてしまえば、もう止まらない
「教師だからとか、大人だからとかじゃない! 私は、私という一人の人間として、あの子達の力になりたい!」
思い出すのは、いつの日か見た夢の景色
腕を噛まれ、混濁する意識の中で、あの子達を傷つけまいと辛うじて地下へと移動する私
シャッターの向こうの見知らぬ誰かに、眠りへと誘われる私
悪夢を振り払うかの如く、叫ぶ
「今度こそ、あの子達を守りたいんです!」
私の叫びを最後に、地下室を静寂が支配する
今尚こちらを見つめ続ける黒い瞳を見つめ返す。今ここで目を逸らす訳には、いかない
数秒の後。何かを諦めた様な溜息と共に、彼は頭をガシガシと掻きながら天井を見上げた
「・・・・・・わっかりましたよ。これ以上引き留めようとしても時間の無駄でしょうしね」
視線を天井から戻し、ガサゴソと階段脇の掃除用具入れを漁る彼
何をしているのかと近づけば、目の前に、一本の自在箒が突き出される
「ただし、来るからには佐倉先生にも戦って貰います。いいですね?」
「当然です。足手纏いにはなりません」
突き出された箒を手に取る
もう、覚悟は出来ている。かつての生徒を殺す覚悟も、かつての同僚を殺す覚悟も
あの子達を守る為だったら、どんな事をする覚悟だってある
「それじゃあ、後は・・・・・・」
彼が振り返る。その視線の先には、へたり込んだままの若狭さんと、こちらを見つめる丈槍さんの姿
彼が数歩の距離まで歩みを進めれば、彼と丈槍さんの視線が交差し。彼の眼前へと、彼女の小指が突き出される
「約束」
「・・・・・・」
「葵くんも、めぐねえも。くるみちゃんも、みーくんも、カズくんも。みんな無事に帰ってくるって、約束して」
「・・・・・・ええ、約束です。由紀ちゃんも、りーさんをお願いしますね?」
柔らかな微笑みと共に、指が結ばれる
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