終わる世界、始まる物語   作:フィーラ

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プライベートで色々あってたらこんな時期になってました
今後の予定は未定です


31.しとう

 

「いいですか先生。再三となりますが、確認です」

 

 対面には、自分の言葉に頷く佐倉先生の姿があった

 

 一階、生徒玄関

 煙が充満しつつある校舎内。屈んで身を低くしているとはいえ、そう長居は出来そうにない

 ガラスの向こうに見えるのは相も変わらず亡者の群れ。屋上で見たそれよりも密度を下げた様にも見えるが、依然としてこの二人だけでは厳しい数でもある

 推定ヘリ落下地点へと殺到するそれらを横目に、最後の確認を行う

 

「あちら側に意識が集中しているであろうとはいえ、群がられればこっちが不利。

 ですので、基本的には背後からの一点突破。くるみちゃん達を回収して開いた穴が塞がらない内に戻る、という形で。

 そして何より──」

「無理はしない。わかってるわ、白井君」

「結構です。道具類はその中に?」

「ええ」

 

 と、佐倉先生が軽く掲げて見せたのは、小さな布袋

 地下のコンテナの中から拝借してきたそれには、自分が屋上で由紀ちゃんに手渡した分に加え、彼女達三人が携帯していたケミカルライトや防犯ブザーの類が入っている

 両手が塞がる我々では活用には手間がかかるが、美紀さんに渡せば撤退戦で有効に使ってくれる筈だ

 

 もっとも、普段携帯している数からしてそう多くはない。無いよりはマシ、というやつだろう

 

「わかりました。・・・・・・では、いきましょうか。手筈通りに」

 

 その言葉を発すると同時に、二人で玄関を開け放つ

 

 

 幸いにしてと言うべきか狙い通りと言うべきか。未だ”かれら”は自分達よりもヘリコプターの落下地点の方向へと注意を向けているらしく、こちらに背を向けている個体が大半だ

 ヘリの落下地点を再度確認し、先生と頷き合い駆け出す

 

 

 進行方向の邪魔な場所にいる動く死体を、ただの死体へと戻していく

 頭にシャベルを突き刺し、顧みる事なく歩みを進め。必要とあらば蹴りや膝を入れて距離を取り。そんないつも通りの作業

 強いて言うのであれば、こちらに背を向けている個体が多い分処理は楽で。佐倉先生がカバーしてくれている分全方位を警戒する必要が無い上、処理するまでの時間を稼いでくれているので一度に何体も相手する場面もない

 総じて、幾分かは楽できていると言っても過言ではなかった

 

 その佐倉先生も、軽く窺った限りではあるが思ったよりも大丈夫そうだ

 険しい表情を貼り付けながらも、無言のまま迷う事なく”かれら”に箒を突き出し、十二分に時間を稼いでくれている

 

 必要とあらば自分が処理し、必要なければ無視して走り抜ける。ただそれだけの話で。”かれら”の集う中心、そこにくるみちゃん達が居ると信じて時折方角を微修正しながらも走り続ける

 

 

 

 程なくして”かれら”以外の二人分の人影が見えてきた

 鉄製のフェンスに接する一台の廃車を守るが如く、そこに群がる亡者の群れを捌き続けている。姿が見えない美紀さんは、恐らくあの廃車の中であろうか

 あちらも気がついたのか、こちらを一瞥した後にすぐさま戦闘行動へと戻ったのがわかった

 

 腕を掴もうとしてきた個体を蹴り飛ばし、シャベルを振り抜く。手から伝わる硬質な感触を無視し背中合わせに得物を振るう二人のもとへと駆け寄れば、待ちくたびれたとばかりにその片割れが声を張り上げる

 

「おっせえぞバカ! もちっと早く来いや!」

「っせ無茶言うな! こっちにだって事情が── っておい、その腕どうした」

 

 微かに鼻を掠める、鉄の香り

 “ソレ”に気がついたのは、反抗するように声を荒げた後。得物を振るうソイツを視界に入れれば、それに釣られて否が応にも目に入る不吉な朱。やや遅れて追いついた佐倉先生の顔が強張るのが視界の端に映る

 

 当の本人はまるで気にする様子すらないのが質が悪い。今尚迫り来る亡者にバールを無造作に叩き込みながら、事も無げに言葉を紡ぐ

 

「まー、ちっとな。中に戻れりゃどうとでもなんだろ。

 とりあえず止血くらいはしときてえ。頼めるか?」

「幾つくらいだ?」

「30もありゃ十分だろ」

「りょーかい。先生、くるみちゃんの方の援護をお願いできますか?」

「・・・・・・わかったわ、任せて」

 

 ほんの少し表情に翳りがあったものの気丈に頷いた先生を背にし、亡者の群れへと向き直ると同時に、廃車の中の美紀さんと視線が合う

 もう少し待機している様に合図を送れば、その表情にやや焦りを覗かせながらも頷く美紀さんの姿

 美紀さんが相手故にそこまで心配してはいないが、軽率な行動は控えてくれるものと信じたい

 

 ゼロ秒。

 廃車へと殺到する亡者の内、手近なものから処理していく

 目的は殲滅ではなく時間稼ぎ。なるべく自分達が通ってきた穴に近いものを意識してシャベルを突き立てていく

 

 

 十秒。

 ちらり、とその自分達が通ってきた穴へと目を向ければ、その穴は少しずつではあるが塞がりつつある

 思考を掠める焦燥を抑えながらシャベルを引き抜き、他の個体へと向き直りまた振りかぶる

 

 

 二十秒。

 そろそろだろうか。応急処置が完了した後、すぐに抜ける為に出てきてもらってもいい頃合いだ

 

「──美紀さん!」

 

 そう言うが早いか。美紀さんが廃車の中から転げ落ちる様に出てきてはカズに駆け寄っていく

 

「大丈夫ですか、先輩!?」

「だーじょぶだって。俺なんかより戦い詰めなくるみの方心配してやれ」

 

 横目で窺えば、包帯代わりに巻かれたワイシャツを結びあげている美紀さんの表情は真剣そのものだ。目の前に負傷者が居ればさもあらん、と言ったところではある

 自分も負傷しているのがアイツ以外の誰かであれば、同じくらいに動揺しているであろうという確信さえある。そういう意味ではある程度冷静でいる事が出来るのは幸運と言うべきか

 

 

 三十秒。

 処置を終えたのか、カズのいる方向から声があがる

 

「オッケー行ける! 助かったわ」

「礼ならまだ頑張ってくれてるくるみちゃんと先生、あと手伝ってくれた美紀さんに言いな。

 みんなに隊列の指示出したい。頼めるか?」

「おっけー。任せろ」

 

 と。自分と入れ替わる様に群れへと向き直るカズを尻目に、三人の元へと駆け寄る

 

 

「葵っ! アイツが──」

「・・・・・・その話は帰った後で。

 くるみちゃんは下がってください、戦い詰めでしょう?」

「でも、」

「だってもでももありません。時間が惜しいですから、不満は後で聞きます」

 

 屋上ぶりに見たくるみちゃんの表情は、憔悴しきっていて。常に元気で気丈に振る舞っていた彼女の面影は見る影もない

 振るうシャベルもどこか精彩を欠き。普段の動きも鳴りを潜めている

 

 正直議論をしている暇さえ惜しいのだ。申し訳なさを感じながらも、彼女の言葉を封じ込め、一方的に指示を出す

 自分達の通ってきた穴がいつまで撤退の足しになるかすら判らない。なるべく早急に、簡潔に

 

「先生と美紀さんはくるみちゃんの事を重点的にサポートしてあげてください。

 前は、僕たちが開きます」

「・・・・・・ええ」「わかりました」

 

 先生も美紀さんも、アイツに一刻も早い処置が必要で、その為には動揺している暇などないと理解してくれているのだろう。神妙な面持ちで肯定を返してくれている

 頷く二人を確認し、カズの下へと戻ろうとした、その瞬間

 ドーン、と。校舎を挟んだ向こう側で、僅かな地響きと共に爆発音が響く。亡者の群れの意識が、僅かに校舎の方へと逸れる

 

 自分の中の少なく無い”かれら”との交戦経験が、告げる

 突破するのであれば──

 

「──今っ!」

 

 今をおいて他にはない、と

 

 

 

Side:丈槍由紀

 

 腕の中には、小さな寝息をたてるりーさんの姿

 ふたりが出て行ってから、どれくらいの時間が経ったのかはわからない

 無機質な。冷たい空間に、ふたりきり

 

 あの後、葵くんとめぐねえが出て行ってから。りーさんはずっと泣いたままで

 その泣き声すら、だんだんと小さくなって。いつの間にか静かな寝息へと変わっていて

 音のない地下に、その音だけが小さく響いていた

 

 うとうとと、わたしの頭が舟を漕ぎはじめる。その時だった

 

 ガタガタンッ!

 

「ふぇっ!?」

 

 びくん。と思わず体が跳ね上がる

 音の発生源は、階段へと続くシャッター。ふたりが出て行くときに降ろしていったそれが、振動の軋みで音を上げていた

 

 ──もしかして?

 

「みんな?」

 

 帰ってきたのだろうか?

 立ちあがろうにも、りーさんの手がしっかりと服の背中を握っていて、起こさずに出来ることは体勢を変える事が精々

 音の方向をじっと見つめていれば、見覚えのある鉄の先端がシャッターと床の隙間へと刺さるのが見え

 

 ガラガラと音を立ててシャッターが上がる。その先には、汚れまみれのみんなの姿

 めぐねえ。ちょっと切り傷が目立つくるみちゃんとみーくん。その背後には肩を貸している葵くんと、寄りかかるカズ君

 

 みんな、帰ってきた

 

「おか──」

 

「佐倉先生、実験薬お願いします! コンテナ427番!

 くるみちゃんは治療の準備を頼みます! 確か包帯はあっちの方に用意してあった筈ですから!

 美紀さん、すみませんが901番から寝袋を一つ!」

 

「──え、り?」

 

 実験、薬?

 シャッターを潜るや否や、矢継ぎ早にみんなに指示を出す葵くん。その表情は、どこか焦っている様にも見える

 指示を受けて応答の間も惜しいとばかりにみんなは駆け出す。残った葵くんとカズ君はゆっくりとしゃがみ込み、カズ君が表情を歪めながら力なく床へと寝転がる

 そこまで目の前の光景を眺め、漸く気づく

 

 鼻につく、鉄の香り

 

 

「ひっ!?」

 

 心臓が早鐘を打ち、呼吸は浅く。暑くもないのに体から嫌な汗が噴き出る

 

 いや、これはわたしの早合点だ。きっとカズ君がうっかりして普通の怪我をしちゃっただけに違いない

 だってほら、今までなんともなかったんだもん

 学校に来る前に外で活動してた時も無事たったんだし、雨のあの日だって、みーくんと初めて会ったあのショッピングモールでもそうだった

 うん、そうだ。これはきっとわたしの勘違い

 

 震える手で焦点の定まらない目を擦る

 

 ・・・・・・それでも、目の前の光景も鼻につく香りも変わることはなかった

 

 

「白井君、これ!」

「葵、持ってきたぞ!」

「先輩! この辺りに敷いておきますっ!」

「助かります! 先生、取扱書の類は!?」

 

 薬を取りに行っていためぐねえが、治療道具を探していたくるみちゃんが、寝袋を抱えたみーくんが一刻も早くとばかりに次々と彼の元へと集まる

 

 わたしも、みんなの役にたたなきゃ

 できる事があるかはわからないけど、何かを為さなくちゃ

 

 絡みつく腕を振り解き立ちあがろうとした。その刹那

 

 

 “ええ、約束です”

 

「・・・・・・!」

 

 脳裏に蘇った言葉に、反射的に体を止める

 

 そうだ。わたしは何を託された?

 彼はわたしに、何を願った?

 あの時(二人が出て行った時)、わたしは何を決意した?

 

 

「・・・・・・」

 

 瞼を閉じ、大きく深呼吸をひとつ

 

 大丈夫、大丈夫。あの本に書いてあったお薬だってある

 カズ君は絶対に助かる、大丈夫

 目を開ければ視界は正常。心臓の鼓動もだんだんとおさまりつつあった

 

 みんなの方へと瞳を向ければ、取扱書を読んでいた葵くんが注射器を手に取り、カズ君の腕へとゆっくりとその針を突き刺す

 沈黙に包まれる地下。みんなが固唾を飲んで見守る中、彼の体へと入っていく実験薬

 そしてそれが最後の一滴まで終わり、針が体から抜かれたその時。彼と葵くんの視線が交差する

 

 

「──悪い、後は頼む」

「ああ」

 

 二人の会話はそれだけで

 カズ君はゆっくりと、瞼を閉じた

 

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