終わる世界、始まる物語   作:フィーラ

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32.しんじる

 

 その言葉と共に、腕が力無く垂れる

 静寂に包まれる地下。カズの手首に指を当てれば、そこには確かな脈拍があり、見た目からは呼吸も安定して見える

 専門知識のない自分にはこれ以上の事はわからないが、ひとまず山場は越えたと見ていいだろう。あとはコイツ次第だ

 とはいえ、この程度でくたばるタマでもないだろうが

 

 薬と共に封入されていたマニュアルの内容を思い出しながら、手伝ってくれた三人へと振り返る

 

 

「鎮静剤に抗生物質、実験薬だそうです。

 ですのでまぁ、大丈夫でしょう」

 

 安心させる様な言葉を選んだつもりではあるが、不安げな雰囲気を纏う三人の表情は晴れない

 特にくるみちゃんなどは、自責の念が表情にまで出てしまっている。あの場では時間を優先して詳しく聞けなかったが、恐らくアイツが彼女の代わりにならねばならない様な何かがあったのだろう

 

 もっともその事に関して自分が彼女を責める意図は全くないし、それはアイツもそうだろう。むしろこの件に関しては珍しくアイツを褒めてやってもいいと思うくらいだ

 他の皆も、彼女の事を慰めこそすれ責め立てる様な事はあるまい

 

 故に彼女が責任を感じる必要性は全くないのだが、彼女はどうにも自分の身を軽く見る癖がある。自分の代わりに誰かが犠牲になるという事自体が耐えられないのだろう

 

 

 ともあれ、山場は越えた。されどすべき事はまだ山積みだ

 一つに、くるみちゃんと美紀さんの治療。あとついでにカズのも

 

 二つに、由紀ちゃんとりーさんへの対応。由紀ちゃんのおかげでりーさんはまだ眠ったままだが、いずれ二人にも現状の説明をしなければなるまい

 

 三つに、今後の方針決定。上は酷い火災で、今後もこの学校に住み続ける事ができるかどうかはかなり怪しいところだ。その辺りも含めて一度協議しなくてはなるまい

 

 ひとまずは、一つ一つ片付けていく事にしよう

 再び佐倉先生へと視線を向ける

 

 

「すみません先生、二人の治療をお願いできますか?

 いくら緊急時とはいえ、僕がやるのもアレだと思うので」

「ええ、任せて。

 ・・・・・・白井君は疲れたでしょうし、休んでていいのよ?」

「いやー、そうしたいのは山々なんですが、まだやるべき事は山積みですからね」

 

 コイツの治療もありますし、とカズの方を親指で示す

 実際問題、くるみちゃんも美紀さんもそれなりに怪我をしているが、コイツもそれなりに酷い

 右腕の噛み傷は勿論のこと、ヘリの爆発の際に負ったのか、所々に切り傷が目立つ

 噛み傷以外の出血自体はそこまでではないのが幸いだろうか

 

 すみませんがお願いしますね、と先生に軽く頭を下げれば、頷き返してくれて

 二人を先生に任せ、目の前の男へと向き直る

 

 

 右腕に巻かれたワイシャツを解き、患部を露出。抉られた様な傷が痛々しい

 綿に消毒液を付着させ、患部を消毒。この状況では感染症が一番怖い。元人間の唾液付きとなれば、尚の事だ

 患部にガーゼを当て、包帯で固定。止血の為少し強く巻いておく

 医療的正解がどうのなどは知った事ではないが、さっきまでのワイシャツによる止血よりは数段マシだろう

 

 いくつか見える切り傷も処置していく

 水で洗浄。出血自体はそこまででもない為、大型の四角絆創膏を貼り付けて終了

 出血が酷くなる様であれば包帯を巻くなりの処置をすればいいだろう

 

 

「一先ずは、このくらいか」

 

 治療を終え一息つく。横目で窺えば、佐倉先生の方はもう少しかかりそうだった

 ならばと帰ってきてからものの見事に放置しっぱなしたった由紀ちゃんたちの方向へと顔を向けると、真剣な眼差しの由紀ちゃんと目が合った。安心させる為に軽く手を振っておく

 

 体各所の負傷箇所を再度確認。治療漏れがない事を確認し終え立ち上がり、そのまま由紀ちゃん達の所へ歩みを進める

 

 

「おかえり、葵くん。

 ・・・・・・カズ君、大丈夫?」

 

 膝を折り屈み込むと同時に聞こえたのは、心底心配そうな、窺う様な、由紀ちゃんの声

 彼女の視線は、自分とカズとを行ったり来たりしている。相当アイツの事が心配なのだろう

 

「大丈夫ですよ。薬は投与しましたし、状態は安定してます。

 何よりアイツがそう簡単にくたばるなんて想像も出来ませんから」

「・・・・・・そっか」

「そうです。後は信じて待ちましょう。

 それと、りーさんを守ってくれてありがとうございました」

「ううん、それがわたしの役割だから」

 

 未だ小さな寝息を立てるりーさんの髪を掬う

 その髪の下に見える頬にはうっすらと涙の跡。あの後何があったのかは想像することしか出来ないが、彼女にも、由紀ちゃんにも心労をかけてしまったであろう事が少し心苦しい

 ・・・・・・ともあれ、皆で今後の方針を決める為にも彼女にはそろそろ起きて貰わなければ

 

 ぷにぷに

 もちもち

 すべすべ

 

 一頻り彼女の頬を堪能していると、うっすらと彼女の瞼が開く

 寝ぼけているのか、泣き腫らした半開きの瞳で彼女が辺りを見回した後、その視線が自分を捉える

 ぱちぱちと。視界に映っているものが何かわからないとばかりの数回瞬きの後、それを理解したのか

 

「葵君っ!」

「ぐぇ」

 

 由紀ちゃんから離れた彼女の、半ば飛びつく様な抱きつき方に思わず変な声が漏れる。尻餅をつきこそすれ、転倒して後頭部を地面に叩きつけられなかったのは幸運と言うべきだろう

 鳩尾の辺りに何が柔らかいものが当たっているが、それを意識する余裕すらない。というか締め付けがかなり強い。若干痛いまである程に

 

 胸に顔を埋めて再び嗚咽を漏らし始める彼女の髪を、あやすかの如くゆったりと撫でる

 

「ねぇ、葵くん?」

「はい?」

 

 不意に。そんな彼女の様子を見つめていた由紀ちゃんから声がかかる

 

「わたし、葵くんの力になれたかな?」

 

 ともすれば掻き消えてしまいそうな彼女の問い

 その答えは、決まっていた

 

「──ええ、勿論」

 

 

 

 

「・・・・・・大丈夫か?」

 

 由紀ちゃんに余計な心配をかけないように場所を移し、りーさんをなんとか宥めようと試行錯誤をしていた最中

 聞こえたのは、治療を終えたのかいつの間にか背後に立っていたくるみちゃんの声

 不安と自責の入り混じるその声は、どちらに向かっているのかは明らかで

 

「大丈夫ですよ、アイツの頑丈さは折り紙つきです。

 くるみちゃん達こそ、怪我は大丈夫でしたか?」

「美紀もアタシも、数日すれば治る様な怪我だよ」

「それはよかった。今後の方針を決める為に話し合いたいので、先に皆に言っておいて貰えますか?」

「でも、」

「元々くるみちゃんが気にする事じゃありませんよ。ほら」

 

 皆が居る方向を指で指し示せば、指先とあの(カズの)方角の間を彼女の視線が彷徨う

 そしてこちらが折れない事を悟ったのか、目元を拭う彼女

 

「・・・・・・わかった。待ってるからな?」

「ええ。皆によろしくお願いします」

 

 去っていく彼女の背を見送ると共に、試行錯誤を再開する

 

 ・・・・・・結局の所、りーさんを宥めるのには体感で数十分を要した

 

 

 

 

 左脇腹に顔を埋める様に抱きつくりーさん。その隣に由紀ちゃん、佐倉先生、美紀さん、そして自分の右隣に帰ってくる形でくるみちゃん

 非常用電源がいつまで保つかわからないという事もあり地下の電気は落とされ、ゆらゆらと頼りない光を放つ蝋燭の周りに小さく車座となっていた

 ぱん、と軽く両手を叩けば、皆の視線が集まる

 

「えー、では今後の方針について軽く話し合いたいと思うんですが・・・・・・

 何か意見ないしアイデアがあれば言って貰えればと」

 

 その言葉に反応して、美紀さんが小さく手を挙げる

 どうぞ、と軽く促すと彼女は語る

 

「このままこの学校に住み続ける事は難しいと思います。

 確証はありませんしまだ確認も出来ていませんが、恐らくこの火事で学校内の殆どの設備が全滅ないしそれに近い状態に追い込まれます。

 この地下の電源もいつまで保つかはわかりませんし、なるべく早い内に他の場所への移動が望ましいんじゃないでしょうか」

「・・・・・・でも、何処へ?」

「他のランダル系列の施設です。確か避難マニュアルにいくつか書いてあった筈ですから、そこならここと同様の施設が揃っている可能性があります。

 確かあれは金属棚に入ってましたよね? ならまだこの火事でも残ってる筈です」

 

 

 佐倉先生の疑問に、美紀さんは自論を展開する

 拠点を移すべきだと言うのは、概ね同意見だ。この学校の優位性は電気や水がある点だった。それらが無ければ、他の民家を拠点にしていても変わるまい

 今でこそ地下の非常用電源があるし、飲料水もコンテナ内に大量にあるがそのどちらもいつまで保つかはわからない

 こういう時、美紀さんの聡明さは実に頼もしい。同じくらいの事が出来そうなりーさんは、残念ながらその能力を大きく落としている

 納得した面持ちで頷く佐倉先生に代わるように、くるみちゃんが新たに口を開く

 

 

「でも、それなら美紀がいたあそこ・・・・・・ショッピングモールでもいいんじゃないか?

 あそこもランダルの系列だろ」

「確かにあそこも私が居た時には両方とも生きてましたが、恐らく電気はここと同じ非常用のもので何ヶ月も保つかどうかは怪しいですし、水も電気が止まってしまえばその後も続く保証はありません。

 ”かれら”の数も多いですし、外部から人がやってきてトラブルになる可能性もあり得ます。実際に住んでいた立場からすればお勧めはしかねますね」

 

 確かな実感の籠った美紀さんの言葉に、小さな唸り声と共にくるみちゃんが押し黙る

 流れを断つ様に両手を叩けば再び視線が集まった

 

「それでは美紀さんの方針に異論がある人は? ・・・・・・居ない様ですね。ではその方向性で行きましょう。

 それでは今日はこの辺りまでで。明日からまたやる事が増えますから、明日以降に備えてください」

 

 確認する様にゆっくりと全員を見回すも、特に反対意見は出ず。その場はひとまずお開きとなった

 

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