終わる世界、始まる物語   作:フィーラ

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それでは皆様、渋谷にてお会いしましょう


33.かち

 

Side:恵飛須沢胡桃

 

 夢を、見ていた

 

 指一つとして動かせない体から感じる、灼けるような腕の痛み

 溶けるように、解けてゆくように。だんだんと私が私でなくなっていく感覚

 

 その感覚を、私は知っている

 

 ・・・・・・

 

 ・・・・・・知っている?

 

 どうして?

 

 

 

 水底から浮かび上がる様に、意識がはっきりとしていく

 瞼を開けても、地下に広がる暗闇のせいで夜か朝かもはっきりとしない

 視界の端に、頼りない光が揺れるだけだ

 

 体を起こし、辺りを見回す。どうやらまだみんなは寝入っている様で、静かな寝息が聞こえてくる

 由紀、美紀、めぐねえ。視界の端の光を辿れば、ゆらゆらと揺れる光の傍に座りながら目を閉じている葵と、彼にもたれ掛かり寝息を立てるりーさん

 そして、その向こうで今尚目を覚さないカズ。起きているのは、私一人だけらしい

 

 

 微かに熱の残る寝袋から体を起こせば、背中に伝うのは夥しい程の汗

 自身から感じる鼓動は僅かに早く。微かに体が震えているのが分かる

 

(・・・・・・落ち着け、アタシ。変な夢を見たくらいで動揺するんじゃない)

 

 小さく深呼吸を繰り返し、呼吸を整える

 数度繰り返した頃には、体の不調はだいぶ治ってきていた

 その事を確認し、寝袋から這い出る。そこまま立ち上がると吸い寄せられるかの様に、光のもとへと歩みを進める

 

 

 光を放つ蝋燭の近くには、三人の人影

 皆が寝る際に、万が一に備えての見張りを買って出た葵。その双眸は今や閉じられている

 そんな彼にもたれ掛かり寝息を立てるりーさん。彼が帰ってきた時の憔悴ぶりと言ったら痛々しい程であったが、少しずつ落ち着いてきた様で

 蝋燭を挟んで彼らの反対側には、未だ目を覚さないカズ。その胸元に触れればそこには確かに温もりと鼓動が存在していて。彼を傷つけてしまった罪悪感と共に、まだ生きているという安堵を覚える

 

 傷の方は大丈夫なのだろうか。腕に巻かれた包帯に指をかけた、その瞬間だった

 

 

「随分とうなされていましたけど、大丈夫ですか?」

 

 聞こえる筈のない声が耳に入り、手を反射的に引っ込める

 音の方向へと視線を向ければ、目を閉じたままの葵の姿。・・・・・・ずっと、その状態で起きていたのだろうか?

 

「葵、起きてたのか?」

「ええ、見張りをしなくちゃいけませんから。くるみちゃんは休まなくても良いんですか?」

 

 片目を開き、こちらへと視線を向ける彼

 その黒の瞳は蝋燭の光に照らされ、ゆらゆらと揺れている

 

「ちょっと、目が覚めちゃってな。見張り代わろうか?」

「いえ、これは僕の役目ですから。・・・・・・眠くなるまでの間、話し相手くらいにはなりますよ?」

 

 ちょっと今は動けないので気の利いた飲み物とかは出せませんけど、と斜向かいの位置を示す彼に従い腰を降ろす

 地下の肌寒さと相まって、コンクリートの床から伝わる冷たさに軽く身震いしてしまう

 

 

 

 二人の間に、沈黙が流れる

 

 再びその双眸を閉じた葵は、何か言葉を口にする様子すらない

 アタシが喋り出すのを待っているのだろうか。それとも何か思案しているのだろうか。わからない

 

 

 少なくともアタシから口にしなければ、この沈黙は続くのだろう

 なればこそ、あの時から私の中で燻っていたその言葉が口を衝いたのは当然だったのかもしれない

 

「・・・・・・ごめん」

「何がですか?」

「アイツが噛まれたのは、アタシのせいだ。

 アタシが不用意な行動さえしなければ、アイツは・・・・・・」

 

 無事だった筈なのに

 

 私があの時ヘリコプターの落下場所を調べようとしなければ、みんなでスムーズに避難できていた筈なのに

 私があの時素直に引き返していたら美紀も、そしてカズも必要のない怪我を負わずに済んだ筈なのに

 私があの時傷を負っていれば、アイツが代わりに生死を彷徨う事もなかったのに

 

 

 傷ついた美紀の体が視界に映る度、私の不出来を思い知らされる

 今尚眠り続けるカズの姿が視界に映る度、私の罪禍を思い知らされる

 

 親友が傷付き、生死を彷徨う事になっても尚、何事もなかったかの様に振る舞い普段通りの優しさを、親友が傷つく原因を作った私にも向けてくれる

 

 その優しさが、今は重い

 

 私にそんな価値なんてない。慕ってくれている後輩を傷つけ、意思を尊重して同行してくれた友人を殺しかけた愚か者だ

 あの優しい先生に生徒を手に掛ける決意を抱かせ、目の前にいる彼から親友を奪いかけたどうしようもない人間だ

 

 全部、私のせいで。傷つくのは私であるべき筈だったのに

 

 

「傷つくのなら、アタシであるべき筈だった。

 あれはアタシのミスで、アタシの不注意が原因で、アタシが負うべきものだった。なのに──」

「──くるみちゃん」

 

 何かを咎めるが如き声音が耳をうつ

 いつの間にか、目の前の彼の双眸が開かれているのに私は気づいた

 

「あまりこういった言い方は好まないんですが・・・・・・それ以上言うと、流石にくるみちゃんでも怒りますよ?」

 

 その言葉とは裏腹に、その声音が孕む感情は怒っているというよりも叱っている、という表現がしっくりくるものだった

 はぁ、とため息をつく彼。しかしその視線は、真っ直ぐ私へと向けられている

 

 

「いいですかくるみちゃん。くるみちゃんは自分の事を軽く見過ぎです、もっと自分を大事にしてください。

 自分が傷つくべきだった、とか自分のせいで、とか思わないでください。

 自分にはそんな価値はない、だとか自分を責めないでください。

 そんな事は絶対に無いんですから」

 

 その表情は、真剣そのものだ

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。わからない

 

「確かにアイツが噛まれてた事はちょっとびっくりしましたが、それももう済んだ事です。

 人間誰しもミスはありますし、その可能性がゼロでないならいつかは起こり得ます。今日がその時だっただけでしょう。

 その事で責める意図は全くありません」

 

 ふと。彼の真剣な瞳に、既視感を覚える

 あれは確かそう。燃え盛る校舎から繰り出そうとした時に呼び止められた時の──

 

「それにまぁ、アイツともそこそこ付き合いは長いですが、アイツと同じくらいくるみちゃんも大切な友達なんですから。

 みんなも、くるみちゃんが悪いだなんて思ってませんよ?」

 

 ぴと、と。額に押し付けられる指先の感触に意識を引き戻される

 身を乗り出した彼は柔らかく微笑み。子供を窘めるかの様な彼の声が耳をうった

 

「それに何よりくるみちゃんがアイツに言うべきなのは、ごめんではなくありがとう、ですよ。

 アイツも、くるみちゃんのそんな顔を見たくて助けた訳じゃない筈ですから」

 

 

 本当に、良いのだろうか?

 彼は、私を恨んではいないのだろうか?

 皆は、私を疎んではいないのだろうか?

 

 

「・・・・・・いいのか?」

「何がです?」

「アタシを、赦してくれるのか?」

「許すも何もないでしょう? 大切な友達なんですから」

「みんなを、傷つけたのに?」

「皆納得の上ですよ。くるみちゃんのせいじゃありません」

 

 指を離して身体を戻し、何もなかったかの様に光の先を見つめ続ける彼

 地下に、静寂が戻る

 

 

「・・・・・・わかった」

 

 彼がそこまで言ってくれるならば、それを信じてみよう

 少しずつでもいい。自分を認められる様に努力してみよう

 

 ・・・・・・ありがと、と。改めて口にするのは少し気恥ずかしくて。音になるかならないかのその言葉は、地下に溶けて消え

 どういたしまして、としっかりとした彼の声が聞こえた

 

 

 

 

「さて。流石にそろそろ寝ないと明日に響きますよ?

 また忙しくなりそうですからね」

「あぁ、流石にもう寝る。

 後はよろしくな」

 

 温くなった床から立ち上がり、元いた寝袋へと向かう

 

 明日になったら、しっかりと伝えよう

 アタシを信じてくれたみんなに、感謝を

 

 

Side out

 

 

Side:若狭悠里

 

「とりあえず──」

「助か──」

 

 だれかの、話し声が聞こえる

 聞き覚えのある、ひとの声

 

 閉じた瞼から漏れる光が眩しい

 いつの間にか朝になったのだろうか?

 

 薄ぼんやりとした意識の中、瞼を開く

 

 

「おっけおっけ。大体は把握した。

 ま、今までなんだかんだなんとかなったしな。今回もなんとかなんだろ」

「おう。とりあえずそろそろ動き出したいんだが、どうすっかね」

 

 視界に広がるのは光に照らされた地下空間。蝋燭の光ではなく、煌々とした蛍光灯が存在を主張している

 目に映ったのは、見覚えのある男の子。何かに抱きつく腕からは確かな体温が伝わってくる

 

「・・・・・・?」

「お、りーさん起きたっぽいぞ。おはおは」

「あ、おはようございます。

 早速ですみませんが腕離して貰えませんか?」

 

 見覚えのある男の子── 和義君が私へと手を振っている

 私の記憶にある彼の最後の姿は、寝袋の上で眠る姿だ。それが今起きてここにいると言う事は──

 

 

「無事、だったの?」

「おう。おかげさまでこの通りピンピンしてるぜ?」

 

 自身の健康を示すかの様に戯けた調子で軽くジャンプを繰り返す彼

 各所に見え隠れする負傷の痕を除けば、傍目から見れば健康体そのものだ

 あの日から一人も欠けずに居られたことに心の中で安堵する

 

 

 そして遠く視界の端。地下を満たす光に反応してか、もぞもぞと寝袋の群れが蠢く

 そこから最初に覗くのは、由紀ちゃんの寝ぼけ顔。瞼を擦りながら寝袋から這い出た彼女は、私の方へとその視線を向け

 

 何かに気が付いた様に、目を見開いた

 

「カズ君っ!」

「いでっ」

「流石に怪我人なので加減してやってくれません?」

 

 僅か十メートルもない空間を全力疾走からの抱きつき。鳩尾に被害を受けた和義君から声が漏れ出る

 体格差があるとはいえ、体幹を少し崩す程度に留まった彼は流石と言うべきだろう

 殆ど意味を為さない葵君の言葉は地下に溶けて消えた

 

 そして半ばタックルを敢行した由紀ちゃんはと言えば、和義君の顔を見上げ満点の笑顔を湛え

 

「おはよっ!」

 

Side out





いや実際、くるみちゃんって自分のせいで自分の代わりに誰かが傷つくのめちゃくちゃ嫌いそうですよね
もしそんな事になったらめちゃくちゃ気にしそう。気に病みそう(こなみ)
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