Side:佐倉慈
「……と言う事で、カズの奴が合流してきたんで仲良くしてやってください」
目覚めた私達のもとに飛び込んできたのは、喜ばしいニュースだった
典軸和義君、3-Bの男子生徒。彼が生きていた
偶に補修を一緒に受けていて彼と親しかった丈槍さんは、嬉しそうにタッチを交わしている
彼は多くの物資と、わずかながらも外の情報を持ってきてくれていた
物資の中には大量の食糧は勿論、バリケードを作るのに役立つ工具類も含まれていて
物資の管理を担当している若狭さんも明るい表情をしている
「それでですね、コイツが物資を大量に持って来てくれたんでなんと今日の朝食は……」
「カレーよ!」
白井君の言葉に被せる様に、若狭さんが今日のメニューを発表した
久しぶりの保存食以外の食事だ。皆も喜んでいる
賑やかに食事は進む
人数が一人増えたというのもあるが、それ以上に乾パン以外の食事と言うのが大きいのだろう
「今日は奮発しておかわりもありますから、好きなだけ食べてくださいねー」
「やったー! りーさんおかわりー!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
微笑ましい光景だ。もう終わってしまった世界だけれど、せめてこんな日々をずっと続けていけたらいい
その為なら、私はどんな事だってする
私は、この子達の教師なのだから
「それで、今日の予定はどうします? 購買部側の制圧にでも行きましょうか?」
食事を終え、今日の予定を決める時間になる
「あー、アタシはそれでも構わないけど。どうする? めぐねえ」
俺も大丈夫ですよー、と典軸君の声も聞こえた
確かに、それも選択肢の一つなのだろう
購買部と学食付近を制圧してしまえば、食糧を取りに行く時の危険はなくなる
──それでも
「食糧はいっぱいあるから、今日は一日自由時間にしてそれは明日にしない?」
「ん、わかったー」
それでも、合流してきたばかりの生徒が居るというのに、彼をすぐに危険に晒すのには躊躇いを感じる
それに今日はとてもいい天気だ。こんな日くらいは遊んでも罰は当たらないだろう
「あ、佐倉先生。ちょっといいですか?」
部屋を出て職員室へと向かう私に、周りを伺いながら白井君が小さく声をかけてくる
確か彼はさっきまで若狭さん達と一緒に物資の確認をしていたはず。……何の用事だろう?
「どうしたの? 白井君」
「……いや、カズの奴にもアレの事共有しとこうかと思ってですね」
アレ。アレとはつまり、三日前の夜に見た
──鼓動が早くなる。書かれていた内容を思わず思いだし、わずかに吐き気まで覚えた
今、アレの存在を知っているのは私と彼だけで
そんな中、典軸君まで巻き込む必要があるのだろうか
「……先生は、典軸君まで巻き込む必要はないと思います」
「まあ、先生ならそう言うと思いましたけど」
彼はどこか予想していた様に苦笑いをしていて
「……正直、もう皆に話してもいいとは思いますけどねえ、僕は。少しずつとは言え生活も安定してきましたし」
──ダメだ。事件があってまだ間もないのに、彼女達に余計な負担をかける訳にはいかない
皆に話すのならば、もっと皆の心に余裕を持てる時で無ければ
「わかりました、わかりましたよ。だからそんな落ち込んだ様な顔しないでください」
せっかくの美人が台無しです。と言って彼は困ったように笑う
そんなに、顔に出ていただろうか
「皆にはまだ隠しておくにしても、アイツには話しておきたいです。……アイツなら、僕と一緒で多分大丈夫ですから」
──結局、彼に押し切られて了承してしまった
典軸君もまた護るべき生徒だというのに、この重荷を背負わせてしまう
私だけが背負うべきものを、背負わせてしまう
Side out
りーさん達と一緒に物資の確認を終え、整頓も終えた
由紀ちゃんとくるみちゃんは屋上へと遊びに行っていて、向かいに居るりーさんは帳簿に物資の詳細を書いている
残りのカズも昼寝をする為に資料室に移ってしまっている。どうしたものか
──ふと、購買部から持ってきた折り紙へと、目が留まる
手のひらサイズの、小さな折り紙用紙。暇つぶしになるかと思い持ってきたはいいが、誰も使っていなかったものだ
丁度いい。これで何か作る事にしよう
さて、何を作ったものだろうか
折り紙をしようと手に取ったはいいものの、普段折り紙なんてものをしないせいで碌に折れるものはない
そこまで考え、昔よく一緒に遊んだ、ある少女の言葉を思い出した
──アレは確か、そう
「──あら葵君、鶴を折ってるの?」
記憶の底から鶴の折り方を思い出しながら悪戦苦闘している間に、りーさんが形になっていない鶴を覗き込んでいた
どうやら物資の記入も終わっていたようで、帳簿はいつの間にか閉じられている
「昔の知り合いが言っていた事を思い出したので、千羽鶴でも折ってみようかと」
「千羽鶴……?」
「ええ、千羽鶴です。りーさんもどうです?」
彼女に用紙を手渡す。彼女ならば、恐らく自分よりもずっとうまく折れるだろう
予想通り、彼女は手際よく折り鶴を作り上げ、机の上へと置いた
自分の作った不格好な鶴と、綺麗な形の鶴が並ぶ
「久しぶりに作ると、意外と楽しいわね」
楽しそうな顔をしながら、二枚目の用紙へと手が伸びる彼女。それを制止する
「っと、待ってください」
「どうしたの? 千羽鶴、折るんでしょう?」
「一日に折るのは一羽だけです。次はまた明日と言う事で」
「……え? でも、それって」
彼女は困惑した表情をしている。それもある意味当然なのだろう
「一日一羽を毎日欠かさずに折るとして、千羽できるまではおおよそ二年と九ヶ月弱。随分とまぁ気の長い話ではあると僕も思いますけどね」
そう言いながらも、あの少女の言葉を思い出す
──これは祈りなのだと、あの少女は言っていた
一日一日を少しずつ歩み、願いへと近づいていく魔法なのだと、あの少女は言っていた
こんな世界で、未来の保証など何一つないが
「でもまぁ、いずれは完成するんです。気長に行きましょう、気長にね」
「……葵君は、本当にそれが完成すると思うの?」
目の前に視線を向ければ、先ほどまでとは一変した様子の彼女
言葉を震わせ、俯きながら彼女は問いかける
その姿は、まるで何かにおびえている様で
「ええ、思いますよ」
「……どうして? 未来の保証なんて、何一つないのに」
「そりゃあ、あれですよ」
そんな彼女に、ただ自分の考えを告げる
「──皆が居ますからね」
部屋を、静寂が包む
あっけにとられていた彼女は、いつの間にかくすくすと笑いだして
「あ、今のセリフ、皆に聞かれたら恥ずかしいんでカットで! カットで!」
流石に、今のセリフを他の誰かに聞かれるのは恥ずかしい
いや、言ってしまった時点で十分恥ずかしい気もしないでもないが、特にくるみちゃんやカズ辺りは思いっきり煽ってくるに違いない
「ええ、ええ、そうよね。……皆が居れば、大丈夫よね」
安堵したような彼女の呟き。それと同時に、生徒会室の扉が勢いよく開く
どうやら屋上へと遊びに行っていた二人が帰ってきたらしい
「たっだいまー! って、何してるのー?」
「おかえりなさい二人とも。さっきまで折り紙をしてまして」
「折り紙!? 私もやるー!」
「おっ、アタシもアタシも!」
そう言って、紙飛行機を折り始める二人
「ふっふーん、それじゃあ皆で誰が一番遠くまで飛ぶ飛行機を作れるか競争だー!」
「お、じゃあ僕も混ざりますかね」
「……ん? なーにやってんだ」
しばらく紙飛行機を飛ばして遊んでいると、カズもいつの間にか昼寝から目覚めた様で生徒会室へとやって来た
「紙飛行機。カズもやるか?」
「おー、やるやる。久しぶりだな、こういうの」
──生徒会室は、喧騒に包まれる
あまりにもありきたりな、日常の一幕
こんな日常が、いつまでも続いて行けばいい