【完結】狂気に憧れて   作:おこめ大統領

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Casual and unplanned

=無頓着な無計画性


4. Casual and unplanned

 さとりさんはもう1分以上黙りこくったままだ。

 

 それもそのはずだ。ただの人間が唐突に家にやってきて意味不明なお願いをしているのだ。はい分かりましたと二つ返事するほうがどうかしている。

 にしても沈黙が長い。いまだにじっと僕を見つめている。ここまで話した感じから、非常に合理的で回りくどいことを嫌う性格であり、かつ心を読む能力があることから、感情をストレートに真摯に伝えることが一番良いと考えたのだが。見誤っただろうか。

 

「あなたの願いは理解しました。要はあなたをサイコパスにすればいいんですね」

 

 やがてさとりは重い口を開いた。聞きなれない単語に、私ははてなを浮かべる。

 

「サイコパスと言うのははこいしの持つ狂気の種類に近い気質を持つ人のことです。狂気という言葉はとても広義かつ意味の取違いがかなり命取りになると思い、この場では別の言葉を使用しました。サイコパスとは、簡単に言ったら、暴力性に本質を置かない反社会的でイカれた人のことです。非常に魅力的に映り、感情は欠落し、衝動的なのも特徴ですね。」

 

 暴力性によらない、か。確かに、ただ狂いたいだけであれば、一日二日のうちにその辺の獣を三、四匹殺して五臓六腑で七並べでもすれば達成できそうだ。だが、さとりさんの言うようにこいしちゃんの狂気はそれとは少し毛色が違う。彼女が暴力をふるっている場面を、私は見たことがない。

 

「いいでしょう。あなたの願い、引き受けました。ああ、謝礼などは不要ですよ。あなたの全財産やましてや命なんてもらったところで、私に使い道なんてありませんから。妹のことを理解し共感してくれようとする人への、ささやかな感謝だと思ってください」

 

 ばれていたか。もしあれ以上彼女が沈黙を貫くようならば、体の一部ないし命や財産を代わりに差し出すつもりだったが。

 妖怪へお願いなどしたことなどなかったので必要以上に身構えてしまっていたが、そこは人間が相手の時と同じくらいの温度感でよさそうだ。彼女の言葉に、私の口角は思わずつり上がった。

 

「ですが、あなたがサイコパスでいられるのは一日限りです。夜が明けるころには、あなたは元の状態に戻っていることでしょう。それだけあれば、あなたの目的は達成できるでしょうし、問題はありませんね?」

 

「一日だけ……」

 

 その言葉に私は分かりやすく肩を落としてしまった。つまり、こいしちゃんに近づけるのは今日限りということだ。彼女に近づけるなら、私はどうなったってかまわないのに。

 

「簡単に言ってくれますね。あなたは私に、あなたが死ぬまで術をかけ続けさせるつもりですか」

 

「ああ、なるほど、そういうことでしたか」

 

 彼女の言葉を聞いて合点がいった。つまり彼女は、私をサイコパスの状態にすることはできても完全にサイコパスに変化させることはできないのだ。あくまで疑似的な体験というわけだ。

 

「無礼な態度をとってすみません。わかりました。一日だけで問題ありません。お願いします」

 

 私は腰を折り、改めて誠意を込めてお願いをした。彼女に言葉は無意味だろうが、こうして態度で表すことにも意味があると思う。

 一日だけなのはやはり惜しいが、一度その状態を体験してしまえば、戻った後もそれに近づくことは可能だろう。

 

「はい。それではソファに腰かけてリラックスしてください」

 

 さとりさんに促されるままに従う。何度も深呼吸をし、肺の空気を吐き出すと同時に全身の力も抜いていく。さとりさんは私の額に人差し指を押し当てた。

 

「これからあなたを疑似的なサイコパスにします。より正確にいうならば、あなたの感情の起伏、そして倫理的推論能力のパラメータを下げさせていただきます。合図と同時に、私の指が当たる位置を起点にあなたの体の中に何かが通過する感覚が駆け巡るでしょう。少し痛むかもしれませんが、安心してください。それを乗り越えた先で、あなたは狂気に歓迎されるでしょう」

 

 さとりさんの言葉が体の全身にしみこんでくるようだ。長い時間湯船につかっているかのような心地よさが体を支配している。私はまもなく、あの子に近づける。

 

「3、2、1……」

 

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