そこは地下深くにある研究施設。真ん中には井戸のようなものが設置され鮮やかな翠の光が漏れ出ている。辺りには最新の機械がずらりと並べられコードのようなものが井戸まで伸びている。鉄板の地面や壁に囲まれているかと思いいきや足場や壁は天然の岩や砂だった。まるで地質科学者たちの集まりのようだが行っている研究は別である。
十人近くの研究員がせっせと働いている中ドサッと何かが倒れる音がする。倒れたそれは物ではなく人だった。白い紳士服を着た中年の男、伊坂深紅郎である。
「伊坂さん!?どうしたんですか!?」
「ちょっと、躓いてしまいましてね…」
「伊坂君、よく帰ってこれたね」
「ハハ、これはこれは、園崎さん…ごきげんよう……」
彼の前に園崎と言われた男が立つ。この場に怪我人がいるのにも関わらず冷静に、優雅である男は笑みを作って彼を迎え入れる。伊坂は立ち上がり土埃を軽く払う。
「どうしたのかな?こんなにボロボロになって」
「少し失敗しまして。すぐに取り戻しますので大丈「少し休み給え」いえ問題ありません私は」
「休み給え。これは上司としての命令だ」
「っ……」
「それに一部始終見せて貰ったよ」
「!?」
「少し調子に乗り過ぎたね、君も。何、君が次の研究に取り掛かるまでの実験は残してある。これからそれも実行するがね。もし先に成果を出してしまったら、申し訳ない」
老人のように笑いその場を去っていく。やがて姿が見えなくなると伊坂は壁に拳をぶつける。ボロ雑巾の様な姿を見られ苛立ちが止まらない。どうにかしなければと血相を変えて園崎の後を追いかけるように姿を消す。残った研究員は冷や汗を掻きながら作業に戻った。とはいえ研究員も普通の人間と変わらない。中には雑談をする者もいた。
「怖かった〜」
「あの二人やっぱ仲悪いよな」
「所長の威圧半端なかったし!てか『君も』ってどういう意味だったんだろ」
「知らないのか?伊坂さんの実験に一緒に行った子供がいただろ」
「皇っていう子?」
「そうそれ。アイツの使ってるメモリ、副作用が出始めてるんだよ」
「それって本人は知らないの?」
「そろそろで始める頃だろうとは言ってたけど本人には伝えるなって」
「誰が?」
「代表が」
「ヒェ〜もしかしてあの子も所長の実験代なのかな?」
「だろうな。いずれ先規模でやる実験があるらしいし。ま、俺たちはメモリ作っていられればそれでいいでしょ」
「だね!」
その背後で隠れて聞いている者がいるとも知らずに。
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紗夜さん達の一件が片付いた次の日、いつもの日常に戻れると思っていた。朝起きて朝食の準備をしてから部屋に荷物を取りに戻った時の事。ベッドに妙な膨らみがあると警戒しながら布団を剥がすとそこには布面積がほぼ無いに等しい痴女の格好をしたような夜架ちゃんの姿あった。しかも何故かぐっすり寝ている。布団でくる巻いてから縄で縛り天井からぶら下げてから起こした。
「ん……はぁ〜、おはようございます新様!」
「うん、おはよう。それで君は何をしていたの?」
「何をって、あら?動けませんわ、って何ですのこの格好!?」
やっと現実を受け入れたらしく必死に抵抗しようとしている。側から見ればミノムシがブランブランしているようにしか見えないが。
「出れないよ。縄できつく締めたし、隙間に布団を入れたから簡単には抜けられない」
「そんな!このまま新様に好き勝手あんなことやこんなことをされてしまうのですね………」
「いや?このまま放置して学校に行くけど?」
「え?」
「え?」
しばらく沈黙が作られるが数秒して思考をやめた僕は荷物を持って部屋を出ていく。謝罪するような声が聞こえたがそれも無視して下に降りていくと洗面所から出てくるお嬢様の姿があった。挨拶して食事を共にとり、食器洗いを済ませるとお嬢様も準備を終えて降りてきた。では登校しようと家を出て歩いていく。
「今日の予定を教えてちょうだい」
「本日は学校が終わった後circleにて全体練習です。その後は普段と変わりありません」
「分かったわ。あなたの今日の予定は?」
「基本的には同じですが全体練習の時に夕飯の買い物に出ます」
「そう、気をつけなさい」
「ありがとうございます」
「では私もお手伝いに行きますわね」
お嬢様と反対の方向を見ると朝縛ったはずの女が少し変わった制服を着て隣を歩いている。あれ、布団ごと縛って吊るしてきたはずだよな?
「早かったわね」
「朝食は既に済ませておりましたので。それに早着替えは得意なんですのよ」
「お嬢様まさか」
「声が聞こえたからあなたの部屋に入らせてもらったわ。部屋に入ったら彼女がいたからとりあえず解放させておいたわ」
多分純粋な気持ちなんだろうな。この人も本当に優しくなった。あの時も僕の気持ちを汲み取ってくれたし本当に成長なさっている。
「本当に助かりましたわ。流石、新様の主様ですわ」
君は成長してはいけない方に成長してるよ。
「ダメじゃないですかお嬢様、この人の格好を見なかったんですか?」
「見たわよ」
「じゃあなんで」
「ハロウィンの仮装と言われたのよ」
「あんな痴女みたいなハロウィンあってはなりません」
「あれも立派な仮装ですのよ」
「お嬢様、この人の言うことを信じてはなりませぬ」
「言葉が昔の人になりかけてるわよ」
「全く……帰ったら名護家に突き出して処してもらおうと思ってたのに」
「罰が重くありませんこと?」
朝から出勤は大変だろうと配慮したのが間違いだったのだろうか。でもこんな痴女を朝から見たくないだろう。僕もそうだった。昔はもっと可愛かったはずなのにどうしてこんな風になったんだろう。
仕方ないので水に流しながら学校に向かった。お互い魔姫ちゃんのことは触れなかった。心配はするものの余計に不安にさせないためだ。おそらくその配慮は向こうにもあったんだろう。教室に入るとめずらしく京君が座っていた。
「おはよう京君」
「おう、おはよう」
「今日早いね」
「まぁなーお前らは仲睦まじきことで」
席に着いて暇つぶしに今朝あった事を京君に話す。すると大声で笑う。まぁ普通の人からすればこんな事はないだろう。しかし急に笑うのを止めると明後日の方向を見る。
「………」
「何か言い残すことはある?」
「吐き出す物など、ないっ!!」
「よし、裁判を開こうか」
ダンッと逃げ出す京君を見て僕は指を鳴らす。その瞬間京君は取り押さえられ教室の扉は閉められる。取り押さえたのはクラスの女子達だ。必死に抵抗しているが運動部の女子が押さえつけているせいかあまり身動きが出来ていない。
「一体どういうつもりだお前ら!というより何故こんな都合よく動かせるんだお前!?」
「京君、人の統率ってのは雰囲気と感覚でやるんだよ」
「んなもんで出来るわけねぇだろ!」
「さぁ、被告人をここへ」
僕は教卓に手をついて目の前に被告人を立たせる。取り押さえられた状態で立つ京君は悔しそうな顔をしてこっちを見ている。
「ことの一部始終は省こう。何故あんな事を」
「吐き出す物など、ないっ!!」
「素直に言えば罰を軽くしても」
「どうしてもそういう展開が見たかった!そしてお前たちで繰り広げられる面白展開を聞きたかったんだ!」
「よーし、お仕置きタイムだ」
パチンと指を鳴らして女子達に教室の外に出てもらう。僕は鞄の中からあるものを取り出し京君の前に出してコップの中に注ぎ込む。
「なんだそれは」
「京君、すごーく甘いものが苦手なんだって?どうせそのうちまたやらかすだろうと思って用意しておいたんだ。勿論、鞄の中でも保存環境はしっかりしていたから安心してね」
「すごいピンク色なんだが中身聞いてもいいか?」
「ご想像にお任せするね」
「因みに吐いたらどうなる?」
「吐けると思う?」
「アッ、ハイ」
飲んでくれと差し出すと嫌そうな顔をして受け取る。それから一分ぐらいしたが一向に飲む気配はしない。
「手が止まってるけどどうしたの?」
「もう、辞めようぜ」
「?」
「俺たちがこんなことしたって何にもなりやしないんだ。誰も幸せになんてなれない」
「僕は幸せになれるよ」
「人が不幸になるだけなんだ」
「君の罰だけどね」
「俺は、こんなこと望んじゃいない。お前だって本当は」
「ねぇ京君、君が罪を吐いてくれなかったら僕はね………この容器ごと全部飲ませるつもりだったんだ」
「鳴海京、いっきまーす!」
勢いよく元気よく飲んだ京君は全部飲み干すとその場でぶっ倒れる。扉を開けて女子を招き入れると一見おかしな光景にざわめきが走る。ただ自分の罪と向き合ってもらっただけだと説明すると皆納得して自分達の席に戻っていった。僕は京君の席にある空になった容器を廃棄して自分の席に戻る。
「新様、鳴海さんに何をなさったのですか?」
「ジュースを飲ませただけ」
「ああん、私にもくださいまし」
「いいよ。はいどうぞ」
「ありがとうございますわ。では早速」
ゴキュゴキュと勢いよく飲んでいく。一気に容器は空になり本人はプハーと美味しそうにしている。僕も少し貰おうと容器に入れて飲む。うん、くっそ甘いねこれ。あとは全部あげるよと夜架ちゃんにあげると嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら自席へ戻っていった。それから今日の授業中は京君が死んでいたのはまた別の話。
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俺は眠いと大あくびしながら中庭のベンチで寝っ転がっている。俺、大道快斗は学校にいる時もこころのボディガードの仕事を任されているが先輩たちが基本的に見守っているから学生らしくいろと言われる。緊急時は連絡が来るようになっているためそれでいいと言えばいいが、そうなると暇になる。この生活も半年を迎えるが正直飽きてきた。神よ、何か刺激的なことを求む(無茶振り)。
「ここで寝っ転がってるのは誰かな〜?」
「その声は彩さんじゃないっすか。死角から声をかけるんならもっと気配を消してくださいよ」
バレたか、と木の影から出てくるのはふわふわしたピンク髪の先輩、丸山彩さんだ。先輩って付けたいがどうしても先輩らしさを感じないからさん付で止まっている。
「今なんか失礼なこと考えてなかった?」
「いえ全く。それより今日は何しに来たんすか?」
「ここで快斗君が寝っ転がってたから」
「先輩もしかして暇なんすか?」
「そんなことないよ!?」
「ハハハ、そんで何用っすか?」
「実はね快斗君に聞きてゃいことが」
「あ、噛んだ」
この人と話すと大体舌を噛む。正直いつもやっていることだから慣れっこではあるが見てて面白い。
「う〜また噛んじゃった」
「ホント噛みますよね、呂律回ってますか?」
「回ってるよ!さっきはうまくいかなかっただけで……」
「え〜?本当に〜?」
「か、快斗君だってたまに噛むじゃん!」
「そんなことないっすよ。だって俺かちゅじぇつ………」
……やべ。
「あ、今噛んだよ!」
「噛んでないっすよ」
「噛んだって。かちゅじぇつって」
「え、そんなことないっすよ。先輩耳遠くなりましたか?」
「ぶ、ぶえ、そんなこと言わないでよ〜」
しまった、彩さんが涙目になった。というより泣き始める寸前まで来てる。早くどうにかしないとあの人がやってくる。それだけは本当に勘弁願いたい。
「じょ、冗談っすよ彩さん。いやほら、俺も年頃なんで女の先輩に揶揄われるのとか恥ずかしんすよ」
「じゃあ…噛んだの?」
「か、噛みました………」
「本当?」
「本当ですって。さっきはほら、調子乗ってたせいで呂律がうまく回って…いにゃかったというか……」
「あ、今度は本当に噛んだ。やっぱ聞き間違いじゃなかったんだね」
涙も引っ込んだようで今は笑っている。いや助かった。もしあのまま泣かれてたら男としての面子がないし何より彩さんガチ勢のあの人にお説教されんのは嫌だしな。よく頑張った俺。
「でも快斗君って意外と恥ずかしがり屋だったんだね」
「へ?」
「年上の女の人に揶揄われるのが嫌だとか、可愛いところあるじゃん」
「………」
「どうせなら私が揶揄ってあげてもいいんだよ〜?」
やいやいといじっている姿に少しイラっときてしまった。もう少し自制できれば良かったんだろうけど俺はこの時選択をミスった。
「そんなの嘘に決まってるじゃないですか」
「………え?なんて?」
「嘘っすよ。別に女の人に揶揄われてもなんともないっすもん」
「え、じゃあ………」
「全く、彩さんは純粋すぎるんすよ。俺の嘘にこんなにあっさり騙されるなんて」
「じゃあさっき噛んだのは」
「演技に決まってるじゃないすか」
ふぃースッキリした。あ、でもこれで泣かれたら困るな。それに少し言い過ぎたかもしれないと前言撤回しようと彩さんの方を向くとすでにポロポロと泣いていた。
「あ、彩さん!?」
「私、ずっと騙されてたんだ………えぐ」
「あー!彩さん嘘ですって!今言っていたのはガチの嘘です!」
「噛んだの、嘘…なんだ………」
「違いますって!噛んだのはガチっす!それを隠そうとしたのが嘘で!」
必死に泣き止んでもらおうとすると後ろからドス黒い何かを感じる。恐る恐る振り向いてみるとそこには
「何をしているのかしら?」
「いやそのっすね、これは」
「うぅ……千聖ちゃん………」
「ああ、彩さん本当に申し訳ございませんでした!この通りです!」
「何があったか一から説明してもらいましょうか」
その後事情を説明した俺は鉄仮面に絞られ彩さんに土下座した。その後また説教をされたが絞られている最中のことは一切覚えていない。