休日の昼下がり、僕は当然のごとく買い物をしていた。身体が戻ってきたこともあって出来なかった分ご飯を美味しくするように言われている。お嬢様達は練習中故邪魔するわけにもいかない。でもある程度今日の献立は出来ていたので追加で何を作るか悩んでいた。
そんな時に僕の顔を覗き込んでくる女の顔があった。
「こんなところで何してるの?」
「それはこちらの台詞ですよ、逢坂さん」
逢坂魔里沙──名護家殲滅部隊の一人。銀髪の長い髪やモデルのような体型が特徴的だ。得意武器は鋼糸。ワイヤーより硬度のある糸を自由自在に操る。また、本人は取り調べにも適応しており拷問で吐き出させなかったことはない。
私服の彼女は雑誌に載るようなモデルみたいだ。
「休みだったからたまたま町に出たらあなたがいたのよ」
「そうですか」
「ちょっと反応薄いんじゃない?こんなに綺麗なお姉さんが来たんだからもう少し緊張したらどう?」
「そうですね、少しお話しましょうか。どうせそれが狙いでしょう?」
「わかってるじゃない。早く行きましょう」
行こうとした瞬間目に入ったものをかごの中に入れて会計をする。エコバックに詰め込んでスーパーを出ると逢坂さんが指差す方向へ歩き出す。商店街は賑やかで人が多い。
「回りからすれば私たちは恋人に見えるのかしら」
「姉弟かもしれませんよ」
「夢がないわね」
「姉も恋人も僕にはいませんけどね」
「ふーん」
商店街を抜けると静かになってきた。そのタイミングで話しかけてくる。
「あなた今、執事をしてるんですって?」
「はい」
「墜ちたものね。名護家の当主が」
「それほどでも」
「褒めてないわよ」
多分嫌味を言ってきてるのだろう。でもそれをスルーするように話を続ける。
「それで本題はなんですか?」
「名護家に戻ってきなさい」
「お断りします」
「何で?」
「今の生活が僕にとって一番だからです。別の契約も結ばれてますし」
「私たちよりそのお嬢様の方が優先なの?」
「ええ、そういう契約ですから」
逢坂さんが立ち止まる。数歩先で止まった僕は振り返る。
「本当に……捨てられてしまったのね……」
「申し訳ありません。僕にはやらなきゃいけないことがあります」
「そう……」
「……今日の事は忘れてください、きっとそれが一番です」
お辞儀だけしてその場から離れる。しかし僕は気付いていなかった。もうこの時点で彼女の罠に掛かっていることを。
「忘れないわ。だってあなたが私に火をつけてしまったのだもの」
憎悪にまみれたような気配を感じる。右に逸れると道路に三本の線が入る。抉れているというわけではないが直に受ければ軽い怪我ではすまない。
「どうしても引き戻すつもりですか?」
「ええ」
「こう言ってはなんですが、僕に勝てるとでも?」
「あなたに戦闘で勝ったことなんてないわ。けれどもし私が勝つ気がないとしたら?」
伏兵の可能性は考慮していたが気配を感じられない。ハッタリだろうか?
「ではどうするつもりですか?」
「もう終わってるわよ」
逢坂さんが右手を首を切るようにビッと動かすと罠に気付く。されど時既に遅し。四肢が固定され動けなくなっていた。
「本当に墜ちたものね」
「ハハ、そうみたいですね……」
「じゃあお休みなさい。最後に良い夢を見られると良いわね」
逢坂さんは香水のスプレーの様なものを僕にかけきた。突然のことに驚き息を吸ってしまった僕はそのまま意識を失った。
「眠ってしまえばお人形も同然ね。さて、たっぷり教えて上げるわ。あなたにとって大切なものを」
────────────────
『新一と連絡が取れない?』
「ええ、あなたたちと一緒じゃないの?」
練習が終わっても新一は帰ってこなかった。連絡も付かない。戦ってたら申し訳ないからと時間を置いても連絡は取れなかった。
『いや、今日は一度も戦ってない。にしてもこのパターンも定着したというかなんというか』
「ふざけたことを言ってる場合ではないのよ」
『へいへい、とりあえず探しながらそっち行くわ。サークルにいんのか?』
そうだと答えると電話を切られる。十分後、快斗も連れてサークルのロビーにやってきた。
「そんで連絡は?」
「未だになしよ」
「迷子とかじゃないはず……」
「快斗はなんか知らない?」
「今日まだ一度も会ってないんで無罪っす」
前回のこともあり快斗は先に無罪を訴えている。隠し事があってもなくても疑わざるを得ない状況だけど。
「とりあえずもっかい電話してみようぜ」
「そうね……?」
「どうかしたんですか湊さん?」
「それが今電話がきたの」
「はぁ?じゃあ問題ないだろ」
「それがビデオ通話みたいなの」
「新一さんがビデオ通話っすか?にわかに信じがたいっすね……」
とりあえず出てみようぜという京の意見を受けて通話状態にする。画面が切り替わると奇妙な光景が映る。
連絡の付かなかった彼が両出を上に挙げて立ち止まっている。おかしいと思いよく見ると細い糸のようなものが新一の腕や足、身体に纏わりついているのがわかった。
「これどういう状況!?」
「縛られてますね………?」
「新兄だよね、あれ」
「誰か来るっすよ」
カツカツと甲高い音を立てながら出てきたのは銀髪の女の人だった。スタイルが良く艶かしい雰囲気を感じる。こちらを見たのかニィと口を開いて笑顔で手を振ってきた。
『ハーイ♪皆見ってる〜?』
「なんか嫌な入り方だなこれじゃまるで」
「いやいや新一に限ってんなことねぇだろ」
『うんうん、ちゃんと見てるみたいで良かった。見ての通り新一君は縛られてまーす。そしてやったのはこの私でーす』
画面に映る女の人はまるでエンターテイメントをやるかのように話している。正直何が面白いのかわからなかった。
『えーっと、確か真ん中に映ってるのがこの子のご主人様よね?』
「そうよ」
『えぇ!最高の演出じゃない!じゃあちゃんと見てなさいよ』
「?」
『今からこの子に
その言葉を聞いた瞬間ゾッとした。画面越しに伝わってくる気持ち悪い気配。女は項垂れてる新一の首を持って舐めるように手を回す。
『察しの通り私はこの人の関係者、つまりヤることはわかるわよね?』
「まさか新君を………!」
「殺すつもり!?」
『しないわよそんなこと』
「「「「「「え?」」」」」」
一人を除く全員の頭の上に疑問符が浮かんだ。疑問符を浮かべなかった彼の体は震えていた。
『さっきも言ったけどわからせるのよ』
「まさかお前……!」
『わかっちゃった?今からこの子に教え込むのよ。誰が主人で、主人とは何を与えてくれるのかを』
「え、それって普通に教えれば良くない?」
「今井、お前本気で言ってんのか?」
「どういうこと?」
「画面の端を見てみろ」
皆でスマホの端の方を見てみると白いシーツとベッドの足のような棒が見える。私は見ていてよくわからなかったがあこ以外は理解したらしい。そのせいか顔が真っ赤になっている。二人を除いて。
「嘘ぉ!?」
「鳴海さん、悪い冗談はやめてください!」
「いや、こいつの仕草と言動を見ればほぼ確定だろ!」
『若いのね、私より一つ二つ年下程度だけど。そうよ、体に痛みを与えた後にイイモノを教えてあげるの。そこの子じゃ出来ないことをね!』
「クッソ、いいのか湊!」
「よくないに決まってるでしょう?彼の主人は私よ。だから返しなさい」
『あなたは彼を満足させてあげられてるの?』
「ッ!」
言われて私は何も言い返せなかった。確かに、結局彼に任せっきりにしているところが多い。私は彼の主人として……いえ、それは彼が望んでやったこと。だからこれはある意味満たせているのではないかと考えている時だった。
「このままじゃ新一を取られるぞ!」
「わ、私は…」
「言っちゃ悪いがあの女結構良い体してそうだぞ!その辺のスペックで負けるのは確定だ!」
「後でお話ししましょうか?」
「ぐっ、けどこのままじゃお前マジで取られんぞ。この小説一応健全なはずだからあんま言いたかねぇけどこれじゃあNTRと一緒だ!生配信型の!」
「お前そういう趣味なん?」
「そうじゃねぇよ。俺はどっちかっていうと身内でドロドロして欲しいんだよ。知らんやつに取られるのなんて三流だって思ってる」
「それはそれで異常だと思いますけどね」
「リサ、NTRって?」
「え、アタシに聞くの!?」
リサは顔を真っ赤にしながらも耳打ちするように教えてくれた。最後になるにつれてどんどん小さくなっていったが顔を赤くする理由がわかった。けれどそれと同時に怒りが込み上げてきた。
『言い訳は終わったかしら?ま、どれにしろあなたのその貧相な体じゃこの子を満足させてあげられないわよ、ねっ!』
女は言葉に合わせて新一に向かって手を振り下ろす。すると新一の服がところどころ破けて赤い線が見える。
「何をしてるんですか!?」
『言ったでしょう?わからせてあげてるのよ。まずは誰が主人かっていうのを教え込まないとね!』
「あぁぁ違うぅぅぅ!そういうのはもっと適人がいるのにぃ!」
「ちょっ、お前黙ってとけ!」
「てか新一目を覚まさないの!?」
『痛みが来るか時間たっぷりまで寝る薬をかけたのよ。今ので起きたけど』
ゆっくり目を開けている新一は周りを見て状況を確認している。ため息をつくと女に話しかけた。
『逢坂さん、これは?』
『教育よ、あなたの為の』
『この糸………なるほど、自力では解けないようになってますね』
『逃すわけにはいかないもの。それにすごく細い糸だから下手したら腕を切るわよ』
『それはそれは………それであのカメラ、映ってるんですね?』
『えぇ。何か言いたいことはある?』
『もしお嬢様達が見ているのなら、僕は大丈夫ですとだけ』
『ちゃんと聞こえてるわよ』
『ならよかったです。では逢坂さんにも』
『何?屈服する気になった?』
「ん?待てよこのパターン………?」
「どうした変態探偵」
「変な名前で呼ぶな。いやこっから需要性ないシーンが見れるような………」
京の言ってることは理解できなかったが画面を見続けると新一はフッと笑った。
『辱めは受けません。やるなら一思いに殺ってください』
『わかったわ。とびきり痛いのをあげる!』
女はムチのように糸を束ねて新一にぶつけた。相当痛かったのかそれでも耐えようとした新一はくっ、と顔を強張らせて睨みつける。今にも殺せと言いそうな顔だ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「だからなんでさっきから絶望してるのがお前なんだよ!」
「いや、新一のくっ殺なんて需要性ねぇだろ!」
「京はなんでさっきからそういうこと言うの!?」
「………」
「紗夜さん?」
「……(名護さんにあんなことされたら私は………どうなっちゃうの?)」
「紗夜もなんとか言ってよ!」
「鳴海さん………いいですか?」
ギャーギャー騒いでいる中京の肩を掴んだ燐子の顔はとても怖かった。普段見せないような無表情、さらには死んだような目をして声には感情がこもっていなかった。
「新君をあの女から取り戻して来てください」
「確かに今の状況は俺のQOLにも危害を出しかねないが、お前どうした?目が死んでるぞ」
「いいから行ってください」
「白金?」
「大道さんも、早く行ってください」
「先輩どうしたんですか?」
「早く」
「せんぱ」
「早く、行きなさい」
「「イエス・マム!!」」
二人はサークルのガラスを破って出ていくと土煙を出しながら走っていった。その姿を見た燐子は紗夜に近づいく。
「し、白金さん?」
「氷川さん、まだアレ……持ってますよね?」
「アレって?」
「もしかして新兄の?」
「持ってますけど………」
「あの女をコテンパンにします」
目の光が消えていたことやオーラがかなり危険な状態を物語っていたので全員で押さえつける。燐子の力は普段の倍は出ているのでは内科というぐらい力強く抵抗してきたが全員で取り押さえていたこともあってどうにかなった。
押さえつけている最中画面に映る女がメモリを使って姿を変えていたが変身した京たちによって倒されていた。十分後、新一を連れてきた彼らは颯爽と撤退した。とりあえず手当てをすると燐子が新一に抱きついていたのだが新一は燐子の髪を撫でていた。
「心配したんだから………!」
「ゴメンね。でもあれも僕のせいだから」
「もう少し…危機感持って……!」
「ごめんなさい」
「それにしても新兄はりんりんに対して甘いよね〜」
「そんなことないよ。幼馴染だからどう伝えればいいのかわかってるだけ」
「ブランクあるのに?」
「会ってない期間をブランクっていうのは置いといて、そういうものだと思うよ?」
皆がやれやれと言ってる中私は燐子の顔を見ていた。何を言っているのか分からなかったが目から光が消えていたのは間違いなかった。
「悪い虫が憑く前になんとかしないと……」
「?りんりん何か言った?」
「ううん、何にも言ってないよ………」