秋もあと少しで終わるというこの頃、羽丘高校では体育祭の準備が進められていた。LHRの時間、僕達は出たい競技について話し合っていた。
「今年の体育祭は赤白の二色だってさ」
「みたいだな、めんどくさいったらありゃしない」
「そんなこと言わずにさ」
「だって走るのめんどくさいじゃん?」
「気持ちは分かるけどさ」
隣の探偵はどうやら乗り気じゃないらしい。だが体育祭は走る以外の競技もあるため僕は楽しみだったりする。去年は男子が一人しかいないということもあって雑用の方に回っていたが今年は競技に参加できるとのことだ。
しかし競技は限られているため僕達は分担して何に出るか話し合っていたところ教室後方の扉が開く。開かれた扉からは数人の女子が入ってきた。
「鳴海君こんなところで何してるの?」
「何ってお前、ここは俺のクラスだぞ?」
「知らないの?男子は人数の都合上名護君と鳴海君は別々になったんだよ?」
「「え?」」
二人で顔を見合わせるとお互いそんなことは知らないという顔をしている。いつそんなことを言われたのか聞こうとすると京君は両腕を掴まれて連行されていった。
扉の先で見えなくなったのを確認すると今度は一年生の男子生徒が顔を出した。一年生も僕達というほどではないけれど八人くらいしか入っていなかったはずだ。教室の外に出て話を聞く。
「鳴海先輩は白組なんですね」
「君達は赤組?」
「はい、残りのメンバーは全員連れてかれました……」
うちの学校の女子ってたまに乱暴なところあるよねと苦笑いしつつどの競技に出るのか聞くと僕達は既に学校運営に決められているらしい。さっきの時間は無駄だったのかと少し虚しくなった。とりあえず自分達の教室に戻ろうということになり席に戻ると委員長が紙を渡してきた。
「ごめんね名護君盛り上がってたところ」
「ううん、こっちも確認すべきだったかも」
「それでなんだけどこれが名護君の出る競技ね」
分からなかったら聞いてと言って席を離れていった。紙を見ると四つの項目が書かれていた。一応メモ書きで全部男子が相手だから大丈夫と書いてあった。ただしリレーに関しては順番が変えられるから分からないとのこと。ついでに僕はアンカーらしい。京君じゃないけど、これはめんどくさいったらありゃしない。
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そんなこんなで体育祭当日になった。表面は学生だがお嬢様のサポートも欠かさないようにしなければならない。
お弁当も水筒もちゃんとスポーツ用にしたからあとは定期的なケアのみだ。後ろの方の応援席で開会式の待機をする。
「落ち着かないわね」
「どうかしたんですか?」
「ずっとそわそわしてるわよあなた」
「すみませんご迷惑でしたか?」
「いえ、去年も出たのに飽きもしないのね」
「去年は雑用のみでしたから。今年は本格参戦です」
「やるなら勝ちなさい」
「仰せの通りに」
勿論負ける気なんてない。出来る限りで全力を出すつもりだ。
「お嬢様、水分補給は適度にお願いします」
「分かってるわよ」
「暖かい方も冷たい方も蜂蜜水を用意してますので」
「本当、あなたって抜かりないわよね」
「どんなイベントでもサポートさせていただきます」
飲み物を渡すと静かに飲み始めた。素直に聞いてくれるところは本当に嬉しい。そんな様子を見たのか前の席のクラスメイトが話しかけてきた。
「名護君と湊さんってやっぱりそういう関係なの?」
「そういう?」
「カレカノ的な……」
「違うわ」
「そこまでして違うの?」
「この人がお節介なだけよ」
「でもそれだと名護君は湊さんのこと」
「そうでもないぜ」
急に頭に何かがのし掛かってくる感覚が来る。誰かと思えば京君だった。肘をのせて楽な姿勢を取っている。
「コイツは誰にでもお節介を焼くんだ。ほれ」
「こういう日くらい自分で作ってきなよと言いたいところだけど、みんなの分纏めてあるからその時ね」
「どういうこと?」
「コイツは俺の飯も作ってきたってことだ。因みに普段も作って貰ってる」
Vサインを作ると片手で僕の頭をワシャワシャしてくる。やめてくれと手を止めると大人しく引き下がった。
「それでどうして京君はここに?」
「なんとなく☆」
「暇人なの?」
「本当は今井が今忙しいからお前らに言伝を預かった。お昼一緒に食べようだってよ」
「分かったと伝えといてちょうだい」
「あいわかった。あぁそうだ、湊」
「何?」
「お前の執事、今日敗北を知ることになるぜ」
京君はこちらを振り替えることなく自分の陣地へと戻っていった。多分負けないぜという意気込みだったのだろう。僕ももっとやる気を出そうと気を引き締めると隣からさっきとは違うものを感じた。
「おじょ、湊さん?」
「勝ちなさい新一」
「それなら先ほども」
「あなた、負けたらわかってるわよね?」
「い、イエス・ユア・ハイネス」
なにか黒いオーラを発してるお嬢様に逆らうことなど許されず僕は指示を飲み込んだ。さてはあの人面白半分で挑発したな。お陰で楽しむ予定が気を抜けなくなってしまったじゃないか。
無事開会式が終わりプログラムが進んでいく中とうとう僕の番が来た。最初に出場する種目は借り物競走。男子全員が出場する種目で何処から借りてきても良いというルールになってる。くじ引きなので何が当たるかはその時になるまでわからない。
「名護先輩、頑張りましょうね!」
「うん。頑張ろう」
「お前ら、俺たちの運試してやろうぜ!」
「「うっす!」」
京君側の陣営は指揮をうまく取っているみたいだ。スタートラインについてクラウチングスタートのポーズを取る。開始の合図が出た瞬間に走り出す。最初に着いたのは僕と京君でほぼ同時にくじを引いた。中に書かれていたのは「ギャルっぽい人」だった。一瞬で閃いた僕は白組の陣地に向かって走り出す。そう、僕の中でギャルっぽい人でよく話しているのは彼女しかいなかった。
「リサ、一緒に来てくれる?」
「別にいいけどなんて書いてあったの?」
「後で話すから来て」
手を引っ張って競技場内に戻ると応援席から出てきた京君の姿があった。大和さんを連れているということは僕と同じ人を連れてこいという指令なのだろう。だけど負けることが許されていない僕はリサを連れて走り出した。当然京君もすぐに追ってくることはわかっていたので戦法を変える。
「少しだけ我慢してね」
「えっ、ちょ、何してんの!?」
彼女の体を抱えてギアを上げていく。ほんの少しの間だけ我慢してくれ。お嬢様からの命令なんだ。ゴール10m前に着くと紙を渡すように指示される。紙を渡すと進んでどうぞと言われるので残りの直線距離をそのまま走っていく。ゴールテープを切った僕は開始早々一位を取ることに成功した。来てくれたリサにお礼を言おうとすると顔を両手で隠していた。よく見ると耳が赤い。
「どうしたの?」
「早く降ろして………恥ずかしくて死にそう」
「ごめん、そこまで配慮できてなかった」
よく考えればお姫様抱っこをして運んでいたのだ。けどあの状況ならこれが一番効率が良かった。引っ張りすぎて怪我をさせることもないしね。リサは顔を見せないようにして下を剥きながらポカポカと叩いてくる。器用だなこの子。
「ずるいぞ新一」
「京君お疲れ様」
走ったせいか息を荒げている大和さんと一緒に余裕そうな京君は口を尖らせている。けどこれも一つの戦法なのだから仕方ない。
「こっちはアイドル連れてんだぞ、簡単にそういうこと出来るかよ」
「お題はなんだったの?」
「メガネかけた女子だ。麻弥くらいしか思いつかなかった」
「でもほら、取ったもの勝ちだから」
「ずっけ。次は負けないからな」
そのまま他の一年生達がゴールしていき借り物競走時体が終わりリサを応援席まで送り届ける。応援席に戻る頃には顔から手を離していた。
「大丈夫?まだ耳赤いけど」
「だ、大丈夫!でもあんまりああいうこと簡単にやっちゃダメだよ?」
あくまで効率性を選んだだけだと言うとまた膨れるだろうか。発言する前にこのことに気づいているということはもしかして成長しているのでは?
「その辺りは心配いらないよ。緊急時と慣れた人にしかしないから」
「だからそういうのがダメなんだって!」
今度は顔を赤くして席に戻ってしまった。結局言葉の選択肢をミスってしまったのか、成長もクソもないねこれ。席に戻るとスッと横から水筒を差し出された。ありがとうと言って受け取るのが飲む前に差し出してきた人を確認する。
「飲まれないんですか?」
「飲みたいのは山々だけど何か仕組んでるんじゃないかなって」
「私のことを疑ってるんですの?」
「最近危険なお姉さんに捕まってそのことで危機感を持ちなさいって怒られたからね」
「でも私は味方ですのよ」
「君も十分危険人物認定されてたよ?」
数日前の逢坂さんの事件後にりんりんに結構言われた。その時に夜架ちゃんにも気をつけるようにと言われているのだ。発言が際どい彼女は危険だと紗夜さんも言っていた。だからより一層前よりも警戒していたりする。
「今回は媚薬とか入れてませんわ」
「やったことあるんだね?」
こういうところがなければ本当に美人さんなのにもったいないと思う。あとりあえず飲むと僕が入れてきた飲料だとわかる。体に違和感が出てくるわけでもないので今回は信用してもいいだろう。
その後も綱引きや障害物走に出場するが勝負は五分五分に持ち込まれた。僕達が出る競技は最後のリレーを残してお昼休憩になった。約束通り二人が用意したブルーシートにやってくる。
「お待たせ〜」
「お疲れさん」
「いらっしゃい」
「アタシたちもいーい?」
後ろからひょこっと日菜さんと大和さんが顔を出してくる。もちろん構わないとお嬢様が呼ぶ。それに合わせて場所を開けると少しキツキツになってしまった。でもこういうイベントではこれくらいの人数で食べるのが一番美味しいのだろう。全員がいただきますと言って食事を始めた。
「おっしゃ俺卵焼きいただき〜」
「一番乗りなんてずるいですわ!」
「これ全部新一君が作ったの?」
「はい。手塩にかけて作りました」
「るんっ♪ってきた!アタシももらっていい?」
「構いませんよ」
「名護さんって本当器用ですよね」
「それほどでもないですよ」
「新一、私の分は?」
「既に取ってありますよ」
皿を渡すと感謝を伝えられる。手塩をかけたとは言ったがこれと言ってオリジナリティはない。ネットで調べた運動会のお弁当をそのまま再現しただけだから。でも皆が美味しそうに食べているのを見ると通食った甲斐があると思う。
「しっかし新一君あんなに運動できるなんてびっくりしたよー」
「そうですか?でもお嬢様のためですので」
「え、お嬢様?」
「あー、麻弥は知らないんだっけか。かくかくしかじかでな」
「京さんそれじゃわからないっす」
京君が改めてちゃんとすると大和さんは目を点にしたようにこっちを見てきた。まぁ普通の人からすれば当たり前の反応だろう。それでも大和さんは控えめな方だ。それでも他の人には黙っていてくれるとのことなので感謝した。
「それで京、今日うちの執事がなんですって?」
「ん、いまのふぉふぉろふぉふふぉふふぁふぁら」
「日本語でお願い」
「んぐっ。今のところ五分五分だからまだなんとも言えないぜ?」
「そうかしら?新一は随分と余裕そうよ?」
体力は残っているから全然大丈夫と言えば大丈夫だけどまだ気にしていたんですねお嬢様。
「どうかな、リレーは単純勝負だ。純粋な速さが求められる。体力はあっても走力となれば話は別だ」
「それでも新一は勝つわ」
「なんなら賭けてもいいぜ?」
「京さんそれはまずいっすよ!」
「いいわよ」
「お嬢様!?」
「勝てるわよね?」
「は、はい………」
他にるんっ♪ってきた!って言っている人がいるがスルーしようと最後の唐揚げを食べようとするとそれを目の前で京君に取られる。よし、本気出そうかな。
そして時は流れて最後のリレー。なぜかアンカーにされた僕達は同じ列で待機している。
「結局何賭けたの?」
「俺は俺が勝てば新一を一日誰かの執事にすること」
「ちょっと待って?」
「アイツはお前が勝てばお前を、あ、これ言っちゃダメなんだっけ」
「待って、前者の方も気になるけど後者の方が気掛かりすぎるんだけど!?」
「まぁお前が勝てば大丈夫な話よ」
勝っても負けてもアウトな気がするけど何かされるならお嬢様の方がマシだと考える。コーナーを曲がってきた紅組と白組の子たちはほぼ同じくらいの速さで走ってくる。僕達はほぼ同時にバトンを受け取った。その瞬間気持ちを切り替えた。
今の僕は、豪雷だ。誰も寄せ付けない一閃の雷。ただそれだけを考えて走る。誰にも止められない、止めさせない、止まることすら許されない僕は走り続ける。コースを一周して戻ってくると白いゴールテープが見える。それすら突き破るスピードで走り抜けるとかすかに笛の音が聞こえてきた。
『優勝は紅組です!』
放送の音が聞こえると少しずつ感覚が戻ってきた。普段の倍のスピードで走ったせいか疲れがどっとくる。一気に体力を使ったのは戦闘の時以外だと初めてかもしれない。深呼吸して息を整えようとすると息を荒げている京君がやってきた。
「…お疲れ様…」
「おう……お疲れさん」
ハイタッチをして僕達は息を整えた。後から聞いた話だがあの時完全に京君を置き去りにしていたかと言えばそうでもないらしい。最後の方で京君も追い上げてきて後数歩のところで先に抜かしていたんだとか。けど京君は最後の方の記憶がないらしい。お互い周りが見えなくなるほどに集中していたみたいだ。
体育祭が終わってやりきった僕達はお昼を共にしたメンバーで下校していた。
「最後のリレーすごかったね!」
「もうハラハラしたよ」
「ジブンも結構ドキドキしました」
「よくやったわ新一」
「ありがたき言葉にございます」
「さて、京。約束は守ってもらうわよ」
「わーってるよ、その辺に関しては打ち合わせしてからじゃないとな」
「本当に何するつもり?」
もう一度聞いたが何も返事はしてくれなかった。正直怖いけど安全であることを願おう。
本来こんなことをしていて良いのかと考える自分がいたがせっかく学生をできているのだから少しくらいこういうイベントをしていてもバチは当たらないだろうと思った。