「やめておきます」
「………ハァ?」
目の前で盛り上がっていた彼女達は忽然として表情を変える。
「今まで乗り気だったじゃん」
「もしかして怖気付いたとか?」
「これだから童貞は」
「勝手に盛り上がっていたのはそちらでは?」
はぁとため息を吐くとキレたように胸ぐらを掴まれる。半分怒っているように顔が歪んでいる。
「まじありえねェし」
「さて、どちらがあり得ないんでしょうか」
「はぁ?」
「アタシらはアンタを気持ち良くしてあげるって言ってんの」
「どう考えたってイイコトしか言ってんじゃないじゃん」
「どこがですか」
「んだよ文句あんのかよ」
「勘違いしているようですが別に僕はヤリたいなんて一言も言ってませんし、その上こんなところで淫行に出ようなんて知能の低い連中と連んで何が楽しんですか」
こんな程度の考えしか持たない連中がいたと考えると呆れてくる。ギャルだけどちゃんと学校に来ているという点は評価出来ていたのにこういうことをしてしまうとカバーできる点まで無くなってしまう。
「ま、湊みたいなやつを好きなくらいだしこれくらい反抗してくれなきゃね」
「その件は先ほど答えを出したはずですが?」
「そんなんを信じると思ってんの?」
「あんな可愛いくないやつのどこがいいのか分かんないね」
僕の中で何かがプツンとした。お嬢様が侮辱されたという情報よりも先にくる。冷静さを欠く寸前に止まることが出来た僕は外では普段使わない口調になる。
「その口を閉じなさい」
「まだ抵抗すんの?諦めろってんの!」
「お前らのような下衆、触れるだけで汚らわしい。己が愚行を恥じなさい」
「嘗めた口聞いていいの?その気になればアンタらを潰すことだって出来んだよ?」
「ら……?」
「湊のこともいれてるに決まってるでしょー?そういうところは鈍いんだねー」
「無関係の人間まで巻き込むとは……」
「無関係なわけ無いでしょ。そもそもあたしらアイツにムカついてたし」
私怨か……そのために下衆なやり方に走るとは、心底軽蔑する。ここで中途半端にするわけにもいかなくなった。お嬢様を脅かすのならば
「処罰せねばなるまい………」
「なんか言った?」
「いや、ここでお前らの口を閉ざすだけだ」
「はぁ?どういうこと?」
「すぐに終わる」
体に痛みを与える必要はない。ただ指揮を執るように恐怖を与えればいい。今彼女達の視線は完全に僕に向いている。条件は揃っている。一度笑顔を作ると彼女達の顔は一瞬で青ざめる。その顔は何度も見たことのある、まるで怪物を見るかのような顔。耐性がなかったのか気絶したギャル達はバタバタと倒れた。一応息があることを確認すると教室の扉が開かれる。
「……」
「お嬢……湊さん」
「何をしたの……?」
「少しお話をしてただけです」
「それだけじゃないでしょう。話だけならこうはならないわ」
「嘘はついておりません」
「だとしたらこれは何?」
「気を失っているだけです。少し休んだら意識も戻るてしょう」
お嬢様は疑うような目を向けるが僕は気にしなかった。やっていたことに関して嘘はついていないから。
「それより何故ここに?」
「少し仕事を手伝わされたのよ」
「お疲れ様です。では帰りましょうか」
荷物を回収して教室を出る。学校を出るまで一言も話さなかったお嬢様は駅が見えてきたくらいで声をかけてきた。
「ねぇ、あの人の言ってたことは本当?」
「どの人のことですか?」
「昼に来ていた、天斗という人のことよ」
「ヤツの言葉に耳を傾けてはなりません」
「でも切姫さんは否定していなかったわ」
気づいていたか、いや元より感はいい方だけども。とはいえお嬢様にアイツを近づけさせたくない。
「世の中には知らない方が良いこともあります。これはその中でもかなりのものですよ」
「何を隠しているの?言いなさい」
「お嬢様、これは警告です。不用意に踏み入れてはならない領域もある、それだけは絶対に覚えといてください」
「話を逸らさないで。これは主人としての命令よ」
「……お断りさせていただきます」
無理を通そうとするお嬢様に断りを入れる。だってこれから先は本当に踏み入れて欲しくない境界だからだ。きっとこれを知ったら本当に怪物だと思われてしまう。
「何故?」
「僕は…せめて貴女の前だけでも普通の人間でいたいからです」
「それじゃああの人の言っていたことは………」
言葉を思い悩ませている様子を見ていると着信音が聞こえる。発信源を確認してその場から離れようとする。
「どこにいくの?」
「申し訳ありませんが先にお帰りください。野暮用を済ませてきます」
「また戦いに行くのね」
「いえ、別件にございます」
駅のホームを出て人目のつかないところに移動する。折り返し電話をしようとすると目の前に黒のリムジンが現れる。運転席から人が現れると後部座席の扉を開いて中に誘導された。そのまま中に入ると誰もいない事がわかる。扉を閉められると車の中の電気が消される。真正面の席についているモニターが光だし車が動き出した。モニターに映るのは黒い背景と浮かび上がる名護家の家紋。
「先ほど話したばかりではありませんか」
『その件についてだ。君を重要参考人として連行させてもらう』
「まるで犯人扱いですね」
『〈夜剣〉から先ほど報告があった』
「なら事足りるのでは?」
『それ以外に発生した問題についてだ。とにかく今から名護家に来てもらう』
「生憎と忙しい身なのですが」
『湊友希那に関してはすでに一条に代理を頼んでいる』
仕事が早いのいいことだが掌で踊らされた気分になり少々気に触る。しかしこの状況になったとなると少しばかり考えなければならない。どう出るかを考えて時間を過ごした。車に乗ってから三十分した頃に名護家に着いた。平常と冷製を装うことを忘れずに車を降りるとすぐに名護家内にあるブリーフィングルームに案内される。そこにいたのは本物の霧切さんだった。
「いらっしゃい」
「すぐに本題に入りましょう。それなりに時間がかかることも考慮済みです」
「ではそうしよう。【名護天斗討伐作戦】だが部隊メンバーを選出したが七割から辞退の宣言があった」
そういうことか……現実的といえばすごく現実的だ。あれだけの恐怖を刻みつけた者に勝とうと考えるものなど狂っているものしかいない。だからその通りにも納得がいく。
「全戦闘員に名護天斗の記録を公開及び作戦内容を説明したが残っているのはこのメンバーだけだ」
「………この人達はあの場に居ませんでしたよね」
「あの事件以降から入った者の中でも優れている者を選出した。実力を測るかい?」
「可能ならば手合わせ願いたいですね。もし測り違えていたら取り返しのつかないことになりかねません。それに」
「それに?」
「生半可な覚悟でこの戦場には立たせない、それだけです」
書類を机に置いて立ち上がる。荷物はもう預けているためすぐに模擬戦闘室に集めてもらう。部屋に集まっているのは今回の作戦の志願者、そしてギャラリーのようにガラスの奥には大勢の人がいる。見たことのある顔ばかりだ、
「坊ちゃん、本当に来ちまったんですね」
「この部屋に入る事はないと思っていた」
「お二方は必ずいると考えていました。ですが箱の方々は実力を知りません」
「聞かなくてもわかるけどよぉ………今回はどれくらい本気だ?」
あえて聞いてくれるのは周りにいるものに知らしめるためだろう。僕のことを知らない人だっている。だから甘く見ているところも少なからずあるだろう。
「ここにいる全員を殺すくらいです」
「そいつは困ったなぁ………」
「総員、気を抜くな。舐めてかかれば死ぬぞ」
武器を構えた全員から「はい!」と返事が聞こえる。この部屋の壁はかなり頑丈に出来ているから問題なく戦える。どれだけ壊す勢いでやっても壊れることなく足場としては壁さえも利用できる完全な模擬戦闘部屋。だからその分気を抜かずに出来る。
「主よ、今日は何を使う?」
「この状態なら予測済みでしょうが、槍です」
準備室から持ってきた槍を一度振り回し戦闘体制を構える。スピーカー越しに霧切さんの説明が入り、初めの合図が出た瞬間一人が飛んでくる。
「その首貰い受ける!」
「バッカ、まんま突っ込むんじゃねぇ!」
伊達さんの警告も虚しく飛んできた男は持っていた武器を叩き落とされた挙句壁に叩きつけられた。復帰することなくその場から動かなくなる。それを確認すると正面からチャキと何かを向けられる音がする。
「何方かは存じ上げませんが本気でいかせてもらいます!」
「声をかけなければよかったものの」
複数で一斉に射撃してくる。模擬戦闘室では実弾の使用は許可されていないので当然ゴム弾になるわけだが槍を振り回して全てを弾く。リロードまで耐え切った僕はカードリッジを交換する隙を与えずに攻撃する。他もそのまま攻撃しようとすると伊達さんが鎖鎌を振り下ろす。槍で受け止めると後ろから蹴ろうとする橋本さんの足を手で止める。
「黙って見てるわけないよな!」
「些か遅いのでは?」
「一度思い知らせるのも大切なことだ。新世代は主のことを知らない」
「だとしたらもっとわかりやすくしないといけないかもしれませんね」
足を止めていた手を押し返し槍を回して鎖鎌を受け流し二人を後退させる。するとスイッチしたのか別の人物達が刀を振ってきた。そのまま勢いで彼らよりも高く跳び片方の後ろにつく。背を向けている男を後ろから蹴り飛ばし次へ次へと潰しに行く。最終的に残ったのは僕と伊達さんと橋本さんだけだった。
「一条がいたらどうなっていたことか」
「アイツがいたらもっと人数残ってたぜ」
「それでも結果は変わりません。今の人達の中に合格者はいませんでした。既存の人で合格者なら貴方方だけでしょうね」
「ウゥワ坊ちゃん悪役じゃん」
「元よりここにいる全員、正義の味方というわけでもないでしょう」
「それは側面的な問題だがな」
二人を相手に模擬戦を再開する。暗殺班隊長と殲滅班隊長、二人の連携は完璧で好きを与えないように攻撃を仕掛けてくる。それでも戦うということに問題は発生しない。例えるなら嵐の雷と雨のような繊細な攻撃をしてくるがそれらを防ぎきる。その上で攻撃出来るからこそ少しばかり疑問を持つ。
「本気でやって貰えませんか?」
「む、これでも本気なのだが」
「こっちは殺しちゃいけねぇからよぉ」
「構いませんよ。ここで果てるのなら一生彼奴には勝てない」
「そりゃあそうだ、と言いたいところだがどうやらここまでみたいだ」
伊達さんが鎖鎌をコツンと置くとビーと天井から音が聞こえる。どうやらタイムアップらしい。モニター越しに霧切さんが映りテスト結果を聞いてきたが答えは分かり切っていた。
「弱すぎます。この程度で戦おうというのならやめたほうがいい」
『手厳しいな、とは言わない。それが事実だな』
「僕から一撃を喰らって立てもしないなら本番は確実に一撃で死にます」
「それはお前が化け物だからだろ!」
ギャラリーの方から声が湧き出る。それに対して肯定するような声がいくつも上がるが睨み返すとすぐに静かになる。その光景を見た二人はため息をついたり武器をしまったりする。どうやら言いたいことを理解しているらしい。
「お前ら、この人の言葉をよーく聞いておけ」
「さぁ主、日々のストレス発散も兼ねて」
「お気遣いありがとうございます。では少々失礼いたします。
貴様らは彼奴をなんだと思っている。あれは悪魔だ、人の皮を被った化け物だ。寧ろあれを見て人間だと思うものがいるのか?否、いないな。見たことのある連中だってそう思うだろう。それなのに僕を見て負けたら化け物相手だから仕方ない?笑わせるな、その考えは今すぐに捨てろ。そのような考えをしているものから戦場で死んでいく、そんな奴はここにいていい訳ではないだろう。貴様らの考えが間違っていないというのならば今すぐに出てこい。ここで証明してみせろ」
誰からの返事もなく呆れた僕は部屋を出ていく。いつからここは甘い考えが蔓延るようになったのだろうか。元より僕一人でアイツは殺すつもりだったから誰にも邪魔はさせない。だからこそ証明しにきたが呆気なかった。
武器を片付けた僕は帰りの車を用意してもらいそのまま帰路に着いた。
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あのまま一人で家に帰った私は家の近くに着くと見知った顔に出会う。家の門の前に立つのはおそらく一条さん。まだ覚えきれていないので不安になるが私を見るとすぐに頭を下げてくる。
「こんなところで何をしているんですか?」
「新一様の代わりにお夕食を作りに参りました」
「彼は?」
「ただいま取り込み中にございます。危険なことはしていないのでご安心ください」
「そう………」
せっかくきてくれたのだし好意に甘えようと家の中に案内すると行儀よく入ってくる。やはり見た目通り礼儀正しい人だ。どうしてこの人は新一のことを慕い続けているのだろうかと疑問に思う。
「新一様のように器用にはいきませんが頑張らせていただきます」
「気にしなくて大丈夫です。申し訳ないのですがキッチンのものを把握しきれていないの」
「勝手に触らせてもらっても大丈夫ですか?」
「構いません」
「感謝を申し上げます。それと、新一様の時と同じように対応していただいてよろしいですよ」
「………ありがとう」
一条さんはすぐに夕食の支度に入った。お風呂ぐらいは自分で貯めたがリビングに戻ってくるとテキパキと動いている彼の姿が見える。それはまるで新一と似ているようだった。でも違和感がある。
「不安…いや、違和感でしょうか」
「どうしたの?」
「いえ、表情に現れてましたので。大方、普段新一様がおられるところに私がいるのが違和感なのでしょう」
「何でそこまで………」
「言うなれば職業病というやつですね。さて、食事の準備が終わりました」
「もう出来たの?」
「幸いにも作り置きのものがありましたので、持ってきたものと組み合わせた次第にございますが」
そう言って並べられた料理はきちんと作られていた。中には彼の奥さんが作ってくれたものもあるらしい。食べてみるとやはり美味しかった。彼は目の前で座っているだけなので食べないのか聞くと妻が既に作っていてくれているというので納得した。
食べている間にどうしても昼間のことと駅までのことが頭の仲を過ってしまう。忘れようとしてもあの時の新一の顔を忘れることはできなかった。あの時とは違う、まるでなくて当たり前、悲しいのに壊れているような顔だった。
「おいしくありませんか?」
「いえ、美味しいわ」
「ありがたきお言葉」
「………聞きたいことがあるのだけれど」
「その様子、あまりいい話ではなさそうですが」
「新一の過去のことについてよ」
「何故そのようなことを?」
「今日、天斗という人が学校に来てこんなことを言っていたの」
昼間の会話と放課後の会話をそのまま伝えると一条さんは口元を押さえて考え込んだ。色々と考えているのだろうか、すぐに私を見た彼はそれでも戸惑いを隠せなかった。
「新一様が隠そうとした通り、これは
「トップシークレット…?」
「このこと、決して口外せぬことを誓えますか?貴女を見込んでのこと、この話をさせていただきたい」
「………わかったわ」
一条さんはさっきよりも真剣な目つきで話を始めた。それはたった数分の話でも私にとって長い時間物語を聞かされているようだった。
「これは、新一様がまだ当主になる前のことです」