「ああ、確か名前は……名護啓介だったか」
人の生を聞いて思考が固まる。その名前の人物は既にこの世におらず僕の肉親の一人でもあったからだ。
「彼の知り合いの音楽を聞くととても落ち着いたんだ。だからどうにかそれを抑止力として使えないかと相談したらそれが入ったプレイヤーを渡されてな。お陰で十年もライフエナジーを吸わずに済んだ」
「…なるほど、それで朝人を襲った理由は」
「音楽プレイヤーが壊れてしまってな。修理に持っていこうとしたら道中で工事の音が聞こえてきて」
「そういうことだったんだ」
動機については理解した。しかし十年前に父さんがこの人と会っていたとなるともしかして父さんはその頃からファンガイアについて知っていたのか?それに父さんの知り合いで音楽の人っていったらあの人しかいない。
「ねぇ新一、一回音楽プレイヤーを見せて貰ったら?」
「そうだね。構いませんか?」
「あぁ、これだ」
見せて貰ったプレイヤーはずいぶん古いものでカセットテープをいれるタイプのものだった。
「最近は見ないタイプだね」
「十年以上前に買ったからな。最近の子はスマホで済ませているのだろうがこれにしか録音してなかったから移せなかったんだ」
「となると直すより新しいのにした方がいいでしょうか」
「ま、待ってくれそうなったらどうやってあの音楽を聴くんだ!?」
「それは任せてください」
それがもしあの人の音楽なら偽物であれど出来るはず。まず電気屋さんに行って確認してみると生産を終了しているため修理は難しいとのことだった。ただし中身は無事なため専用の機械に通せば別のプレイヤーで流せるらしい。しかしその専用の機械も少し離れたところにあるらしく時間もかかるらしい。それを聞いて別のプランを通すことを決めた。
行く先はcircle、ここならどれだけ音を流しても迷惑をかけることはない。貸し出し用のヴァイオリンを借りて演奏の準備をする。
「どうするつもりなんだ?」
「もしかしたらボクもその曲を知ってるかもしれないと思いました。その人のレベルを出せるかは分かりません。ですから判断の方、お願い致します」
父の知り合いの人の曲なら、きっと僕が最初に弾けるようになった曲と同じはず。意味は知れずとも聴いてると落ち着くのだ。だから練習した。弾き終えると拍手が聞こえてくる。
「なんで君がその曲を……」
「名護啓介という人は僕の父です。父の知り合いで音を奏でる人といえばあの人しかいませんでしたから」
「名前を聞いてもしかしてとは思ったけど」
「じゃあ君がそれを弾けるということは」
「僕の音でよければ新しい機器に変えても問題はないかと。もっとも、本物よりかは劣りますけどね」
「いや、君の音もいい。あの人が演奏したのとはまた違うがそれでも聞いていてとても落ち着く」
「では先ほど買った音楽プレイヤーを出してください」
録音準備が整った上で今度は長めに弾いた。その間も彼は落ち着いているようで弾いている僕も楽しくなっていた。演奏を終えて録音を確認するとしっかり音を保存できていたのを確認してサークルを出た。
「ありがとう、君のおかげでこれからもなんとかなりそうだ」
「これくらいのことならいつでも力になります。それで済むなら戦いは避けたいですしね」
「そうだな。改めて感謝する、名護啓介の子よ」
「はい。ではいつか機会がありましたら」
頭を下げた彼は僕達に背を向けて消えていった。これであの人がファンガイアとなって人を襲うことは無くなっただろう。安心している中もう既にお昼になっていることに気づき何件も来ていた通知に気付く。メッセージの送り主はお嬢様で早く帰ってきてお昼を食べないと遅刻するという内容だった。電話をするともう家を出ているとのことでいつもの道にいるから迎えに来てと言われる。
「新一これからどうすんの?」
「お嬢様を迎えに行くよ。リサは?」
「アタシは…先にサークルにも戻ってるよ。友希那と会うのにちょっと心の準備というか」
「分かった。念のためだけど気をつけてね」
「新一もね」
りさとは反対方向へと走って移動すること十分、湊家とサークルの中間位置にある公園で猫と遊んでいるお嬢様の姿を発見した。猫に夢中になっているのかこちらに気付いていない。もしかしてチャンスでは?とスマホのカメラを起動して写真を数枚撮るとこっちを見ていることに気づいた。
「何をしているの?」
「………」
「質問に答えなさい」
「お嬢様と猫さんの写真を撮っていました」
「何故?」
「とても良い光景でしたので」
「消しなさい」
「お断りします」
そうそうお嬢様の写真を撮る事などできない。猫に見せる笑顔など特に見れないのだからどうすればこんな笑顔になるのか研究する必要があるため写真は残しておくべきだと考えた。けれどそれはどうやら許してもらえないらしい。
「スマホを貸しなさい」
「いくらお嬢様といえど承諾しかねますね」
ジリジリと一定の距離を空けてお互い構えている。ふと視界に入った時計を見て見ると練習までの時間が迫ってきている。
「早く渡しなさい」
「お嬢様、ひとつ掛けをしませんか?」
「何をするの?」
「今からサークルまで鬼ごっこをしましょう。サークルに着くまでに僕を捕まえられたらお嬢様の勝ちです」
「いいわよ。やってやろうじゃない」
「流石です。では、スタートです」
開始までのカウントダウンをせずに僕は走り出した。でも全力を出すとお嬢様が完全に追いつけなくなるので一応追いかけられるスピードだ。
「どうしてカウントしないのよ」
「お嬢様、世の中いつもでもカウントがあるわけではないのです」
「そんな執事に育てた覚えはないわ」
文句を言いながらも必死に追いかけてくるお嬢様の安全を確認しながらサークルへと走る。転ぶようなことはなく無事に着くことができたがお嬢様の息切れは丸わかりだった。
「なんで、手加減、してくれ、ないのよ……」
「僕のスマホの情報は見られたくないものもありますので。それに、手加減された相手に勝ってお嬢様は嬉しいのでしょうか」
「今は、そういうことを言ってるんじゃ、ないのよっ」
「いつもより遅いと思ったらこんなところで何をしているんですかあなた方は」
僕達の様子を見にきたのか紗夜さんは呆れ顔で僕らを見ていた。そのままお嬢様を連れて行こうとすると疲れすぎて立てないというのでおぶっていく事になった。紗夜さんを先頭に歩いていくとこの間の先頭で壊れた部屋が直っているのが見えた。直した人達は簡単に予想できたが一体どれだけの時間がかかる作業を一日かからず直したのだろうか。恐るべし弦巻家。
部屋に入ると既に準備しているりんりんとリサの姿があった。お嬢様を椅子に座らせて代わりに準備をしているとりんりんが手伝いに来てくれる。それを口実としたのか口元を隠すようにしながら声をかけてくる。
「何があったの?」
「ちょっと追いかけっこしただけだから大丈夫」
「………?」
「そろそろお嬢様の体力づくりの時間も増やさないとかもね。りんりんも一緒にやる?」
「…ちょっと…考えてみる……」
一応やる意思は見せたものの完全にやると決まったわけではないらしい。あれだけ疲れているお嬢様を見たら無理もないと思うけど。
「リサは何か言ってた?」
「ううん……ただ、ずっとどうしようって悩んでるみたいだった」
「そうだよね……教えてくれてありがとう」
準備を終えて二人の様子を見ると気まずい雰囲気が流れている。あれだけ仲が良かった二人が喧嘩したのだから仕方ないと思う。原因である僕がいくのはどうかとか思い手も足もだせない状況ではあるけど。どうにか早く仲直りしてほしいと思うと紗夜さんが近づいてくる。
「あなたは名護さんですよね?」
「いきなり直球ですね………」
「ここ最近のあなたはコロコロ変わりますから心配です」
「申し訳ないです……あれも一応僕なのですが僕では無いというか…」
「はっきり言ってくれないとわかりません。大体あなたは」
「ちょっと紗夜、新一だって」
リサが声を出した瞬間錠前の音が鳴る。場所は意外と近くで歩けばすぐのところだった。サークルを出れば京君が待っていて既に快斗君が行っていることを教えてくれる。そのままついていくと複数のファンガイアとが快斗君と戦っていた。馬型が二体、そして蛙型が一体──信じられなかった。
「責任は僕が取る」
「どうやら何か知ってるようだな。大方あの蛙か、任せたぞ」
「うん」
イクサナックルをベルトに装填して変身する。どうしてこんなことになっているんだ。なんとかなりそうだって言ってたのに、信じていたのに。戦っているファンガイアたちの間に割り込み蛙のファンガイアだけをその場から殴り飛ばす。
「何をしているんですか貴方は!」
「グッ………」
「あの時は嘘をついていないと思ったのに、僕達を騙したんですか?」
「そうじゃないんだ……」
「じゃあなんで」
あの人が黙って指差す方を見ると壊れた音楽プレイヤーの姿があった。イヤホンと共に粉々になっているそれはまるで人為的にやられたものだと思われる。
「あのあとすぐ聞いていたんだ。けどアイツらがやってきていることに気付かなくて、襲われた時に一緒に壊されたんだ」
「…本当ですか?」
「ああ、嘘じゃない」
「では何故襲われたんですか?」
「それは……俺が掟を破っているからだ」
「掟?」
聞けばファンガイアは人間のライフエナジーを必ず吸わなければいけないルールがあるとのこと。破ったものは見つけられ実行させられる。それを振り切ったとしても裁きが訪れるのでそれからも逃げていたらしい。そんな中アイツらに見つかり無理矢理にでも人を襲わせようとさせられそうになったところに快斗君が現れたらしい。
では二次被害として周りに被害が出ていたのかと聞くと申し訳なさそうに返事が返ってくる。この人はやっぱり大丈夫なんだと安心すると力が抜けていくのを感じる。
「すみません、疑ってしまって」
「あの状況なら仕方ないだろう。しかしせっかく録音させてもらったのにまた」
「それなら大丈夫です」
「?」
もう一度演奏します、そう言おうとすると声が出なかった。意識はそのままでも身体が動かせない。嫌な予感がした。
「
「………は?」
愉快そうに嗤う声、まるでその人よりも自分の喜びを優先しているような声が出てくる。僕はこんなことを言うことを望んでいない。そうなれば答えは一つ。深次、奴しかいない。
「お前らファンガイアにもルールがあるなんて知らなかったが破ってるやつになんで慈悲をかけなきゃいけないんだ」
「な、何を言ってんだお前」
「あーわかりづらかったか?じゃあわかりやすく言ってやるよ」
その瞬間にあの人は壁に追い詰められ腕を押さえられていた。
「代わりに殺してやるって言ってんの」
「あああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!」
掴まれた腕は僕の手によってあらぬ方向へ曲げられてしまう。痛みに悶え苦しんでいる様子を嘲笑う声は止まらず抵抗の末に蹴り上げてきた足も空いていた手で掴んで曲げてしまう。断末魔のような叫び声は増していく。
やめるんだ深次、彼はこんなことを。
「受けなきゃいけないに決まってんだろ。自分達のルールすら守れないのに他人との約束を守ると思うか?」
「グァァァァァ」
「第一お前は爪が甘めぇんだよ。だーから簡単に騙されちまう」
違う彼は僕達のことを騙してなんかない!今回のはたまたまで。
「たまたまがこれからも重なることを防ぐためにも殺しちまった方がいいんじゃねぇの?」
深次は拷問にでもかけるように彼の胸に剣を横にして鋸を引くように切っては引いている。彼に滲み出る苦しみの声が僕には耐えられなかった。止めるように何度声をかけても止まる気配はないどころか一層増していっている。
「やめてくれ、俺が悪かった。死にたくない死にたくない」
「そりゃあそうだよなぁ?生き物皆死にたくなって思ってても殺されちまう時は殺されちまうんだから」
「うああああぁぁぁ」
深次それ以上は許さない。何故そこまでして苦しめて殺そうとするんだ君は。
「そりゃ楽しいからに決まってるっしょ。お前が毛嫌いしている反面俺は絶望する顔が好きだ。だってその方がこいつも生きてるって感じがするだろ」
「ちょっと、新一!?」
驚きを隠せない大きな声がする方を見るとリサが走ってきていた。きっと止めようとしているんだと思う。危険だから来ないように声を出そうとするがやはり体は言うことを聞いてくれない。
「来るなリサ。こいつは俺達を裏切ったんだ」
「そんな、嘘だよね?」
「………どうかな」
「一回それを外して聞いてみようよ。何かの間違いかもしれないじゃん」
「そうだな、それがいいかもな」
リサの説得のおかげか斬り込んでいた剣を外し彼から離れようとしているの見て気が抜けた瞬間だった。希望が絶望に変わる瞬間、それはいつだって照明が突然消えるように訪れる。
「なーんちゃってなぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
心臓部を一突きにして彼はガラスとなって砕け散った。降り注ぐガラス片はまるで悲しみの雨のように僕達に降り注いだ。