暗く深い場所にいる。地に足をつけているが体がふわふわ浮いているような感覚。手を伸ばせば何かを掴めそうな気がしても何かを掴めるようなわけじゃない。
「この感覚、まるでいつもの俺と同じだな」
後ろを振り向けば腕を組んでいる僕が無い壁に寄りかかっていた。よく見ると右の髪の一部が朱く染まっていた。口調と態度からしておそらく彼だと確信する。
「ここは?」
「お前の心の中。正確にはちょいと違うが大体そんなもんだ」
「いつもの俺っていうのは?」
「お前が主人格の状態の時俺はこんな感じの空間に放り出されている感覚だ。それと同じってことだ」
「でも僕は君と入れ変わった時こうはならないよ」
「そりゃあお前が必死にこっちに訴えかけてるからだろ。一度落ち着いていればこの感覚をもっと早くに味わえた」
つまり本来味わうことがなかったはずの感覚だということ。じゃあ別にいいんだけどもと思いながら話を続ける。
「二人同時にここにいるってことは体の方は」
「起きてねぇな」
「でもその様子を見るにいつもとは違うみたいだけど」
「ああ、寝ている状態ならいつでも俺が乗っ取れるからな」
「サラッととんでもないこと言うなぁ。それができないっていうことは?」
「きっと外部から何かしらの干渉を受けている」
「人の脳はいまだに謎だらけだからそんなことはできないはずだけど」
「だから偶然かもしれない。しかしそれを出来る人を俺たちは知っている」
確かにそうだ。でも今干渉してきているのだろうか?これは僕の心の中の問題、他者が観測するのは難しく干渉することもできないはずだ。あたりを見ても真っ暗な景色のまま、彼は空気椅子にでも座っているかのように浮きながら座る姿勢をとっている。少し真似してみようかと動こうとすると空間に響くくらいのノイズが走る。
『………………』
「なんだ?」
『………z……h…w』
「声……?」
『………っと………るか?』
「この感じだと間違っていないようだな」
「だとしてもなんで」
「そりゃあライダー達が運ばれるところは一つしかないだろ」
「でも」
『繋がったみたいだね』
聞き慣れた声が聞こえると上を向く。されど人の姿は見当たらず少し待っていてくれという言葉がまた響いてくる。面白いものを見ているような顔をしている彼を見ると舌を出して明後日の方を見る。僕達の間に割りいるようにモニターが現れそこに映し出される映像はプロフェッサーの顔を映し出していた。
『よかったよかった、見えてる?』
「お前の顔がきしょいくらいにな」
『失敬だな』
「カメラと至近距離とかどういう神経してんだよ。男にやられたら吐き気しかしないだろ」
『確かに………!』
「納得する前に説明してください。ここは一体」
『そこは君の心象風景、ようは夢の中だ』
「やはりそういうことか」
『今中本という人が機械を触って制御している。君につけた電極シールから脳に流れている電気を感知してこっちにモニターを通して見させてもらっている』
『名護さんが二人いますね』
『どっちが本物?』
『…本物は多分、あっち…です…』
『そうね、燐子の言う通りだわ』
『根拠は?』
『勘ね』
『……あっちの新君は……メッシュを入れてません……』
『あっ、ほんとだ!』
『よく見ると着崩してますね』
『他にも……』
間違い探しじゃないんですよ。ほら、目の前の彼まで呆れちゃってるよ。もう少しシリアス感を出してほしいところではあるが外側がああでもないと冷静さを欠いていたかもしれない。
『話を戻そう。ようは君の頭の中をモニタリングしている状態だ。その上で君に伝えておく必要がある。ここはただの夢じゃない、だから十分に気をつけたまえ。その上で彼との決着をつけたまえ』
「深次と、ですか」
黙って頷くプロフェッサーを見て考える。確かに彼との決着をつけるには十分なステージだ。だがその前にやりたいことがある。
『ここは痛みも実際にあるように作られている。だから君達が決闘でもしたら当然痛い思いをする。それでも肉体にはダメージは行かないようにする』
「器用なもんだな」
「でもその器用さでいろんな人の精神症状を救ってきた。今回は僕達の番ってことだよ」
「そいつぁ理解してる。でもその前に何かあるようだな」
「話が早くて助かるよ。とりあえず話し合おうよ」
「そうだな、互いの意見の底を見ないとな」
深次が指を鳴らすと暗い世界は白を取り戻して世界を変化させる。襖と障子に囲まれた和室空間。僕達の間にあるのは将棋の碁盤と整えられた駒だ。深次は座ると肘掛けに頬杖をついた。
「どうした、早く座れよ」
「う、うん」
「対話するってんなら同じ卓に着くだろ」
「これは卓って言わないような気がするけど」
互いにじゃんけんをして勝った方から駒を進める。深次が勝ったため歩を出して進めていく。将棋の駒を動かしながら話し合いを続ける。
「どうしてあの人を殺したの?」
「んー、人って言うのやめようぜ。アイツはファンガイアだ」
「それでも人と同じように生きようとしてたじゃないか」
「それがどうした。人として生きようとしている以前にアイツはファンガイアだ。そうやって自分を甘やかしているといつか戦えなくなるぞ」
「でも無益な殺生こそやめるべきだ」
「そう言ってあの蠍があれから人を襲ってないしこれからも人を襲いませんもちろん今まであなたに攻撃した分も謝りますって言ったらお前は攻撃しないのか?」
「ッ!」
言葉に詰まる。当然そんなことはしないし見つければ確実に殺す。何よりそんなことを言われても必ず嘘だと言うしその証拠を集めようとするだろう。
「そういうことだ。お前がそうやって他のファンガイアを甘やかしていると蠍野郎に手を出すことすらできなく慣れば嘘すら見抜けないようになる可能性だってある」
「まさかそのために」
「勘違いすんな。あれはお前が絶望して主導権をこっちに譲り渡してもらうための算段だ。リサのことも同じようにな。ああやって周りから信用をなくせばお前は一人になって心も廃ると考えたが存外争い続けてきたもんだからな」
「そう易々と渡すわけにもいかないからね。それに主導権が渡らないのは君がしたことに怒りを感じているからだろうね。その感情が絶望と同じくらいあるからこそ抗っているんだと思う」
「なるほどな、ってこれじゃあ決着つかないな」
残っている駒は王のみ。互いにしたいとうことはないからこそお互い王の駒を使ったがこれが自分自身だとも考えられる。
「問答はこの辺にして始めようか」
「だな。だがその前に決めておこうぜ勝った後のことをよ」
「どちらが主導権を握るかってこと?」
「そんなんわかりきってることだろ。俺はそれより先のことを話してんの」
「それより先………?」
「そうだ。例えば、俺が勝てばそのままリサを俺のモノにするとかな」
言っていることの意味がわからなかった。理解するよりも先に怒りを感じるがそれを先走るものがいた。
『アタシはあんたのものになんかならない』
「リサ」
「そいつは残念だ。でもいいのか?俺はお前が愛した新一なんだぜ?」
『違う。あんたは新一の一部かもしれない。それでもアタシが好きになったのはあんたじゃない』
「あーらら。でも俺が勝てば手始めに堕とされんのはお前だ。どんな手を使ってでも屈服させてやる」
「君ってやつは」
「それでお前は?」
「?」
「お前は俺に勝ったらどうすんだよ」
そんなこと考えていなかった。そもそも考えることすら必要がなかった、画面越しに見えるお嬢様を見て確信を持つ。
「またお嬢様の執事に戻りファンガイアと戦うだけだよ」
「いいのかよそんなんで。この機会に自由になるだのなんだのと欲がないのか?」
「欲ならあるさ。まだそれほどの実感はないけど」
「お前なら気づかなくても仕方ないか。だがそれで満足してたら」
「まさか、現状で満足なんてするわけないじゃない」
そう、きっとあの人がくれる。あの呪いはきっとそういうものだ。その呪いにかけられた僕は好奇心というものが止まらないのだ。そういうものを捨ててきたはずの僕がそれを楽しみにしてしまっている。それこそが1番の呪いと言っても過言ではないだろう。
「あの人がこれから教えてくれるらしいからさ。だからその邪魔はさせない」
「フッ、この空間じゃいつもみたいに思考を覗けないから何考えてるかわからないと思ったもんだが、案外わかるもんだな」
「そう?」
「子供みたいな無邪気な顔をしやがって」
『新一』
「はっ」
『私の執事に敗北は許されないわ。これ以上言わなくてもわかるわよね』
「承知っ!」
モニター画面が消えると雪のような灰が降り始める。あたり一面は雪景色のように変わっていることに気づくと現状を理解した。これは僕が心に根付いている景色なんだろう。そしてこれから決着をつけるんだ。
「全く、我ながらめんどくさいな」
「心象風景ということは僕の意識が景色として繁栄するということ、つまりもうやることはこれしかない」
「正確には僕達だ。当然俺もやることは決まっている」
互いに抜刀の構えを取ると空虚に刀が現れる。夢の中なのだからイメージすれば何でもできるということだろうか。それでも互いに睨み合っている僕達は一歩も動かずしばらくの間動きを止めていた。
「一つ、伝えておきたいことがある」
「何だ」
「僕は勝っても負けても、君を受け入れるよ。君も僕の一部なんだって」
「逃げるための算段か?」
「違う、進むための決意だ」
「ハハッ、これで完全に覚悟が決まったというもの」
「互いに加減抜きで」
「真剣勝負と行こうじゃねぇか」
再び刀に力を込めていつでも抜刀できるように構える。灰色の雪が積もり視界の半分近くを邪魔していくがそれすら気にならない集中力だった。
「「いざ尋常に──勝負!!!」」
言葉と同時に重い金属音が雪原に響き渡った。互いの刃をぶつけ合う僕達の顔は満面の笑みだった。