青薔薇の歌姫と白き聖騎士   作:OSTO文明

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第八章 十六夜、優しき刃を君へ
第一光 月の光が照らす先


「名護君、何で呼び出されたかわかりますか?」

 

 二月に入ってすぐの学校で僕は放課後に音楽室に呼び出されていた。理由は授業中に脱走(主にライダーとしての仕事)をしたからだ。数回ならまだしも音楽の授業に重なることが多く不信を抱かれていても仕方なかった。

 

「まさか音楽の授業が嫌いだから逃げている、というわけではありませんよね?」

「そ、そのようなことは」

「他の教科ではしっかり点数を取っているのにこれじゃあ音楽だけ出席日数が足りなくて進級できないわよ」

「それは困ります」

 

 進級出来ないとなるとお嬢様の側に居られず執事の仕事が出来なくなるということ。学校では何も起きないと信じたいが兵隊達がやってきた時に対処仕切れないことを想定するとかなり危ない。

 

「そういうと思います。なので特別に課題を用意しました」

「どのような課題でしょうか」

「好きな楽器で構いません、明日から期末試験最終日までに一曲弾けるようになってきてください」

「期末試験最終日までですか」

「そうです。勿論期末試験には筆記試験がありますがあくまでこれは出席日数を賄うためのテストです」

「本当に好きな楽器でいいのですか?」

「ええ、カスタネットでもリコーダーでも構いません。ですが授業で使わない楽器はダメです」

 

 そこはヴァイオリンで許して欲しいところだったけど背に腹は変えられない。

 

「勿論ピアノでもいいですよ。人によってはやってますからね」

「わ、わかりました。頑張ります」

「成績や人の良さはいいのだから頑張ってちょうだい」

 

 失礼しますと一言残して音楽室を出る。どうしようかと悩みながらも教室へ荷物を取りに戻る最中リサに出会った。

 

「一人?」

「うん。ちょっと先生に呼び出されちゃって」

「なんか悪いことしたの?」

「音楽の授業の出席日数が足りないとかで」

 

 そのまま課題のことを話すと新一ならいけるっしょと言われたがそうでもないと答えると不思議そうな顔をする。

 

「え、でも好きな楽器でいいんでしょ?」

「それがさ、その後に授業でやった楽器って言われちゃって」

「言ってること違うじゃん」

「でも考えてみなよ。ウクレレとか三味線を持ってこられても困るでしょ」

「確かに先生でもカバーできる範囲じゃないかもってそもそもそんなことしないでしょ普通」

「わからないよ?もしかしたら過去にやってる人がいたのかもしれないし」

 

 前例があるから規則が作られるのはよくあること。でもこんな規則が作られるなんてことはよっぽどなものでも持ち込んだ人がいるのだろうか。

 

「ウクレレ持ってる新一は面白そう」

「残念ながら弾けたとしても三味線かな」

「何でそっちは弾けんの」

「出来たらって話だから。弦楽器の容量でいけるかと」

「あーね、そしたらウクレレもいけそうだけど」

 

 荷物を回収し待ってくれていたお嬢様に声をかけて商店街へ向かう。当然呼び出された理由を聞かれ答えると仕方ないと呆れていた。

 

「でもあなたどうするの?ヴァイオリンは使えないのでしょう?」

「そうなんですよね。得意を奪われたも同然です」

「他に出来るものはないの?」

「あるにはありますが、お嬢様達からすれば二番煎じかと」

「というと授業でやってるものだから……ピアノ?」

 

 頷いて答えるがあまり弾きたくない自分もいることに改めて気付く。

 

「嫌そうね」

「分かりますか」

「伊達にあなたの顔を見てる訳じゃないのよ」

「それは失礼しました」

 

 買い物かごの中にトマトを入れて次へと向かう。気を逸らすように今晩のメニューを考える。

 

「牛肉と豚肉と鶏肉、どちらにしましょうか」

「鶏がいいわ」

「では赤パプリカと黄パプリカどちらにしますか?」

「あなたの料理は美味しいけど苦いのは嫌だと言ってるでしょう」

「つまるところそういうことですよ」

「どゆこと?」

 

 リサは理解できてないようだがお嬢様はなんとなく理解したらしい。好きだけど嫌いなものがあるのは嫌だ、それと同じ感覚なのだ。ピアノで弾ける曲は限られておりその上で嫌いなものを思い出す。

 

「弾けないというわけではないのね」

「はい」

「なら今弾けるかしら」

「はい?」

 

 買い物を済ませ店から出るとお嬢様が奇抜なことを言う。好奇心が働くのはわかるが何を急にと思うと指を指される。その方向を見ると一台のピアノが置いてあった。

 

「何故こんなところにピアノが?」

「ストリートピアノみたいだね。ご自由にって書いてあるし新一弾いてよ」

 

 黙ってお嬢様の方を見るとお願いする目をされる。そういうのには弱いんだよなと思いつつ食材を預けてピアノの前に座る。時は既に夕刻、冬も終わりに近づいているがこの時間には暗く月が出始めている。最悪、というわけでも行幸というわけでもないが舞台はある意味できていた。

 鍵盤に触れると感覚が戻ってくる。でもあの頃のようには弾けないだろう。だけどせめてこのくらいはと弾き始めた。

 

「この曲って」

「ピアノ・ソナタ14番『月光』ね」

 

 クラシックで好きな曲は少なくない。だがその中でもピアノで出来る曲はこれだけだ。月光の第一楽章は昇ってくる月の様子を描いている。だからこそゆっくりと丁寧に弾く、まるで月が登ってくるかのように。

 

「人が集まって来ちゃったね」

「当然よ。あの人の演奏は人を惹きつける……けど何かしら」

「何が?」

「音色の奥底に、悲しみのようなものが紛れている気がするの」

「悲しみ?」

「ええ、まるで感情を押し殺しているような、そんな感じの」

「あたしは普通に綺麗な音にしか聞こえないよ?」

 

 第一楽章を弾き終える頃にはたくさんの人が集まっていた。鍵盤から手を離すと拍手が聞こえるが荷物を持ってすぐにその場を離れる。お嬢様をそれを見越してかすぐに食材を渡してきた。

 

「新一お疲れ〜」

「ありがとう。久しぶりだったから緊張したよ」

「運指も問題なかったしすぐにテストも出来るんじゃないかしら」

「そうですね、明日の昼休みにでも行って参ります」

「敬語」

「失礼しました。行ってきます」

 

 抜け目が無いなと思いつつ家の前でリサと別れ帰宅すると扉を閉めた途端お嬢様に頬を触れられる。

 

「どうかしましたか?」

「……気のせいかしら」

「何がです?」

「とりあえず中に入りましょう」

 

 何やら考え事をしているようだったお嬢様はスタスタと階段を上がっていく。後で話でも聞こうかと考えながら執事の仕事を行う。

 数時間して食事の準備を終わらせるところまで辿り着いた。準備が出来たと呼ぶが返事をする声が聞こえず階段を上がっていくとばったり出会う。何故ここにという顔をされたが事情を説明すると納得して降りてきてくれた。

 

「ねぇ新一」

「何でしょうか」

「このパプリカ」

「苦味は取ってありますよ」

「ありがとう」

 

 夕方の話を覚えていたのだろうか。しかしパプリカもうまく料理すれば甘くなるのだ。というかお嬢様が嫌う苦い食べ物は極力苦味を取って甘くしている。好き嫌いを無くすのには少し程遠い方法かもしれないが時期に少しずつ苦味を戻して行こうとも考えている。

 

「月光の時なのだけど」

「やはりまだダメでしたでしょうか」

「そうじゃないの。少し、音色が悲しそうに聞こえて」

「悲しそう、ですか」

「イメージとしては合っているのかもしれないだけど、何故か別の悲しみも入っているような気がしてならなかったの」

 

 スプーンを手元に置き俯く彼女を見る。確かに悲しい気持ちにはなった。これは二つの理由があるからだ。もう二度と戻らないあの日々を思い出す。

 

「お嬢様は月光の第何楽章まで聞いたことがありますか?」

「一応第三楽章まで聞いたことはあるわ」

「第一楽章は先ほど弾いた通りです。あれは妹が好きな曲でした。どうしても弾いて欲しいというものですから頑張って弾けるようにしたのです」

「第二楽章は?」

「あれは僕らとはあまり関係ありませんね。強いていうなら昔りんりんが得意でした」

「そうなの?意外というわけでは無いけれど……それで、第三楽章は?」

「魅惑の紅い月が天に昇った時、お嬢様ならどうされますか?」

 

 しばらく考え込む動作をして答えを出した。

 

「きっと見入ってしまうわね」

「それを考えた上で聴いてみてください。きっと分かるはずです」

「それではわからないわ」

「月を見て狂うのは狼だけではないのです。今流してみますか?」

「そうしましょう」

 

 音楽プレイヤーにディスクを入れて第三楽章から始まるように流す。この家にはクラシックのCDもあったため音楽を愛しているのがわかる。聞くこと自体は嫌いではない。しかしもしあの人が弾けばと思うとゾッとする。

 第三楽章が流れ始めるとお嬢様は目を見開いた。まるで何かを知ってしまったような顔をしている。やがて聴き終えると疲れたような顔をする。

 

「ご気分が優れませんか?」

「そういうわけじゃないの。ただ、あなたのこの曲に対する真意がわかったような気がして」

「と言いますと?」

「言ったわよね、月を見て狂うのは狼だけじゃないって。その通りね。まるで狂い出した人たちが止まることを知らず惑わされて堕ちていく姿が想像できたわ」

 

 頭を軽く抑えながら話す姿を見て相当キツかったのだろうと察した。それでも最後は結末が待っているように思えたと言っていたので僕の考えは伝わったように思えた。

 

「お嬢様も重々承知されていると思いますが、音楽というのはメッセージと人を魅せる力があります。魅せられた人々を操るほどの天才が世の中にはいます」

「……あの人のことね」

「左様にございます。一度見せてもらったことがありますがその時は背筋が凍りました」

 

 奴の音楽に魅せられた者達はまるで糸人形のように操られていた。その時に弾かれていたのが第三楽章。それもあそび程度だったのかすぐに終わらせられたがあれ以来きっと才を磨いているに違いない。だがそれは僕達の望む音楽ではない。そう胸の中で誓い僕はいつも通りに戻ることにした。

 翌日の昼休み、音楽室に行きテストを行った。結果的には合格となり出席単位をもらうことが出来た。今後はこのようなことが無いようにと言われたがきっと無理だろうと諦めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 今日は珍しく遠くの商店街に来ていた。前の家があった場所はすでに売られており仕方ないので私は近くのアパートに住むことにした。けどたまには遠出もいいだろうと来てみるとピアノの音が聞こえてきた。ピアノソナタ14番『月光』、私がクラシックの中で最も好きな曲。月が昇っていく音の中にどこか悲しげな音でどこか懐かしげな音だと感じる。弾いているのはどんな人だろうと気になった私はピアノの方に目を向ける。しかしピアノを探しているうちに演奏は終わり演者はいなくなってしまった。辺りを見回してもそれらしい人はわからない。

 

「すごかったわねぇさっきの子」

「男の子であんなに弾けるなんてねぇ」

「どんな人だったんですか?」

 

 気になった私は聞いてみることにした。どうやら羽丘高校というところの制服を着た生徒らしい。あんな音を出せるのはきっとあそこの関係者の人しかいない。それにあの音はきっとあの人だ。

 明日も来てくれるのだろうか?もしここに買い物に来たついでに弾いたとしたらしばらくは来ないかもしれない。それでも見つけたいと思った私は一週間くらいこの商店街に通い続けた。もうそろそろ諦めたほうがいいのかもしれない。ただおいてあるだけのピアノにそこまで執着する人もいないだろうと考えた時だった。

 

「新一弾かないの?」

「もういいよ、あの時はちょっと練習したかっただけだから」

「ワタシも新一さんのピアノ聴きたいです!」

「イヴちゃんがこう言っているわけだけどあなたはそれに応えないのかしら」

「先輩その言い方は怖いっすよ」

「何か言ったかしら」

「イヴェ、マリモ!」

 

 2種類の制服を着た集団が歩いていた。その中で引っかかった言葉があった。

 新一──それは私にとって大切のな人の名前だった。きっともう会えないと思っていた人の名前だ。それを聞いて安心した自分もいた。でもそれは本当にあの人なあのだろうか。だから私はこっそり跡をついて行って顔を確認した。

 見えた横顔は私の希望を叶えてくれた。だから私は喜んだ自分を止められなかった。

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