あれからもう二日立つ。裏で練習しつつ業務をこなす日々を続けている。そんな変わらない日々を過ごしているつもりだったがここ最近変化があった。希璃乃とお嬢様の間の雰囲気が悪くなった。喧嘩でもしたのかと思ったがお嬢様は特に何もしていないようで希璃乃が一方的に距離を空けているように思えた。
「希璃乃」
「どうしかしましたかお兄様?」
僕が呼び掛けたら普通に反応するし問題はないはず。となると僕が練習してる間に二人の間に何かあったのか。というよりお嬢様が希璃乃の琴線に触れた?あり得なくはない話だけどそこまでの事を言ったのだろうか。
頭を回してもわからないことはわからない。さりとて本人達に直接聞くのも気が引けるなと考えていると後ろから首に腕を巻き付いてくる。
「また悩み事ですか」
「そうだね。とりあえず離れようか」
「イヤですか?こういうことをされるのは」
「そういうわけじゃないけど別のところからの視線と年頃の女子としての行動を考えなさい」
これくらい言えばすぐに離れるかと思いきや離れるどころかしっかりと巻き付いてくる。希璃乃に視線を向けようとすると耳元で小さな声で呟かれる。
「良いじゃないですか、あんな人のことなんて。それともお兄様は私のこと、嫌いですか?」
「色仕掛けなら聞かないことくらい分かっているだろう。それにお嬢様のことをあんな人なんて言うんじゃありません」
「これが色仕掛けってわかるようになったんですね」
「茶化すのもやめなさい。やっぱり喧嘩してるの?」
「喧嘩?」
本人は自覚がないのか小首を傾げる。昔からそういうところは意地を張る子だからそういう返事はすると思っていたけど。
「最近お嬢様と上手くいってないみたいだから」
「そういうわけじゃありませんよ。お互いこの距離感がちょうど良いだけです」
「そうなの?」
「そうです。ね、湊さん」
「え、ええ」
不意に声をかけられたお嬢様は流されるように返事をした。本人達が満足しているならそれで良いかととりあえず隅に置くことにした。
それに他にも考えるべきことはある。昨日、あのドーパントがまた現れた。けれど戦闘になれば互角の勝負をするもののトドメを刺せるはずのタイミングがわざと動きが止めているのかというほど何もしてこない時がある。ギリギリで防げるところだったからよかったものの何故油断している時にトドメを刺さないのかが気になっていた。
「今度は別の考え事ですか?」
「まぁね」
「ご相談に乗るくらいなら」
「いや、これは僕個人の問題だから。気持ちだけ貰っておくよ」
「そんなこと言わずに」
「さて、そろそろ練習してくるよ」
これ以上心配をかけないようにとリビングを出る。もしかしたら昨日死んでいたかもしれない。そう考えるだけで悪寒がする。だがどうしてもあのドーパントからは仕留めるという意識を感じない。弄ばれているわけではないと思うのだがそれだけが不思議で仕方なかった。
翌日、朝食を食べ終え支度を終えるとインターホンが鳴る。ここ最近ルーティーンになりつつある一条さんの迎えが来たのだ。希璃乃も荷物を持って玄関へ行く。
「おはようございます新一様。希璃乃様の迎えにあがりました」
「おはようございます。朝からありがとうございます」
「いえ、礼には及びません。そしてお願いがあるのですが」
一条さんがお願いとは珍しい。この人の願いだ、極力叶えてあげたいが出来るだろうか。
「なんでしょうか」
「本日希璃乃様を連れてデパートの方に向かいたいと考えております。商店街や私の家のみでしたがいつも同じだと飽きてしまうと思いますので」
「よろしいのですか?希璃乃の面倒を見てもらっているのにそんなことまでしてもらって」
「構いません。それとこれは妻の願いでもあるのです。年頃の女の子はショッピングが好きなのだから好きなことさせてあげた方が良いと」
あの御令嬢のことだ。きっと自分の時と照らし合わせてしっかり考えてくださったのだろう。それにその方が気分転換にもなって良いかもしれない。警戒することに変わりはないけど少しでも希璃乃の気を紛らすことが出来たらいいなとも思える。
「希璃乃はどうしたい?」
「もし、行けるのなら行きたいです。せっかく一条さんとソニア様が考えてくださったのを無碍にしたくありません」
「一条さんお願いしてもよろしいですか?」
「喜んで引き受けさせていただきます」
念のためどこのデパートに向かうのかを確認すると元々教育予定のデパートだった。シャー芯などの筆記用具もそうだが他にも買い足すものがかなりあったので今日の放課後に行く予定にしていたのだ。それなら放課後に集合しようという話になり僕達は別々の方へ向かった。
「学校までは送ってくれるのよね」
「はい。僕は今日遅れて行きます。遅くてもお昼には来ますのでご安心ください」
「あまり上手く言えないけど頑張って来なさい」
「そうですね。色々と頑張ります」
先にお嬢様を校門まで送り届けると曲がり角から橋本さんが現れる。今日は通常の仕事着らしく黒スーツのようだ。
「おはようだ主」
「おはようございます橋本さん。午前中のみになりますがお願いしてもよろしいですか?」
「任せておけ。我々の方からは霧切と伊達が向かっている。奴らのことを頼んだ」
今日は弦巻家から園崎の方へ異動した人達の大半が釈放される日だった。彼との約束やさまざまなことがあり僕も呼び出されたため護衛の任務を橋本さんに依頼することにしたのだ。あの人は表情が変わりづらいことが多々あるがそれでも部下のことは心配してくれる。きっと自分も行きたかっただろうけど僕に任せてくれたのだ。信頼に応えるようにしなくては。
弦巻家の施設に入ると百人前後の人が並んでいた。仮説ステージのようなところに霧切さんがその端の方に伊達さんが立っている。いつもなら声をかけてくる伊達さんも今は完全に仕事モードだ。
「お待たせしました」
「うむ、それでは始めようか」
霧切さんと壇上で皆の方を見ると一気に注目が集まる。元々部下だった人達なだけあって知らない顔はあまりなくこちらを見て来た大半が怯えた顔をしてきた。ここにいる以上僕と一度刃を交えていると考えてもおかしくないだろう。
「皆、まずは釈放おめでとうというべきだろうか。早速で悪いが君達には今から選択してもらう。勿論矯正はしないが悔いの残らないようにしてほしい。一つ、これからまた園崎の元へと戻り再び私達名護家と戦う。二つ、戦とは関係のない平穏な暮らしを送る。三つ、名護家に戻り我々とまた共に戦う」
三つの選択肢を提示すると怯えていた顔が困惑へと変貌した。
「一つ目の提案はお薦めしません。今度こそ死ぬことになるかもしれない。その時は僕も本気で殺しに行くと思います。二つ目は出来ることなら選んで欲しいと思います。この件に関しては名護家が就職まで面倒を見てくれるそうです。そして三つ目は、これこそ本人にお任せします。また戦場に戻ることになる。それでも皆が笑って行ける世界を作りたいとのことです」
「これから十分時間を取る。だから慎重に考えてくれ」
マイクを切りステージから降りるとポケットに手を突っ込んで歩いてくる男性の姿があった。猪宮さんだ。真剣な顔をして近づいてくるにあたって伊達さんが僕らの前に立つがそれを制して僕は前に出る。何も構えずただ突っ立っていると僕の顔目がけて勢いつけてパンチが飛んでくる。それを避けることなく真正面から受けるとやはり痛かった。ゼロ距離が得意というだけあってその拳はお墨付きだ。
「猪宮テメェ!」
「待ってください伊達さん」
「でも坊ちゃん」
「約束を果たしました、そうですよね猪宮さん」
「おう、これでスッキリしたわ」
彼は手をブラブラさせて身軽になったことを証明してくる。すると今度は僕に手を差し伸ばしてくる影が見える。
「あんたも随分無理をするわね」
「元からですし無理でもありませんよ」
「逢坂……」
「ごきげんよう名護家現当主様」
「二人は答えは決まったんですか?」
「ええ」
「おう。と言っても考えるまでもなかったがな」
飄々とした様子を見せたが二人は霧切さんの前に跪き名乗りを上げる。
「〈
「同じく〈
周りがざわざわと騒ぎ始める。確かにこの二人は僕に対して恨みを買っていた人物だ。組織の中でもかなり目立っていたのかもしれない。それでもこうして戻ることを決意してくれたのには必ず意味があるのだろう。
「理由を聞いてもいいかな」
「俺はコイツにまた生きるべき道を教えられた。勿論裏切ったことは許してないがさっきのでチャラにするって約束だ。それに俺は殴ることしかできねぇけど、逆にだからこそ出来ることがあるんじゃないかと思ったからこの道に戻ることにしただけだ」
「戦いたいからとかそんなんじゃないけど、私は私に出来る最大限を活かしたいと思った。それにそっちに行けば退屈はしなくて済むし」
そんな理由でと呟く声が聞こえたが正直そんな理由でもいいと思う。それに人からすればそんなでもその人からすればかなりの決断をした大事な理由なのだ。誰にも邪魔することは許されない。
「君達が戻って来てくれるのは心強いな。ただし階級は下からやり直しだがそれでもいいかね」
「構わねぇよ」
「どうせすぐ元いた地位すら超えるわよ」
あまり気にしていないのか二人は流すように応える。これに関して面白かったのか伊達さんは隣で面白そうに笑っていた。そんな中離れたところからありえない、嘘だなどと呟いてくる声が聞こえてきた。
「お前ら言いたいことあんならはっきり言えよ」
「いつまでたっても自分で決められないやつに構ってる暇なんてないわよ」
「あんた怖くないのか?!」
「何が?」
「あの園崎だぞ!捕まって寝返ったとなれば一体何をされるかわからないじゃないか!」
「そうだ今からでもこっち側に」
「だから何だよ」
「は?」
「そんなに怖いならあんたたちだけでも戻りなさいよ」
「お前らくらいかかってきたところで瞬殺してやる」
二人は他の怯える人達に対して大きく啖呵を切った。それだけの意思があることを知り安心する。それから時間が来るまで待ったが戻って来たのは半分にも満たず残ったメンバーは一時保留となり後で別の人物が迎えに来ることになった。
名護家に戻るメンバーを確認して専用のバスに乗せる直前猪宮さんに声をかけられる。返事をする前に頭を下げられ周りの人達も困惑する。
「ぶん殴って悪かった」
「約束ですから。それに手加減してくださったじゃないですか」
「チッ、やっぱバレてんのかよ」
「俺でもわかったぞ」
「やめてくださいよ隊長。お前はまだ戻らないのか」
「まだやることがありますから」
「はっ、そうかよ。…気に食わない奴がいたら呼べ。お前の代わりにぶん殴るくらいはしてやるからよ」
「ありがとうございます」
それだけ言い残してバスに乗り込む猪宮さんを見送ると今度は逢坂さんが声をかけてくる。
「あんたも馬鹿ね。あんな脳筋の約束守るなんて」
「約束は約束ですし、これが僕の償いでもありますから」
「あんたらしいわね。まぁいいわ。それより最近あのお嬢様は元気かしら?」
「勿論元気ですよ」
「あの子じゃできないこと、私が代わりにしてあげるからいつでも電話して来なさい。すぐに抱いてあげるわ」
「そういうのは間に合ってますので大丈夫ですよ」
「は?どういうこと?あんたまさか」
言葉の途中で女性スタッフに押し込められた。適当言って誤魔化そうとしたら裏目に出たらしい。全員が乗り終えると伊達さんと霧切さんもバスに乗って弦巻家を出る。いつかまた皆にあるといいなと思いながら学校に戻る。そして今日戻れなかった人達もいつか名護家に戻るか、もしくは戦いとは関係のないあったかい世界に行けることを願っている。