今日の全ての業務を終わらせて少し休んでいた僕は天井を見つめていた。天斗の言っていた迎えに来たという台詞、どうしてもそれが気になっていた。何故天斗は希璃乃に対してあんなことを言ったのだろうか。血が繋がっている家族だからか、そもそもなんで希璃乃が生きていることを知っていたんだ?
そうやって自分の中で問いかけているとドアをノックする音が聞こえる。どうぞと通すと希璃乃が部屋に入ってくる。枕を持って俯いている様子から揶揄ったりするために来た訳ではないことを察する。
「こんな時間にどうしたの?」
「少し、眠れなくて」
枕を抱き寄せる力が強くなっている。とりあえずベッドの上に座る様に促した。
「怖い夢でも見たの?」
「いえ、もし夢だったらいいなとは思いますが」
「もしかしてあの人のこと?」
コクコクと小さく頷いた希璃乃は怯えている様に震えていた。あの事件以来希璃乃はあの人のことを見ていないし忘れようともしていた。なのに突然目の前に現れたのだ。恐ろしくなっても仕方ないだろう。
「私は、あの人が何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。でも、でも」
「希璃乃はアイツとは違うよ」
「!希璃乃は、人として生きていたいです!」
今はただ黙って抱きしめてあげる事しか出来なかった。涙をボロボロと流しながら縋るように体を預けてくるこの子をもう二度と悲しませないようにしなければならない。
泣き終わると今日は一緒にいてくれないかとねだってきた。昔、ホラー映画を見た時に同じ反応をしていたのを思い出す。変わらないなと思いつつ布団に入って背中を向けるとしがみついてくる。少しすれば寝息が聞こえてくるもので様子を見てみると泣き疲れたのかぐっすり寝ている様だった。最後の片付けをしてなかった僕は部屋の外に出るとお嬢様が部屋の前にいるのを見る。
「どうかなさったのですか?」
「いいえ、何も」
「お嬢様はお怪我をされていませんか?」
「さっきも言ったけど大丈夫よ。それよりあなたの妹は?」
「今はぐっすり眠っています。きっと忘れることはできないでしょうけど僕と同じように進めていけたらと思います」
「そうね、そのためにも」
「わかっています。いずれ決着はつけます。ファンガイアとも、アイツとも」
お嬢様は頑張りなさいと一言残すと部屋へと戻っていった。僕も片付けだけして部屋に戻るとまだぐっすり眠っていた。起こしてしまったわけではなかったので良かったと思いつつ様子を見るとお兄様と声を溢していた。一体どんな夢を見ているのやらと思いながらも僕も布団に入った。
おそらく近いうちにアイツはまたやってくるだろう。ドーパントと天斗どちらも希璃乃を狙っているわけだがそもそも希璃乃は数年前に亡くなっているわけだから今更になって狙う理由ってなんだろうか。……待てよ、ドーパントの方は園崎の手のものだから知っていることは当たり前だ。しかし何故天斗がそのことを知っているんだ?
その点に気付いた時スマホに着信が届く。どこからかと確認すると夜架ちゃんからだった。
「もしもし、どうしたの?」
『よか、った……繋がり、ましたわ……』
すぐに異変に気付いてどこにいるかを聞くと近くの森林公園の名前を出したのですぐにその場所へと向かう。敵がいるかもしれないと念のため執行者の装備とベルトを持っていった。森の中を駆け夜架ちゃんを探すと暗い森の中で木にもたれかかっている影を見つける。近づいてみればその姿は任務の時の彼女の格好とそっくりだった。
「夜架ちゃん!」
「新様……ご無事ですか」
「自分の心配をして。傷の手当てを」
出血部位を確認しようとするとゆっくりと手を上げて制止する。
「毒が、回ってますの……きっと、もう、間に合い…ませんわ……」
「なら何故僕を呼んだ。名護家に連絡すれば助かる可能性だって」
「自分の死地くらい……選ばせてくださいまし……」
既に死ぬことが分かっていたはずだ。普通の病院なら無理でもあそこなら助かる可能性はあるはずだ。それでも死を選ぶと言うことは本能的に理解しているからだろう。
「新様に、お取り継ぎしなければいけないことが」
「……話して」
「毒に慣れてきました……ですがすぐに強くなると思われるのでストレートにいきますわよ……ここ最近新様を狙ったあのドーパントの正体は、魔姫ちゃんですわ」
「な……!」
直球で言われた言葉に返す言葉を失った。あれだけ探していた人が敵に回っているだなんて誰が想像できただろうか。言われれば戦い方は似ていたかもしれないが魔姫ちゃんの要素はそれ以外には見られなかったはず。逆に言えば戦闘の際にしか遭遇していなかったのが証拠不十分であるとも言える。
「でもなんで」
「今日、橋本隊長が発信機をつけたみたいで、それを追って行ったら魔姫ちゃんが正体を晒してきて、無理矢理にでも連れて帰ろうとしたら返り討ちにあいましたの」
「じゃあこの傷は魔姫ちゃんが?」
「ええ、ドーパントといっても大丈夫だろうと甘く見たのが間違いでしたわ。敵の拠点は罠だらけだというのを忘れていました」
「だから毒が…」
魔姫ちゃんは元々毒なんて使うタイプじゃなかった。夜架ちゃんも毒のついたものなら絶対と言えるほど避ける技術を持ち合わせているはずだ。それなのに食らったということは毒霧が撒かれていたと考えてもおかしくはないだろう。
「全く、我ながらというやつですわ……」
「いや、よくここまで来てくれた。ありがとう」
「感謝される様なことではありませんわ…私頑張ってここまで来ましたわ」
「ならご褒美をあげないとね」
いつも通りの笑みを浮かべて頭を撫でると毒と痛みで苦しいはずなのに嬉しそうな顔をする。目の前の着物の女は僕の手を掴んで自分の胸へと手を運ぶ。掌からはトクントクンと脈打つ鼓動が伝わってくる。
「わかりますか?まだ生きているのを」
「うん、ちゃんと伝わってくるよ」
「これは、私の、お願いで、新様に対する依頼で、人生で最後の我儘ですわ」
その言葉を聞いた瞬間全てを察した。もうやることはないと思っていた仕事の時間だ。出来ることならやりたくは無い。
「……いいよ、言ってごらん」
「私を、殺してくださいまし」
想像通りだった。いくら急ぎとはいえ夜中に呼び出されるからと執行者の服を着てきたのが間違いだったのかもしれない。もしこれを着てこなければこういう立ち回りはしないと考えてくれたかもしれない。
「私、もし死ぬ時になれば、新様に殺されるか、共に死ぬのが1番の願いなんですの」
「……理由を聞いてもいい?」
「だって新様、あの時言ってくださったではないですか。『その剣、その弾、貴様らの血液の一滴まで使わせてもらうぞ』と。もし私が、まだ新一様の物であるならば、その手で処分してくださいまし」
自らを道具としてここまで僕について来てくれた。だからこその責任を今迫られているのかもしれない。
「今まで新様がしてきたことに怒りを覚えているわけではありません。むしろ道具が人の真似をしていただけなのですから」
「……」
「その道楽に付き合っていただき、ありがとうございました…」
「……」
「……でも新様との、子どもは欲しかったですわ。いずれ愛し合うのも、実は本望だったりしますのよ……」
呼吸が少しずつ荒くなっていっている。きっと毒が強くなり始めたのだろう。出血も止まりはしていても創傷部位からの痛みは治まっていないはず。なのに彼女ははにかむような笑みを浮かべている。
「……全く、どこでそんな言葉を覚えたのさ」
「前から、言ってましたわよ…」
きっと、応えてやるのが彼女への贖罪、いや責任の取り方となるだろう。
「どう言ったらいい?」
「どう、とは?」
「いつもは仕事だけど、今回はそういうのやだなって。だから夜架ちゃんの望むままにやってあげる」
「そんなサービスまで、やってもらえるのですか?嬉しいですわ……そうですわね、私の刀で、一突きで殺してくださいませんか……」
「分かった。言い残すことはある?」
「どうか、ご自身を責めないでくださいまし……私はいつだって新様の味方ですわ……」」
刀を拾い上げて抜き身にする。暗闇の様に黒い刃を彼女の心臓に狙い定めて突く構えを取る。これで良い顔聞くと最後に合図を出してから刺して欲しいと言う。今回はどこまでもいうことを聞いて上げようと待つと今までに見たことのないような笑顔を見せる。
「愛していますわ新様」
言葉を聞いてすぐに心臓を貫き刀をすぐに抜いて彼女を抱きしめた。流れてくる血を抑えずに抱きしめる僕に帰すように抱きしめてくる。
「ありがとう夜架ちゃん、僕も愛してるよ」
「そんな……そんなこと言われたら私、嬉しい……幸せですわ……」
「いつか君がちゃんと幸せになることを願ってるよ」
「ならその時は……新様と、幸せに、なり、たいです、わ………」
声が聞こえなくなると力が抜けたようにずり落ちていく。死に顔にしては随分と幸せそうなくらいに笑顔だった。脈を確認すると先ほどまで打って痛脈はすでに無くなっていた。対象の死を確認して立ち上がる。
「道具ならそんなことは言えないよ」
「主、そんなところで……」
後ろを振り向けば橋本さんが立っている。木に寄りかかっている遺体を見て状況を理解したらしくすぐにインカムに手を伸ばしていた。
「こちら〈
「〈宵闇暗殺公〉、〈夜剣〉より〈春姫〉が敵に回ったことが判明した。この件について預からせて頂きたい」
「了解した。手続きはこちらで行っておく」
橋本さんが魔姫ちゃんに近づくと脈を取ると何かを納得したように頷いて立ち上がる。その姿を見て帰ろうと後ろをを向くと声をかけられる。
「主よ、礼を言わせてもらう」
「何故です。言ってしまえば僕は仇ですよ」
「三十分前に切姫から連絡があった。新様に最後を看取ってもらうため邪魔はしないで欲しいと」
どうやら僕に連絡する前から結末は変わらなかったようだ。あの子なりの配慮も込めて連絡を入れていたのだろう。
「随分と死に顔とは程遠い顔だな」
「……」
「さぞ、嬉しかったんだろうな」
「……そうですかね」
「こいつのこんな顔、俺は見たことない。主はきっと自分を責めているだろうがそんなことを考える必要はない。全てはこいつの望んだことだ。寧ろこいつの願いを叶えてやった事を誇ってほしい」
「………話はそれで終わりですか?」
質問の答えは返ってこない。それではと一言だけ残し僕はその場を後にした。
仲間を殺したのはいつぶりだろうか。彼女は人としては罪を犯そうと私情で殺すなんてことはしなかった。常に誰かのためにと殺してきたと言っても過言ではないだろう。それでも世間からは許されることではない。それでもと仕事を続けた彼女は優しかった。
そんな優しい彼女を僕は殺したんだ。望まれたとはいえ彼女の命に手をかけた。彼女のいうことを無視すれば命を救えたかもしれない。それでも彼女の願いを叶えてあげたいと考えた自分を優先した。それでもきっと彼女は許してくれるだろうと考えてしまう自分がいる。
いや、後悔するのはここまでだ。彼女はその命を持ってでも持ち帰ってきてくれた物がある。それを無駄にしてはそれこそ失礼だと切り替える。この件が終わってからまた考えようと夜架ちゃんがくれた情報を考え直す。
──────────────────────────────ー
来てくれるようで助かりましたわ。私の身体はもってあと三十分といったところでしょう。新様に最後を看取ってもらえるのならそれが本望。
ある意味では魔姫ちゃんに感謝ですわね。魔姫ちゃんの件は伝えるとしてもう一つの方はどうしましょうか。きっと伝えたら新様は困ってしまいますわね。最後に困らせてしまっては殺してもらえないでしょうか。そうなると困りますわね。
それに言ったところできっと信じてもらえないでしょうし、これに関しては真相にたどり着いてもらうのを待つしか無いですわね。
『切姫』
「橋本、さん……?」
『お前との最後の会話になると思ってな』
「それなら、手短に、お願いしますわ……今は体力を」
『分かっている。だから聞くだけでいい。お前から貰った情報は全て正しいと判断出来る。よくやった。これが最後の上司としての命令だ。名護新一にお前の思いを伝えろ。以上だ』
最後に変なことを言い残して私の上司は通信を切った。いつも変だとは思ってましたけどここまでとは思いませんでしたわ。
でもそのおかげで助かりました。
新様、私の思い、ちゃんと届きましたか?
最後に、どんな気持ちだったかはわかりませんが、愛していると言ってくれてありがとうございます。