青薔薇の歌姫と白き聖騎士   作:OSTO文明

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第十三光 「冬」

 人間の希璃乃は死んだその言葉がずっと僕の中を彷徨っていた。最初は死んだと思った。あの時僕を庇って確かに胸を貫かれた。いくら叫んでも返事が返ってくることはなくあの後に会うことすら無かった。でも生きていたから今会えたんだ。再開する事ができたんだ。

 

 アンタの妹は、あの日死んだ。

 

 違う!死んでいなければここにいるはずがない。声も顔も姿も性格も希璃乃の本人じゃないか。

 

 中身は一緒かもしれないわね。でもガワはどうなっているかしら。

 

 あれが偽物だっていうのか。普通の人間と同じように暮らしているのにそれが人間じゃないなら何だと言うんだ。希璃乃は人間だ、ファンガイアとかの化け物じゃない。

 

 それが人間じゃないって言ったらどうするの。

 

 仮にそうだとしても希璃乃は希璃乃だ。そこになんら代わりはない。だから……

 

「お兄様?」

 

 声のする方を見ると希璃乃が何かに怯えるような様子でこっちを見ていた。

 

「何かあったのですかお兄様」

「……え?」

「顔が真っ青になって、それに汗も出ていますし」

「いや大丈夫。心配かけさせたね」

「本当に大丈夫ですか?もしご気分がすぐれないようでしたら本日の練習は」

「行くよ。お嬢様も行くわけだしそれに今日が最後だからりんりんとの約束もある」

 

 今日はRoseliaの練習が出来る最終日。りんりんと約束したヴィヴァルディの「冬」をセッションする約束をしている。今になって期待を裏切るわけにはいかない。それに僕の考えていることは不要な心配だから放っておいて問題はない。

 

「ですがお兄様は普段からお仕事をずっと」

「こんなのは仕事のうちに入らないよ。ありがとう心配してくれて」

 

 希璃乃の頭を軽く撫でて準備しに自室へ戻る。ヴァイオリンを出すために開けたクローゼットの中には執行者の服が掛けられている。前までは奥にしまってあったが服くらいならお嬢様に見つかっても問題ないだろうと手前にかけることにした。 それを見ると今まで看取ってきた人たちのことを思い出す。それでも前に進むしかないのだと自分を押し殺してきて進んできた。大丈夫、今回も同じだ。誰に何を言われようとブレないでいればそれでいい。

 サークルについて最後の練習が始まった。皆日に日に成長しているため毎回音が気持ち良く聞こえる。これもテスト期間によりしばらく聞こえなくなるのは少し物寂しく感じるから残念なようにも思えるがテストさえ終わればまたすぐに聴ける。希璃乃もRoseliaの音楽は気に入っているようで練習中は楽しそうに聴いている。そうだ、こんな子が人間じゃないわけない。だから何も気にしなくていいんだ。そうやって雑念を何度も払っているうちに今回の練習は終わってしまった。しかし時計を見ればまだ時間に余裕はある。

 

「もう終わりでいいのですか?」

「だってあなたたちこれからセッションをするのでしょう?」

「そう……ですが」

「ならアタシたちも聴いていいかな?」

「私も白金さんと名護さんのセッションい興味があります」

「あこもあこも!りんりんと新兄の演奏聴きたい!」

 

 りんりんと見合わせると少し恥ずかしそうにしながらもコクンと頷いたため皆の前でセッションをすることになった。元々延長を予定として入れていたので皆の時間を奪うわけではなかったのだがせっかくだからと二人でやって見ることにした。

 

「なんて曲やるんだっけ」

「ヴィヴァルディの『四季』にある『冬』です。ヴァイオリンがメインのようにも思えますがピアノの音も映えますよ」

「紗夜詳しいね」

「たまたまです。おそらくクラシックなら私より白金さんと湊さんの方が詳しいかと」

「アタシはそんなに聞かないからな〜あこは?」

「あこもそんな聞かないかなー」

「最近は色んなジャンルの音楽が流行ってますからね。皆さんの曲に取り入れるのもアリかもしれませんよ」

「そうね、参考にしようかしら」

 

 皆が雑談している間に僕たちはチューンナップを済ませ演奏できる状態へとなっていた。運指の練習を軽く行いをーミングアップを済ませる。本来この曲はヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリンで演奏される曲だがピアノでアレンジを加えることでさらに世界が広がって行く。りんりんがどんな世界を抱いているかは分からない。けれども調和ができるような気がしている。

 

「いけそうかな?」

「うん、いつでもいいよ」

 

 皆が静まり返り静寂が訪れた。数秒経ってから静かに弾かれる弦の音にイメージを乗せて弾いていく。それに対してりんりんのピアノも同調するように音を奏でていく。事前の打ち合わせはしていないのに音が上手く重なり合っているような気がする。メインに近づいていく時、それは冬の過酷さが増していく様子を表しておりサビに入るとさらに激しさを増す。冬の過酷さは続き寒さで人を飲み込む。演奏が終わると同時に冬は終わりを告げていく。

 途中から演奏に集中していて気づかなかったが身体中が熱く汗をかいていた。呼吸も忘れていたのかというくらい今になって酸素を取り込むように息を吸う。りんりんも同じだったようでゆっくりと深呼吸をしている。キーボードに近づいて手を差し出すと握手を返してくれた。お互いにいい演奏が出来たと笑顔になると拍手が聞こえてくる。

 

「二人とも凄かったわ」

「アタシクラシックでこんなに凄いの聴いたことないよ!」

「凄い集中力でした。まるで何かに取り憑かれたように弾いていましたね」

「二人ともちょー凄かった!まるで闇の演者たちによる……えーっと」

「久しぶりにお二人のセッションを聴くことができて嬉しかったです」

 

 本当は皆に見せる予定は無かったがどうやら楽しんでくれたらしい。実際僕達も演奏が楽しくて仕方なかったから集中していたんだと思う。

 久しぶりのセッションが終わりしばらくの間Roseliaの練習は休みになった。これから二週間近くはテスト期間になり学生としての本業を全うするとのこと。お嬢様の勉強も見なければならなくなるので業務は減ったようで減っていない。さぁてどうやってお嬢様を勉強から逃さないようにするかだ。家に帰り食事を済ませ順番にお風呂に入ると希璃乃が入っている間にお嬢様が声をかけてくる。

 

「髪を溶かすのやってもらえるかしら」

「仰せのままに」

 

 ソファに座って力が抜けていくお嬢様の髪を櫛で溶かしていく。銀色の髪は長く綺麗なものだ。希璃乃と同じ髪色をしているため昔を思い出す。もうあの頃のように溶かして欲しいなどとは言ってこない。久しぶりに会ったものだから少しばかり期待していた自分がいたのも事実だ。

 

「今日の演奏、素晴らしかったわ」

「ありがとうございます。練習した甲斐がありました」

「やっぱりヴァイオリンの腕は誰にも負けないわね」

「そう仰っていただけると幸いです」

 

 髪を溶く手を止めると隣に座るように指示してくるので言う通りに座ると今度は膝の上に頭を載せるようにと言われる。流石にそんなことは出来ないと言うと力強く頭を引っ張られて膝枕をされる姿勢になる。何をしたいのだろうかととりあえず大人しくしているとお嬢様は僕の頭を撫で始めた。

 

「何をなさっているのですか?」

「たまたまこうしたかったのよ」

「はぁ…」

「少し付き合いなさい」

 

 まるでペットのように僕の頭を撫で続けるお嬢様を止める気にならなかった僕はしばらく体をお嬢様に預けることにした。いざとなれば動けるようにだけはしておけばそれでいい。

 

「やっぱり私の執事は違うわね」

「何がですか?」

「いつだって私のことを魅せてくれるのだもの。今日のヴァイオリンだってそう」

「まるでいつもと違うお嬢様のようですね」

「こんなことを言う私は嫌いかしら」

「まさか。僕が好きであるのはお嬢様ですから」

「その命令ちゃんと覚えててくれてるのね」

「主人の命は必ず覚えておくものですから」

「ふふっ、流石ね」

 

 気分が高揚しているのか悪戯っぽく笑う様子までいつもと違うように見えた。この人から受けた呪いは僕を苦しめているわけではない。考える上での理由をくれているのだ。だからこそそれに救われる時は少なくない。戦闘の時も、日常的な仕事をする時もこの理由が先に来ることが多い。

 

「でも私を好きだというならいつになったら名前で呼んでくれるのかしら」

「お嬢様、どうやら御気分が少々昂っているようですが」

「そんなことはないわ」

「ですが流石にこれは」

「答えをくれないとその口を塞ぐわよ」

「何をしようとしているんですか」

 

 お嬢様の顔が近づこうとすると第三者の声によってそれが阻まれる。。寝巻きに着替えた希璃乃がお嬢様を睨んでいた。さらに膝枕をされている僕を見てすぐにお嬢様と僕を引き剥がしてくる。

 

「こんなところで何をしようとしているんですか!」

「何ってそれは」

「見ればわかりますけどこれは双方が望んでいることですか。そもそもこんな他の人に見られやすいところで」

「他の人って言ってもあなたしかいないじゃない」

「そういう話じゃありません!」

 

 僕に早く浴室へ行くように促す希璃乃はとても怒っているようだった。正直あのままの状態だったらどうなっていたことか分からないから助けにきてくれたのは感謝している。僕はすぐにお風呂に入り残りの業務を終わらせ、自室へ戻って明日以降の予定を確認すると部屋をノックする音が聞こえた。流石に夜も遅くなっているのでお嬢様が何か聞きにきたのだろうと通すと入ってきたのは先程と変わらない寝巻き姿の希璃乃だった。

 

「こんな時間にどうしたの」

「少しだけいいですか」

「構わないけど、廊下は寒いし部屋に入りな」

 

 予定確認をしてスケジュールを組み立てていたらいつの間にか十二時を回っていた。そんな中で入ってきたということは何か大事な話があるのだろう。昨日のように枕を持って来ていたわけでもない。となると別のことだろうととりあえずベッドに座ると寝巻きのボタンを外しながら近づいてくる。何をしようとしているのか理解出来なかった。寒いのに何故わざわざ服を脱いでいるのだろうか。そもそもなんでこの部屋に来てそんなことをしているのだろうか。いつの間にか隣に座っていた希璃乃は僕に一言放った。

 

「私を抱いてくれませんか」

「え………?」

 

 少なくともふざけているようには思えなかった。下着姿の妹は僕にまっすぐな目線を向けて真剣な表情で話しかけている。お嬢様に似た髪の色や長さ、絹のように白い肌、女性としては魅力的なプロポーション。贔屓なしに逸材と言えるだろう。だけど分からなかった。

 

「それは本気で言っているの?」

「断じてふざけてなどいません」

「何で?どうしてこんなことをしているの?」

「私が、お兄様の子が欲しいとずっと思っていたからです」

 

 それは希璃乃が兄である僕と性行をしたいと言っているのと変わりなかった。近親相姦は犯罪ではないと京君は言っていた。性知識を教えてくれた時についでのように教えてくれたがその時はこんなことになるとは考えていたなかった。近親相姦はあくまでタブー視されているだけだという。だから犯罪になることはないが現実的にそんなことが起きるはずもないだろうとも言っていた。

 

「それは」

「勿論後世を残すという意味です」

「どうして残そうと思ったの?」

「お兄様の優秀な遺伝子を残すためです。たった二人の肉親、私が愛せるのはお兄様しかいません」

「だからといって希璃乃は僕と交わりたいの?」

「私は一向に構いません。むしろお兄様のためならこの身を差し出すことも厭わない。……世継ぎを残すということなら他の女の人じゃダメというわけではありません。ですが一人だけ認めたくない人がいるのです」

「お嬢様のこと?」

 

 希璃乃は黙って頷いた。この間からではあるがどうやら二人の間では何かすれ違いが起きているらしい。

 

「彼の方はお兄様の本当の魅力をわかっていません。なのに執事にとどめさせておくだけでは飽き足らずあんなふうに自分の欲望の吐口にするなんて」

「そこまでだよ」

「え?」

「お嬢様は欲の吐口として僕にあんなことをしたわけじゃないと思うよ」

「何でそんなことが言えるのですか」

「お嬢様は僕に‘お嬢様のことを好きでいろ‘という命令を下したんだ」

「……何ですかそれは」

 

 さっきまで焦りが見えていた表情に曇りが見えた。こんなことを言われても急に理解することは出来ないだろう。それでも納得してもらうために話を続けた。

 

「お嬢様は僕に自分を好きであるようにと命じたんだ。そこには僕の時計を動かすための理由以外に何かがあると僕は信じている」

「……」

「だからそんな真面目な人が一時の欲望のためにわざわざそんな命令をするような人とは思えない」

「……それが何ですか」

「何、とは言えないけど希璃乃はもう少しお嬢様のことを信じてもいいんじゃないかな」

「………分かりました。すみませんでした、今日は失礼します」

 

 

 服を着直して希璃乃は部屋を出ていった。これでよかったのだろう。少なくとも今の僕に希璃乃を抱くことはできないしそもそもそんな気すら起きない。ただ一つ不安なのは部屋を出て行く前からあの子の表情が見えなかったことだ。

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