黒鉄山は所々に更地になっている部分がある。執行者の時に時折外での訓練で使われたため知っている。一度希璃乃が見に来たことがあったらしいがその記憶を頼りに来てみると岩場に座った妹の姿があった。
「待たせたね」
「いえ、時間ぴったりですよ。それに私も今来たところですので」
岩から降りるとカーテシーをするようにスカートを摘まむ。
「他の女の匂いがしますね」
「怖いことを言うね」
「でももう終ったようなのでいいでしょう。答えを聞かせて貰えますか?」
いつものようなニコニコとした笑顔手を差し伸べてくる。答えは決まっていると確信しているのだろう。勿論決まっているがあの子の願いを叶えられるかは別の話だ。しかしどちらの道にしろ希璃乃を取り戻すことには変わりはない。
「帰ろう希璃乃、そこは君の居場所じゃない」
「──その答えになってしまったんですね。お兄様は優しいのできっとまだ私が人間に戻れると思いでしょうがわかってもらう必要がありそうです」
岩場の陰から十体近くのネズミのような顔をしたファンガイアが現れる。彼女を守るようにして前に並び陣形を作ると敵意を剥き出しにしてくる。
「多少の怪我は許します。捉えなさい」
「しかしクイーンあれは白騎士です」
「仲間の仇」
「動けなくしても」
「そんな許可は出していません。生かして無傷に近い状態で捉えなさい」
「怪我させてもいいのに?」
「峰打ちって事だろ」
「わがままだな」
「当たり前でしょう。私はクイーンですから。それとも命令が聞けないの?」
ネズミ達は一斉に襲いかかってくる。どうやら立場は本物らしく部下を扱っている。どんな手を使ってでも僕を仲間に引き入れようとしているらしい。しかしお嬢様との約束を、責任を負うために負けるわけにはいかないと変身して迎え撃つ。同種族という訳あってか連携がうまく取れている。再び囲まれるとお互いに睨み合う状態になる。
「君達、兄妹喧嘩に口を挟むのはいい趣味じゃないと思うよ」
「これ命令」
「白騎士だろうが来てもらうぞ」
「間違って殺しちまわないようにな!」
連携は上手いが固体になってくるとそこまでの戦闘力はない。一人になる隙を狙って攻撃を仕掛けると易々と倒されていく。持ち味が活かせなくなってくると考えなしに突っ込んでくるようになり後処理は簡単に終わった。全て倒し終えると変身した希璃乃の姿が視界に映る。
「思ったより使えませんでした」
「ウォーミングアップにはなったよ。おかげで体も動かせるようになったしそろそろ始めようか」
「そうですね。その前にもう一度聞くのですが本当にこっちに来ませんか?」
「それはこっちのセリフかな。お嬢様もきっと許してくれるから戻ろう」
「まだわかっていないのですか……いいです、私が直接教え込んで差し上げます!」
瞬間、無数の球体が宙に発生する。走り始めると追いかけるように球体が攻撃してくる。近づこうとすれば確実に近づけないように、されど離れれば背中を狙うように背後に忍び寄ってくる。一定の距離を保ち僕の体力を奪っていくかまたは集中させて隙を狙うかの2択だと考えられる。どちらにせよこのままではイタチごっこになるため挽回するためにイクサカリバーで煙幕を作る。
「煙幕を作ってもそこにいるのは丸わかりですよ」
「でも攻撃は止んだね」
「それがどうかしましっ?!」
希璃乃の横をイクサカリバーが通り過ぎていく。それによって一瞬の隙が生まれたため〈偽・星閃天装〉を持って駆け抜ける。光弾が襲いかかってくるが大剣を盾にしながら地を滑って希璃乃の足元まで距離を詰め剣先を突き出す。あと少しのところで躱してまた距離を取られる。
「今のは驚きました」
「自分で道を切り開けば届くと思ったんだけどね」
「流石はお兄様ですわ」
「褒めても何も、っ」
大剣を支えにして姿勢を保つが身体に反動がやってくる。さっきの戦いの麻痺毒がまだ体に残っているらしい。今はハンデだとかいっている場合ではない。全力を持ってあの子を屈服させて反省させなきゃいけないから。
「どうやら身体に負荷がかかっているみたいですね。早く負けを認めてくださいましたらすぐに治療の手配が出来ますよ」
「悪いけどそんなことはしないし謝るのはそっちの方だよ。お嬢様も許してくれる。だから戻ろう」
「まだあの女のことを……お兄様は何もわかっていません。それに戻ったところで私はあの人を許したりはしません」
「どうしてさ。お嬢様は希璃乃に悪いことを言ったの?だとしたらそれは」
「そうではありません。あの人のお兄様の扱いが納得いかないだけです。いくら契約でもあんなのはお兄様に対して失礼極まりありません。なので戻ったとしても私があの人を殺す可能性だってありますよ」
お嬢様を殺す可能性、それを考えただけでスイッチが入った気がした。完全に敗北させてキチンと反省させる必要があるらしい。
「そこまでいうなら覚悟は出来ているんだろうね」
「お兄様こそ少し痛いではすまないかもしれませんよ」
「じゃあ兄妹喧嘩の再開といこうか」
今度は光弾が展開される前に距離を詰める。格闘戦なら希璃乃に対してアドバンテージを取れると考えたがやはりそれなりに鍛えていたらしく連続した攻撃すら避けるか捌かれる。だが少しずつ当たるようになってくると確実にダメージが入っていくのが分かる。このまま攻めていこうとすると目の前に球体が現れ防御の姿勢が整う前に爆発して身体が吹っ飛んでいく。
「自爆覚悟か」
「そんなことしないために威力は抑えました。それにお兄様をこの手で殺したくありません」
「随分と余裕だね」
「余裕とかではありません。私は、再び会えたお兄様とまた暮らせればよかった。お父様とお母様が亡くなって家がなくなってもお兄様がいてくれるなら私はそれで良かった」
「希璃乃……」
「なのにお兄様はあの人のところにいてお兄様の価値すら分からないあの人を……私は許すことが出来ません!」
「だからお嬢様を殺すの?」
「ええ、お兄様の価値を分からずその上で私利私欲のためにお兄様を使うというのなら」
「なら、少しキツイお仕置きが必要かな」
イクサナックルを取り出し掌に当て正面から接近する。光弾が襲いかかってくるが痛みを我慢して接近する。
「なんで、なんで止まらないんですか?!さっきまで攻撃に当たることを避けていたのに!」
「兄の変化にも気付けないのは、希璃乃自身も僕のことをまだわかっていないんじゃない?」
懐に入り込んで鳩尾に一発拳を撃ち込む。そのまま全力で回し蹴りをしてダメージを与える。希璃乃は転がっていき立つのが難しくなる。
「一体なんで」
「僕の仮面をよく見て」
「開いている筈の十字架が閉じてる…?!」
姿勢を保つときに一瞬だけ下を向いた。その時にこれ以上のダメージは危険と判断してバーストモードからセーブモードへとモードチェンジした。セーブモードでは防御力が上がるため球体からのダメージも減らすことが出来た。とはいえ痛みがなくなるわけではないので痛いことに変わりはないのだが。攻撃力も下がるため確実に倒しに行ける訳ではないが今はそれで十分だった。
「君の負けだ」
「まだ負けてません」
「諦めが」
「このままあの女の元へ帰ればお兄様はまた利用されてしまいます!」
「まだそんなことを」
「お兄様は、もう戦わなくていいじゃないですか……あれだけ苦しい思いをして、嫌な思いもして、家族を目の前で失って、これ以上お兄様の何を犠牲にすればいいんですか!人並みの幸せも許されず、時間も搾取され、いつも命を張らされて、奪われ傷つけられてなんでお兄様は何も言わないんですか!いつお兄様は解放されるのですか!」
希璃乃は嗚咽が混じったような声で叫ぶ。ファンガイアの状態だからか見えないが涙を流しているあの子の様子が脳裏に浮かぶ。言われてみればそうだと思う自分もいた。普通の人が持てるような当たり前の時間を僕は持つことはできなかった。あの頃から僕の時間は人の為と言い聞かせて時間を費やしてきた。目の前で救える命が救えなくなっても、仲間を殺すことになっても、強くなるために何も考えないようにしてた。そしてあの日から奴を殺す為と目的も変わっていった。しかしそれだけではないことも事実だ。楽しいと思えた時間も与えられたものも幸せと思える時間もあった。
「もう、苦しまなくても、いいじゃないですか……」
「希璃乃……僕はあの時間が全て苦だったわけじゃないよ」
「でもお兄様は」
「仕事の合間を縫ってでも皆で出かけた時間、あの時間は幸せな時間だったよ。例えあの時希璃乃には苦しんでいるように見えたとしても僕は幸せだったことに違いはない。それに仮面ライダーになった後もそれは変わらなかった。色んなことがあった。辛いことも苦しいこともどしようもないことも。けどその分お嬢様達が僕が良かったと思える時間をくれたんだ」
「あの、人が?」
「バンドを始めて、夏には海に行って、文化祭をまわって、家族だって迎えてくれて、たくさんの時間をくれたんだ。今では自分を好きになれなんて言うけどきっとそれも僕のために言ってくれてるんだと思う。あの人不器用だから言葉が足りないけどね。だからこそ僕は戦わなくちゃいけないんだ」
「?」
「この時間を作ってくれるお嬢様、他の皆も同じように幸せを願っている。でもそれは自分だけじゃなくて他人の幸せを願っている人もいるんだ。その人達の願いを守るために僕は戦う。そう決めたんだ」
「ですがそれでは、お兄様は人柱のまま」
「そうじゃないよ。今までは義務として行なっていた。それは今でも変わらない部分もあるけど、でも今は自らが人の幸せを望む為に戦うんだ。勿論その中には希璃乃も入っているんだよ」
「え?」
「本当はこんなことをしたくないってことぐらいお見通しってこと。僕は希璃乃とこれからも一緒にいたい。兄妹としてたった一人の肉親として。例えファンガイアでも僕の妹に変わりはない、そんな妹の幸せを望むことはダメなのかな?」
「お兄様の幸せはどうなるんですか?」
「戦い抜いて皆の幸せを守ること、それが僕の幸せだから」
「でも、でも……」
「確かに辛いことから目を背けるのには限界が来る。もうたくさん嫌な思いもしてきた。だからこれ以上そんな思いをして誰かを不幸にしないようにするんだ」
「お兄様は修羅の道を行かれるのですか」
「たとえそれが地獄だとしてもね。もし希璃乃がまだ僕と一緒にいたいというのならそれを守らせてほしい。僕の幸せのために」
手を差し出すと掴もうと伸ばしてきた手が躊躇して引っ込んでしまう。考えるようにしているがそれでもずっと迷っているようだった。
「私は、もう人間じゃありません。そんな私も一緒にいて良いというのですか?」
「勿論」
「一条さんとソニアさん、橋本さんやいろんな方々……あと湊さんにも迷惑をかけました」
「一緒に謝りに行こう。僕も迷惑かけたし二人で行こう」
「それに私はファンガイアのクイーンです。本来このような事自体が」
「そんなこと知ったことじゃない。ファンガイアだの人間だのの前に希璃乃は希璃乃でしょ?」
「!……全く、お兄様にはいつも驚かされます」
「妹のことでこんなに手を焼いたの初めてだよ」
もう一度手を差し出すと希璃乃は恐る恐るといった様子で手を伸ばしてくる。あんな風に行っていたがきっとまだ悩んでいるところがあるんだと思う。だからこそ今度こそ兄である自分が引っ張ってあげなきゃと手を取るとスッと立ち上がった。人間の姿へと戻ると涙を流しながら笑っていた。
「帰ろうか」
「はい、お兄様」
希璃乃との兄妹喧嘩はこれで幕を閉じた。仲直りしたからというわけではないが手を繋ぎながら山を下ろうとすると後ろから突然僕を呼ぶ声が聞こえると同時に腕を引っ張られて姿勢を崩す。希璃乃の手が離れ何が起きたか確認しようとすると隣でドサと何かが倒れたような音がした。先にそれを確認するとそこにあったのは胸から青い血を流した希璃乃の姿だった。
「なんで、どうして」
「お兄様は、無事ですか?」
「今は僕よりも自分のことを、というよりなんでこんなことに」
辺りを見ると地面に一本の剣が突き刺さっていた。それはファンガイアとの戦いでよく見る形の剣だった。パリンと割れると砕け散ったはずのかけらが消えていった。止血しようと抑えるが血は止まることなく溢れ続ける。
「おそらく、核を貫かれたんだと思います」
「核?」
「ライフエナジーを貯蓄する機関です……ファンガイアは、それが壊されると死んで…しまうんです」
「治す方法は」
「ないな」
違う声がする方を見るとそこに立っていたのは蠍のファンガイアだった。まるであの日と同じ光景だ。怒りが込み上げてくる前に絶望が押し寄せてくる。
「また救えなかったな白騎士」
「ルーク、どう、して……」
「そいつはファンガイアの掟を破ろうとした。勝てば話は別だったんだが負けた上に掟を破ろうとした場合キングが処刑することになっている」
「あの方、が」
「だがその命令を俺にしてきた。俺としては自分で助けた命を自分で奪うのはあまり気が気じゃなかったんだがな。彼の方の命令なら仕方ないよな」
「貴様」
「じゃあな、無力で哀れな白騎士」
スコーピオンは悠々と歩いていくがその後ろ姿を追う前に目の前の妹の状態に目が入った。止血している手はいつの間にか青色に染まっている。希璃乃は呼吸をするのすら苦しくなってきている。
「なんで僕を庇った!そんなことしなければ……」
何かを言おうとすると口を閉じて口角を上げた。それじゃ伝わらないと思ったが意味があるのではないかと必死に考える。だがそれでも答えは見つからなかった。
「お兄様、お願いが」
「いくらでも聞くから早くどうにか」
「私を、あの、湖へ、連れていってください」
「今はそんなこと」
「お願い、お兄ちゃん」
消え入りそうな声で僕をお兄ちゃんと呼んだ希璃乃は痛みを隠すように笑みを作っている。それを見て僕は希璃乃を抱えて湖に向かった。きっと言っているのはこの近くにある湖だ。昔仕事が休みの日に家族で行ったあの湖の事を指しているはず。抱えて運んでいると生命力の消耗を抑えるように静かにしている。戦っていた更地からしばらく歩くと大きな湖に着く。月明かりに照らされた湖は森の木々を綺麗に反射している。
「希璃乃、着いたよ」
「ここは、変わって、ないですね」
何年も前の景色と変わっていない。どれだけ僕達が変わろうとこの場所は姿を変えていなかった。
「ずっと、ここに来たかったんです。お兄様と、あの頃を思い出すために」
「もう、忘れそうだったよ」
「良かったです。思い出していただけて」
「……もうあの頃には戻れない」
「そう、ですね。でも、お兄様は忘れないでいて、くださいね」
「もう忘れないよ。ごめんね希璃乃」
「大丈夫です。私は、もう、満足しました」
「無理をかけさせてしまったね。ゆっくり、おやすみ」
「はい。お兄様の、腕の中で休めるなんて、幸せ、ですね……」
最後の力を振り絞るように僕を抱きしめようとすると首に手を回した瞬間身体がステンドグラス模様に染まり砕け散った。破片が雨のように降り注ぐ中膝から崩れ落ちる。
──また、救えなかった。また、目の前で殺してしまった。何も出来なかった。僕は、僕は────
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」