AIテクノロジー企業の若き社長が、人々の夢を守るため今飛び立つ——!
新たに出現したドラスマギアとの戦闘により、プログライズキーを強奪された結果、或人は仮面ライダーゼロワンへの変身能力を失ってしまう。
特務機関
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「というのが、大まかな経緯となります」
「いやいや、勝手に話進めてんじゃないよ!」
飛電インテリジェンス本社ビルの社長室に、男の怒号が響き渡る。副社長の
社長の椅子には飛電或人、来客用の椅子にはA.I.M.S.の隊長・
「だいたい先代社長の遺品も今は使えないんだろ!? どうせなら私がしばらく社長代理を——」
「それはできません」
「なんでだよ!?」
「現状ゼロワンシステムはあくまで一時的な停止状態であり、喪失したわけではありません。衛星ゼアを通して安全のためにスリープモードにしているので、再起動は可能です。そして、或人様には社長としての業務を継続する意志があります。わざわざ代理を立てる理由もないかと」
淡々と述べるイズの発言を、福添は否定できなかった。それらが概ね事実であることは福添自身も理解している。
苦々しさの極まったような表情を或人とイズに見られながらも、それ以上の追及を避けて福添は社長室を後にした。
「或人様、今夜はもう帰宅なされますか?」
福添の退室を見届けてから、イズが或人に尋ねる。或人は住み込みで社長業に勤しんでいるわけではなく、帰るべき自宅があるのだ。
「いや、今日は泊まりかな……今の俺じゃ、マギアに襲われても戦えないし」
「妥当な判断だ。マギアがあちこちに出没してるってのに、
そう言って、不破は熱いコーヒーを一口飲んだ。A.I.M.S.隊長としての立場から発せられた言葉だったが、或人は奇妙な可笑しさを覚えていた。
「随分優しいコト言ってくれるじゃないですか」
「あ? 何言ってる。マギアから市民を守るのもA.I.M.S.の仕事だからって話だ。変身できない以上、『飛電の社長』だろうとそこは変わらん」
「あっ、ハイ……いや何となく分かってましたケドね……」
冗談半分の発言を無慈悲に切り捨てられ、或人は気まずそうに不破から目を逸らした。視線の先に勝を捉えると、或人はある疑問について彼に尋ねる。
「えーっと……麻生さん?」
「好きに呼ぶといい」
「じゃあ改めて……ドラスマギアについて、麻生さんの知ってる限りを話していただけたらな、と」
勝は緑色のマグカップを卓上に置いてから、彼の知る『ドラス』について語り始めた。
「僕の知っている『ドラス』は、ネオ生命体という存在が作り出した、いわば端末のような存在なんだ」
数十年前、
「ゼツメライズキーも本質的にはプログライズキーと変わらんハズだ。今出ているマギアの力は、そのネオ生命体とやらではなく『ドラス』の方に由来すると考えていいんだな?」
「ああ。ある意味では
特に表情を変えることなく、勝は恐るべき事実を語る。もしかすると原型となったドラスよりも、今のドラスマギアの方が強いかもしれない。明確な弱点を克服している以上、『弱点を突く』という戦法は取れないのだ。
「どうすりゃいいんだよ……」と呟き、或人は頭を抱えた。その傍らでイズが質問する。
「ゼアのアーカイブを検索しました。麻生勝さん、あなたは『仮面ライダー
「詳しいんだな。僕は望月博士の助手をやってたんだが、ネオ生命体を作るための実験台にされたことがある。バッタの遺伝子を身体に取り込み、人間よりも優れた能力を持つ生物へと改造されてしまったんだ」
博士の研究所を脱走した勝は、雷に打たれて意識を失い、山奥で長い間眠り続けていた。突如現れたテレパシー能力を持つバッタの導きを受けて彼は覚醒し、ネオ生命体との戦いへ向かったという。
「ネオ生命体は危険な存在だった。人の心を持たず強大な力だけがある。恐ろしい強敵だったが、僕を助けてくれた人がいたお陰で勝つことができた。それからは……時々、色々なところで戦いを経験した。何度か死ぬような目にも遭ったが、どうにか生き延びて今ここに居る」
勝の背後から一匹のバッタが顔を出した。肩に乗ったバッタは、恐ろしげな形相で或人を見つめている。
「そのバッタが、今回も麻生さんを導いたってワケですね」
「これは望月博士が開発した特殊なバッタを、僕なりに再現したものだ。広い行動範囲を持ち、僕を支援してくれる。見た目は多少怖いかもしれないが、ドラスマギアを探知できたのも、君の怪我を素早く治せたのも、彼のお陰なんだ」
「……えぇーッ!?」
機械文明に慣れ親しんだ或人にとっては、勝の発言はあまりにも実感からは遠いものだった。勝自身ですら、己に宿った力——即ちは『ZO』が持つ能力の全貌は未だ把握していないという。同様に、今回のドラスマギアもまた、未知数の存在であると勝は付け加えた。
「ネオ生命体、か……案外、ヒューマギアとも近いのかもしれないな。マシンか生命体かが違うだけで、学習して成長する可能性がある以上、大きな差は無いのかも……」
或人が独り言ちる。人間の生活を豊かにするために、ヒューマギアは生み出された。人が無限の夢を見るように、或人曰く『夢のマシン』であるヒューマギアもまた、学習による成長という形で未知の可能性を秘めている。或人が想像していた以上に、ヒューマギアは単なる『機械』や『道具』という枠組みを超えた存在であった。
不破の懐から着信音が鳴った。この時代においては一般的な携帯端末であるライズフォンからであった。ショートメールの文面を確認すると、不破が或人に画面を見せる。
「……ここを一時的な拠点にしたい!?」
「そういうことだ。アンタもここに泊まり込むなら都合が良い。A.I.M.S.がここを守る代わりに、飛電のビルを拠点として提供してもらう。構わんな?」
驚きに反応が遅れながらも、或人は承諾の旨を伝えた。
◆◆◆◆◆◆
「ハァ……」
飛電インテリジェンス・本社屋上。街の夜景を一望できるこの場所で、或人は物思いに耽っていた。降り続いた雨は勢いを弱め、徐々に止み始めていた。
ゼロワンへの変身能力を失った自分に、何ができるか。
飛電或人は売れないお笑い芸人であった。
もしかしたら、
そんな考えが、脳裏を過る。しかし、或人は暗雲のように己を取り巻く不安を振り払った。ゼロワンに変身した、最初の時。遊園地に出没したマギアから、人々を守るために戦ったあの日の自分を否定したくはなかった。
「いつ見ても、思い出されるな」
或人の後ろから声がした。声の方へと振り向くと、不破諌が立っている。不破は或人と視線を合わせると、街の方へと目を遣った。夜の街から離れた場所に、不破にとって思い出深い場所が見える。
「不破さん?」
「社長秘書が『ここにいる』って言ってたからな」
不破が何かを或人に投げ渡す。差し入れは栄養ドリンクの小瓶だった。或人は軽く頭を下げてから、瓶の蓋を開けた。
「ヒューマギアは全てブッ潰す。俺は12年間、それだけを考えて生きてきた」
不破の言葉を或人は重く受け止める。12年前に起こった、実験開発都市での爆発事故『デイブレイク』。その実態は滅亡迅雷.netによるヒューマギアの大規模暴走事件であった。不破は暴走したヒューマギアの襲撃を受け、命からがら逃げ延びた過去がある。彼と同様に、マギアの発生以降においてはヒューマギアに対する反感を持つ人間も多い。
「だが……飛電の仕事は、ヒューマギアを作り、世に送り出すことだ。そして、飛電が作ったヒューマギアは……俺の命を救った」
不破はそう言って、懐から取り出した栄養ドリンク瓶の蓋を開け、一息に飲み干した。
「借りや恩を返すつもりじゃないが、そこは認める。それに、世の中には大勢いるんだろう。ヒューマギアの手も借りたいような奴らが」
滅亡迅雷.netとの戦闘で重傷を負った不破は、ヒューマギアの医師によって命を救われた。その経験が、彼の心境をわずかに変化させたらしい。或人の驚く顔を見ることもなく、不破は続ける。
「
「……頼んで、良いんですか」
「俺もあのマギアにキーを奪われてるからな」
不破の厚意に、或人は目頭が熱くなった。蓋を開けたままにしていたドリンクを飲み切って、或人は改めて頼み込んだ。
「俺のキーを、取り戻して欲しい。飛電インテリジェンスの社長として、A.I.M.S.の隊長に頼みたい」
「ああ、任せておけ」
そして。
一拍置いてから、或人は意を決して問うた。
「もしも、俺が……飛電が、
「決まってるだろ。その時は、俺がこの手でブッ潰すまでだ」
或人の言葉を遮りながら、不破が決然と述べた。不破の真意を直接に聞いて、或人は安堵に息をつく。
雨は既に止んでいた。夜景を背にして、或人達は屋内へと去りゆく。或人の心中から、憂いはとうに消えていた。
つづく。