飛電本社ビルの警備に向かった不破と別れて、或人は秘匿研究室に戻っていた。長話で来客にして護衛対象である
それはそれとして。
「イズ、麻生さんはどうしてここに……?」
「或人様と不破諌さんが出て行かれたのを知って、博士が社長室に入ってきてしまったのです。状況を説明するため、麻生さんにもここへの入室を許可しました」
外部からの協力者とはいえ、全くの部外者である麻生勝も研究室にいる状況は本来ならば推奨されていない。イズからは他言無用を求められた、と勝はにこやかに語る。彼の手にはイズによって記された即席の契約書が握られていた。
「ここでのことは内密に、と秘書さんに言われているからね。社外秘は決して漏らさないが、それはそれとして申し訳ないことをした」
「いえ、こちらこそ。暴走したヒューマギアが出現している状況とはいえ、わざわざここで待機してもらって……」
或人が孝三に頭を下げる。マギアへの対抗手段を持たない一般人である孝三は、ドラスマギアによって引き起こされたマギアの大量出現が原因で、飛電本社ビルへの滞在を余儀なくされた。一時的な協力関係となったA.I.M.S.の任務には秋月孝三の警護も含まれていた。
「お二方、寝床はどうされますか?」
イズは勝と孝三に尋ねる。時刻は既に午後9時を過ぎていた。就寝するには丁度良い時間帯である。
「私は……そうですな、他に空き部屋があればそちらに行くとしましょう。誰か案内してくれる方はいるかな?」
「イズ、警備員ヒューマギアの中で無事だったヤツに連絡を取ってくれないかな」
イズが飛電インテリジェンスのネットワークに接続し、或人の要望に当て嵌まるヒューマギアを検索し始めた。
「該当するヒューマギアを確認。現在こちらに向かうよう呼びかけています。また、今回損失したヒューマギアについても現在補填を行っています」
「流石だな、イズ!」
「ゼアの方に運用データが残っていましたので」
ヒューマギアを統括管理する人工衛星・ゼアの機能が、代替機による補填を可能としていた。これに加えて、ゼロワンの装備もゼアが管理・開発を請け負っている。社会に広く普及したヒューマギアと人々の生活を支えている、縁の下ならぬ空の上の力持ちである。
社長室の扉が開き、厳かさの滲む表情をした男性型ヒューマギアが或人達の前に現れる。腕に黄色いハンカチを巻いたヒューマギアが軽く会釈をすると、孝三が手を差し伸べてその手を握った。
「では、私はこれで」
「お疲れ様でした、博士」
「それと……最後に一つ。テルゾーのことだが……
その言葉を聞いて、或人は胸の奥に熱い何かが宿るのを感じた。
孝三が今まで一緒に過ごしたテルゾーは、もう戻ってこない。滅亡迅雷.netによる強制ハッキングは、ヒューマギアの内部データすら破壊してしまうが故に、元のまま複製することができないからである。テルゾーとの思い出を聞いた際に、或人はこの事実を孝三に説明していた。
それでも孝三は、研究職支援型ヒューマギア・
「秋月博士! ありがとうございます……ッ!」
目に涙を溜めながら、或人が勢い良く頭を下げる。孝三は微笑みを返し、警備員と共に社長室を後にした。或人は近くにあった椅子に座り、涙を流しながら呟く。
「良かったな、テルゾー……良かったなぁ……!」
「或人様、どこか具合が悪いのですか?」
その姿を見たイズが冷静に尋ねる。或人は懐から取り出したハンカチで涙を拭くと、イズの方を向いて言った。
「嬉しくってさ……博士がまた、テルゾーと一緒に研究したいって言ってくれたのが……」
「嬉しくても、人は涙を流すものなのですか?」
イズの疑問に、或人が笑顔で答えた。
「こういうのは『嬉し涙』っていうんだ。イズにもきっと、分かる日が来る。俺は信じるよ」
◆◆◆◆◆◆
孝三が離れて、少し後。
研究室を今日の寝床として、或人は就寝の準備を進めていた。イズが用意した寝間着に身を包み、黄色い寝袋を検めていると、背後から声をかけられた。
「或人社長」
「はいィ!? ……って何だ、麻生さんか」
麻生勝であった。優しげな目を向けつつ、マグカップに注いだ緑茶を口にする。
「君の秘書……イズさんの案内を受けて、僕の寝床も決まった。もう夜も深いが、何か話しておきたいことがあれば、付き合えるかと思うのだが……余計なお世話だったかな」
「そんな、滅相もありません。そうですね……『仮面ライダー』の先輩として、後輩に何かアドバイスとかあったら、なんて」
冗談交じりに或人が返す。とはいえ、先達から話を聞き、そこから得られる何かがあるかもしれないという思いがあったのは事実である。
しかし、勝の返答に或人は首を傾げることとなる。
「君は十分に『仮面ライダー』として頑張っていると、僕は思う。そこに気づいている人もいるんじゃないかな」
「えーっと……それは、どういう?」
「
人の心。抽象的な概念だが、或人にとっては身近に感じられるものである。人心持たぬヒューマギア達が、心を持つかのように見える。それはヒューマギアという存在が『人を支える道具』であるが故に、扱う人を映す存在であるからだ。
「君が戦うのは、何のためかな?」
「もっと多くの人を、笑顔にしたい。ヒューマギアと一緒に、笑い合える世界を俺は目指したいんです」
或人には
『夢に向かって飛べ』。その一言が、ヒューマギアは夢のマシンであると主張し続ける、飛電或人という男の原点であった。
「ヒューマギアを世に送り出す飛電インテリジェンスの社長にして、人間とヒューマギアの危機に立ち向かう仮面ライダー。確かに、君にしかできないことだ。人とヒューマギアの間に立てるのは君だけかもしれない。だからそれは、君だけの戦い方だ」
「俺だけの、戦い方……」
「けれど、君の頑張りを知っている人は必ずいる。そういう人達の中には、君の助けになる人もいるだろう。一人であっても、
『仮面ライダー』の先輩としての、麻生勝の助言はそのようにして締めくくられた。
或人は、自らの内にあった形容しがたい感情に得心がいくような思いだった。ヒューマギアも人間も、その在り方は一元的なものではない。人が人と助け合えるように、ヒューマギアとも人間は助け合うことができるのだ、と。
ならば、自分のすべきことは決まっている。この世界で『仮面ライダーゼロワン』として戦う自分は『飛電インテリジェンスの社長』でなければならない。人間とヒューマギアの
突如として研究室の壁が展開する。備品整理のために席を外していたイズが戻ってきたからだった。
「或人社長、ただいま戻りました。御用が無ければ、本日の業務は終了いたしますが、如何なさいますか?」
或人がイズに現在時刻を問う。日付が変わるまで30分を切っていた。
「イズ、一つ頼みがある」
「というと」
「ゼアに接続して、ゼロワンドライバーと残ったキーのメンテナンスを行って欲しいんだ。ドラスマギアと戦う前に、可能な限り最高の状態で仕上げておきたい」
イズは疑問故に首を傾げる仕草を取ったが、一つだけ思い当たる方法があった。
「であれば、より効果的な方法があるかと」
「ホントか!?」
或人の側に寄って、イズが耳元で囁く。或人はその内容を理解すると、勝機の確信を得て笑みを浮かべた。
「よし、頼むぞイズ!」
「承知しました。では、お休みなさいませ。或人様」
イズが社長室の方へと戻る。その後を追うようにして、勝もラボを去らんとしていた。
「僕も明日に備えて寝る。じゃあ、また」
或人は去り行く背中に手を振りながら見送る。先達への感謝を胸に抱きつつも、勝の大きな背中に彼は懐かしいものを感じていた。
寝袋に身を包んだ或人は、その感覚が何であったのかに気づくより先に、静かな眠りに就いた。
B Partにつづく。