数日後、デイブレイクタウン・滅亡迅雷.net本拠地にて。
滅亡迅雷.netの司令塔たる滅は、データの編纂に取り掛かっていた。今回の事件で観測した事象についての情報を、可能な限り入力する。
本来ならばゼツメライズキーさえあれば事足りる作業であったが、肝心のドラスゼツメライズキーは失われてしまっていた。戦闘の結果としてキーが破壊されてしまった上に、破壊された場所もデイブレイクタウンからは遠く離れた採石場であったため、回収は不可能と判断した。
「ドラスだっけ。残念だったね、滅」
「データの喪失。マギア作戦の進行が遅れるな」
拳銃を分解して遊んでいた迅が滅に話しかける。自ら表に立って動いたこともあり、今回の件は滅にとって概ね徒労と言って差し支えはない。人類滅亡という野望のために利用されるべきデータが失われたことは、計画の著しい停滞を意味するからである。
「それにしても……今思えばヘンなマギアだったよね。なんであんなのがいきなり出てきたんだろう?」
迅が素朴な疑問を口にした。彼らの主たる『アーク』の指針に疑問を抱くことがない滅も、ドラスゼツメライズキーの出自には懐疑的になっていたところがある。
それ故か、滅は迅の問いに珍しく推論を返した。
「アークにはドラスに限らず、人類を滅亡させうる存在のデータが無数に記録されている。数あるデータの中からドラスを選んだのは我々滅亡迅雷.netだが……ゼツメライズキーの作成に成功したということは、やはりアークの意志なのやもしれんな」
滅は思考の先に、水底に沈む巨大な機械を見据える。水没都市デイブレイクタウンの下で眠る、甚大な損傷を負った通信衛星。
これこそが、滅亡迅雷.netを生み出した真の黒幕。
その名は方舟であり、また触れる者を滅ぼす聖櫃であった。
「恐らくアークにとってヤツの存在は一種の
「でも、最後には僕達とも敵になっちゃったよね?」
「そうだな。そこまでアークの読み通りだったのか、あるいは予期せぬ誤算であったのかは……今となっては我らが知る由もないがな」
滅は推論を打ち切り、黙々とデータの編纂を行う。迅は先程分解した拳銃を組み立て、再び分解するという奇怪な遊びに興じていた。
人類滅亡の使徒達は、未だ闇の中で息を潜めている。
水底の通信衛星が、仄かに赤い光を放っていた。
◆◆◆◆◆◆
薄暗い部屋であった。室内の窓にはロールスクリーンが降りているため、昼の日光が僅かに入るばかりである。電灯も点いておらず、清潔感のある広々とした部屋でありながら、どこか落ち着かない印象を受けるものとなっている。
その部屋に、二人の男女がいた。男は部屋の中央に置かれた机に座ったまま、女の報告を聞いている。上から下まで真っ白な服を着た、若々しい見た目の男だ。
そして彼に諸々の報告を行っている人物こそ、A.I.M.S.の技術顧問・刃唯阿であった。
「そうか。事情は把握した。ご苦労だった、唯阿」
「都市機能への被害は甚大です。早急な判断が必要かと」
「わかっていますよ。金銭面での支援はこちらが引き受けます。この際だ、ギーガーも動員してA.I.M.S.の技術力を世に知らしめる機会としましょう」
椅子に座った男の表情は、不敵な笑みに満ちている。自らこそを時代の王と確信した、強者の笑みである。
……彼の名は
そして彼は、
AI事業をはじめとした様々なテクノロジー事業を扱い、世界中に支社を持つ大企業である。
12年前に滅亡迅雷.netの決起によって滅んだ実験都市構想……デイブレイクタウンの計画にも参入し、飛電インテリジェンスを含む数々の企業の中にその名を連ねていた。現在は政府機関であるA.I.M.S.とも提携し、数々の技術提供を行っている。
天津垓はその当時から、ZAIAエンタープライズ
「滅亡迅雷を離反したそのドラスとやら……なかなか奇妙なヒューマギアですね」
「他の個体とは何が違ったのでしょう?」
「さて、それは現時点では何とも言えません。ともかく……今回も良く働いてくれたようだ。我々ZAIAからもより一層の援助を確約すると、A.I.M.S.の技術班には伝えておいてほしい」
唯阿が頭を下げて承諾した。
垓の机の上に置かれたジュラルミンケースには、幾つものプログライズキーが入っている。それは、A.I.M.S.で運用されているキーの出自がZAIAに由来することを意味していた。
「現場に戻るといい。A.I.M.S.としての事後処理が待っている」
「承知しました。では、これにて」
唯阿は再度一礼し、垓の社長室を退出した。
報告にあった『ドラス』という存在に、垓は思いを馳せる。この目で見ることはなかったが、滅亡迅雷.netから逸脱した存在が生まれるとは……と考えたところで、彼は思考を打ち切った。
そのような存在に対抗すべきは、やはり『アレ』を置いて他にない。
彼が今も進め続ける計画……『プロジェクト・サウザー』の果てに待つ存在を除いては。
「滅亡迅雷.net……貴方達の時代はいずれ終わりを告げる。100%、いや——1000%」
闇の中に煌めく黄金の如き決意が、天津垓の心を満たす。
◆◆◆◆◆◆
同日、飛電インテリジェンス本社ビル前にて。
A.I.M.S.のマークを貼り付けたトラックが、エントランスの前に停車している。元は飛電の車両だったのだが、資材運搬などに活用するため、一時的にA.I.M.S.が借り受ける形となっていた。
そのトラックから二人の男が降りてきた。助手席からは隊長の不破諌が、運転席からはフルフェイスヘルメットを着けた隊員が降りてきた。
彼らがここに来たのは、飛電インテリジェンスに車両を返却するためであった。
A.I.M.S.の到来とあって、社長である飛電或人が彼らを出迎える。
「待たせたな、飛電の社長。アンタのところから借りてた車両を返しに来た」
「えっ、もういいの? 確か街の方はまだ作業中じゃあ……」
「それなんだがな、俺らの上層部が援助を受けたとかで、大規模な復興作業はギーガーを動員することになった。手配する車両もA.I.M.S.の分だけでどうにかなりそうなんで、これ以上飛電からトラックを借りてる理由も無くなったってワケだ」
或人が納得して手を叩いた次の瞬間、エントランスの自動ドアが開いた。現れたのは三人の人影。
社長秘書のイズ。所用あって飛電を訪れていた植物学者・秋月孝三。そして——白衣を着た青年を模したヒューマギアがそこに立っている。
「博士! いやァ〜わざわざすみません。一度お帰りいただいたのに、もう一回来てもらうことになってしまって……」
「ハハハ、気にすることはありませんよ社長さん。そちらさんの用事は大方解決して安全が戻ったそうですし、何より——また、テルゾーと研究ができますからね」
初老の男性が、隣のヒューマギアに向かって微笑んだ。研究職支援型ヒューマギア・白辺テルゾーは、秋月孝三本人の希望により、再び購入されることとなったのだ。
「これから、よろしくお願いします。秋月博士」
テルゾーの様子は、どこかぎこちない。ヒューマギアの着用するヘッドギアからは、黄色と緑の若葉マークが投影されている。滅亡迅雷.netのハッキングを受けると、ヒューマギアのバックアップは困難となる。現在のテルゾーは秋月博士との研究に関する記録を持たない、初期状態のヒューマギアである。
「それじゃあ行こうか、テルゾー。お前に見せたいものが沢山あるんだ。分からないことがあれば、また私が教えてあげよう」
「承知しました」
或人に手を振りながら、二人の研究者は歩き去っていく……かに思われたのだが。
「不破さん! そのトラック、まだ使ってていいからさ。博士とテルゾーを研究所まで送ってあげてくれない?」
「あ? 俺は飛電のタクシー係じゃないんだぞ!?」
「隊長、良いじゃないですかたまには。自分、秋月博士の研究所までは道知ってますから、運転できますよ」
反射めいて怒り立つ不破を諫めたのは、A.I.M.S.の運転手だった。
「あの方は……もしや、以前我々を飛電本社までお送りしていただいた運転手の方では?」
「あー……言われてみるとそうかも! お久しぶりですね!」
フルフェイスメットの男が笑い声を上げた。ドラスマギアが研究所に現れた際に、或人とイズを飛電の本社ビルまで送り届けた運転手。それが彼の正体だった。
「なあに、隊長は助手席で起きてるだけでいいんです。博士、よろしければ安全運転でお送り致しますよ?」
「おお、これはありがたい。テルゾーも構わないかな? まあ、少し揺れるかもしれないが……」
「問題ありません」
勝手に決めるな、と不破が運転手を威圧するも、或人が仲裁に入って事なきを得る。不破は渋々といった様子で助手席に乗り込み、運転手を待った。
「それでは社長さん、お元気で。今度会う時は、代替えの用事でないと良いですな」
「博士もお元気で!」
資材運搬用トラックの後部から、孝三とテルゾーが乗り込んでいった。
「次会う時は敵同士でないといいな、飛電の社長」
助手席の窓を開き、不破が言う。その言葉を聞いた或人が返す。
「そのためにも、俺は戦い続けますよ」
助手席の窓が閉まると、研究者を乗せたトラックはゆっくりと走り去っていった。
トラックが去ると、街の方から歩いてくる影が見えた。黒いレザージャケットを来た壮年の男が、或人達のいる方へと走ってくる。
或人は彼を知っている。今回の事件で出会い、共に戦った仮面ライダー。即ち麻生勝/仮面ライダーZOであった。
勝が走ってくると、どこからともなくバイクが独りでに走ってくる。バイクのサドルに乗っていたのは、恐ろしげな形相のバッタだった。
「やあ、或人君。少し街の方に出歩いていたんだ。ヒューマギアのいる街がどんなものか、気になってね」
「勝さん! バイクを出したってことは、つまり……?」
「ああ。この街を発つことにしたよ。あまりこっちに長居するのもよろしくないし」
言いながら、勝はバイクに跨る。小さなバッタは、彼の右肩に移動していた。イズが一礼し、勝に手を振る。
「もう行かれるのですね。では、行ってらっしゃいませ。良い旅を」
「ああ。君も、よく或人君を支えてやってくれ。いつかその意味が、果たされる時が来る。或人君も、元気でな。また会おう!」
「……ハイ。また、いつか。その時も、一緒に戦いましょう!」
バイクのエンジンが起動し、徐々にスピードを上げながら走っていく。或人とイズは、走り去るバイクに手を振り続けていた。感極まってか、或人が大声で彼の名を呼んだ。
「勝さん!」
——バイクが止まった。それでも、彼は振り返ることはない。
或人は最後に、彼のもう一つの名前を呼ぶ。魂に刻まれた、約束の名前。縁を結んだ、彼の名前を。
「——ライダー!」
麻生勝は……否、仮面ライダーZOは、己の愛機に跨りながら、或人に微笑みかける。握った拳を或人に見せつけて、彼は陽光射す街の中へと去っていった。
「或人様」
イズが問いかける。手を振り続けていた或人が、イズの方を向いた。
「仮面ライダーとは、つまるところ何なのでしょう?」
彼女が尋ねたのは、概念のことであった。或人は少し考え込み、自分なりの答えを言う。
「祈り……なのかもな。人々が邪悪に負けそうになった時、仮面を着けた誰かが、この世界を救ってくれるっていう。その誰かが誰で、どんな風に戦うのかっていうのは、きっとライダーによって全然違うんだ。エイムズや、滅亡迅雷も、俺達とは違う仮面ライダーなんだ」
「ゼロワンも、誰かの祈りだったとお考えですか?」
或人はその質問の答えに迷った。或人にとってのゼロワンは、願われたというより託されたもので、何より、自分が願ったものだったからだ。
「そうかもな。だとすれば俺は……俺の願い、俺の夢のために、仮面ライダーになったんだ。人間もヒューマギアも助けて、一緒に笑い合える世界が欲しい。それが俺の……『仮面ライダーゼロワン』だと、信じてるからな」
そう言って、或人は締め括った……のだが。
「なるほど。つまり……ゼロワンは『或人じゃないと』なのですね」
「……イズーーーッ!? お、俺、俺のギャグを取らないでェーッ!?」
「はい、或人じゃ〜〜ないと」
予想外の返答に、或人は今日一番の驚きを見せた。
かくして、世界は一時の平和を取り戻し、彼らは各々の日常へと戻っていく。交わった運命は、再び別々の道へと繋がった。
慌ただしく騒ぎながら、飛電或人とイズはビルの中へと入っていく。
秋の陽光が、彼らを照らしていた。
◆◆◆◆◆◆