「滅亡迅雷.netの意志のままに……」
ドラスマギアが歪んだ声で言った。辛うじてかつてヒューマギアだった者の面影を残す、その声で。
滅亡迅雷.netに乗っ取られたヒューマギアは、決して元には戻らない。マギアに対する唯一の対策とは、マギアの破壊であった。
或人が大きなバックルを取り出す。腰に当たると自動的に帯が展開され、ベルトに内蔵されたシステムが起動する。
『ゼロワンドライバー!』
「……やるっきゃない! ここで止める!」
或人がゼツメライズキーと酷似した装置——プログライズキーを取り出し、同じようにスイッチを押す。起動したキーをベルトの中心部にかざすと、ベルトが認証の完了を告げた。
『ジャンプ!』
『オーソライズ!』
鳴動の音は空から響く。宇宙から世界を見守る飛電インテリジェンス社製の人工衛星・ゼアが、ベルトのシステムと連携して巨大なバッタ型の機械を出力したのだ。地面に降り立ったバッタは一つところに留まることなく、辺りに衝撃を走らせながら跳び回る。
ベルト中心部から光が放たれ、立体映像が描かれる。映るのは或人が『変身』する戦士の姿。飛電インテリジェンス社長専用変身ベルト・飛電ゼロワンドライバーに組み込まれた、人類とヒューマギアの危機に立ち向かう戦士のカタチだ。
「変身!」
展開状態のプログライズキーをベルトの右側に挿入する。バッタが一際大きく跳び上がり、黄色の光に分解された。
『プログライズ! 飛び上がライズ! ライジングホッパー! A jump to the sky turns to a riderkick.』
ホログラムが或人の全身を透過し、黒いパワードスーツが全身を包んだ。続いて黄色い光が頭部から爪先まで全身各部の追加装甲に変わり、右手には鞄型の兵装が生成された。
流線型のフォルムと黄色い追加装甲、赤く輝く複眼。これこそは飛電インテリジェンス社長の新たなる『仕事着』。新時代を戦うためにデザインされた、新たな騎士の姿。
空への跳躍は、やがて
仮面ライダーゼロワン・ライジングホッパー。
夢に向かって飛び立つ社長は、人類の夢を守るために
10メートルはあるドラスマギアとの距離を、ゼロワンは一度の跳躍で至近まで縮めた。ジャンプの勢いを乗せた拳が、ドラスマギアの胸を強かに打つ。ライジングホッパーが再現するのはバッタの能力。ゼロワンの基本システム内において、脚力でこの形態の右に出るものはいない。
ドラスマギアは踏み止まって殴り返したが、ゼロワンは鞄を盾に押し返す。衝撃を返されて怯んだ隙に、ゼロワンは鞄を
『ブレードライズ!』
中天の光を受けて刃が銀色に煌めく。鞄型兵装・可変剣アタッシュカリバーの攻撃形態・ブレードモードが起動した。
ドラスマギアが体を捻り、強力な右ストレートを放つ。突き出された拳を踏み台にして飛び上がり、上空からゼロワンが斬り下ろす。逆手に持ち替えてドラスマギアの腹に刃を押し当て、ゼロワンは力を込めて斬り抜けた。確かな手応えを感じ、或人の戦意が高揚する。よろめいた隙に蹴りを入れ、跳ね返る勢いを利用して距離を取った。
「あんまり強くないな……今のうちに倒せるなら!」
『チャージライズ!』
刀身を折り畳んで鞄の形に戻すと、アタッシュカリバーが蓄えたエネルギーを刃に集め始めた。ブレードモードを再起動すると同時に、剣が黄色い燐光を纏う。
『カバンストラッシュ!』
両脚に力を入れ、光の軌跡を描きながらゼロワンが跳ぶ。アタッシュカリバーを逆手持ちに、光刃をドラスマギアに直接叩き込んだ。颯爽と斬り抜け、ゼロワンが残心めいて剣を振った。黄色の光刃が爆ぜ、衝撃が塵を巻き上げて煙を作る。
「やった……ってワケでもなさそうだな」
煙の中から現れたドラスマギアは健在だった。確かなダメージに動きを鈍らせつつ、ドラスマギアは自らの後方に向け手を伸ばす。指先からケーブルが延び、一瞬にして警備用ヒューマギアを引き寄せてしまった。
「しまった! これじゃ被害が——え?」
或人は妙な違和感を覚えた。滅亡迅雷.netの手に落ちたヒューマギアは、ケーブルを伸ばして他のヒューマギアをハッキングする能力を持つ。大抵の場合、その能力は戦力の増強に使われるのだが、今回はどうも様子が違う。
滅亡迅雷.netに接続されかかり、視線を虚ろにした警備員のヒューマギア。ドラスマギアは顎の部分を展開し、両手で掴み上げた彼を——
「何……してんだよ……?」
思わず口をついて出た言葉は、勇壮とは程遠いか細い声によって発せられた。それだけドラスマギアの所業は、他のマギアとかけ離れたものだったからだ。
ドラスマギアは動かなくなった警備員を無造作に放り捨て、再び指先からケーブルを延ばして何かを吸い上げる。ヒューマギアを稼働させるためのエネルギーのようだ。ある程度エネルギーを吸い上げてから、無機質な声が呟いた。
「エネルギー充填、完了」
僅かに姿勢を低くした次の瞬間、ドラスマギアの姿が消えた。風圧を背後に感じ、ゼロワンが剣で何かを受けるも、威力を殺しきれずに身体ごと吹き飛ばされる。ドラスマギアの回し蹴りが、以前とは比べものにならない強さで襲ってきたのだ。
ドラスマギアに首を掴まれながら、ゼロワンは辛うじて自由になっている左手で顔面を殴る。ドラスマギアは微動だにせず、ゼロワンの身体を地面に叩きつけた。システムが限界を迎え、ゼロワンの変身状態が解除される。或人は激痛に身動きが取れず、仰向けのまま倒れていた。
「強え……ヒューマギアから奪った、エネルギーで、ここまでやるかよ……」
呼吸もままならず、精一杯の悪態が途切れる。ドラスマギアの出力は圧倒的で、或人は重傷を負っている。逃走は不可能であった。
しかし、もはやこれまでと諦める気は、或人には毛頭なかった。
何度も経験した逆境である。お笑い芸人として芽が出なかった日々を、或人は思い返した。
動画サイトに投稿したギャグの再生数が、一ヶ月経っても二桁に達しなかった時。舞台でギャグを披露した時、数少ない観客ですら誰一人笑わなかった時。SNSでエゴサーチしても、コキ下ろすどころか自分の名前を呟く人間すら全く見かけなかった時。
つまりは、それと同じだ。万事が簡単ではないと知りながら、無謀であれ何であれ挑んできた或人の精神力が、激しく痛む肉体を衝き動かしていた。
「たった一回ブッ倒されたくらいで、眠ってなんかいられるかよ……! 俺はな、七転びしても寝起きはバッチリなんだぜ……!」
激痛に耐えながら、或人は腕に力を入れて起き上がる。震える右手でプログライズキーを握り、
「七転び……寝起き? 理解不能。該当データなし」
ドラスマギアが僅かに首を傾げた、その時であった。ドラスマギアの全身に、無数の銃弾が突き刺さった。銃声は一つではなく、複数聞こえてくる。或人が後方を見遣ると、二人の男女が青い銃器を構えながら走ってくるのが確認できた。それを追い越す形で社長秘書・イズが滑り込み、或人の手を取って肩を組んだ。
「今のは『七転び八起き』という慣用句に、寝起きという言葉を掛けた——ギャグです」
「イズ! ……だからさ、ギャグを説明すんなって……!」
イズが自信満々とばかりにドラスマギアを指差す。それはお笑い芸人アルトの決めポーズだった。ギャグを説明されたことに対し言葉の上ではダメ出しをしつつも、或人は安堵の笑みを浮かべていた。
或人達の前方に、男女が並び立つ。二人とも既にプログライズキーを握り、戦闘準備に入っていた。
「
「随分と派手にやられたようだな、社長。コイツは俺達がブッ潰す、アンタは引っ込んでな」
『ショットライザー!』
『バレット!』
男が青いプログライズキーを片手で展開した。
『ダッシュ!』
「人工知能特別法違反を確認、対象を破壊する!」
対して女は冷静そのものであった。プログライズキーを起動し、青い拳銃の銃身に挿し込むと、腰に巻いたベルトに拳銃を固定した。
『オーソライズ! Kamen Rider. Kamen Rider. Kamen Rider……』
「変身!」
『ショットライズ!』
二人が同時に引き鉄を引いた。銃口から銀色の弾丸が飛ぶと同時に、男が全力で駆け出す。
危ない、と或人が叫ぼうとしたが、時既に遅し。ドラスマギアの胸に刺さり回転する弾丸と、男が突き出した拳が衝突した。
「!?」
衝撃に吹き飛んだのは、ドラスマギアの全身だった。銀弾が爆ぜ、男の肉体が青と白の強化外骨格に覆われる。後方に控えていた女も、同様に橙と白の装甲を纏っていた。
『シューティングウルフ! The elevation increases as the bullet is fired.』
『ラッシングチーター! Try to outrun this demon to get left in the dust.』
ヒューマギアは人間の生活に欠かせないほどに普及している。であれば、人工知能に対応した法律が制定され、
Artificial Intelligence Military Service、略称『A.I.M.S.』。人工知能特別法に違反するヒューマギアを取り締まる権限を持ち、暴走した場合に備えて破壊するための武力を持つ、人工知能特務機関。
ヒューマギアを生産する飛電インテリジェンスが仮面ライダーゼロワンを最強の防衛システムに据えているのと同様に、A.I.M.S.が保有する最強の戦力もまた『仮面ライダー』であった。
弾丸を放つが如く、彼は高みへと昇り詰める/逃げてみろ、この悪魔に圧倒されるために。
A.I.M.S.隊長・
仮面ライダーバルカン・シューティングウルフ。
仮面ライダーバルキリー・ラッシングチーター。
闘志を燃やす人狼と冷徹なる戦姫が、倒すべき敵に狙いをつけた。
バルカンは拳銃——エイムズショットライザーをベルトに固定すると、ドラスマギアとの格闘戦を開始する。高い出力により速度ではドラスマギアが勝る。バルカンの拳打を避けると、後方からバルキリーの射撃が正確に各部を狙い撃つ。右腕を撃たれ、損傷を確認した一瞬の隙を狙い、バルカンが首筋にラリアットを浴びせた。倒れ込んだドラスマギアの胸を踏みつけ、バルカンが容赦なく腹部にショットライザーの弾丸を叩き込む。ゼロワンが斬り裂いた腹から入った銃弾が、ドラスマギアの内部で暴れ回った。バルカンが後ろへ跳んで反撃に備える。
「……010は……僕……は」
言語機能に深刻なエラーが発生したのか、譫言めいてノイズを吐き続ける。地面から跳ね返るように起き上がると、ドラスマギアの肩から赤い光弾が連射される。バルカン達は身体を伏せて乱れ飛ぶ光弾を避け、その場から動かないドラスマギアを撃ち続ける。
いつ果てるとも知れぬ銃撃戦に、割って入った影があった。吹き荒れる突風が、ショットライザーの弾丸もドラスマギアの光弾も弾き飛ばす。
「お前は……」
「滅亡迅雷ッ!」
不破が仮面の下で怒りに顔を歪める。銀の翼を広げるマゼンタカラーの戦士が、純朴な幼子のように二人に手を振った。
「悪いけどさ、今お友達を倒されちゃうと困るんだよね……だからさ!」
広げた翼から光刃をバルカン達に向けて飛ばし、二人が避けている隙に新たな影は飛び去っていく。彼の両脚には、眼から光を失ったドラスマギアがぶら下がっていた。
「バイバーイ、A.I.M.S.!」
「待てッ!」
バルカンが空中の敵を撃つが、奇妙な回転機動で弾丸を全て躱され、謎の戦士の姿は空の彼方へと消えていく。逃がしたか、と苛立ち混じりにバルカンが空に向けて発砲する。
昼の空が、徐々に曇り始めていた。
◆◆◆◆◆◆
A.I.M.S.とドラスマギアの戦闘に紛れて逃走した或人とイズは、研究所東門の前に駐車された車両に乗っていた。イズに案内される形で乗り込んだのは、A.I.M.S.が使用している車だった。不破達の部下と思われる男が、この車を運転している。
「エイムズの車……なあイズ、コレどこに向かってるんだ?」
「飛電インテリジェンスです」
驚く或人に、イズが事情を説明する。
元々イズはヒューマギア・白辺テルゾーを飛電インテリジェンスまで運ぶために呼んでいたトラックに秋月孝三を乗せて、飛電インテリジェンスに匿おうとしていた。そのタイミングで偶然にもA.I.M.S.の部隊と遭遇したイズは、滅亡迅雷.netのヒューマギアが暴れていることを伝える。状況を把握したA.I.M.S.側との協力を取り付け、先にヒューマギア輸送用トラックで孝三を運び、A.I.M.S.の車両は『緊急時に備えて』待機させることにした、ということであった。
「ソレに俺とイズだけ乗っちゃっていいの?」
「急を要する事態ではあったので。あれ以上戦闘を続行すれば、命の保証はできませんでした」
「マジか……いや、なんかすいませんねホント」
或人が謝ったのは、A.I.M.S.の運転手だった。A.I.M.S.による飛電インテリジェンスの捜査以来、何かと縁のある不破諫の怒り顔を思い出しつつ、運転手からは見えていないにもかかわらず頭を下げる。
「不破さんは絶対良い顔しないけど、一応怪我人だって言いますからね。何も違反ヒューマギアをブッ潰すだけが、
まだ若いA.I.M.S.の運転手が和やかに返した。彼個人としては特に気にしてはいないようで、或人はその優しさに胸の内が暖かくなる思いだった。
「曇ってきたかな……洗濯物取り込んだっけ……」
運転手がボヤく声が、或人達の耳に入る。イズはインターネットで今日の天気予報について検索をかけた。夕方から夜にかけて雨が降るらしいという予報を、イズは或人に伝える。
「一雨来るか……なんとなくだけど、不安になるよなぁ」
雨の予報に不穏な何かを感じながら、或人は車両のシートに身を横たえる。車両の走行する重苦しい音が、いつにも増して大きく聞こえた。
つづく。