僕たちの宝物   作:今井綾菜

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第八話

 

『今回の主の子、すごく優しい子だね。夜天の力も求めず、ただただ平和と守護騎士たちと過ごす時間を大切にしてる』

 

「ああ、だがそのせいで防衛機構の侵食が激しい。このままでは年を越えることができるか……というところだろう。出来るならこの優しい主を死なすことはしたくない」

 

クロハネは守護騎士たちが戸惑いながらもふつうの人として過せていることに感謝をしていた。

戦いばかりで主を信用することのできずにいた守護騎士たちの心を開いたのは齢9歳になる少女だとは誰も思わなかっただろう。それは僕だってそうだった。

 

『あのアイスクリームっていうの美味しそうだよね』

 

「猫はあのような氷菓は食べられるのか?」

 

『基本的には無理。だから、美味しそうだなっていうところでおしまいかな。それに、もし食べられたとしても自分じゃあ食べられないからね』

 

「残念だ。もし食べられるのなら私が表に出られるようになったら食べさせてやろうと思ったんだけどな」

 

『それは残念、仮に人の姿にでもなれたら食べてもいいかもね。その時はクロハネも一緒にさ』

 

「ふふっ、そうだな。その時は私が食べさせてやろう」

 

『それは勘弁。みんながいたら殺されそうだ』

 

「特にユーリにすごい目で見られるのは私だぞ」

 

クロハネの言葉を聞いて射殺すような目線を送るユーリを想像して僕は吹き出した。

 

『あの子に限ってそれはないでしょ!僕はユーリにとっての飼い猫だからね。そんな嫉妬じみた感情なんて浮かべないはずだよ』

 

「そうだろうか?その辺りはやってみないとわからないな」

 

2人で守護騎士たちの生活を見て笑いながら月日は流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主が倒れた……か」

 

『ナハトヴァールの侵食が思ってたよりも早い。魔法を一切使わないしもう少し持つかなと思ったんだけど』

 

「蒐集を一切行わないのが祟ったのだろう。一定期間蒐集を行わなければ主人へ危害を加えるのが『闇の書』としての機能だ」

 

『ほんと、余計なもの付け足すバカ者もいたものだよね』

 

「ああ、主の延命をするには収集するしかない……だが」

 

『はやてちゃんは蒐集を禁止してるからね。あの子達がどう対応するか、なんてもう決まってるみたいだけど』

 

外を見れば守護騎士たちは公園のベンチでうなだれていた。

 

“はやてを助けなきゃ!”

 

“主の体を蝕んでいるのは闇の書の防衛機構”

 

“でも、はやてちゃんに蒐集は禁止されてるわ”

 

“主との約束を破るのは忍びない。だが、それで彼女が生きることができるのなら私たちはその手段を取らないわけには行かない”

 

“あの優しい主を苦しみの中で死なせることなどさせるものか”

 

覚悟を決めた騎士たちが一斉に武装する。

 

“はやてがこの先、生きやすくするために殺しは一切しない”

 

“魔力の蒐集は普通の生活ができるくらいまでに済ませておく”

 

それから騎士たちはいくつかの決め事を設けて数多の世界を渡った。主にリンカーコアをもった原生生物から蒐集を行い、極力人には手を出さないようにした。

手を出しても相手方が襲ってきた時に倒したついでとして後遺症が残らない程度に魔力を蒐集していく。

 

 

そして、半年が経過した。

 

 

 

 

 

「そろそろ、私が出なければな。主には優しい穏やかな夢の中で最後の時を迎えてもらいたい」

 

悲しげにつぶやくクロハネに僕は頷く。

 

「クロヴィス、君はどうする?今回は今までとは比べものにならないほど悲惨なことになるかもしれないが」

 

『最後まで見届けるよ。だって、友達が泣いてるんだ。それを見なかったことになんてできない』

 

「……そうか、私は泣いていたんだな。そんなこともわからないくらいに壊れ始めてるということか……」

 

瞳から溢れる雫を拭ってクロハネは覚悟を決めた顔になる。

 

「私の側から離れないでほしい。今回はかなり堪えそうだ」

 

『うん、側にいるよ。君が望む限りね』

 

この空間が揺れるほどの大きな戦闘が始まる。

それと同時に僕たちの目の前には車椅子に座ったはやてちゃんが現れた。

 

クロハネは膝をつき、愛おしそうに彼女の頬に触れる。

今までは本としてだけ魔法を使いながら彼女をサポートしていたがこんな状況になって初めてやっと彼女に触れることができたのだ。

 

(本当に、こんなはずじゃなかったことばかりだ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘は数時間に及んだ。

闇の書としての人格を表に出したクロハネに対抗するのはまだ幼い魔導師の少女だ。

 

知識も経験も魔導の量も圧倒的にクロハネの方が上。

それなのに決して折れず、挫けず、諦めないで挑むその姿に僕は見惚れていた。

 

人間の可能性を、僕は垣間見た気がした。

 

 

 

 

そして、この本に蒐集されたもう1人の少女。

あの子ももう少しでこの世界を抜けることが出来るだろう。

クロハネもあの子にとって優しい世界を作り上げてしまったからこそ、あの子は自分で覚悟を決めて元の世界へと戻る決意を固めた。

 

 

 

 

それと同時にはやてちゃんが目を覚ました。

 

「どうか、再びお眠りを……我が主……!」

 

泣きじゃくりながらはやてちゃんに訴えかけるクロハネ。

だけど、それをはやてちゃんは良しとしなかった。

 

「ううん、それはあかん。私が意識を保って貴女が側にいる。そして、その子も一緒や。外で戦って止めようとしてる子もおるんやろ?なら、私が諦めるのは絶対ダメや」

 

今度ははやてちゃんがクロハネの頬を両手で包み込んだ。

 

「止まって!」

 

その一言でこの空間の揺れは一瞬で収まる。

そしてはやてちゃんの足元には純白の三角形の魔法陣が現れる。

 

「名前をあげる。初めて会った時から、ずぅっと考えてた名前や。やっと、貴女にあげることが出来る」

 

優しい瞳でクロハネを見て僕を一瞥してはやてちゃんは深呼吸してその名を告げた

 

「強く支えるもの、幸福の追い風、祝福のエール」

 

目一杯の祝福を授けた奇跡の名前がはやてちゃんの口から溢れた

 

 

 

“リインフォース”

 

 

 

瞬時に僕たちがずっと過ごしたこの暗闇はひび割れ、砕け散った。新たに生まれたのは新たな旅立ちに相応しい純白の空間。

 

 

「ナハトヴァールの機能は主と2人の魔導師たちのおかげで一時停止しています。ですが、そう時間も経たずに起動するでしょう。私の手から離れた今、制御することはできません」

 

「うん、それはなんとかしよ。ほな行こか、リインフォース?」

 

名前を呼ばれた瞬間、クロハネ……いやリインフォースは目を見開いて直ぐに力強く頷いた。

 

「はい、我が主!……それではすこし行ってくる。クロヴィス」

 

『はーい、いってらっしゃい。リインフォース』

 

頷いて言葉を返すとリインフォースは嬉しそうな顔で融合機としての姿へと形を変える。

 

「君はクロヴィスくんって言うんやね。リインフォースと仲良くしてくれてありがとう」

 

『君も守護騎士のみんなと仲良くしてくれて。クロハネに素敵な名前をくれてありがとう』

 

「私は外に出なあかんけどクロヴィスくんはどないする?」

 

『……僕はここから見守ってるよ。リインフォースをよろしくねはやてちゃん』

 

言葉を交わせないというのを久しぶりに感じた僕はそのままこの場を後にする。

 

しばらく歩けば知らない場所に出た。

中央に大きな樹が佇み。その樹の下では金髪の少女が僕たちがいつも見ていたようなモニターを見ていた。

 

『君は……』

 

「あれ、ここに猫が来るなんてめずらしいね」

 

『君こそ、どうしてこんなところに』

 

「妹を送り出したの。あとすこしだけ時間があるから見守っていたくて」

 

優しい瞳でモニターを見つめる彼女の隣に僕は移動した。

 

『僕も一緒に見ていいかな。たった今友達を送り出してきたところでさ』

 

「うん、いいよ」

 

モニターではすでに戦いが始まっていた。

ナハトヴァールを迎撃しながら確実に多重防壁を打ち破っていく。防壁を打ち破り、本体を叩くたび、その見た目を醜悪なものへと変化させ復活していく。

 

僕の隣にいる子にそっくりな子が巨大な剣を振り下ろし、はやてちゃんが石化の槍を降らせて砕く。

 

しかし、石化をさせても尚ナハトヴァールはさらに醜悪な見た目へと変化させる。まるで妄執に取り憑かれたナハトヴァールの生みの親のように

 

その復活を止めるかのように黒髪の少年が強力な凍結魔法でナハトヴァールを一気に凍りつかせた。

 

そして放たれる幼い少女たちが放つ強大な一撃。

そのどれもリインフォースからとんでもない魔法だと教わった。

 

 

あたりに散らばった魔力の残滓を収束して放つ“スターライトブレイカー”

 

雷の剣を巨大化させ振り下ろす“プラズマザンバー”

 

夜天の魔導書に記される中で最も強力な“ラグナロク”

 

その全てが同時に放たれ、ナハトヴァールはその肉体を塵一つ残さず吹き飛ばされる。

 

その隙を狙ってコアをこの星の外で待機していた船の正面へと転送。その間に再生した醜悪な外装ごと10年前に見たあの光が消し去った。

 

 

ナハトヴァールの消滅を確認した外の面々は各々の喜びを体現する。そんな中はやてちゃんがリインフォースからユニゾンアウトしてそのまま気絶してしまった。

 

そして、隣を見ればモニターを見ていた少女も体から光の粒が出始めていた。

 

『行くのかい?』

 

「うん、話したいことは話せたし託したいものも託した。後は思い残すことはないとは言えないけど、それは諦めるよ」

 

『そっか、僕に言うつもりはないかい?もしかしたら叶えられる願いかもしれないけど』

 

「うーん、そうだなぁ。あの子、フェイトが成人した写真を私の墓前に持ってきてほしいな。ミッドチルダっていう星の一番大きな墓場に私の名前が載ったお墓があると思う」

 

『わかった。出来るだけ叶えられるように努力する』

 

「そっか、嬉しいな。私の名前はアリシア。アリシア・テスタロッサだよ。それじゃあ、お願いね」

 

アリシアは笑いながら粒子となって空に溶けていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「夜天の魔導書が完成して防衛機構が停止している今、夜天の書を浄化するには今しかない」

 

『そのために君が消える選択をするの?』

 

「ああ、私とて消えたくはない。だが、主の今後を思えば私は幸福の中で消えて行ける。全ての悲しみと罪は私が背負って持っていく」

 

『…………そっか』

 

「クロヴィス、キミにもわかって欲しい」

 

『わかるよ。その気持ちは、僕の持つ力だってそういう思いで手に入れたものだから。それがキミの選択なら僕は止めない』

 

「キミのことだから止めると思っていたよ」

 

『本当は友人としてはキミを止めたい。だけど、主を思う優しい融合機としての選択を、僕は止めることなんてできないよ』

 

もし、僕が人の姿ならきっと泣いてしまっていたと思う。

けど、友人の彼女がこんなにも幸せそうな顔をして大切なものを守ることで天へと還ることが出来ると笑うのに僕が悲しそうな顔をしていいはずがなかった。

 

『ごめん、これから長い旅になるのに餞別なんて何も用意できてなかった』

 

「そういうところ、とことんキミらしいな。私はきっちり用意していたぞ?なにせ私にとっては今生の別れになるんだ初めてできた友人に私からプレゼントをあげよう」

 

くすくすと笑いながらリインフォースは僕の額に触れた。

僕の身体の中に別の何かが、暖かなものが流れ込んでくるのがわかった。

 

「私という存在の因子をキミにあげよう。文字通り私はもう少しでこの世からいなくなる。だが、何も私の持つ知識、経験、戦闘技能……上げればキリはないがなくすのは勿体無いだろう?その全てを今、キミに託した」

 

『……っ!それは、はやてちゃんに授けるべきもののはずで!』

 

「いいや、主には夜天の魔導と守護騎士たちを残すことが出来た。私の名は新しい魔導の器に継承させて貰う予定だ。それにもしキミが人の姿を取ることになった時に器の元となる因子があった方が姿を形成させやすいんだぞ?それとも、私のものでは不満だったかな?」

 

不服そうに、でも楽しげに笑うリインフォースに僕は首を振る。そんなわけはないと必死に伝える。

 

「クロヴィス、我が友よキミの目標は険しい道となるだろう。そのために私が出来るのはこんなことくらいしかないんだ。だから、受け取ってくれないか?」

 

『もう与えた後によく言うよ。でも、ありがとう。リインフォース』

 

「ああ……私が消えた後、キミはどうするんだ?」

 

『もう一度眠るさ、今度こそ誰かに起こされるまでは』

 

僕の答えを聞いて僕らしいと呆れた顔になったがやがていつも通りの彼女の顔になって

 

「そうか、ならば達者でな。クロヴィス」

 

『うん、キミも素敵な旅路を送れることを祈るよ。リインフォース』

 

本当になんでもないかのように、僕たちは別れた。

長い付き合いだからこそわかる。

彼女は本当は寂しがり屋で照れ屋で泣き虫なことを。

だから、ふつうにまた明日会えると言うような別れ方を僕らは選んだ。

 

だって、僕だってそうだったから。

 

彼女と過ごした僕にとっての一番長い思い出。

その全てを思い返すたびに泣きそうになる。

振り返っても彼女はもういない。

きっと、外の世界では彼女を送り出す儀式が行われてるはずだ。

 

手を前に出して(・・・・・・・)魔力を行使してモニターを出して外の世界を見つめる。

 

雪の降る静かな世界で沢山の人の見送られ幸福な顔で天へと還った彼女を僕は見送る。

 

「あっ……ああっ……!」

 

瞳から涙が溢れて止まらない。

顔を両手で覆って(・・・・・・)僕は泣きじゃくった。

 

「うわああぁぁぁぁああ!」

 

時間を忘れて僕は泣いた。

それが数分だったか数時間だったか……それとも数日だったかは分からない。

 

心にポッカリと空いた穴を埋めるように……僕は泣き続けた

 

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