BLIND SCHOLAR   作:コンダクタンスタンス

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 船坂ヒロという少年を語るには、まず最初に一年ほど前の事故に触れなければならない。

 死者二名重傷者二名軽傷者十数名。大規模な事故であったが、死者二名で納まった事は奇跡としか言いようのない事であった。

 だが、この事故が彼にもたらしたものは大きかった。大きすぎた。

 

 両親の死。そして、両目の視力喪失。

 

 死者二名は、彼の父と母であったのだ。正面から突っ込んできたトラックによって乗用車は前半分が完全に潰れ、運転席と助手席は圧壊。二人は即死だった。

 そして、後部座席に乗っていたヒロもまた生死の縁を彷徨ったが何とか生還することが出来た。

 この時、両親の死体より様々な部位が移植されたお陰というのも、生還には一役買っていた。

 三ヶ月のリハビリの末に、杖を片手にならば歩行が可能になった頃。かれは、学校に復帰した。

 

 

 

 

 

+*+*+

 

 

 

 

 

 カツカツと金属製な杖の先端と、道路が触れ合う音が響く。

 杖の主は、不思議な少年だった。

 この近くの高校の制服に身を包み、右肩にカバンを提げた彼は左手で杖を突きながらゆっくりとした足取りで朝の歩道を進んでいく。

 何より目を引くのがその顔。

 目元と額の下半分を覆い隠すようにして包帯がぐるぐる巻きにされており、その下は全くうかがえない。よくよく見れば、制服の袖から覗く手首などにも傷跡あり、首元はタートルネックなどで隠しきれない裂傷が刻まれていた。

 彼こそ、一年ほど前の事故から生還した船坂ヒロその人である。

 本来ならば、盲学校などに通わねばならないのだが、如何せん彼には手続きをしてくれるような肉親は既にこの世に存在していない。

 祖父母も既に鬼籍に入っているし、両親もまた同じく。親類縁者もおらず、彼の家はNPO法人が派遣したハウスキーパーが定期的な見回りに来る程度で今は無人。

 何より、彼自身高校にそのまま通っても問題の無い学力を示したお陰か、こうしていまだに通うことが出来ていた。

 

 通学路も残り少なくなった頃、不意にヒロは鼻を鳴らすと顔を上げる。

 

「おや、おはようございますハジメ君。今日もゆっくりですね」

「あ、おはよう、ヒロ。後ろからだったのに、よく分かったね?」

「目が見えなくなったから、耳と鼻が良くなりましたから。それよりも、立ち話ばかりでは遅刻しますよ?」

 

 見えない目で振り返る友人に、南雲ハジメは苦笑いを浮かべた。

 ヒロの目が見えなくなる前より、二人は友人だった。それは目が見えなくなっても変わる事は無い。

 とある理由により、ハジメはクラスメイトの大半よりやっかみを受けており一時期はヒロの事も遠ざけようとしていた事もあった。

 しかし、当の遠ざけようとしたヒロ本人は、流れ弾のやっかみを全て撃退。いつも通りの態度を崩さない結果、ハジメの方が折れた経緯があったりする。

 そんな折での、事故。たった一度で全てを失ったと言っても過言ではない友人を、今度はハジメ自身がサポートするようになり今に至る。ヒロの学力が落ちなかったのも、ハジメの協力有って事。

 

 かくして、二人は雑談を交わしながら学校へ。それは同時に、面倒ごとの始まりでもある。

 

「じゃあ、先に行くよ?」

「ええ、どうぞ」

 

 足を悪くしたヒロは、走ることが出来ない。それは同時に階段を登る事にも四苦八苦するという事。

 最初こそ、ハジメが補助しようとしたのだが、それは彼自身が断った。

 それは、彼自身の決意表明とでも言うべき思考からのもの。要するに、怪我人だからとか、目が見えないからとか、足が悪いから等という理由で哀れまれるのを嫌ったのだ。

 無論、彼とて全てが昔の様にできるとは到底思っていない。実際に出来ていないのだから。

 それでも、誰かに縋らないのは、最早完全な意地の領域。

 えっちらおっちら階段を登り、一つ息を吐いて廊下を行く。

 

「おはようございます」

 

 カラリと引き戸を開ければ、クラスメイト達の視線が彼へと向けられる。

 

「あ、おはよう船坂君!」

「おはようございます、白崎さん」

 

 クラスのマドンナである白崎香織の挨拶を皮切りに、クラスのあちこちから彼への挨拶が飛んでくる。その一つ一つに、ヒロは口元に笑みを携えて挨拶を返していった。

 元々、丁寧な対応を心掛けてきた彼は、目が見えなくなってからもそれは変わらない。ハジメの一件が厄介ごとを運んでは来るのだがそれはそれ。

 その一つが、

 

「やあ、おはよう船坂」

「……おはようございます、天之河君」

 

 ヒロに挨拶してきた天之河光輝。

 成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗etc.完璧超人とも呼ばれる彼は、クラスでも中心人物であり周りも彼を持ち上げる者が大半。

 だが、ヒロとしては彼の事が苦手であった。いや、どちらかというならば嫌い。もっと言うならば、関わり合いになりたくない。

 周りに気づかれてはいないが、天之河に挨拶をする時にはヒロの言葉は温度が抜け落ちていた。

 

 一通りの挨拶を済ませて、向かうのは教室の奥。窓際の一番後ろの席。

 そして、このクラスにおいもう一つの問題児が立ちはだかるところでもある。

 

「……足を退けてもらえますか、檜山君」

「チッ、気持ち悪い奴だな」

 

 不良グループのリーダー格である檜山大介は舌打ちすると、伸ばしていた足を戻す。

 彼は、典型的な三流悪役のような男であり、弱い者には横柄に、強い者には胡麻をする、そんな性格をしていた。

 ハジメを虐めている主犯でもあり、その矛先は目の見えなくなったヒロにも向けられたのだが四度目でぶん投げられてからは小さなちょっかいに留めているのだが、そのどれもがまるで見えているかのように看破され続けていたりする。

 

 妨害を潜り抜け、自分の席へ。日光が当たり、季節によっては地獄な席だが生憎と日光に苦慮することは最早ない。

 本来ならば、保健室などに登校するのが良いのかもしれないが授業を聞くこともまた勉強。一部教員は、口頭テストなども行ってくれるため、周りを気にしないならばこの方が都合が良いのだ。

 

 それが、船坂ヒロの日常。そしてこれからも変わらない確かな事。

 その筈だった。

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