BLIND SCHOLAR 作:コンダクタンスタンス
ライセン大渓谷。
「―――――つまり貴女は、僕らを探していた、と?」
「はい、そうですぅ」
「ふむ……亜人に奴隷、フェアベルゲンと帝国。随分と厄介な案件ですねぇ…………」
カリカリと頭を掻き、胡坐をかいて地面に座り込んだヒロはどうしたものかと頭を回す。ハジメとユエは少し離れて二人の世界を形成しており、我関せずの態度。
元より、ヒロが助けて持ち込んでしまった問題だ。基本は彼が解決する事になっていた。
「それで、シアさんは僕らに一族を救ってほしい、そう言う事ですね?」
「そうなんです!ダイヘドアをああも簡単に倒した貴方が居るなら、私の仲間を助けるのだって訳ない筈ですから!」
「いや、先程も言いましたが、僕としては貴方を助けたつもりは―――――」
「とにかくお願いしますぅ!このままだと、皆が!」
兎人族の少女、シア・ハウリアは涙目でヒロへと詰め寄ると、それはもう力任せに肩を掴んで揺さぶった。
ガックンガックン、面白いぐらいに揺れる彼の頭。何かの反動でポロリと外れてしまいそうな勢いだ。
「むぅ…………」
首が前後に大きく振られ、若干の気分の悪さを覚えるヒロだが、されるがままに先ずは頭を回していた。
結果的に助けてしまったことは事実。ついでに利用価値がある事もまた事実なのだ。かといって、おいそれと種族間の揉め事に首を突っ込んでしまえば必要以上に背負い込むことになる事は必然。最悪、戦争の最前線に立ってしまう事にもなりかねなかったり。
「……連れて行けばいい」
答えの出せないヒロに、ユエが助け舟を出した。
見れば二人は、イチャイチャを止めており揺れるヒロに対して眉を顰めているではないか。
「ヒロが迷ってるのは、帝国との敵対だろ。確かに俺も面倒は御免だ。ただな大迷宮を攻略してれば、結局揉め事は降って湧く。今の内、慣れとけよ」
「…………トラブルメーカーのハジメ君に言われたくありません」
「誰がトラブルメーカーだ、コラ」
「ふむ……なら、少し前から振り返りましょうか?例えば、不良―――――」
「待て!分かった!俺が悪かったから、黒歴史を掘り返すな!?」
「おや、良いんですか?主に、君の彼女が聞きたそうにしている気配を感じますよ?」
「ユエさん!?」
ハジメを撃退し、ヒロは改めてシアへと向き直った。
「では、シア・ハウリアさん」
「は、はいです!」
「貴方の家族を助けましょう」
「ほ、ホント―――――」
「ただし、僕らとしてもボランティアをしようとは思いません。それ相応の対価を請求しますが、よろしいですね?」
「た、対価…………?」
「何も正義の炎に燃えるヒーローではないんですよ。仕事には対価を払う、それは当然の事ではありませんか?」
静かに語る彼の言葉は、しかし有無を言わせない重みがある。それこそ、聞いている者全員が、返答をしくじればその時点でこの話は無かったことになると確信できるほどに。
シアは、一度口を開くが直ぐに閉じてしまう。
亜人の価値は、この世界において頗る低い。その中でも兎人族は愛玩奴隷として帝国などに多く連れ去られてしまうのだ。そこでの扱いなど、想像するだけでも悍ましい。
無論、全ての奴隷が劣悪な環境に身を置いている訳ではないだろう。だが、シアは兎人族でも忌子とされるほどに珍しい。もしも奴隷にされれば美少女な彼女がどうなるかは想像に難くない。
それでも、彼女は家族を救いたかった。
「……ッ、私の、全てを…………」
「…………」
「私の全てを差し上げます!ですからどうか、家族を助けてください…………!」
例え、この先に地獄が待っていても彼女は家族を選んだのだ。
空気の動きで、シアの動きを把握していたヒロは少し首を傾かせ音を聞き、やがて立ち上がる。
「では、行きましょうか。約束、忘れないでくださいね?」
+*+*+
「うわわわわっ!?」
「落ちないでくださいね、シアさん。回収はしませんから」
必死に金属の毛皮に抱き着くシア。そして、彼女の前で胡坐をかいて揺れる事も無く余裕な表情のヒロ。
その隣では、バイクに乗ったハジメがユエを後ろに乗せて並走していた。
金属の熊以上に巨大な虎とバイクが並んで荒野を疾走しているのだ。仮に見てしまえば、恐らく二度見するどころの話ではない。
因みに、虎の最高速度は六十五キロほどであるのだが、この金属の虎は八十キロのバイクと余裕で並走できるスペックを持っている。無論、もっと速度を出す事も可能だ。
「そ、それにしても!ひ、ヒロさんっていったい!?な、何者、なんですっかぁ!?」
ネコ科特有の撓る様な走り方に舌を噛みそうになりながらも、シアは自身の疑問から問う。
彼女は、魔力を操作できる魔物特有の技能を生まれながらに有してしまった結果、本来ならば殺されているはずだった。
だが、家族の恩情で今まで隠されてきたお陰でどうにか生きながらえてきたのだ。
ハジメとユエも魔力を直接操作できるため、仲間を見つけた気持ちになった彼女。そんな中でヒロの術は更に特殊だ。
錬成のようで、しかし魔法的な要素も混じり、天職は学者。
身体能力も低くなく。ネックは機動力の無さであったのだが、それも今この状況を見れば解消と言えずとも改善はされている事が分かるだろう。
「ははっ、そうですねぇ…………人の形をした別の何か、かもしれませんねぇ」
風を切る音を聞きながら、ヒロは自嘲する。
ハジメの様に奈落において地獄のような経験を経たわけではない。ユエの様に三百年も封印されていたわけでもない。
ただ、そこに居るだけで彼は生きていけてしまう。植物のように、石のように。その場から動くことなくただ座っているだけで生きていけてしまう。
それは本当に人間なのだろうか。そもそも、生物なのか。
動かない植物だって、日光を浴びて水を吸い、呼吸をしている。
この場の誰よりも、彼は化物になりつつあった。
「そんな事より、前方。何か飛んでますね。羽が風を切る音が幾つかしていますよ。それに、これは…………悲鳴ですね。貴方の家族ではありませんか、シアさん」
「ふぇ?」
「少し、速度を上げましょう。声が今も少しずつ消えていますから」
ヒロが言い終えると同時に、虎の駆ける速度が増した。
少し前を行く背中を見て、ハジメはポツリと一言呟く。
「人止めてきてるな、アイツ。今更か」
「ん。耳や鼻が良いとかそんなレベルじゃない」
「まあ、化物だろうが何だろうが関係ないか。俺も同じくだし」
+*+*+
金の虎が渓谷の入口を飛び出してくる。
「ハイぺリア…………!」
背中で、シアの揺れる恐怖するような声を聴きながら、ヒロは両手を合わせた。
「―――――“鳳火・招来”」
呼び出すのは、巨大な炎の鳥。空中機動力において呼び出す四種の獣の人形の中で最も高い鳳は、炎の翼をはためかせて、ワイバーンの型の魔物へと襲い掛かっていた。
その戦い方はハッキリ言って、エグイ。
数千度をこえそうな火力の体で、ワイバーン飲み込むように飛び去って行くのだ。
乾燥などに耐えるために硬い甲殻を得る生物は多い。ワイバーンもその外殻は、硬く強度もある事だろう。当然ある程度の熱に耐性もある。
その耐性が意味をなさない。鳳の中に飲まれた魔物は等しく丸焦げになると地面に力なく落下していくばかりであった。
「本当なら、生け捕りにしたいんですけどね。まあ、贅沢は言いませんよ」
鳳を操りながら、ヒロは焦げた臭いを嗅ぎながらそんな事を宣う。
太陽がもう一つ現れたかのような熱波を発しながら、火の鳳は空を舞い、飛竜は地に墜ちる。