BLIND SCHOLAR 作:コンダクタンスタンス
どうしてこうなったのか。それは当事者であるヒロにも判別がつかない事だった。
「ようこそトータスへ。勇者様、並びに同法の皆様方、ご歓迎いたします。私は聖教教会の教祖を務めております、イシュタル・ランゴバルド。以後、お見知りおきを」
老境の声を聴きながら、ヒロは鼻を鳴らす。
(嫌な臭いですね)
鼻が良くなり、耳が針の落ちる音すらも捉えるようになったヒロはイシュタルの放つ得体のしれないナニかを嗅ぎ取り、その目を細める。
発端は昼休みだ。適当におにぎりとお茶で昼食を済ませて、点字の勉強に入ろうとしたところでハジメに香織が絡みそこを天之河が常日頃から全開にしている自分の都合だけを押し通す歪な正義感が発揮、最早日常風景過ぎてヒロとしても止めるのが億劫に成る程繰り返された光景。
さりとて見捨てられないと腰を上げた直後、彼は、正確には教室に居た者たちはこの石造りの街で、妙な一団と相対することになったのだ。
突然の事だ。困った事になった。
何よりヒロが困っているのは、
(杖が無い)
歩く術の喪失。
一応歩けるし、立てない事も無いのだが如何せんその歩みは杖の有無で雲泥の差。亀どころかダイオウグソクムシにも劣る鈍さとなるだろう。
何より、ここは勝手知ったる街中ではない。トータスなど知らないし、歴史上でもそんな街が存在したという事も、彼の知識には無かった。
ここまでくれば分かるが、ヒロはイシュタルの話を半分すら聞いていない。最初の臭いから目の前の相手が信用ならないと見切りをつけて、尚且つ盲目の自分では彼らの求める事は出来ないだろうと考えたから。
故に周りに意識を飛ばす。とりあえず、枝切れでもあればいいと考えて耳を澄まし、鼻を動かして周りを探る。
前の方では天之河を中心として、勇者という言葉に酔いしれておりヒロの現状に気付く者は―――――
「大丈夫、船坂君?」
「あ、ああ……八重樫さん。いや、少し…………」
「?…………あ」
歯切れの悪い言葉に八重樫雫は首を傾げ、そして気が付く。
「船坂君、杖は?」
「えっと、恐らく教室にあるかと思います。咄嗟の事で、掴めませんでしたから」
「そう…………よいしょっと」
「!?や、八重樫さん!?」
「どうかしたの?」
「……いえ、急に肩を支えないでください。ビックリしますから」
「けど、杖が無いと立てないんでしょ?無理はしない方が良いわ」
「そう、ですね…………」
雫に右脇の下から肩を組むようにして支えられ、ヒロは気恥ずかしいやら何やらと複雑な内心を覚える。
彼女の言う事は事実である。だが、男の矜持とでもいえばいいのか女性に支えられるのは、少し、と考えてしまったり。
かくして彼らは異界に降り立った。その行く末は、栄光か挫折か。はたまた、別の何かなのか
+*+*+
トータスに召喚された一行は、そのまま天之河を中心とした勇者一行として神の使徒と呼ばれるようになる。
それほどまでに、神エヒトへの信仰は厚く、何よりも優先されるから、という理由もあるのだが、とにかく彼らは聖教教会の大広間へと集められそこで、改めて現状の説明が行われた。
曰く、呼び出されたのは魔人族との戦争の為。
曰く、現状帰還は不可能。
色々と言葉を連ねてはいたが大まかには、この二つか。
一行の中で唯一の教師である畑山愛子が噛みついていたりするのだが、豆腐に鎹、糠に釘。結局のところは、呼び出したのだから戦え、と言うだけだ。
(…………何か変ですね)
悲喜交々といったクラスメイトの中、椅子に座ったままヒロは全く別の事を考えていた。
目が見えなくなってから、現代社会の空気の汚さを再確認ばかりしていた彼だが、今は全く別の違和感を感じていたのだ。
空気の濃さ、とでも言うべきか体の中に自然と取り込まれて蓄積していくようなそんな感覚。
それが気になってしまい、話が頭に入ってこない。
(まさか、毒……?いえ、違いますね。彼らが
気になるが、そう易々と口には出せない事というものがある。特にただでさえ、浮いているヒロとしてはこのまま穏便に事が収まる方が良い。最悪、天之河に全てを押し付けて、自分はこの世界の隅っこで傍観しよう、とすらも考えている。
そんな一部の事など知らぬであろう、面々はこの後城にて宴の用意があると盛り上がりを見せていた。
「…………熱い、ですね」
彼らを外れた位置から眺めるように顔を向けて、胸元を小刻みに引っ張りながらヒロは風を送り込む。
心なしか、先程何か異物が入るような感覚を自覚してから、体が熱を持って仕方がないような、そんな感覚に襲われているのだ。
すわ風邪か、と思わなくもないが驚くなかれ、彼は一年前の事故や予防接種などを除いて医者に掛かった事が一度もない。
であるならば、何のなのか。考えようとも、応えは出ない。
そこで、
「すみません、体調が優れないのでどこか休める場所へと案内してはいただけませんか?」
見た目だけのメイドに丁寧にお願いし、その場を移動するのであった。
+*+*+
この世界の冒険者身分というのは、ステータスプレートと呼ばれるもので証明される。
そこには名前や年齢、そして天職と呼ばれる一番の才能がそれぞれ表示され、その下に力などのステータス、更にスキルなどが記載される事になる。
「よし、全員に配り終わったな?」
ハイリヒ王国騎士団長メルド・ロギンスより配られた銀色のプレート。
「これは、ステータスプレートと呼ばれるものだ。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して表示してくれる。同時にこれは、尤も信頼のある身分証明書でもあるからな。無くすなよ?」
そして、各々に一本の針が回され、指先からの血液を垂らすとプレートに血液は吸い込まれて文字が浮かび上がった。
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船坂 ヒロ 17歳 男 レベル:1
天職:学者
筋力:10
体力:8
耐性:14
敏捷:1
魔力:18
耐魔:13
技能:■■・言語理解
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数字が表示されても見れないヒロには関係ない。
そこで、隣で同じくステータスプレートを受け取っていたハジメに読んでもらい、首を傾げた。
「非戦闘系ですね。それも、目の見えない僕に学者って」
「えっと、僕は良いと思うよ?」
「でも、ハジメ君は錬成師ですよね?僕と違って戦えますよ?」
「学者も……学者ってどう戦うんだろうね」
「本の角で殴ればいいんでしょうか」
はて、と首を傾げる二人だが彼らと、教師である愛子以外は全員戦闘系の天職だ。中でも天之河など、初期値で三桁をマークしており、メルドからも太鼓判を押されている。
当然ながら、ここぞとばかりに絡んで来る者も居るわけで。
「おいおい、学者って。部屋にこもる引きこもりにはもってこいだな!」
「こっちも見ろよ!完全な一般人だぜ?」
「やっぱり、エロゲーばっかりやってるオタク君だぜ!」
檜山達に始まり、口々にハジメを馬鹿にする小悪党の面々。クラスの中に彼らを止めるような者は居な―――――
「―――――ぐへっ!?」
居ない筈だった。
妙な声を上げたのは、檜山だ。彼は背中から訓練場の地面にぶっ倒れており、目を白黒している。
「そんな学者に投げられる君は、どうなんですかね。ねぇ、檜山君?」
手を叩いて払いながら、ヒロはそう言うと見えない目を他のクラスメイトに向けた。
「他の皆さんも、ハジメ君を馬鹿にする前に自分を見つめ直しては?始まったばかりの初期値を鼻にかける事も無いでしょう?」
諭すような声に、何人かはバツが悪そうに目を逸らす。
クラスメイト達は、ヒロがどんな目に遭っているのかも知っているし実際に見てきた者も少なくない。故に、場合によっては彼の言葉は教師よりも重かったりする。
とはいえ、
「メルド団長。僕は非戦闘系の天職です。何より、この体では皆さんの邪魔にしかならないでしょうから、書庫に向かっても良いでしょうか?」
「あ?あ、ああ。案内させよう」
ヒロとしては戦うよりも先に、知識を得る事が先決。運よく非戦闘系の天職である事を利用して、この場を離れる事に成功する。
ただ、その背を見ていたメルドはと言うと、実に惜しいと考えていたりする。
というのも、ステータスというのはトータスにおいてもある種の簡単な指標になると同時に、判断基準でもあり格付けの根拠でもあった。
そんな中でステータス差を無視した一発は見所がある。そう考えたのだ。
惜しくは、
「アイツの目が見えればな…………」
盲目であることぐらい。