BLIND SCHOLAR   作:コンダクタンスタンス

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 本を読むという行為は、何も目で見るだけが全てではない。

 

「…………侮りがたし、言語理解」

 

 分厚い書籍を開いて文字を撫でていたヒロは、見たことも聴いた事も無い筈の文字が頭の中に流れ込んで理解するという感覚に、驚愕を禁じ得ない。

 既に、彼の座る長机には平積みされた書籍が多数置かれており、その数は今もなお増え続ける一方だ。

 メルドに断りを入れて図書館へと案内してもらったヒロは、そのまま寝食忘れて入り浸っている。

 いや、それは正確ではないか。

 どうにもこの世界に来てから、彼は眠気も食欲も失せてしまっていた。だが、それで体が衰えていくわけでもないのだ。

 ただ、腹の内側に何かが溜まる感覚が一向に収まらないだけ。むしろそれは最初に気づいた時に比べれば、より一層大きくなっているように感じられた。

 因みに、ステータスプレートは最初にハジメに読んでもらって以来触れても居なかったりする。今も羽織ったローブの内側に付けられたポケットの中だ。

 

 最初の頃こそ、彼の体を心配して声を掛ける侍女などが居たのだが、如何せん丁寧ながらも断固として動かない意志の元に発せられた言葉の数々に、言い方は悪いが追い払われていた。

 撫でる、撫でる、文字を撫でる。指先が黒く染まっている気がしないでもないが、書籍そのものは古すぎて誰も読まないような物ばかり。

 

 時間にすれば、どれほど経っただろうか。それすらも、彼には分からない。

 

 だからこそ、知らなかった。

 

 友人の訃報を届けられるその時まで。

 

 

 

 

 

+*+*+

 

 

 

 

 

 それは、突然の事だった。それこそ、聞いた直後には、開いた口が塞がらず、言葉もないほどに。

 

「…………それは、本当ですか?」

「ああ……俺たちも、この目で見た。南雲は…………死んだんだ」

 

 ヒロが二度目であるが問うと、天之河は苦渋でも嘗めたかのような苦い顔と、声でそう答えた。

 彼の他には、親友の坂上龍太郎だけがおり。雫は、香織について、他二人も部屋に籠って出てこない。

 嫌われていたとはいえ、目の前で人が死んだのだ。平和な日本の一高校生でしかなかった彼らにしてみれば、そのショックは計り知れない。

 だが、

 

「…………ハジメ君は、奈落に落ちた、と?」

「ああ…………」

「他に不自然な点は、ありませんでしたか?」

「いや……何も。ただ、魔法の流れ弾(・・・)が残っていた南雲の近くにぶつかった位かな」

「流れ弾…………」

 

 天之河の言葉に、ヒロは考え込む。

 ベヒーモスという強敵を前に、メルドの言葉に従わなかった天之河たちにも思うところが無いわけではない。

 ただ、それ以上に彼が木になったのは魔法の流れ弾(・・・)

 

「もう一つ質問を。その魔法は、何の魔法でしたか?」

「え?」

「流れ弾ですよ」

「…………どうして、そんな事を聞くんだ?」

「どうして?僕が知りたいからで―――――」

 

 瞬間、ヒロは胸ぐらを掴まれると宙吊りにされる。身長差ゆえに彼の体はローブは床を掠れども、つま先は微妙に届いてはいなかった。

 

「何で今そんな事が聞けるんだ!?」

「…………」

「皆打ちひしがれてる!香織だって眠ったまま目を覚まさないんだ!なのにお前は、何でそんな事ばかり気にするんだ!何で皆の事を考えない!?」

「…………」

 

 図書室に木霊する怒声。

 興奮したように目を尖らせる天之河。そして、彼の後ろでは坂上が同調するようにして拳を握って怒りを滲ませていた。

 こんな状況で、しかしヒロは冷静だ。

 

「放してもらえますか?ここは図書館、騒ぐ場所じゃありませんよ」

 

 感情を感じさせない平坦な声。目元は包帯で覆われているせいで分からないが、常に浮かべている柔和な笑みも失せており、下がった口角は無機質さを覚えさせた。

 天之河は更に言葉を連ねようとするが、その前にヒロの右手が胸ぐらを掴む手首を掴んだ。

 二人の天職は、それぞれ“勇者”と“学者”。そのステータスは初期値の段階でも平均で十倍の差があった。

 だが、

 

「ぐっ…………!」

 

 籠手の上から掴んでいるはずのヒロの指先が、天之河の手首を締めあげているではないか。

 

「放してくれますか?」

 

 二度目の問い。しかし、それは所謂ところの最後通牒。断れば、このまま握る力をさらに強める事だろう。

 先に、胸ぐらを掴んでいた手が緩み、次いでヒロの手も離れる。

 危なげなく着地した彼は、そのまま二人を見る事も無く先程まで座っていた席へと向かい、片手に本を重ねて持ち、もう片方の手で貰った杖を突いて本棚へと向かってしまう。

 その背を見る天之河だが、彼は未だに掴まれた手首が痛んでいた。

 

「俺はお前を認めない…………!認めないぞ、船坂ァ!」

 

 そんな負け惜しみとも言えるようなセリフを背中に投げるしかなかった。

 

 

 

 

 

+*+*+

 

 

 

 

 

 杖の先が硬質な音を立てる廊下を抜けて、自室へと戻ってきたヒロ。

 

「…………ッ」

 

 さざ波の様に揺れ動いた内面を、しかし息を吸い込み飲み込むことで抑え込む。

 今はするべきことがある。彼は、その為にこうしてここに戻って来たのだから。

 

「―――――“影武者・招来”」

 

 パンッ、と柏手が一つ鳴り響く。

 自分の中に揺らめく何かが動く感触を覚え、ヒロの前で白い煙が舞い上がる。

 

「やあ、僕」

「こんにちは、僕」

 

 煙が晴れると、そこに居たのはヒロと全く同じ見た目をしたナニか。

 背格好から、服装などすべて一緒だ。まるで、コピペされたようなそっくりさ。

 

影武者(ドッペルゲンガー)の僕を呼び出せたって事は、分かったのかな?」

「まだ、仮設だけですけどね。僕はこれから、ハジメ君を助けに行こうと思うんです。君には、明日の朝クラスメイトの誰かが来るまで、この部屋に籠って応対してください」

「承ったよ」

 

 互いが互いに自分であるからこそ、通じる会話を交わしてヒロは窓より外へと出た。

 そろそろ、夕日が世界を照らす時間。鋭いオレンジ色の光は見ただけで人の視界をくらませて、逆光になればそこに誰かいても気づかない。

 光に紛れて、彼は消える。

 

 向かうは、オルクス大迷宮だ。

 

 

 

 

 

+*+*+

 

 

 

 

 

 

 全百層からなるとされる大規模な地下迷宮。

 下層に進めば進むほどに強力なモンスターが跋扈しており、基本的に腕利きの冒険者や軍人であろうとも徒党を組んで潜るのが基本。それでも百層全てを攻略できていない。

 

「…………」

 

 スンッ、と鼻を鳴らしヒロはそんな迷宮を行く。

 彼が追いかけるのは、この迷宮に来たクラスメイト達のにおい。トータスに来てからというか、体の中に何かが溜まるにつれて、耳や鼻が鋭敏化してきており既に警察犬に勝る嗅覚と蝙蝠に迫る聴覚。

 この二つを駆使することで彼は、こうして無傷(・・)で進んでいる。

 

「ゴルルルル…………」

 

 今も、前から来ていたロックマウントと呼ばれる岩で構成されたようなゴリラ型のモンスターがやってくる事を察知していた。

 行うのは逃走、ではなく迎撃。

 

「―――――“縛木・招来”」

 

 柏手を一つ打てば、迷宮の床が揺れる。

 その硬い岩盤のような面に罅が入り無数の樹木が生えてくるではないか。それらはすべて、彼の手駒。瞬く間にロックマウントの体を締め上げると、

 

「カッ―――――!?」

 

 枝葉が一気に成長し、ロックマウントの体はまるで枯れ木の様に痩せ細り、ミイラの様になって樹木に引っ掛かる。

 樹木はそのままミイラ化したロックマウントを包み込むと、そのまま迷宮の床の中へと埋まっていった。

 

「ふむ、成る程」

 

 打ち合わせていた両手を離したヒロは、一つ頷いた。

 彼は、学者。学ぶ者であり、同時に研究する者であり、調べ考え解き明かす者でもある。

 何も日籠るために彼は、図書館に日がな一日居たわけではない。本を読みながら、同時に自身の中にある力に関して試行錯誤を繰り返してきた。

 そして今回、術として転化することに成功。自室で行った影武者もその一つ。

 

===========

 

船坂 ヒロ 17歳 男 レベル:12

天職:学者

筋力:134

体力:231

耐性:224

敏捷:1[+128]

魔力:631

魔耐:442

技能:■■[+飲食克服][+聴覚強化][+嗅覚強化][+触覚強化][+味覚強化][+影武者][+■■思想]・言語理解[+触読][+触解]

 

===========

 

 彼は、今の自分の肉体の現状を知らない。















伏字に関しては、分かったとしても感想への追及はご遠慮くださいませ。ネタバレ配慮です
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