BLIND SCHOLAR 作:コンダクタンスタンス
反響定位という技能がある。これは何も、特殊なものではなく自然界でも蝙蝠やクジラ、イルカなども行っている生存技能とでも言うべき、基本的なもの。
要は、自身の放った音が反射して戻ってきた方向と距離を聞いて周囲の状況を把握するというものだ。
「―――――ふむ」
カツリ、と硬い迷宮の床に杖の先端がぶつけられ音が広がっていく。
音というのは、言うなれば凪いだ湖面に落ちた水滴のような物。円形に一定の間隔で広がっていき、何かにぶつかればその部分で円が崩れる。
広がって返ってくる音を聞きながら、ヒロは周辺の状況判断に勤しんでいた。
既に、結構な距離を降りてきた。視覚的な情報が無いため判断はつかないが、クラスメイト達の残り香は遥か彼方に消えている。
「―――――“
柏手一つ鳴り響き、彼を囲むようにして迫って来ていたモンスターは等しく蛇の様に動く樹木に絡め捕られてその動きを封じられる。
直後には、大きさ問わずにミイラ化されるまで吸い取られ、迷宮の床へと沈んでいった。
実にえげつないが、これもまた彼には必要な事。
「力が、増してますね…………仮説通りに」
そう。呼び出した樹木を媒介に、ヒロの体には力が流れ込んでいた。
今も、現在進行形で増え続ける何かに加えて、モンスターから吸収した力も加えられて消費を1とすれば吸収合計は1000オーバー。需要と供給のつり合いが取れなさ過ぎて破綻しかねない数値を叩き出している。
普通ならば破綻する。力の流入に耐え切れずに体がはちきれるだろう。
だが、彼の体は何ともない。
時折こうして、モンスターを樹木で絡め捕りながら彼は迷宮を進む。
その中には、中型犬ほどの兎や大きな蝙蝠、熊や狼等々、様々居るのだがそれら全て知覚外からの不意打ちによりミイラになって沈んでいく。
「…………うん?」
不意に体がほんの少しだけ硬直し、直後に普通に動けるようになりヒロは顔を上げた。
「シュルルルル…………」
「蜥蜴、でしょうか?随分と大きいですね」
杖を振って、反響音を確認したヒロの感想はその程度。周りに、不自然な石の塊が落ちているのだが生憎と触れなければ今の彼にはそれが何なのか分からない。
「すこし、違う術も試してみましょうね」
ここまで、ほとんどノンストップでやって来たヒロは、その道中を全て樹木の術で終わらせてきた。
彼の内側の力が叫ぶのだ。こんなものではない、と。
「―――――“
樹木を呼ぶときと同じく、柏手が響き渡る。
瞬間、
「ギッ―――――!?」
蜥蜴(仮)の乗っていた岩ごと貫くようにして無数の金色のトゲが天を衝くようにして勢いよく飛び出してきた。
哀れ、回避する事すらも許されず蜥蜴は串刺しになり、そのまま絶命してしまう。一息に殺されたのは、ある意味運が良かったかもしれない。
「スンッ…………成る程、目が大きく……この手触りはザラザラとしながら…………おや、足の裏はヤモリの様になっていますね………このにおいは…………興味深い」
針に貫かれ、グロテスクな亡骸を晒している蜥蜴に、ヒロは躊躇う事無く触れると見開かれた眼球なども含めて手が汚れる事すらも厭う事無く情報収集に勤しむ。
「出来る事ならば、生きた状態で観察をしたいですね…………」
ついでに、思考がマッドに染まりつつあった。
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船坂 ヒロ 17歳 男 レベル:24
天職:学者
筋力:379
体力:583
耐性:669
敏捷:1[+268]
魔力:1287
魔耐:881
技能:■■[+飲食克服][+聴覚強化][+嗅覚強化][+触覚強化][+味覚強化][+影武者][+■■思想][+弱体無効]・言語理解[+触読][+触解][+探求][+研究]
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今の彼のステータスなのだが、その事を当人は知らない。
今のヒロならば、表面が殆どツルツルの代物でもどんな文字が書かれているか理解できるはずなのだが、生憎と今の彼はその事を知らない。知らないのだから、当然ながらステータスプレートの確認等もしないし手に取る事も無い。
杖を突きながら、進む進む。先程の蜥蜴じゃなくても良い、とモンスターを探す彼は不意に妙な臭いを嗅ぎ取った。
「…………これは……油、ですかね?」
それも濃密な油のにおいだ。
ヒロの前方十メートル先。そこにはタールのような黒々としたドロドロの液体が溜まっている事が確認できる。
そして、そのタールの沼とでも言うべき目の前の沼には、何かがかなりの速さで泳いでいる事が、音によって把握することが出来るだろう。
「…………」
考え込んだヒロは、やがて何かを思いついたのか両手を打ち合わせた。
「―――――“
瞬間、ヒロの足元が不自然に揺らめきその直後一気に波打つと津波の様に高さ八メートル、幅十数メートル以上の土の津波となって前へと駆け抜けていった。
土の波は、やがてタールの沼に辿り着くとその表面を一気に覆いつくして埋めてしまう。
完全にタールが土の下に消えたところで、耳を澄ませて少しの間動きを止めて、安全確認をしてから歩き始めた。
土である筈の足場はしかし、石のような音を立てて杖の先端とぶつかり続けている。
「…………」
その中ほどで、ヒロの足は止まった。
ベキベキと嫌な音がする。
「―――――ジュアアアアアアア!」
土の蓋を突き破り、現れるのはタールの沼を泳いでいたサメ。
鋭い牙と巨大な体躯を持っており、タールという水よりも圧倒的な粘性の沼の中を自由に泳いでいたことから通常のサメよりもその筋力は凄まじいものがあった。
しかし、
「―――――“
突如、天井や沼の蓋となった土を突き破り無数の細い金の針金が伸びてくるとそのままサメを空中に固定、磔にしてしまった。
「サメ、ですね。油の中を泳ぐとは…………酸素を必要としないのでしょうか」
ギシギシと拘束する針金は軋めども千切れる気配はない。
ヒロは、無防備とも言える気軽さで空中のサメに歩み寄るとペタペタとその鮫肌という言葉の由来ともなった皮膚に触れて考え込み始めた。
サメは種類にもよるがマグロなどの様に泳ぎ続けなければ呼吸ができない。これは、常に泳ぎながら口を開けエラを通して酸素を取り込むため。これが出来ないと、彼らは窒息してしまう。
ヒロは、エラに触れるとその中を問答無用に触れる。
「構造は、恐らく普通のサメと…………いえ、少し頑丈でしょうか?いやいや、そもそもエラが酸素を取り込む前提では……若しくは、中に溶け込んだその他の…………もしや、気体を必要としない?ふむ、興味深い…………」
痙攣するサメの様子など眼中にないのか、引っ掻き回すようにエラの中を弄るヒロ。
やがて、その指先が若干の血に染まったところで、漸く彼はエラより指を離した。次に見るのは、サメの口内だ。
前の方へと移動すると、サメの動きを縛り上げる針金を操作して無理矢理その口を開かせた。
現状、地球に存在した生物の中で噛む力が強いとされるのはメガロドン。クジラの骨すら噛み砕くとされ、ニ十トンを超えるとか。
因みに、現存する場合はナイルワニ。計測できていないがシャチなども凄まじい噛む力を持っているとか。
モンスターである、このタールを泳ぐサメもまた噛む力は凄まじい―――――筈なのだが、幾筋も絡みついた針金は
「ほう、鏃の様な歯は地球のサメにも通じるものがありますね。奥にも並ぶように……一つ失礼………………ふむ、鋸の様な溝があり、一度刺さると抜けにくく、治りにくい傷を刻めそうです…………痛っ、切れ味も中々…………おや?」
サメから抜き取った歯を態々切れ味を自分の手で試したヒロは、首を傾げる。
指先からは確かに血が出た。実際に痛みもあったし、臭いもした。だがそれは、数秒で止まっていたのだ。
鼻に近づけて切ったはずの指先を嗅いでみるが、出た後の血の臭いはすれども現在進行形で出ている鮮血のにおいはしなかった。
その事に首を傾げるヒロだったが、直ぐにそれを打ち切ると歯の観察へと戻ってしまう。
自身の体よりも、今は目の前のサメの方が興味を引いたらしい。
「―――――ありがとうございました」
「…………」
恐らく、ヒロの道中の中で最もエグイ目に遭ったのは、このサメだ。
筋肉の動きを見るために生きたまま体を切り開かれ、内臓まで覗かれ最後にはその内臓そのものも切り開かれた。
生きたまま解剖の実験体にされたのだ。ここに勇者が居たならば、正義感に駆られて止めていただろう。それほどまでに惨かった。
「―――――“
血で汚れた両手を呼び出した頭よりも一回り大きい程度の球形の水塊へと突っ込み、水を攪拌することで汚れを落としていく。
この間に、彼の内心はと言うとサメに関する考察一色。生きたままバラした事など一切憂いては居なかった。
良くも悪くも、彼の気質は変わりつつある。内側から溢れる知的好奇心の箍が外れかけていたのだ。
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船坂 ヒロ 17歳 男 レベル:25
筋力:382
体力:602
耐性:687
敏捷:1[+291]
魔力:1349
魔耐:990
技能:■■[+飲食克服][+聴覚強化][+嗅覚強化][+触覚強化][+味覚強化][+影武者][+■■思想][+弱体無効][+自動修復・体][+構造把握・体][+解体術]・言語理解[+触読][+触解][+探求][+研究]
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その後押しをするように、彼の体は変わっていく。
その先に待つのは―――――