BLIND SCHOLAR 作:コンダクタンスタンス
学者というのは、存外バイタリティに溢れている。それこそ、研究の為ならば毒虫毒蛇が蔓延る森の中に平気で入り込み、剰えその中で定住する場合もあるほどだ。
「ふむふむ、興味深い…………」
金属が軋む音を聞きながら、ヒロは片手に金色のメスをもって目の前の白いウサギを解体していく。
食べる為ではない。知るための行為だ。解体というよりは、解剖と言う方が正しいかもしれない。
タールの沼でサメを解体してから、彼はこうして先程まで歯牙にもかけなかったモンスターたちを途中で捕らえては解体新書でも記すのかというレベルで解体を繰り返していた。
何も、
逆に言えば、敵対すると人であろうとも今の彼は解体してしまうかもしれないが。
「―――――ありがとうございました」
手を清めて、手を合わせヒロは頭を下げる。
猟奇に堕ちたようにも見える行いも、しかし最後の一線を踏み越えさせることだけはしない。
彼の命は、両親に繋いでもらったもの。目の前で死が訪れて以来、心のどこかで“死”に惹かれている事は否定できないが、同時に生かされたという事実が彼をその場に留め続ける。
故に、解剖したモンスターたちは、等しく全てを吸収して己の糧としてきた。
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船坂 ヒロ 17歳 男 レベル:38
筋力:511
体力:658
耐性:712
敏捷:1[+403]
魔力:1932
魔耐:1034
技:■■[+飲食克服][+聴覚強化][嗅覚強化][+触覚強化][+味覚強化][+影武者][+■■思想][+弱体無効][+自動修復・体][+構造把握・体][+解体術][+癒術]・言語理解[+触読][+触解][+探求][+研究]
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一向に敏捷の値が上がらないが、これは仕方がない。
如何に内側にエネルギーが充填されようとも、それを放出する機構が脆弱であるならば意味は無いのだから。
ヒロは正にそれだ。足を患った結果、ステータス自体は敏捷に振られているのだがその分の力を発揮できない状態になっている。
杖をついて歩く老人の歩みがゆっくりであるように、ヒロの歩みもまた遅い。しかし、移動手段が無いわけではない。
「―――――“
常の様に柏手が鳴り響き、彼の足元に亀裂が走った。
現れたるは、木製の東洋の龍。細長い体に凶悪な頭部をもつ怪物が、まるで木製の彫刻がそのまま動き出したような見た目で飛び出してきたのだ。
そんな龍の頭部で、ヒロは胡坐をかいて座り込んでいた。
宙をくねる様に突き進んでいく龍は、その道すがらモンスターたちを轢殺していき同時に触れた直後に全てを搾り取っていく。
これが彼の移動手段の一つ。要は、自分の足で動けないならば動くための手段を別に用意すればいいのだ。
無論、術として発動し続ければそれだけ消耗する。しかし、彼の体は常に充電器の突き刺さったスマホのような物。使った側から力が過分に補充されていく事によりガス欠など先ずありえない。
ただ、ヒロとしてはこの手段を取りたくないというのが本音。何故なら、彼の歩行はそのままリハビリも兼ねているから。必要以上に便利さに頼り続ければ、足が萎えてしまう。
嗅覚と聴覚、触覚迄使って周りを把握しながら木の龍に乗ってしばらく進んだ頃。
「おや?」
ヒロは、まだ新しい血の臭いを嗅ぎ取り、首を傾げた。
宙を浮かんでいた為、何階層なのか把握していないがそれでもかなり下りてきたところで血の臭い。そして、
「…………火薬?」
龍より飛び降りて、未だに温かさの残るモンスターの亡骸へと歩み寄り手を伸ばす。
「ふむ、分厚い皮膚に……これは、堅い骨ですね…………筋肉質だが、どこか石の様な質感も残し…………今までお目にかかった事の無いタイプ…………む?目が一つだけ……巨体と合わされば、サイクロプスの様です…………」
壁の様な大きな扉に凭れかかり絶命した巨体を撫でまわしながら、ヒロは片手に金のメスを取り出した。
術の一つだが、名前は無い。系統的には、磔金や刺金と同じもの。切れ味は、そこらの鉄骨が解けたバターの様に切れる程度か。
できれば生体サンプルの方が望ましいが、既に死んでいるのならば致し方ない。ヒロは内心でそう言い訳をしながらサイクロプス(仮)の胴体にメスを―――――
「む?」
入れる前に奥が気になった。
肌が粟立つような感覚に、どこかで聞き覚えのある声。
いつの間にやら上っていた亡骸の腹の上より飛び降りて、杖をつきつつ少し早足になりながら、ヒロは亡骸の奥、少し開かれた巨大な石扉に歩み寄り、ステータス任せに押し開いた。
耳鳴りがしそうなほどの大きな空間。
そして、
「―――――“
今まさに大きな何かに攻撃されている嗅ぎ馴染みにして聞き馴染みな友人とその連れの前に、巨大な金属の板が出現し散弾銃の様な針の嵐を止めていた。
「やぁ、ハジメ君。随分とお久しぶりな気がしますね」
「…………ヒロ、なのか?」
「…………誰?」
再会は唐突で、呆気ない。
+*+*+
咄嗟の事だった。目の前のサソリモドキを前にして、見た目の随分変わった南雲ハジメこの部屋で出会い、紆余曲折を経て助けた少女、ユエを庇うようにして背を向ける事しか出来なかったのだ。
いざとなれば、汲んでおいた神水によって全快できる事からそこまで問題視していなかったが、とにかく大ダメージは必至。
しかし、その痛みは目の前に突如現れた黄金の分厚い壁によって阻まれる事となる。
そして、
「本当に、ヒロなのか?」
「生憎と、僕が僕の事を見る事はできませんが、君がそう思うのならそうなのではないでしょうか?」
友人との思わぬ再会。
だが、このまま惚けても居られない。
サソリモドキからすれば、この場に新たな獲物が来たようなもの。それも、杖をついて目元を包帯で包んで機動力が削がれているような相手だ。
「キシャアアアアアアッ!」
毒と遠距離に針を飛ばす厄介さは、そのまま知能にも割り振られたのかサソリモドキは未だに扉の前に立ったヒロへとその標的を変えていた。
巨大な鋏でその体を斬り刻もうと距離を詰め、
「―――――“
その前に巨大な壁が二者の間に立ちはだかる。
「巨人?……いや、人形か」
「………大きい」
ハジメが言うように、それは巨大な木の人形。
デッサン人形の様に何の装飾も無い木面の上半身を地面よりはやして六本の腕を持ち、頭には顔の部分に反対側まで突き抜けた楕円形の穴が開いていた。
大きさは、サソリモドキとほぼ五分。六本の腕がそれぞれサソリモドキのハサミや足を抑え込んでいた。
「ふむ。成る程、力強いですね。ここまでのモンスターとは訳が違うらしい」
両手を合わせたヒロは、そんなのんきな考察を述べる余裕すらも覗かせて更に力を込めた。
押している。少なくとも、パワーという点に関しては木偶人形の方が上を行っているらしい。徐々に、徐々にサソリモドキを押し戻していく。
だが、
「…………硬い」
ギチギチと木偶の手に力が籠められるのだがサソリモドキの口角はどうやっても砕ける様子が無い。それどころか、逆に木偶の指パーツの方が砕けてしまいそうだ。
さて、どうしたものかと彼は頭を回し、
「下がれ!ヒロ!」
声が掛けられ、反射的に後ろに飛び退いた。
彼の敏捷は低いがその代わりに、筋力はある。脚力で飛んだというよりは、杖を用いて体を後ろへと押し出した形だ。
彼がその場を離れた直後、
「―――――“蒼天”」
蒼い炎が発生し、木偶ごとサソリモドキを飲み込んだ。
木の焼けるにおい嗅ぎ、音を聞きながらヒロは少し早足で二人が居るであろう、場所へと向かう。仄かな血の臭いが漂うその場所へ。
「先程の炎は?」
「あ、ああそれは―――――」
「……私がやった」
「成る程。凄まじい火力でしたね。離れていても肌が焦げそうなほどでしたよ」
「……ん。貴方の人形?も凄かった」
「僕は、船坂ヒロといいます。ハジメ君とは、同郷の友人、と言うべきですかね?」
「……ユエ。ハジメがつけてくれた」
「ユエ…………月を意味する言葉ですね。良い名前です。目が見えないのが悔やまれるほどですよ」
「……見えない?」
「ええ、少し前に患いましてね」
和やかに言葉を交わすユエとヒロの二人。
しかし、今は戦闘中である訳で。
「話す前にこっちを手伝えお前ら!」
ハジメが一人この迷宮で作った六連式リボルバー“ドンナー”片手に孤軍奮闘しながら叫ぶのだった。