BLIND SCHOLAR 作:コンダクタンスタンス
オルクス大迷宮は、百層によって成り立っているのだが、ハジメの落ちた奈落の底から先にも百層広がっており、結局合計で二百層を踏破しなければならない。
「食うのは、俺だけか」
ラプトルの肉を捌きながら、ハジメはボソリとそう呟いた。
「……ん。私は、血があればいい」
「そもそも僕はトータスに来てから何も食べていませんし、飲んでませんから」
偏食というか、特殊過ぎる食事事情の連れを二人も連れていればそうなるか。
吸血鬼であるユエは、血液を摂取すればそれだけで食事は不要であるし、ヒロに至っては飲食は愚か眠る事すらも不要になり始めているのだから。
ハジメとしても不要だというなら、無理矢理魔物の肉を食わせる気はない。食えば強くなろうとも、その直後に神水が無ければ、死ぬからだ。
迷宮の中では調理らしい調理など出来る筈もなく、丸焼きにしたモンスターの肉を神水で無理矢理流し込み、ハジメはそこでふとある事に思い至る。
「なあ、ユエ」
「ん?」
「俺の血が上手いって言うのは聞いたが、ヒロの血はどうなんだ?」
「……吸ってないから、分からない」
「それもそうか。いや、神水は無くした体液迄は補充してくれないからな。ユエに吸われた分は、食って回復しなきゃならない。もしもの時の為に吸い慣れておく方が良いだろ」
「吸血鬼の吸血ですか……ユエさんは良いんですか?ハジメ君の血の方が良いのではありませんか?」
言外に含みを持たせたいい方に、ユエは思考する。
三百年ぶりに助け出され、身を挺して守ってくれたハジメに彼女は確かな恋慕の情を抱いている。
生き残り、日本に帰る事を主とした彼は分からないが、少なくともヒロはそれに気付いているのだ。だからこそ、問うた。彼以外の男から血を吸えるのか、と。
しかし、
「……ん、大丈夫。ヒロ、腕を出して」
「…………ええ、どうぞ」
少しの間をおいて差し出された左腕。ユエは、その上腕部に齧りつき、鋭く尖った犬歯を突き立てる。
コクリ、と彼女の喉が一瞬動き、
「ッ!……の、濃密…………!」
直ぐに口を離してしまった。
「?どうしました?」
「……ヒロの血は、物凄く濃密。蜂蜜やシロップを煮固めて濃縮したみたいな強烈な甘さ。私は苦手」
「……お前、血糖値とか大丈夫か?」
「一応健康体のはずなんですけど」
「いや、そう言う問題なのか?」
「……多分、ハジメの血が美味しいのはモンスターを大量に食べてるから。蓄積した魔力が影響してる……と思うヒロの場合は、その魔力の純度が高い、のかな?」
「魔力、ですか………」
「確かに、ヒロの魔力の値は俺より高かったな。それに、モンスターは食ってない、あの文字化けが原因だろ」
ハジメが指摘するのは、ヒロの技能に記された文字化け。名前は分からないが、その内容は豪華そのもの。まさしく万能と言う外ない。
彼が一人いるだけで迷宮攻略はかなりの難易度緩和を果たしている。機動力に難があれども、広範囲察知能力と多彩な手札。飲食を必要とせず、睡眠もほぼとらない。それは逆説的に、見張りをし続けてくれるという事であり、その間は他のメンバーは休んでいられる。
一旅一人、船坂ヒロは如何でしょうか?
そんなポップが、ハジメの脳裏をよぎって消えていった。
+*+*+
それからも色々な事があった。
ハジメが新武器を開発したり、ヒロの創り出す金属が伝説級に迫る代物であったり、ユエが魔法の開発の為にヒロと丸一日話し込んでいたりと。
その間にも勿論、モンスターは現れたがその都度紫電の弾丸か、魔法によって消し飛んでいたことをここに記す。
「スンッ…………ふむ、ニオイが変わりましたね」
「如何にもって場所だな」
「……大きい」
三人がやって来たのは、巨大な柱の立ち並ぶ大部屋。
今までの迷宮の中でも最も、人の手が掛けられている事は確実なそんな部屋だ。
彼らは、その部屋に一歩踏み込み、
「ハジメ君、ユエさん!」
焦った声を上げたヒロが二人を前へと突き飛ばしていた。
咄嗟の事でもんどりうって倒れる二人。反射的に、ハジメはドンナーを抜いて銃口を向けるが、
「ヒロ?」
友人の姿は目の前からまるで霞の様に消え失せていた。
そして、先程まで自分たちの立っていた足元には、赤く明滅し消えていく魔法陣が一つ残るのみであった。
+*+*+
一瞬の浮遊感を覚え、ヒロは着地を決める。
目が見えない彼にしてみれば、場所が変わろうとも本来ならばそこまで意味は無いのだが、
「…………な、生臭い……!」
強化された嗅覚を力任せに殴りつけられたような酷い臭いに、彼は鼻をつまんで眉を顰める。
足元は、何やら液体が溜まっているのか、踝の辺りまで浸かっており羽織っているローブの裾を湿らせていくのだが、それが気にならない程に酷い臭いがその場には溜まりに溜まっているらしかった。
「キチチチチ…………」
「何かいますね」
鼻から手を外し、見えない目で前を見据えるヒロ。
彼の言う通り、二十メートルほど先には一匹の魔物が彼をその黒い目で見据えていた。
薄暗い大部屋。足元には水が張り巡らされたお部屋の主。
仄かなオレンジの光の中でも褪せる事の無い蒼銀の丸みを帯びた甲殻。先端が黒くなった左右不揃いの巨大な鋏。それが、合計で六本。鋭い槍の様な足は八本。
黒い真珠の様な目をの下ではプクプクと泡が溢れている。
それは、巨大な蟹だった。それも、ユエが封印されていた部屋に出現したサソリモドキよりも二回り以上の大きさの化物蟹だ。
「キシャーーーーーーーッ!!!」
カチカチカチカチ、と四つのハサミが打ち合わされ蟹が奇声を上げる。
その威圧感は、恐らくこの迷宮においても最高峰。
そして、味方はおらずタイマンを張る事になったこの状況。
「…………死ぬ気はありませんよ?」
パンッ、と掌が打ち合わされる。
「―――――“型木・招来”」
呼び出されるのは六腕の木の巨人。上半身のみだが、その大きさは蟹と同等。つまり、前回呼び出したものよりもさらに大きいという事。
しかし、攻めかかったりはしない。ヒロ自身待ちの姿勢が基本である為、相手が突っ込むのを待った。
「シャァアアアアアアアアッッッ!!!!」
案の定と言うべきか、蟹が
四つのハサミを打ち鳴らし、八本の足が水の溜まった床を砕きながらヒロへと迫る。
だがしかし、ここまで派手に迫られれば彼でなくとも目を瞑っていても分かるというもの。
「―――――!」
木偶人形が聞こえない筈の雄叫びを上げて六本の腕を使い、蟹を押し留めに掛かった。
「…………甲殻類。あのサソリと同じく、鋏が厄介ですね」
ヒロが分析する中、木偶の右の腕二本がハサミによって肘より先が斬り飛ばされる。仮に、これが生き物に当たれば間違いなくギロチンよりも悲惨なことになるだろう。
ただ、木偶人形に痛覚は無い。残りの四本の腕がそれぞれのハサミを掴んで押し留め、その間に斬れた腕の切断面より木の芽が生えて一気にも元の腕へと成長し復活していた。
ヒロの術は、彼自身がエネルギーの供給を止めるか、術の発動そのものを止めなければ発動し続ける。木偶の様な形がはっきりしているモノならば元に戻す事も可能だ。
拮抗。ギシギシと木の軋む音を立てながら、木偶と蟹は力比べの様な状態となる。
「―――――“刺金・招来”」
そこに蟹の足元、というか真下より金のトゲが大量に突き出してくる。
奈落のモンスターですらも穴だらけにしてしまうような攻撃だ。だが、
「…………硬い……!」
硬質な音を立てて、トゲの先端はひん曲がり蟹を押し上げこそすれども貫くまでには至らない。
一気に天井まで蟹を押し上げていったトゲだが、蟹の硬さのせいで天井を砕いただけでそれ以上のダメージは望めない。
とはいえ、ダメージソースにならずとも動きを阻害することはできる。であるならば、このまま―――――
「スンッ…………ッ!」
鼻を鳴らしてヒロはその場を大きく飛び上がった。直後に吹き荒れる冷気の嵐。
「こ、れは……!ぐっ!」
圧倒的な冷気に、顔を庇いながら吹き飛ばされたヒロはそのまま後方の壁へと叩きつけられる。
何より、落ちた床は水ではなく完全に凍結した氷の床。硬い感触と冷たさに呻くしかない。
更にトゲは未だしも、冷気の直撃を受けた木偶は凍結し砕け散るというオマケ付き。高い魔耐が無ければ今頃ヒロも同じ運命を辿っていたかもしれない。
凍った床に、大きな塊が落ちてくる。ヒロの集中力が欠けて高速の緩んだトゲより蟹が脱出してきたのだ。
「ブクブクブクブク……」
その口周りの泡が増している。弱っている、というよりは明らかに怒っているという方が正しいだろう。その証拠に、蒼銀の甲殻に赤いラインが幾筋も入り鋏が赤熱していくではないか。
そこから、互いに打ち合わされたハサミは、徐々にその姿を変えて長く鋭くなっていき、その先端から膨大な冷気によって急激に冷まされて硬質化。内側のみならず、外側まで触れれば切れそうな物騒な代物が出来上がる。
「っ、ここからが、本番という事ですか…………」
杖を頼りに立ち上がった、ヒロ。
先程の壁にぶつかった反動なのか、彼の目元と額を覆っていた包帯が緩み外れて、その下が露になるではないか。
それは、酷い傷だった。額の下部には大きな裂傷が広がっており、それが両目を潰すようにも星の様に四方八方広がっているのだ。
そして、開かれた目。
白濁しきった眼であり、最早黒めと白目の判別すらもつかない悲惨な有様。これでは、開いたところで見えるモノなど有るはずもない。
「久方ぶりに、瞼が上がりましたねぇ…………相変わらず、見えませんが」
言いながら、ヒロは両手を打ち合わせる。
その瞬間、今までの柏手では発揮されなかった膨大なまでのエネルギーが彼の体より、スパークを発して吹き出し始めた。
「―――――“龍木
呟き。純度の高い氷の床を突き破り現れるは木製の東方の龍。そして、黄金の体を持つ龍と同じく巨大な虎であった。
「「―――――ッ!」」
人形である為、聞こえるはずは無いのだがその雄々しい姿は二体の咆哮が聞こえてきそうなほどに威圧感があった。
「行ってください」
命令を受けると、二体の巨獣は宙を飛び、氷の床を駆け抜けて蟹へと肉薄していく。
「キシャアアアアアアッッッ!!!!」
蟹も当然ながら応戦の構えだ。黒曜石の刃の四になった鋭い鋏を振り回し口に溜まった泡を大きく噴き出し、冷気を飛ばして撃退しようと動く。
迫る二体もまた、鋏を躱し泡を潜り抜けて蟹へと迫り、その爪や牙をもって高質化した甲殻へと挑みかかっていた。だが、やはり硬い。火花を散らせども、その下にあるであろう肉を傷つけるまではいかない。
「―――――“
そこで、新たなる二体が呼び出された。
一体は巨大な炎の鳥。長い尾羽をしており、先の二体にも劣らない大きさだ。もう一体は、水がそのまま形を成した蛇の巻き付いた大きな亀。こちらもまた先の二体に劣らぬ巨体であり、水という不定形ながら硬さを感じさせる。
そこからは一方的だ。木の龍が長い体をくねらせて鋏の間を縫うとガッチリと固定して床へと押さえつける。そこに、火の鳳からの火炎が突き刺さり硬い甲殻を赤熱させ、脆くなったところを虎の爪牙が大きく抉り飛ばし、最後に亀の体に巻き付いた蛇が一気に伸びて抉れた箇所へと突撃甲殻を冷却して、穴をそのままに固定してしまう。
「―――――“
どうにか拘束から逃れようとする蟹だが、火の鳳の炎でも表面が焦げる程度であった木の龍の拘束は緩くない。関節が軋むばかりで抜けられない。
そんな蟹の甲殻の穴へと高質化した土で構成された
「カッ―――――!?」
蟹はその構造上、重要器官の大半が体の中央にある胴体に集約されている。
そこを、食い破られ破壊されてしまえば、生きてはいられないわけで。
「…………はぁ……しんどいですね」
目の前の蟹が沈黙したことを確認し、ヒロはその場にへたり込んでしまう。
解消したように見える彼だが、その実精神的には参っていたのだ。疲労がジクジク精神の隅から蝕んでいくような、そんなイメージ。
「ハジメ君なら、この甲殻。杖にしてくれませんかね?」
四体の獣を消して、この場をどうするかヒロは考える。
結局、木によって作った籠を背負いその中に、入るだけ硬い甲殻を剥ぎ取って突っ込むのだった。
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船坂 ヒロ 17歳 男 レベル:■■
筋力:1348
体力:1987
耐性:2168
敏捷:1[+1134]
魔力:3339
魔耐:2118
技能:太極(未完成)[+飲食克服][+睡眠克服][+聴覚強化][嗅覚強化][+触覚強化][+味覚強化][+影武者][+五行思想][+弱体無効][+自動修復・体][+構造把握・体][+解体術][+癒術][+多重招来][+■■■][未完の大器]・言語理解[+触読][+触解][+探求][+研究]
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