BLIND SCHOLAR 作:コンダクタンスタンス
オルクス大迷宮含めた七大迷宮は、反逆者と呼ばれる者たちによって作られたとされている。
(神への反逆。しかし、狂っているのは神の方、ですか)
蟹を打倒し、一息ついていたヒロはいつの間にか、ハジメたちと分かれる形となった大広間へ転移させられておりその先にあった反逆者の隠れ家においてこの世界の真実を知ることとなった。因みに、連れの二人は今頃お楽しみの最中である。その為に、鼻栓と耳栓をハジメにお願いしたりしたのだが、余談だ。
神を討とうとした反逆者たち。本来ならば、彼らの後を継ぐ者たちが迷宮攻略には適任なのだろう。
だが、ハジメたちの目的は故郷への帰還。その為に神代魔法と呼ばれる現存する魔法の段階を超えた超常的な力が必要なため、攻略に乗り出すこととなる。
そんな彼らだが、今はこの隠れ家を拠点にして準備中。特にハジメは錬成師である為、事前の準備が大きな意味を持つのだ。
そしてそれは、技術が解放されたヒロにもまた言える事。
「太極…………中国の仙人思想に関したものですっけ?それに、五行思想。僕の術の出どころはこっちですね」
ステータスプレートを撫でながら、ヒロは首を傾げる。
太極の文字を撫でれば分かる。彼の体に流れ込んでいたのは、この技能を完成に至らせるために必要な自然エネルギーとでも言うべきモノ。
これは謂わば、世界に存在する余剰エネルギーのような物。この世に存在する“モノ”は何かしらの力を周囲に放っている。
それは、生命力であったり活力であったり、その他存在感などに感じられる圧力等々、実に様々。
別段、致死させるような吸収をしているわけではない。只、溢れたエネルギーが彼に向けて流れ込んでいるだけ。
しかし、世界は広い。トータスとて、相当な広さだ。そんな世界からたった一人の少年に力が注ぎ込まれるという現状。
既にレベルは文字化けした。ステータスその物も、太極の文字が技能にハッキリと出てから上がる一方だ。
敏捷だけが、プラスの値を除いて1のままだが、その他の数値は五桁に突入済み。文字通りの規格外へと成り果て、化物同然と言えるだろう。
何より、遂に睡眠すら必要としなくなった辺り、人は愚か生物からも逸脱し始めているのではなかろうか。今のヒロは、生物の三大欲求の内二つを克服、残り一つである性欲も事故に遭う以前から枯れていると称されるほどに薄弱であり、事故以降はその薄弱さに拍車がかかっていた。
今も、致しているであろう二人の事を考えても特に何とも思わない。ただ、地球でのマナーとして彼はそれらからの情報をシャットアウトしているのみ。
「…………ふぅ」
ステータスプレートを収めて、部屋の中央に胡坐をかいて座り蟹の甲殻をハジメに加工して作ってもらった黒いステッキを肩に立てかけ、ヒロは禅を組んだ。
宇宙が彼の中で広がり、そして凪いでいく。
+*+*+
二か月の準備期間を経て、この日一行は漸く旅に出る。
ハジメは、大部屋でのヒュドラとの戦闘で失った右目に義眼そして眼帯を、左腕には義手をそれぞれに装着し正に中二病前回のような格好に。
ユエは白いシャツにスカート。胸元には、神結晶を用いたアクセサリーを付けており、その左手はハジメの右手と繋がれていた。
二人の後ろで、紺の着流しの様な着物黒い帯。灰色の外套を羽織った服装で黒い杖を突いた状態のヒロが続く。目元の包帯は巻きなおされていた。
「よし、二人とも準備は良いか?」
「……ん。問題ない」
「僕もいつでもいいですよ。随分と久々な、外ですね」
「だな。それじゃあ、始めるぞ」
二人への確認を終え、ハジメは魔法陣を起動する。
「俺達の武器や力は地上じゃ、異端だ。聖教教会だけじゃなく、各国が黙っていないだろ」
「ん」
「兵器やアーティファクトを要求されたり、戦争への参加を迫る様な奴らも出てくるだろう」
「でしょうね」
「教会や、国だけじゃなくこの世界の神とやらも俺達へと喧嘩を売ってくるかもしれない。それこそ、命が幾つあっても足りな様なヤバい旅になる」
「……ん、今更」
「迷宮内も十分に人外魔境でしたしね」
「それでも、俺達は負けねぇ。俺達三人は最強だ。宗教だろうが、国だろうが、神だろうが、立ちはだかるなら根こそぎなぎ倒して進む。一緒に世界を超えるぞ!」
「んっ!」
「ええ、勿論です」
演説が終わると同時に、魔法陣より光が溢れ三人の姿は、その向こう側へ。
迷宮には、再び静謐だけが訪れる。次なる来訪者を待ち続けながら。
+*+*+
三人が世界すらも敵に回す覚悟を決めて旅に出た時より、時計の針は遡る事数か月前。
聖教教会では、ちょっとした事件が起きていた。いや、その場の当事者たちからすれば全くもってチョットした事ではないのだが。
「どこに行ったの、船坂君…………!」
ポニーテールを尾の様に揺らしながら、雫は教会内どころか城に出向いてまで目の見えない友人を探して歩き回っていた。
最後の目撃情報は、図書室にて勇者である天之河との口論、という名の一方的な言い争い。
話の内容が聞こえていた司書へと聞き込みをした彼女は、ある仮説を立てていた。
(南雲君の件は、やっぱり事故じゃなかった?)
それは、今のところ親友である香織にも言っていないし、言えるはずもない仮説だ。
根拠は、ヒロがしつこく魔法の属性に関して問うていたという話であったから。
その際には、結局天之河によってうやむやになってしまい回答は得られなかったらしい。だが、彼女の中にあったモヤモヤを答えに近づかせるだけの効果はあった。
(可能性としては、檜山君、かしらね。南雲君を虐めていたし、香織好きだったみたいだもの。いえ、今も好きなのよね)
雫が思い出すのは、ハジメが時間稼ぎを行い魔法による攻撃を行った時の事。
(船坂君はそれに気づいていた?だから、消えたの?それとも、
部屋にこもったヒロは、その翌日の朝には姿を消した。それまでは、
翌朝に返事が無い事に不審に思った侍女が鍵を開けて中に入ると、そこは蛻の殻。人の気配なども残っておらず、窓も
つまり、完全な密室。争った形跡も無ければ、荒らされた形跡も無く、ベッドが使われた形跡も、それどころか調度品に触れた様子さえなかった。
忽然と、彼は消えた。煙の様に。
当然と言うべきか、非戦闘職とはいえ、神の使徒が消えたのだ。聖教教会のみならず、クラスメイトにも少なからずの衝撃が走った。
聞き込みが行われ、その中には最後に面と向かって言葉を交わしたであろう天之河も含まれていた―――――のだが、そこで彼は自分にとって都合の良い事しか言わなかったのだ。
曰く、船坂はクラスメイトの死よりもクラスメイトの中から犯人探しをすることに固執する異常者だ、と。
ヒロの人となりを知っていれば一笑に伏す戯言のはずだった。だが、この場は普通ではない。
実際問題、ヒロは消えてしまったし、そこに檜山が乗っかって場をヒロが悪いと言った流れに持って行ってしまったのだ。
結果、船坂ヒロは悪者、ではないがヘイトを集める対象に無理矢理持ち上げられてしまっていた。
雫とて、この流れを止めたかった、しかしカリスマだけはある幼馴染を止める方法など彼女にはない。何故なら天之河は、幼馴染であろうとも自分に都合が悪ければ聞こえない耳をしているから。
「…………はぁ、胃が痛くなってくるわね」
苦労人、八重樫雫。異世界に来ても、こうして周囲の対人関係で苦労を重ねる事になる。
彼女の明日は、どっちだ。