ワートリ×P5 作:鰤大根
主人公の名前はコミカライズの名前を採用。
───朝ですよ、マイトリックスター
長年聞き続けてきた馴染みのある声を受け、深く沈んでいた意識が覚醒する。
薄らと瞼を開けば、視界に入ってきたのは中学卒業を機に越してきて以来、毎朝目にする無機質な天井。
カーテンの隙間から差し込む朝陽が目覚めの時を告げていて、今日も『彼女』は日々の務めの一つだという目覚まし係の仕事を全うしてくれたようだ。
ありがとう、と心の中で感謝の念を述べると、どういたしまして、と優しい声音が返ってきたような気がした。
「んぅ……何だ、もう朝か」
ベットから体を起こすと、隣で眠っていたであろう
その姿を見て、そう言えば昨晩はモルガナと随分話し込んでしまったのを思い出す。
悪いことをしてしまったかと申し訳ない気持ちになりながら、まだ寝ていてもいいんだぞという旨を寝惚けながら爪の手入れを始めたモルガナに伝える。
「………いや、ワガハイとアキラは一心同体。アキラが起きるならワガハイも起きるぞ」
一瞬逡巡した様子を見せたモルガナだったが、迷いを払うように頭を振ると軽快な足取りでベットから飛び降りた。
先に行ってるぜ、と言い階段を下りていくモルガナを尻目に、モルガナを拾って世話をし始めてもう五年以上経つのかとどこか感慨深い思いを抱きながら、ベットを後にし事前に用意していた制服を手に取り手早く着替える。
白のタートルネックに黒いブレザー、そしてサスペンダーが付いたチェック柄のズボンを履けばそれで終わりだ。
変な所がないかと鏡を見れば、元々癖の強い髪質だからか幾つか主張の激しい寝癖が気になった。
直すべきかと悩んだが、洗顔と歯磨きのついでにやろうと決めて階段を下りてリビングへ向かう。
「お、来たなアキラ」
リビングへ向かえば既に朝食を終えたのか、モルガナが定位置の鞄の中に納まっていた。
机の上に置いてある置き時計に視線を向ければ、どうやらゆっくり朝食を取る余裕はあるようで一安心する。
「昨日作ったカレー食べるのか?」
その言葉に頷きながら鍋の火をつける。
適温になるまで少し時間がかかるので、その間に洗顔を済ませておこうと洗面所へ向かう。
一応弱火にしてあるので大丈夫だとは思うが、念のためを考えモルガナに火を見て置くように伝えたので万が一はないだろう。
そう考えながら洗顔を済ませていると、背後からスリッパの足音が耳に入る。
「んむっ──…、鼻が……」
そしてそのまま背中に衝突。
一息ついて後ろを見やれば、鼻頭を押さえる妹分の姿があった。
おはよう、と声をかければ妹分──佐倉双葉は寝惚け眼を擦りながら、消え入るような声でおはようと挨拶を返してくる。
おそらく昨日は遅くまでゲームをしてたかアニメを見ていたかしていたのだろう、若葉さんが本部に泊まると言っていたから大体の見当はついた。
「違う……最近イレギュラーな
そうだったのか。
そうとは知らず邪推してしまったことを謝罪すれば、頭撫でてくれたら許す、と言うのでそれくらいで良ければと若葉さんがしているように頭に手を置き優しく擦る。
───アキラー! そろそろだぞー!
んふふー、とだらしない声を溢す双葉に苦笑しながら満足するまで頭を撫でていると、リビングからモルガナの声が響いた。
そう言えばカレーを温めていたんだった……完全に忘れていた。
「ん? この匂いは……カレー!」
リビングに続くドアを開けていたからか、カレーの匂いに釣られた双葉は一目散に駆けていってしまった。
洗顔するためにここに来たんじゃないのかと呆れつつ、しょうがないなと濡らしたタオルを持って双葉の後を追う。
「モナー、おはよー」
「おいちょッ、やめろフタバ!」
リビングへ向かうと双葉に弄り倒されてるモルガナがいた。
モルガナの声は双葉には聞こえないが、何となく何を言いたいのかは分かるとは本人の談なのでおそらく確信犯なのだろう。
止めてくれアキラ! と戻ってきた自分に言うモルガナだが、生憎と火を止めなければいけないので見捨てざるを得なかった。
「なーあきらー、わたしの分もある?」
モルガナを弄り終えて満足したのか、どこかウキウキ気分の双葉にタオルを手渡しながら頷く。
視線を動かしてモルガナを見れば、ぐったりした様子で裏切り者……と呟いていたので、放課後にスーパーでマグロやトロの入った寿司を買うことで手打ちにしてもらった。
「そう言えばゴローがいないな。まだ寝てるのか?」
食事の席にて、未だ下りてこない同居人の部屋を見上げながらモルガナが言った。
その言葉にそう言えばと思い、もしまだ寝てるなら遅刻してしまうかもしれないので起こしてくるという旨を双葉に伝えると、
「んー? ごろうなら予定があるから先に行くって昨日言ってたぞ」
「マジかよ。ワガハイたち何も言われてないぞ」
モルガナの言葉に同意を示そうとしたところで、そう言えば数日ほど前にそんなことを言われたような気がしていたのを思い出す。
その時はちょうど防衛任務でモルガナが双葉と待機してた日だったので、モルガナがそれを知らないのは当然だ。
「まぁアイツは色々と忙しそうだからな。帰って来たらご主人から教わったコーヒーでも淹れてやれよ」
主にメディアの出演等の打ち合わせで本部と
「あきらは今日本部に寄るのか?」
双葉からの疑問に首を横に振る。
召集を受けたら話は変わってくるが、今のところ本部に顔を出す用事はない。
何かあるのか? と聞いてみると、どうやら日用品の買出しに行きたいから付き合ってほしいとのこと。
それくらいであればお安い御用なので、双葉と放課後に買い物に行くことを約束した。
「約束ノート……今週の課題は友だちと一緒に買い物に出かける、あきらは友だちだし何も問題はないよな!」
おそらく若葉さんの言ってる友だちというのは学校の友だちだと思うのだが、双葉自身もどこか諦めたような眼差しをしているので指摘するのは止めておいた。
◇
秀尽学園高校。
支部から自転車を飛ばして三十分のところにある、三門市に数あるごく普通の進学校の一つ。
陸上やバレーに力を入れていて、全国でもこの二つの部はかなり有名なのがこの学校の特徴だ。
ただボーダーの提携校という訳ではないので、ボーダー隊員としては同じ三門市の高校ならボーダーの提携する高校に通ったほうがいいのだろうが、若葉さんから、
『好きなところに行きなさいそのための支部所属なんだから』
と言われたので中学時代の友人たちと同じ高校を選んだ。
明智からは色々文句を言われたが、今では秀尽を選んで良かったと心から思えるので若葉さんには感謝してもしきれない。
「はよーっす」
校門前につくやいなや肩に腕を回され人一人分の体重が上乗せされる。
重い……、と思うのと同時に視線を向ければ、中学からの付き合いの友人──坂本竜司が体操服の姿でそこにいた。
なぜ体操服? と考えたが、竜司の後から続くように現れた同じ体操服姿の学生を見て陸上部の朝練かと納得し挨拶を返す。
「リュージおまえ、重いわっ!」
と、竜司の腕に押し潰されて窮屈になったのかモルガナが鞄から顔を出した。
「お、モナじゃん。はよっす」
「はよっすじゃねーよ! 死ぬかと思ったわ謝れ!」
「ハハハ、相変わらずにゃーにゃーうるせぇヤツ」
「殺す」
モルガナが日々手入れを欠かさない爪を出したのを見て慌てて鞄の中に押し込む。
流石に朝から、それも人の多い校門前でのご法度はいただけない。
噂に名高いボーダー隊員だからと色々目を瞑ってもらっているが、本来秀尽でのペットの持ち込みはアウト。
問題なんて起こそうものなら本部に話がいくし、そうなったら多分モルガナは毎日家で留守番だ。
だからこれはモルガナのためでもある。
「あ、竜司に暁じゃん。おはよ」
「アン殿……むがが」
「おっす杏」
想い人の登場に荒ぶるモルガナを鞄のチャックを閉めることで事なきを得て、改めて杏に挨拶をする。
杏は鞄の中で暴れるモルガナを見て首を傾げていたが、特に気にすることなくスルーすると竜司へ視線を向けた。
「竜司あんた、早く着替えてこないと遅刻するよ? あんたのクラスって一限牛丸でしょ?」
「げっ、そういやそうだった! わりぃ暁、俺もう行くわ!」
そう言うと竜司はその快速を活かして陸上部の部室へと走っていった。
その姿を杏とともに嘆息しながら見送り、杏の私たちも行こっかという言葉に従い教室へ足先を向ける。
「それにしても最近物騒だよね」
教室へ向かう途中の杏の言葉に首を傾げる。
何か今朝のニュースでやっていたのだろうか、今朝は双葉がフェザーマンの録画を見ていたのでサッパリだ。
「あれ? 暁ってボーダー隊員だから知ってるかと思ったけど……ほら、最近警戒区域の外にも近界民が出るって有名じゃん?」
警戒区域の外、……というと朝に双葉が言っていたイレギュラー門のことだろう。
確かに最近どういう訳か警戒区域以外にも門が開くようになった話は有名だ。
なるべく市民の不安を煽らないようにと、メディア対策室長が裏で正隊員に巡回の範囲を広げる指示を出しているが、その成果は微妙なところだ。
ボーダーには門を誘導する装置があるが、イレギュラー門はその誘導に引っかからず大規模侵攻の時のように三門市のあちこちで開く。
それを考えたら、確かに杏の言う物騒という言葉は的を得ているだろう。
「ま、もしウチに来ても暁がいるから大丈夫だよね!」
そんな杏からの信頼の言葉に任せろと頷く。
ボーダーの提携校ではないので、ボーダー隊員は校長曰く自分しかいないようだが余程の大群でなければ問題ないだろう。
ボーダーに入りたての頃に明知や双葉から仮想訓練室で扱かれた記憶が酷く懐かしい。
「大丈夫だ! アキラがやられてもアン殿はワガハイが必ず守る!」
「モナ、授業中は静かにしないとダメだよ?」
「全然伝わってない!?」
そんなこんなであっという間に時間は過ぎていった。
◇
──…放課後。
双葉と約束していた日用品の買出しだが、ボーダー本部からの予期せぬ連絡を受け
、やってきたのは警戒区域に登録された無人の市街地。
本来なら今日防衛任務を行う筈だった部隊が体調不良で全員欠席ということで、特に予定がなかった自分にその役目が回ってきたのが切っ掛け。
『うー、なんでよりによって今日なんだ。訴訟も辞さない』
オペレーターを務める双葉は楽しみにしていた予定を反故にされご立腹だ。
その気持ちは分からないでもないが、これもボーダー隊員としての務めなのだからあまり文句を言ってはいられない。
『休日出勤だー! ブラック企業だー!』
『まぁまぁいいじゃねぇか。この前はご主人の所にいて防衛任務に参加してなかったし、鈍った勘を取り戻すいい機会だろ?』
『むー、モナが私をバカにしてるような気がする……この、このッ』
『ちょやめろフタバ!』
通信越しでも仲睦まじく(?)じゃれあっているのであろう二人を思いながら時間を潰していると、突如として空に黒い穴が開いた。
『ほらフタバ、来たぞ敵!』
『ん? ──…、あーバムスターが二体だけだ、雑魚だ雑魚』
門から現れたのは民家を上回る巨大な怪物。
近界民──正確には彼等が作り出したトリオン兵と呼ばれる怪物は、周囲を軽く一瞥した後に自分という獲物を見つけたのか、高らかと雄叫びを上げるやそのまま突き進んで来た。
『───やっちまえ、あきら』
その言葉に笑みを浮かべ、懐から取り出したトリガーを起動する。
『我ながら完璧なデザインだな、惚れ惚れする』
瞬きの後にトリオン体に換装され黒のロングコートが風に揺れる。
真紅の手袋が握るのは傑作と謳われるトリガー『弧月』に並び立つ『スコーピオン』と称される攻撃主専用トリガー。
トリオン体の違和感は皆無、体調も問題なし。
であれば、眼前の相手に負ける道理は一切ない。
「行くぞ」
大地を蹴り上げ飛翔する。
生身では到底太刀打ちできないトリオン兵も、トリオン体ならばその立場は逆転する。
大口を開けて自身を呑み込もうとするバムスターの動きを先読みし回避して、狙うはその口内にある弱点たるモノアイ。
バムスターの攻撃を避けモノアイと交差したその一瞬を捉え、スコーピオンでモノアイを斬り裂く。
噴水を彷彿させるように夥しいトリオンが噴出すが害は一切ないので気にしない。
注意を向けるのは着地の隙を狙っているもう一体のバムスター。
『サポートは?』
「必要ない」
副トリガーにセットしていた拳銃を取り出し、迫り来るバムスターのモノアイへその銃口を向ける。
そして呑み込まれる瞬間に引き金を引き、モノアイが撃ち抜かれた。
『敵全滅、お見事』
そのまま地面に着地し戦闘終了。
……と、思ったが。
『ん? ……すまんあきら、まだ生きてるっぽい』
完全に核が砕かれなかったのか、撃ち抜いたバムスターが起き上がり特攻してくる。
そんなバムスターにスコーピオンを手に対応しようとしたところで、
「詰めが甘いな──…」
言葉の後、銃弾が砕き損ねたバムスターの核を完全に貫いた。
核が砕かれたことで動きを停め地面に倒れこむバムスター。
そのバムスターの上に、気づけば人影が一つあった。
「無事かい?」
どこか小馬鹿にするような口調で、明智吾郎がそこにいた。