ワートリ×P5   作:鰤大根

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来栖 暁②

 

 

「───少し見ない間に随分腕が落ちたようだけど、もしかしてスランプかい?」

 

 門から出てきたトリオン兵たちを弧月で苦もなく斬り伏せながら明智が嗤う。

 余所見どころかコチラの動きを観察しながらでもトリオン兵相手に傷一つ負わず立ち回れるのは、やはり流石と言わざるを得ないだろう。

 だが、腕が落ちた覚えはまったくない。

 それを証明するように、スコーピオンを握る手に力を込め周囲のバムスターのモノアイだけを両断する。

 

「へぇ……まぁ、それぐらいやって貰わないと足手まといだけどね」

 

 そう言って、明智は弧月専用のオプショントリガー『旋空』を起動すると後方から砲撃を繰り返すバンダーたちを薙ぎ払い壊滅させた。

 如何に相手が機動力のないバンダーと言えども、ここからバンダーのいる場所まではかなりの距離がある。

 それを弧月のブレードを拡張させる機能を持った旋空を使ったからといって、あれほどまで伸ばせるものなのか……否、ボーダーでも最高峰の域に立つ明智だからこそ可能な技なのだろう。

 流石A級隊員、と言うと早く上がってきなよと言葉を返される。

 分かっていて言っているのだろうが、一応無理だと首を振っておく。

 

「部隊に入るなり作るなりすればいいじゃないか。今の君なら引く手数多だろう?」

 

 モールモッドのブレードを掻い潜りながら明智は言う。

 確かにA級に昇格すれば様々な恩恵を受けられるだろう、給料だって今より幾分も貰えることは確実だ。

 だが、自分は今の立場に満足している。

 トリガーを改造したいとも思っていないし、別段お金に困っているわけでもない。

 そして───A級隊員になって遠征に行きたいとも考えていない。

 であれば、他にA級に上がりたいという隊員の道をわざわざ阻むことはないだろう。

 

「ははっ、その言い草だとまるでA級に上がろうと思えば上がれるように聞こえるね」

 

 トリオン兵の中でも最高の硬度を持つモールモッドのブレードを難なく斬り裂いて、明智は意地の悪い笑みを浮かべながら言った。

 そういう意味で言ったわけでは当然なかったが、確かにそう捉えられてもおかしくなかったなと内心反省する。

 だが自信がないというわけではなかった。

 だから、少なくとも一対一なら絶対に負けないと、モールモッドのモノアイを拳銃で撃ち抜き笑みを溢す。

 

「──…調子に乗んな」

 

 その答えに満足したのか、薄く笑みを浮かべた明智が上空でトリオンキューブを展開する。

 その大きさは並みのトリオン能力では決して作り出せないほど巨大なもので、この防衛任務の幕引きを予感させるには十分な代物だった。

 

「合わせろ暁」

「ああ」

 

 何をするのか、そんなことは言われずとも理解できた。

 明智に倣うようにトリオンキューブを展開し、周囲の残りのトリオン兵の位置を視界に収め、十六に分割したトリオンキューブの道筋を脳内でイメージする。

 

「バイパー」

 

 そうして放たれたトリオンの弾丸が迫り来るトリオン兵たちの体を貫きその動きを瞬間的に停止させる。

 それを大きく後方に跳躍しながら確認すると、明智の準備はとっくに終わっていたのかその巨大なトリオンキューブを四つに分割して手を下した。

 

「メテオラ」

 

 静かに紡がれた言葉とは対照的に、地面に立つトリオン兵たちに降り注いだ弾丸は着弾と同時に大きな爆発を引き起こし、その巨体を瞬く間に塵へと帰していった。

 後に残ったのは大きく抉られた地面と、誰も居なくなったその大地に華麗に着地を決めた明智のみだった。

 

「これで終わりかな?」

『門反応なし、──…お疲れさんだ二人とも。オーバーキル気味だった感は否めないけどな』

 

 少しやりすぎじゃないか、という考えはどうやら双葉も同じだったようだ。

 当の明智は、どうせ誰も住んでないんだから問題ないよ、とどこ吹く風だがそう言うことではないと思う。

 まぁ、それは一端置いておくとして……どうして明智は今日の防衛任務のことを知っているのだろうか。

 本部からの連絡では自分にしか連絡を入れていないとのことだったが。

 

「イレギュラー門のことで少し調査してたら偶々見かけてね。そのまま見過ごしてもよかったけど、どうせ戻るところだったしそれならと思ってね、……もしかして迷惑だったかい?」

 

 そんなことはないと首を振り助かったと言えば、明智の頬が緩み君一人でもどうにかなったとは思うけどね、と返される。

 まぁ自分一人でも大丈夫だと判断されたから自分のところに連絡が来たのだと思うが、それでも一人でやるより手間なく片付いたのは事実だ。

 そう言うと相変わらずお人好しだねと呆れらたが、よく分からなかった。

 

『男のツンデレって需要あるか? しかもごろーのって』

『ゴローは素直じゃねぇからなー』

「黙ってろ」

 

 双葉だけでなくモルガナにも何となくバカにされたのを察したのか、明智の顔が不機嫌そうに歪む。

 そんな通信越しに明知をからかう双葉とモルガナという光景を目にしながら、帰ったら一波乱ありそうだと嘆息しながら、明智と共に帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

「───そういやごろー、イレギュラー門のこと何か分かったか?」

 

 皆で夕飯を食べ終え一人若葉さんの夜食の準備をしていると、双葉が不意に思い出したようにコーヒーを口にする明智へそんな言葉を投げた。

 その言葉にそう言えばイレギュラー門のことで支部に用があると明智が言っていたことを思い出し、気になったので双葉同様に明知を見やる。

 

「何か分かった、というよりは原因っぽいものを掴んだっていうべきかな」

「え!?」

「マジか!?」

 

 双葉とモルガナが目を見開いているのを横目に、何が原因だったんだ? と明智に聞くと明智は傍に置いておいた自前のアタッシュケースを開くと、幾つかの資料を出して机に広げるとこっちに来てと手招きする。

 

「僕が今日調査していた時に見つけた新種のトリオン兵だ」

 

 そう言って明智が指差したのは今までのトリオン兵と比べるとかなり小柄な、それこそ掃除ロボット程度の大きさしかない未知のトリオン兵だった。

 

「戦闘力は皆無。多分C級でも余裕で倒せるくらいの雑魚、ということしか今は分かってない」

「コイツはどうしたんだ?」

「若葉さんのところに持っていったよ。こういうのはエンジニアの連中に任せたほうが早いだろうし」

 

 エンジニアとはボーダーのトリガーや近界の技術の研究に携わっている人たちのことで、双葉の母親の若葉さんはその中でも五人しかいないチーフエンジニアの一人だ。

 

「お母さんから連絡はあったのか?」

「今のところは何も。コイツがどういう能力を持ってるのか分からない以上、慎重に調べるに越したことはないしね」

「しかしゴローのやつは何でコイツがイレギュラー門に関わってるって分かったんだ?」

 

 モルガナの疑問は最もだろうが、よくよく考えればそんな難しい話でもない。

 今まではイレギュラー門なんて発生していなかったし、こんな未知のトリオン兵もボーダーでは確認されていなかった。

 イレギュラー門の発生と明智がこのトリオン兵を発見したのは同時期のこと。

 だったらこのトリオン兵がイレギュラー門に関わっていることは明白だ。明智もそれが分かってるからすぐに若葉さんのところに持っていったのだろう。

 

「うーむ……一応わたしの方でも調べて置きたいから資料コピーしてもいいか?」

「構わないよ。元々若葉さんに双葉に資料(これ)を渡してくれって頼まれたから支部に戻ってくる予定だったんだし」

「おまっ、なんで帰ってきてすぐ言わなかったんだ!」

「誰かさんのせいですっかり頭から抜け落ちててね」

「うぐっ」

 

 確信犯だなゴローのやつ、というモルガナの言葉に同意しながら改めて資料に写る新種のトリオン兵を観察する。

 このトリオン兵がイレギュラー門に関わっている以上、何かしらそれに通じた機能を持っていると考えるのが筋と思うが、そもそも門は何十人分ものトリオンと専用の装置を使って開くことを可能にしている。

 だからトリオンの障壁を遣って限られた時間の間で門を強制封鎖するとも出来るし、その装置の機能を逆手に取って門の発生場所をある程度誘導することも出来る。

 しかし見た限りだとこのトリオン兵には門の発生装置は搭載されてるように見えても、それほどまで莫大なトリオンを内包しているようには思えなかった。

 仮にこのトリオン兵がイレギュラー門を開いているとしたら、どうやってそのトリオンを賄っているのか。

 

「相変わらず鋭いね暁。僕の考えではトリオンを賄う別のトリオン兵がいるか、それとも何か別の手段でトリオンを賄っているかの二択だ」

「んー、──…前者で考えるとイレギュラー門の発生が少な過ぎるから、多分後者だな」

「だろうね。方法は分からないけど、野放しにしておくには危険すぎる」

「ちょっと調べてくる」

 

 いてもたってもいられないと、双葉はすぐコピーして返すからと明智に言うと資料を持って自室へ行ってしまった。

 双葉には防衛任務などでオペレーターをやって貰っているが、若葉さんと同じく元々はエンジニアの人間だ。

 それに若葉さん譲りの頭脳も持ち合わせているので、この件は若葉さんと双葉たちエンジニアに任せて置けば問題ないだろう。

 

「後はこのトリオン兵の特定と捜索、そして駆除だけど……まぁその辺も大丈夫なんじゃないかな」

 

 特に焦ってる様子もなく優雅にコーヒーを嗜む明智は、ボーダー本部がある場所へ視線を向けながら言葉を続けた。

 

「迅悠一が動いてる。それに何か掴んだみたいだし、僕たちが表に立つことはないだろうね」

 

 

 

 

 

 

「よっ、暁」

 

 明智の言った通り、というべきか。

 いつものように自転車に乗って秀尽へ向かおうとすると、背後から声をかけられ振り返れば迅さんがいた。

 取りあえず、おはようございます、と挨拶をして何の用ですか? と首を傾げると迅さんは昨晩明智が持ってきた資料と同じものを手にして眼前に掲げた。

 

「昨日明智が若葉さんのところに持ってきたこれ、助かったよ。お陰でイレギュラー門の問題は今日中に何とかなりそうだ」

「ゴローのやつ、お手柄だな!」

「お、相変わらず鞄にモルガナ入れてんのか。よしよし」

 

 モルガナを愛で始めた迅さんに苦笑しつつ、どうやって解決するつもりなのかを聞いてみる。

 

「ほい、これ」

 

 すると手渡されたのは『命令書』と書かれたボーダー本部からの用紙。

 それを受け取りどんな内容なのかと読んでみれば、今日の昼から大仕事があるから基地に戻っておくように、と記されていた。

 大仕事、というと間違いなくイレギュラー門関連のことだろう。

 それに昼からということは学校は早退することになりそうだ。

 

「若葉さんにはおれから伝えておくから、明智と双葉ちゃんには暁から頼むよ」

 

 分かりました、と頷くと迅さんは他にも渡すやつらいるからーと去っていった。

 

「大仕事かー、何やるんだろうな」

 

 さぁ? とモルガナに返答しながら明智と双葉宛てに迅さんからの用件をメールで送っておく。

 明智は今日も早く支部を出ていったし、双葉は昨晩のイレギュラー門の調査が祟って恒例の爆睡中だ。

 ああなった双葉は何をやっても起きないので、もしかしたら昼からの大仕事にも間に合わないかもしれないと若干不安になりつつ、そうなった時のために何か言い訳を考えておこうと思いながらモルガナと秀尽へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 その後、早退とかずりぃ! と言う竜司との一悶着があったが、特に遅刻することなく指定されたボーダーの基地前へ到着することが出来た。

 双葉はどうやら支部に戻ってきた若葉さんに叩き起こされたようで、今は技術開発室で若葉さんの仕事の手伝いをしているのだとか。

 正直言い訳が何も思いつかなかったので素直に寝てますというしかないかと諦めてたが、やはり若葉さんならあの状態の双葉を起こせる何かがあるらしい……今度それとなく聞いてみようか。

 

「ん……? 来栖くんじゃないか!」

 

 それでこの後はどうすればいいんだろうと考えていると、嵐山さんが駆け寄ってきた。

 

「全ボーダー隊員に召集をかけたと迅が言っていたが、来栖くんのところもだったか」

 

 私生活が優先される支部所属の隊員の中でも、若葉さんが責任者の自分たちの支部は特にその傾向が強い。

 だからてっきり学業を優先して来ないのかもしれないと思われても仕方ないことだが、流石に本部から召集がかかればそうも言っていられないだろう。

 それに今回の事件は放っておくことは出来ない、というのは自分たちの支部の総意でもある。

 

「イレギュラー門には俺もほとほと困っていたところだ。一緒に解決できるように頑張ろう!」

「く、くくく来栖先輩!?」

 

 嵐山さんの快活な言葉に返事をするといつの間にか木虎が後ろに居た。

 というより、木虎は嵐山さんの隊の一員なのだから嵐山さんの近くに居ても何ら不思議なことではないだろう。

 少し見れば時枝や綾辻の姿もあるのが分かる……佐鳥はどこにいるんだろう?

 

「来栖先輩、俺ならここ──ぶべっ」

「お久し振りです来栖先輩! 最近本部の方に顔出されていないようで心配しました……あの、もしお時間があればまた模擬戦していただけませんか?」

 

 佐鳥らしき人影が木虎に吹き飛ばされる姿を幻視してしまったのだが、あれは指摘した方がいいのだろうか。

 

「サトリ……」

 

 モルガナが何やらかわいそうな視線を向けているから触れないほうがいいのだろう。

 そう結論を出して木虎に向き直る。

 本部に顔を出せてなかったのはもうすぐ期末テストだからなのと、友だち(竜司たち)の勉強に付き合っていたからという旨を説明し、テストが終わってからであれば本部に顔を出せる機会も増えるだろうからその時にまた模擬戦をしようと木虎に言うと、

 

「はい、楽しみにしてます!」

 

 と、溢れんばかりの笑顔で返されたので、それだけ楽しみにして貰えると何だかこっちも嬉しくなってつい笑みが漏れてしまう。

 

「あれ? でも藍ちゃん年末は結構お仕事溜まってなかったっけ?」

「───……」

 

 だが綾辻の言葉で木虎の表情が固まり……そのまま崩れ落ちた。

 そう言えば明智も年末は結構忙しくなるって言ってたし、同じくメディア出演してる木虎たち嵐山隊も結構ハードなスケジュールをこなすことになるのだろう。

 そう考えたら何だかまだ中学生の木虎や後輩の時枝、同い年の綾辻が可愛そうに思えてきたので、今度本部に顔を出すときは何か甘いものでも差し入れしを持っていこう。

 

「嵐山さん、来栖先輩。そろそろ始まるみたいですよ」

 

 そんなこんなで時間を潰していたら、迅さんの言っていた大仕事──新種のトリオン兵の一斉駆除が始まった。

 

 

 

 


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