双夜譚 月姫   作:ナスの森

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七夜と咲夜

 夜が明け、アレほど騒がしかった月は見えなくなっていた。

 思えばお嬢様が起こした紅霧異変の時も、永遠亭が起こした永夜異変の時も満月の夜の時だった。

 そう考えると、満月でない夜にあのような騒ぎは少し珍しいかも知れない、と私は柄にもなく思った。

 それとも、昨日の夜はただ単に私が見た夢に過ぎなかったのだろうか。美鈴の首が切り裂かれたり、私の首根っこが引っこ抜かれたり。果てにはその張本人である侵入者があの日私があの少年に渡したナイフを持っていたりと、とにかく一夜にしてそこいらの異変に勝るとも劣らない内容だった。……少なくとも、私にとっては。

 そうだきっと夢に違いない、と現実逃避しようとして、身体中に巻き付かれた包帯やかすり傷の跡が紛れもなく現実であることを物語っている。

 

「夢では、ないのですね」

 

 口にしてみて、すとんと胸の中に収まる。

 夢でないことが残念なのか、それとも嬉しいのか。

 そんな事はもう分からない。

 懐かしい気分になっている事は確かだ。あの男があの日出会った少年、七夜志貴である可能性がある……それだけで十分に懐かしい気分になれた。

 問題は何故私があの夢を見た後にあの男が来て、しかもお嬢様があの名をあの男に付けたのか。

 単なる偶然、というだけでは済まされない。

 お嬢様が気まぐれを起こすことはよくある事だが、お嬢様が意図しているにせよしていないにせよその気まぐれにはどれも何かしらの意味がある。

 能力の内容が曖昧なだけに具体的にはと聞かれると返答には困るのだが、『運命を操る程度の能力』を持つお嬢様があの名をあの男に与えた事には何かしらの意味がある。

 それはやはり、あの男があの日私が出会った少年ということなのかもしれない。

 好都合に解釈しすぎだ、とは自分でも思っている。

 それに、今の私は十六夜咲夜というレミリア・スカーレットに仕えるメイド。今更過去の残影である■■であることに拘る必要なんてもうない。

 過去は過去、今は今。

 今の十六夜咲夜という人間を構成するに当たり、■■であった頃の記憶も不可欠であることはわかっている。

 だが、拘る必要はない。

 所詮は子供同士の約束だ。

 むしろ此方だけが拘っていて、向こうはどうでもいいとか思っていたら、馬鹿らしいし恥ずかしい。……我ながら子供っぽい理由は否めないのだが。

 だが、私がそこから背を向けることは即ち、お嬢様の思惑から外れてしまうことになってしまうのではないか……そう思えてならなかった。

 

「ああ、女々しい……」

 

 そんな自分の思考に吐き気がする。

 私は誰かを基準にしなければ物事の判断も付かない程の子供に成り下がった覚えなんて無い。

 志貴も、お嬢様も関係ない。

 お嬢様に従っているのも私の意思。

 ならば、私のこの迷いも私自身で片付けなければならない。

 そう決めた私は、時を止めて彼に宛がった部屋の前で立ち止まった。

 彼の負った怪我は私よりもひどいものであるが、此方は一度彼に首をもぎ取られたのだ。このままこき使ってしまっても十分おつりは来るだろう。

 とにかく、ここで働いて貰う以上は従者としての相応の技量を身につけて貰わなくては困る。

 

「七夜、起きていますか?」

 

 ドアをノックし、彼の名を呼ぶ。

 七夜……あの上弦の月の夜にやってきた男に、お嬢様はそう名付けた。

 新月から七日目の夜は上弦の月。

 その月の夜にやってきた男、故に名は七夜(ななや)

 その名付け方は完全に私を意識したものであり、お嬢様は私が満月の日にここにやってきた時に「十六夜咲夜」と名付けたのに倣い、あの男に同様の名前を送ったのだろう。

 お嬢様が名付けたというのであれば、その名にはきっと意味がある。偶然では決してない。

 ならば、それを確かめるのも私の役目だろう。

 ……と、決意を新たにしたのはいいものの、一向に部屋の外から返事はない。

 

「物言わぬならば、入りますよ?」

 

 嫌な予感がして、私はドアに取っ手に手をかける。

 がちゃり、とドアを開けば、そこにあったのはただのもぬけの殻だった。

 ……逃げた、という訳ではないようね。

 確かに、私の空間すらナイフ一本で元に戻して見せた彼ならば私の空間を乗り越えて脱出することができてもおかしくは無いが、それならばちゃんと感知できる筈である。

 何せ私の能力だ。己の力が破られたのであれば己の身体の一部が破損するような感覚で知る事が出来る。

 ならば少なくともこの館内にはいる、と結論付けて彼の部屋の捜索に入る。

 部屋のクローゼットを覗いてみれば、ハンガーに掛けた筈の燕尾服が見当たらなかった。

 

「……ふぅん。そこまで仕事熱心だとは思わなかったわ……」

 

 思わず、口から皮肉が零れる。

 あの男、初日から此方の言いつけを破りやがった。

 ああ分かっていた、分かっていたとも。

 あの殺人鬼がおとなしく此方の言う事を聞いてくれるような輩ではないことくらいは。

 昨日の夜に此方の指示があるまで動かないようにと告げたが、所詮口約束に過ぎないのだと。

 幸い、ナイフはパチュリー様に頼んで新造してもらった。何故か修復が効かなくて一から作り直して頂く羽目になってしまったが。

 お嬢様のご友人であるパチュリー様の手間をかけさせてしまっては、本来メイド長の名折れなのだが、あの二人は寛大な心で許してくれた。

 特にパチュリー様は上機嫌そうに「久々に面白い事例を見れたから、別にいいわよ」と仰って下さった。

 ……話が逸れた。

 とにかく、あの殺人鬼がこの館で問題を起こす前に止めなければ、と私はその場から姿を消した。

 

 時を止めて七夜を探し始めて数分、ことは既に起こっていた。

 

 

     ◇

 

 

 死屍累々……そう表現するのが相応しかった。

 四肢をバラされ、または心臓を一突きにされ、はたまた十七分割されて次々とその身が溶けてゆくメイド妖精たち。

 その中心に立っている燕尾服の男は、長さ六寸ほどの刀身の銀のナイフを弄びながら嗤っていた。

 

「へえ、妖精って死ぬとこんな風になるのか。血も出ないし、死んでも蘇るなんて、殺した身からしちゃあ割に合わない」

 

 いっそ死をなぞってしまおうか、とそんな思考が過る燕尾服の男、七夜。

 先日、ここの館の主であるレミリア・スカーレットに見込まれ、執事として雇われた男である。殺人行為に対して忌避するばかりかむしろ嗜好すら持っているこの男は、いくら死なないといえど幼い容姿の少女たちを解体することに何の感慨も持たなかった。

 

「そうは思わないかい、お嬢ちゃん達?」

 

 溶けて消えていく妖精たちから目を背け、七夜は背後にいる者達に振り向いてそう語りかけた。聞けば蕩けてしまうような声音。しかし優しいその声音は七夜の口元の嗤いとは決定的に釣り合ってはいない。

 ガクガク。ブルブル。

 七夜が振り向いたその先には、壁際で数人で震えながら固まっている残りのメイド妖精達がいた。

 あまりの恐怖に、妖精達は声すらまともに出ていなかった。

 がた、がた、がた。

 壁際で数人で固まったメイド妖精達は、全身が痙攣しているかのように動かない。

 表情こそ見えないが、全員の目から涙が零れているのが見て取れた。

 

「ああ、悪い悪い。ちょいと怖がらせちまったか。けど、ガキの躾にはこれが一番手っ取り早いんだ。 大凶にでも当たったと思って諦めてくれないかい?」

 

 笑みを深くして、七夜は銀のナイフを持ち直して壁際に固まっている残りのメイド妖精達に歩み寄る。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 ナイフを持った手を力なくぶら下げ、もう片方の手をポケットに入れながら、ゆっくりと歩み寄った。

 ヒィっと、固まっているメイド妖精たちの内の一人がやっと小さい悲鳴を鳴らした。他のメイド妖精達もその震えをより激しくさせるばかりであった。

 

 ――――やだ、あんな風に死にたくない。

 

 死に慣れているつもりだった。

 所詮自分達は妖精。死んだ所でまた蘇る。先ほど死屍累々となって消えていった仲間達もまたどこかで復活していることだろう。

 それでもあんな風にバラバラにされて死にたいなどとこの場のメイド妖精たちの内の一人も思わなかった。

 どうしてこうなったか、と聞かれれば、彼女たちの内の一人もそれに答える事はできないだろう。

 最初は大勢で目の前の男を囲ったつもりだった。

 けれど、気付かない内に仲間達は次々と身体をバラされて葬られていき、気がつけば自分達だけになっていたのだった。

 だが、実際としてこの場に残っている妖精メイド達の内、男が他の仲間を殺している場面を目撃しているモノは誰一人としていなかった。

 隣で仲間が殺されようと、それに気付いたものは誰一人としていなかった。その事実が、得体の知れなさが彼女たちの恐怖に拍車をかけていた。

 彼女たちが鈍い訳では無い、彼の暗殺技術が異常なだけなのだ。

 

 やがて、七夜のナイフが彼女たちに届く所まで距離が縮まったその時。

 

「貴方は」

 

 七夜の視界の横から見える、ナイフの光。

 そのナイフを、七夜は咄嗟に銀のナイフで弾き返す。

 

「一体、何をしているのですかっ」

 

 ナイフを弾く七夜の隙を突いて、突如として現れた咲夜は七夜と妖精メイドたちの間に割って入る。

 咄嗟に咲夜から距離を取る七夜。

 突如の彼女の出現に、反省の色を見せる所か、七夜は真逆の笑みを浮かべていた。

 そんな彼の様子に対する苛立ちを隠しつつ、咲夜は七夜にナイフの切っ先を向けながら聞いた。

 

「もう一度聞きます。人の言いつけを無視してほっつき歩いた挙げ句、貴方は一体何をやらかしているのですか?」

「いやなに、散歩がてら先輩たちに挨拶をと思ってね。めでたくも今日からご主人様に飼われる身だ。主の城の構造(つくり)くらいは把握しておくべきだろう?」

「それは重畳。そこまで仕事熱心だとは思いませんでした。先輩たちに対する挨拶を除いては、ですが……」

「違いない」

 

 七夜は非肉げに肩を竦める。

 その様子に、咲夜は己の胸の内から黒い怒りがわき上がってくるのを感じた。

 ――――ああ、自分はどうかしていた。こんな血に汚れた男を、あの少年かもしれないと、一瞬たりとも思っていたなんて……。

 あの少年は、こんな皮肉めいた笑いなんてしなかった。

 たかが偶々この館への侵入者が、たまたま自分の悪夢を形取って出てきたに過ぎないのだろうと……咲夜はそう思うことにした。

 

「得物は取り上げた筈でしたが、油断も隙もありませんね。全部壊されたと思っていたのですが、まさかくすねていたとは……」

「こう見えても刃物には目がなくてね。特にあんたのナイフは綺麗だ。吸血鬼の住む館で銀の刃物を振り回すなんて中々に洒落が利いてる……ひょっとして、あんたも無理矢理飼われている口かい?」

 

 手元の銀のナイフを弄くりながら、揶揄うように咲夜に問う七夜。

 昨日殺り合った時に、おそらく迫り来るナイフを次々と壊していったあの時に、いくつか壊さずに拝借していたのだろう。

 あの時、得物を拝借した時にソレを出さなかったのは、単に取り押さえられたままでは得物を抜くことすらままならなかったからに過ぎなかったのだ。

 

「生憎、私は自分の意思でお嬢様にお仕えしております。それに常に安穏に囲まれていてはお嬢様も退屈でしょう? 少しくらい毒もあった方が、永き時を生きる者にとっては丁度いいのです」

「そいつは重畳。従者の鏡だ。さしずめ、俺もその退屈しのぎの一つといった所かな?」

「自覚なさっているのならば結構。私も貴方も、お嬢様を退屈させぬよう存在していることを努々お忘れ無く。

 それで、お仕置きのメニューは何をご所望ですか?」

 

 ナイフを指の間で挟み込むように持ち、構える咲夜。

 七夜もまた笑みを浮かべながら咲夜から奪い取った銀のナイフを構える。

 紅い眼と、蒼い眼が交差する。

 

 ギリッ。

 

 咄嗟に、歯ぎしりしてしまう咲夜。

 駄目だ。

 何度己に言い聞かせようとしても、この男を前にしたらあの少年を思い出してしまう。

 雰囲気は全然違うのに、あの少年はそんな風に笑わないのに、あの少年は昔の自分やこの男みたいな殺人鬼ではないというのに。

 その、蒼い眼だけが咲夜のナイフの切れ味を鈍らせた。

 眼そのものは違う。

 あの少年の眼は、この男のように『すぐにでもお前を解体したい』と嗤うような眼はしていない。

 それでも、変わらず綺麗なその蒼い虹彩の眼と、先日目の前の男から回収したあのナイフが、この男はあの日の少年ではないという咲夜の認識を鈍らせるのだ。

 ――――いいや、そんなことは関係ない。

 この男は自分の言いつけを破った。

 破るだけならばまだいい。

 問題は、お嬢様に仕える姿勢を見せた直後に、この屋敷の住民に手をかけたことだ。いくら死なない身の妖精とはいえ、メイド長としてその愚行は看破できない。

 決心の固まった咲夜は、そのナイフの切っ先を七夜に向けようとして。

 

『そのお兄さんは、悪くないよ?』

 

 その声に、両者の意識は互いから外れた。

 声をした方に七夜と咲夜は眼を向ける。

 廊下の曲がり角、そこの暗闇から、七色の宝石が短冊のように付いた翼が見えた。

 首をかしげる七夜……その口元の嗤いが深まっている事から、どのような存在か大体察知している様子であるが。

 

「……もしかして、妹様、ですか?」

 

 その翼に見覚えのあった咲夜は、咄嗟にその声の主に問いかけた。

 それに対する返答はない。

 いつの間にか、僅かに見えていた筈の翼も暗闇に消えており、そんな二人の前に一匹の蝙蝠が現れた。

 

『元々、そこのお兄さんが廊下を歩いている所を、メイド妖精達がいきなり囲んで、弾幕で蜂の巣にしようとしていたの。そこのお兄さん、アイツが新しく雇った人間でしょう? 多分、普段見慣れない顔だから侵入者だと勘違いされたんだと思う』

「……では、七夜は?」

『……単に火の粉を払っていたんだと思うよ? それにしては、少し愉しんでいるようにも見えたけど……』

「……」

 

 蝙蝠から発せられる言葉に神妙になる咲夜。

 そのまま壁際に固まっているメイド妖精達に咲夜は振り向いた。

 メイド妖精達は未だ七夜の方を向いて怯えたままだった。

 遠目からじゃ話にならないと思った咲夜は、蝙蝠に向けて一礼した後、メイド妖精の所へ歩いて行った。

 歩いて行く咲夜を一瞥した蝙蝠は、七夜へと問いかけた。

 

『……お兄さん』

「……うん?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そんな感覚を味わったことってない?』

「ッ、へぇ……」

 

 一瞬、驚いた顔になった七夜であったが、すぐに興味深そうな顔で蜘蛛を見つめた。

 その笑いは今までのような皮肉めいたものではなく、単純な好奇心だった。

 

『やっぱり、そうなんだ……。館を回っている時のお兄さん、外にいる時の私と同じような顔をしていたもん……』

 

 そんな七夜の反応を是と受け取った蝙蝠は、納得した様子で言う。

 

「ああ、散歩している時に妙に身体が疼くのかと思えば、君の仕業だったのか。まあ確かに普通の場所はともかく、メイド長の手の入った空間はこの眼に悪い。そこにいるだけで気が狂っちまいそうだよ……」

『……どうやら、お兄さんのは私のより酷そうだね。それなのに、そんな平然としていられるんだ……』

 

 憧れとも、羨望とも取れる眼差しが七夜にささる。

 そんな蝙蝠に対し、七夜は特別何か思う様子もなく、平然と蝙蝠を見つめる。

 狂った様子もなく平然と己を見つめるその姿に蝙蝠は何か思う所があったのか、蝙蝠もまたじっと七夜を見つめた。

 やがて、その沈黙を破ったのは蝙蝠の方だった。

 

『私はフラン。フランドール・スカーレット。この館の地下室に閉じこもっている吸血鬼だよ。お兄さんは……ナナヤ、でいいのかな……』

「……」

『それじゃあお兄さん。気が向いたらフランの所に遊びに来てね。フラン、お兄さんともっとお話がしたいな……』

 

 そう言って、蝙蝠は七夜の目の前から消えた。

 その気配が、七夜が地下から感じる猛烈な魔の気配の主の元へ帰って行くのを、七夜は感じ取った。

 

「やれやれ……」

 

 ため息を吐く七夜。

 ここの館の主であるレミリア・スカーレットとは別に、もう一つ強力な吸血鬼の気配を感じていた七夜であったが、使い魔越しとはいえ本人からコンタクトを取ってくるとは思いもしなかった。

 ――――気を扱う門番に、時を操るメイドに、運命を操るご主人さまに、終いには自分と似たような眼を持つ吸血鬼……いよいよまともじゃないね、こりゃ。

 ――――解体しがいのある獲物が多すぎて、つい目移りしちまいそうだよ。

 この館だけでこれだ。

 外に行けば、一体どんな獲物に会えることか……想像するだけで笑いが止まらなくなってくる七夜。

 

「それにしても、地下室に、これと似たよう眼か。まるで――――」

 

 そこまで言いかけた時、七夜の思考を空白が支配した。

 ――――まるで……何だ? 自分は今何を言いかけた?

 一瞬、思考に詰まった七夜であったが、すぐにどうでもいいかと思い直した。

 話が終わったのか、そんな事を思っている間に咲夜が七夜の所まで戻ってきた。

 

「……どうやら、妹様の話は本当のようですね。刃を向けた事を謝罪します、七夜」

「何だ、やらないのか?」

「貴方の事をあの子たちに伝え切れていなかった私の落ち度です。あの子たちには、再度私から伝えておきます」

 

 勿論、瀟洒なメイドたる咲夜は、昨夜の内に妖精メイド達に七夜の事を伝える事を怠ってはいなかった。

 偏に彼女ら妖精の頭の悪さと、それに加えて今までのルーチンを崩すかのように七夜という異物が介入してきたせいなのだ。

 それでも、咲夜はそれを言い訳にはしない。

 その事を口にせず、真っ直ぐと己の非を認めた。

 見た目によらず不器用だな、七夜は内心で思った。

 

「俺としちゃあ、昨日のダンスの続きをしたくて堪らなかったんだが……」

「それはまたお預けということで。……ですが、貴方が最初に私の言いつけを破ったということに変わりは無い。そうしなければこの事態も招くことはなかった」

「お互い様って事かい?」

「ええ。今回はお相子といきましょう。ですが、次はありません」

「そりゃあ残念」

 

 片目を瞑って皮肉げな笑みを浮かべる七夜。

 内心でため息を吐く咲夜。

 この男、おそらく自分と殺り合うためにわざと事情を説明しなかったのが、明らかに見て取れたのだ。

 あの蝙蝠――フランが態々伝えてこなければ、間違いなく昨日の続きが行われていたことだろう。

 

「それと……」

 

 もうこの話題はなしにしよう、と思った咲夜は懐から刀身が飛び出た状態の飛び出し式ナイフを取り出す。

 昨夜、咲夜が七夜から回収したナイフにして、あの日咲夜があの少年に渡した筈のナイフ。そのナイフの刀身をしまい、柄だけの状態にして七夜に差し出した。

 

「これは返します。ですから、貴方も私のナイフを返して下さい」

「……まあ、俺もいつまでも他人の玩具を弄る程物好きじゃない」

 

 言って、七夜もまた手に持った銀のナイフを咲夜に差し出す。

 互いの本来の得物を受け取り、懐に仕舞う二人。

 咲夜は、そのナイフを懐に仕舞おうとする七夜に思う所があるのか、じっとその様子を見つめてしまった。

 ――――もしかして、案外大切にしてくれているのかしら?

 例え目の前の男があの少年でなかったとしても、少しだけ嬉しくなる咲夜。

 

「それと七夜。これと、これを……」

 

 言って、咲夜は懐から数本の小型の銀色のナイフと、一個の指輪を七夜に差し出した。

 シャンデリアの光を見事に反射する数本の小型の銀のナイフと、何の飾り気もない指輪。

 それを受け取った七夜は訝しそうに咲夜を見つめた。

 

「パチュリー様から貴方へ餞別、との事です」

「ご主人様が言っていたご友人かい?」

「ええ。パチュリー様は現在、貴方に非常に興味をお抱きになっています。近々、自分の図書館の所まで訪ねてきて欲しいと仰っていました。その指輪の使い方もその時にレクチャーするとの事です」

「淑女から誘われるとは男冥利に尽きる。近い内に赴くとするさ」

 

 了承する七夜は、その銀のナイフと指輪を受け取る。

 銀のナイフは、見た目に反して驚くように軽かった。

 とても金属の重さとは思えぬ軽さに、七夜は少し眉を吊り上げる。

 明らかに何らかの術式で軽くしてあるのが分かる。もしかしたら目の前の上司がアレほどの大量のナイフを持ち歩けるのもこれが種か、と七夜は推測した。

 

「それでは、さっそく業務の説明に移ります」

「俺もあんたもこの様だっていうのに、もうやるのか?」

「勿論。私も貴方も昨日の傷は癒えていませんが、今ばかりは――――」

 

 咲夜がそこまで言いかけたその時。

 

「……ここにいましたか」

 

 それを遮る人影が一つ。

 それは、咲夜にとっては見慣れた人物。

 華人服とチャイナドレスが合わさったかのような淡い緑色の衣装を身に纏い、紅く腰まで髪を伸ばした少女。

 そして首に幾重にも包帯が巻き付けられているその少女の名は、紅 美鈴。

 昨夜、七夜と門番として対峙し、首を切り裂かれた少女だった。

 

「美鈴、まだ動いては……」

「いえ、ご心配無用です咲夜さん。まだちょっと痛いですが、この通り、喋れるようになるまでは回復しました」

 

 微笑みながら、心配する咲夜にそう言った美鈴の声は、痛々しいものだった。

 これでも大分回復したのだろうが、無理しているのが見てとれる。

 優しい微笑みから一転して、今度は美鈴は咲夜の隣にいる男を睨み付けた。

 七夜の方を、睨み付けた。

 

「そして、昨夜ぶり……と言ったところでしょうか、七夜さん」

「あんたか。生きているとは思っちゃあいたが、まさかもう喋れるようになるとはね」

「ええ、おかげさまで喉を切られて暫く喋れませんでしたが、今はこうして口を聞けるようになりました」

「そいつは結構だ。それにしても、飼い犬三匹揃って死に損なうとはね。あれだけ暴れて締まらないよな、お互いさ……」

「ッ!」

 

 皮肉を言いながら笑みを浮かべる七夜。

 キッと睨み付ける美鈴。

 その間に挟まれた咲夜は先ほどの七夜の皮肉を頭の中で反復していた。

 ――――飼い犬三匹……美鈴は首を切り裂かれ、七夜は全身に切り傷を負わされ、私は首をもぎ取られて……アレ、私だけ何か酷くない?

 そんな事を考えている中、七夜と美鈴は睨み合ったままだった。

 

「……私は所詮、敗者です。貴方がここに留まることについても、私からはとやかくは言えません。ですが。一つだけ聞かせて下さい」

 

 嘘は許さない、とそんな強い真摯な眼で七夜を睨み付けて、美鈴は聞いた。

 

「あの日。私は持てる武技を駆使して貴方を迎え撃ちました。()()()()()()でした。ですが、貴方が地面にナイフを突き立てようとした瞬間、その均衛は崩れ去りました。私は、私の勘に従って門から離れ、貴方を排除しようと躍起になった。

 単刀直入に聞きます。あの時、貴方は何をしようとしたのですか?」

 

 睨み付ける美鈴。とても穏やかな雰囲気ではない。

 咲夜やレミリアが七夜がこの館に居着くことを良しとしている中で、美鈴はだけは未だに不信の目を七夜に向けていた。

 そんな美鈴に対し、七夜は皮肉な笑いを崩さぬまま答えた。

 

「あんたがカカシのように動かないもんでな。なら……あんたの後ろの守るべきものごと崩しちまえば、ちょっとはその気になってくるんじゃないかと思っただけさ」

「本当に、()()()()()()()()()()?」

「さあてね。だがまあ、()()()()()()()()()()()()。門番のお嬢さん?」

「……そうですか」

 

 明確には語らない七夜。

 しかし、美鈴にはそれで十分だった。

 そして――美鈴はほっとした。

 あの時の自分の行動は、()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 それを確認できた彼女は幾分か憑き物が落ちたような表情になるが、依然として七夜をにらむ目は変わらない。

 

「私は、貴方のことが信用できません」

「当然だ。こんな人でなし、信用する物好きなんざいないだろうよ」

「貴方は危険だ。あの時私が止めてなかったら、躊躇いもなく実行していたでしょう?」

「あんたがその気になってくるんだったら、どっちも変わらないだろう?」

「……そうですか」

 

 ハァっとため息を吐いて美鈴は、目を瞑る。

 それは呆れているようにも、怒りを抑え込もうとしているようにも七夜には見えた。

 

「私は、貴方の事が嫌いです」

「……なら、あの時の続きをしてくれないかい? こっちはあんたを解体し損ねたナイフが疼いて仕方ない」

「言ったはずです。私は既に敗者だと。一度付いた決着に対して文句は言いません。あの時の私の判断は正しかったのか、それを確認しに来ただけです。

 ……それでは」

 

 咲夜に一礼した後、美鈴は背を向けて立ち去っていった。

 その背中にナイフを突き立ててやればまたあの時の続きができるだろうか、と思った七夜であったが、後ろの咲夜の突き刺さるような視線を受けて断念する。

 

「……随分と、嫌われたものですね」

 

 ジト目で後ろから七夜を睨み付ける咲夜。

 咲夜とて、美鈴を傷物にされた事に対して思う所が無いわけでは無いのだ。

 

「互いの領分が噛み合わないんだ。これくらいは当然だろう」

 

 肩を竦める七夜。

 門番と殺人鬼。武人と暗殺者。男と女。人間と妖怪。

 美鈴と七夜はどこまでいっても噛み合わない存在であることは一目瞭然で分かること。そんなわかりきったことを突きつけられた所で、七夜という男は何も思わなかった。

 

 それでも、願わくばもう一度だけ、あの門番ではない彼女と思う存分殺り合える機会に恵まれん事を。

 ただそう思うだけであった。

 

どんな結末をお望み?

  • 諸々あった末くっつくルート
  • 諸々あった末殺し愛ルート
  • 直死で幻想郷から出て七夜の誇り清算ルート
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