双夜譚 月姫   作:ナスの森

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双夜

 金色のシャンデリアに照らされた紅い内装の館の中、メイド長たる十六夜咲夜は今日から新しく自分の直属の部下となった執事・七夜を連れて館の中を案内していた。青と白を基調としたメイド服の少女と、黒い燕尾服の少年という絵面は周囲の紅と釣り合いが取れているとは言い難かったが、二人はソレを気にすることはない。

 元々、咲夜自身も自分が仕える主のこの趣味について思う所がないわけではないのだが、それを口にするのは従者として無粋というモノだろう。

 

「ここが調理室です。お嬢様達のお食事は基本的にここで調理致します。……ちなみに、料理の腕に覚えは?」

「さてな。ペンギンが空の飛び方を聞かれた所で答えられる道理がない」

「人も飛べる世界です。ペンギンであろうと蜘蛛であろうと飛べるようになって頂かねば困ります」

 

 遠回しに料理はやる気が起きないと答える七夜に咲夜もまた遠回しにやれと言い返す。

 あの少年の面影を持つ七夜に対し、咲夜は上司としての体面を保ちつつコミュニケーションを図ろうとしてはいるのだが、まともな会話とよべるようなものは一切なく、どうしてもこのような皮肉合戦になってしまっていた。

 素直にこの男の皮肉に付き合わなければいいだけの話なのだが、こう見えて咲夜も幻想卿の住民だ。皮肉に対しては皮肉で返してしまうのが身体に染みついてしまっている。そのおかげで、確認は愚かこのような焦れったい会話が繰り広げられてしまうのだ。

 

「あの嬢ちゃんたちはいいのかい?」

「……妖精たちは基本的に要領がよくないのがこの世界の常識です」

「人は飛べるのに妖精は料理できないってか、お伽噺の定石(セオリー)も通用しないとはね……」

「次に行きます」

 

 さすがに学んだ咲夜は、返す事無く次の部屋へ七夜を案内する。

 返す気が失せた……というのもあるが、七夜の言った事については咲夜も概ね同意だったので返す必要もなかった。

 続けて案内してきたのは大広間。相変わらず紅い床、壁、天井に囲まれた代わり映えのしない景色。しかし、設置されたテーブルの上に敷かれた白いテーブルクロスが多少の目の保養にはなるだろうか、と七夜は柄にもなく考えた。

 

「私が来る前にここを回っていたと聞きましたが、ここはご存じで?」

「見覚えはないな。何せ代わり映えがしないんだ。殺害現場になりそうな所以外は全部同じに見えちまう」

「テーブルクロスや食器の白などで多少の目の保養にはなるかと思いますが?」

「生憎、紅か白に上塗りされた黒くらいの違いしかないさ。相変わらずあんたの空間は目に悪い」

「……まあ、外からの外見と中身の違いの違和感についてはその内慣れるかと」

 

 そういう問題じゃないんだがね、と七夜は付け加える。

 ――――このメイド長、もう俺に空間を殺されたことを忘れているのか?

 他人から見えれば何の変哲も無い広い空間であっても、七夜の眼から見ればその空間はとても歪だった。

 続いて大広間から出て、次々と代わり映えのしない紅い空間の中を咲夜に案内される七夜。無論、合間に業務説明を入れる事を咲夜は忘れない。むしろそちらがメインなのだが、先ほど七夜が言ったとおりに従者ならば主の城の構造は把握しておくべきであるというのは咲夜も同意である。

 

「ここがベランダです。お嬢様は基本的にここで朝食を取ります」

「……うん? 業務は夜からじゃないのかい?」

「朝は弱いですか?」

「吸血鬼にしろ殺人鬼にしろ、俺たちの時間は月明かりのいい夜だろうに」

「それには同意しますが、最近のお嬢様は日中でも外出されることが多いです。日傘は必要ですが」

「真昼を歩く吸血鬼、ねえ……」

 

 片目を閉じた皮肉めいた薄ら笑いで呟く七夜。

 ……虚空へ向けたその笑みは何故か、いつもの彼とは違うと咲夜は感じた。

 会ってからまだ数日と立っていないが、この男の大凡の性格を咲夜は把握しているつもりだった。

 そんな彼が、一見いつもと変わらぬように見えるが、こんな風に想い下に独白するところは初めて見る。

 ――――もしかして、彼の失った記憶に関わる何かに触れたかしら……?

 

「……何か、思う所でもありましたか?」

「いいや。ナイフを振り回すメイドがいるくらいだ。そんな吸血鬼がいても不思議じゃあない」

「ええ。主の命を狙う執事もいるくらいです。摩訶不思議ではないでしょう」

 

 ――――しまった……。

 せっかく彼の記憶の一部に触れられるかもしれないと期待した矢先、あっさりと皮肉で返された事に苛つき、つい皮肉で返してしまった自分に拳骨をしたい気分になる咲夜。

 じっくりと彼の記憶を掘り返せるいい切っ掛けになったのかもしれないのに、それを自分の短慮で潰してしまった。

 

「ほぉ……何故そう思う?」

 

 おかげで、目の前の殺人鬼はモノ言いたげな顔から一転して、獰猛な笑みで此方の話題に食い付いてしまった。どう見積もっても先の話題を掘り返せるような雰囲気ではないと判断した咲夜は、とりあえずは諦めることにした。

 

「気付かないとでも? 態々私の言いつけを破ってまでの屋敷の散策。しかも、貴方は得意の殺害現場になりそうな所しか覚えてないと自分で言っていたでしょう?」

「……なら話は早い。この屋敷の空間、あんたの能力で縮める事はできないのかい? こうも広くちゃ蜘蛛の糸も張れなくて、番犬の真似事もままならないよ」

「貴方ならば無理矢理できない事もないでしょうに。それに、私が態々空間を縮めたとして、どうするおつもりで?」

「勿論、ご主人様を解体――」

 

 言いかけたその時、咲夜の姿が七夜の視界から消えた。

 その現象に七夜はさして驚かない。既に何度もみた代物だ。

 咲夜が消える直前、七夜の『あり得ざるモノを視る眼』が、咲夜から広がる灰色の世界を、しかと捉えていたのだ。

 そして、即座に取り出したナイフの柄を、刀身を出すと同時にその方向へ突きつけた。

 

 瞬間、交差するナイフの光。

 交差する赤と蒼の瞳。

 いつの間に七夜の後ろに回っていた咲夜はその七つ夜を七夜の頸動脈に、七夜のナイフもまた咲夜の頸動脈に置かれていた。

 お互い、その気になればいつでも首を刎ねられる状態。なればこそ発生する抑止力。

 七つ夜を持った腕と、あの少年に渡されたナイフを持った腕が交差したまま、暫しの膠着状態が続いた。

 

「言ったはずです。次はないと。そのナイフを下ろすのであれば先の発言は聞かなかったことにしてあげます」

「デートの相手は疎かにするなとご主人様に叱られたばかりでね。そんな眼で誘ってくるあんたにナイフを下ろすだなんて失礼じゃないか?」

「一度殺した相手に尚執着するのは見苦しいかと。しつこい男に女は寄ってきませんよ?」

「あんたがその気になってくれるのなら同じさ。今度は奏者だなんて抜かすなよ? 共に踊って黄泉路でベッドといこうじゃないか」

「亡者と戯れたいのであれば一人でお逝きになってください。踊るのであれば料金は血では済みませんよ?」

 

 結局、こうなってしまうのがこの二人であった。

 ――――違う、こんなことがしたいんじゃない……。

 この男が余計な事を言うせいで咲夜の仕事は増えていくばかりである。先の発言が侵入者を効率よく排除するためというのであれば聞き入れないこともなかったが、よりもよって自分の前で堂々と『主人を殺す』と発言したものだ。

 

「それにしても、銀以外のナイフも持っているんだなあんた。随分と大事に持ち歩いているようだが、俺の名前の由来はそのナイフかい?」

 

 自身に突きつけられた七つ夜を一瞥し、その柄に掘られた『七夜』という文字を眼にし、咲夜に問いかける。

 それもまた、咲夜が期待していた反応ではなかった。

 まるで初めてその七つ夜を見るかのような反応。

 もし目の前の男があの少年であるのならば、このナイフを見せれば何らかの反応があるのだろうと、そんな淡い期待があった。

 この試みは既に二度目だ。一度目は昨夜。

 一度目は七夜の意識が半分レミリアにいっていたため、このナイフに意識が向かないのは仕方ない。

 だが今回は違う。

 態々『七夜』の文字が見えるようにナイフを置いている筈なのだが、帰ってきた反応は自身の名前の由来に関することだけ。このナイフをそのものには何の執着も示さない。

 ――――やっぱり、別人かしら?

 しかし、別人と割り切るには早計な要素がこの男にはありすぎた。

 あの時から変わらない、その蒼い瞳。

 そして、今咲夜に突きつけられている、■■があの日あの少年に渡したナイフ。この男があの少年から奪ったという線も考えにくい。頑丈に出来ているとは言え、こんな変哲もないナイフに態々奪い取ろうとするような価値などないだろう。

 

「……ただの偶然です。そもそも、このナイフをお嬢様の前で出したのは昨夜が初めてです。ハァ……」

 

 ため息を吐き、時を止めて七夜から距離を取る咲夜。

 此方から刃を下ろしたら、瞬く魔に自分の首をかっ切ってくることは目に見えて分かることだったからだ。その証拠に、この男は自分が時を止めてくるタイミングが把握できるのか、自分の首筋に僅かな掠り跡があるのが確認できた。

 自分が時を止めるよりも早く、この男のナイフが動いていたという事実に、咲夜は呆れるばかりである。獣と蜘蛛が合わさったかのような動きといい、自分の能力による空間を無効化した事といい、本当に人間なのか疑わしくなってきた。

 そして、時は動き出した。

 

「……結局、やらないのかい?」

「その問答も二度目ですね。私はもう貴方とするのはゴメンですから。ことあるごと要らぬことを言って挑発するのは控えて下さい。私の仕事が増える一方なので……」

「なら、精々俺を上手に使ってくれよ? あんたが舞台を整えてさえくれれりゃ、その分だけこっちも巧くやるさ」

「検討しておきましょう。……ですが、やりたいのであれば自分ですればいいのでは? 毎回空間を元に戻されるのはさすがに疲れますが。だからと言って私がそれを止められる筈もない」

「脚本家の許しもなしに舞台を壊す程無粋じゃない」

 

 ナイフの刀身を柄に仕舞い、何処までが本心なのか読めぬ表情で七夜は答える。

 相変わらず能面に薄ら笑いを貼り付けたかのような七夜の表情からは、何も読めない。この男が自分に要求してきているものに関しては、確かに本心を言っているように聞こえた。だが、咲夜にはこの男が大人しく自分の言う事に従ってくれるかは甚だ疑問であった。

 馬鹿な訳では無い、むしろ頭は異常に回る。……だが、その本質は獣のソレだ。

 理性的な振る舞いもできる、ナイフ捌きからして手先が不器用であることはまずないだろう。従者としての能力もおそらくだが期待できる。……だが、本人がソレを殺し合い以外で発揮してくれるかどうかは疑わしい。

 

「それに、空間を操れるあんたの能力は俺にとっては貴重さ。あんたの下でなら、思う存分ナイフを振るえそうだよ」

「褒め言葉として受け取っておきましょう。ですが、ナイフを振るう相手はどうか慎重に選ぶように。間違えれば貴方が剣山となることをお忘れ無く」

「ああ、上玉も多すぎれば目移りしちまうのが玉に瑕だ。選ぶにしても、雨夜の品定めの時間は必要だろう……」

 

 でなけりゃ、ご主人様にまた叱られちまうしな、と皮肉げに笑いながら付け足す七夜。

 やや捻くれた答え方だが、とりあえず見境無く襲う事は無いという言質を取れた咲夜は再び館の案内と業務説明を継続した。

 

―――――――――――――――

 

『■■ちゃん! これあげる!』

『わ、私も、これを……』

 

 七夜の森で出会った二人は、互いのナイフを相手に差し出す。

 紅色の着流しを着た蒼眼の少年は、『七夜』と柄に掘られた飛び出し式ナイフを。

 黒い外套を身に纏った紅眼の少女もまた、和洋折衷の飛び出し式ナイフを。

 互いのナイフを受け取った二人は、再び笑顔で向き直る。

 

『それじゃあ!』

『うん!』

『次会った時に一緒に返そう!』

『約束だよ、志貴!』

 

 それは、とても懐かしい、あの頃の僅かな残照。

 全てが黒に塗りつぶされた思い出の中、唯一色はせずに輝き続ける、■■と呼ばれていた少女の唯一の記憶。

 暗闇というには明るすぎるが、光というにはあまりにも儚すぎる残り火だった。

 

―――――――――――――――

 

 説明しつつ、咲夜は隣にいる七夜と名付けられた燕尾服の男を見つめる。

 昨日見た夢、レミリアが見た運命、七夜という名。

 決して、偶然では片付けられない。

 あの頃の残照を呼び起こすかのように、上弦の月の夜にやってきた男。

 あの日あの少年・七夜志貴から貰った七つ夜は、今も咲夜の懐にある。引きずるのはよくないと思い、持ち歩くのは昨日かぎりだと決めていたはずなのに、咲夜は今もソレを持ち歩いている。

 咲夜が一瞥する七夜の懐にも、あの日自分が少年に渡したナイフが眠っている。

 

 そして、首を取られる瞬間に垣間見た、あの蒼い眼。

 

 ――――……本当に、貴方なの?

 ――――もしそうだとして、何故今になって私の前に現れたの?

 ――――私は、どうすればいいの?

 

 ■■であった頃の最後の記憶は、あの少年の里が■に■■されたと聞き、そこで目の前の全てが■■■■になったことのみ。

 ……どうすればいい? 七夜があの少年だったとして、今更なにをすればいい? そうでなかったとしても、そのナイフについてどう聞けばいい?

 ……答えは出ない。どれだけ頭の中で巡らせようとも、答えは深淵の中のまま。

 それでも、今はとにかく確かめなければいけない。

 自身を記憶喪失だと語る、このひねくれ者の正体を。

 

 目の前の男の手綱を握りつつ、あの日交わした約束を果たそうとする咲夜の奮闘は、始まったばかりである。




・雨夜の品定め
源氏物語の帚木(ははきぎ)の巻で、五月雨の一夜、光源氏や頭中将(とうのちゅうじょう)たちが女性の品評をする場面。雨夜の物語。また一般に、人物(主に女性)を品評すること。

七夜特有の古めかしい言葉かつエロティックな表現にはこれ以上にない相応しい言葉だと思い、つい言わせてみました。

どんな結末をお望み?

  • 諸々あった末くっつくルート
  • 諸々あった末殺し愛ルート
  • 直死で幻想郷から出て七夜の誇り清算ルート
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