気を抜けば頭痛が起きる、なんて変な表現だが、それに当てはまる怪現象を俺は今体験している。頭痛が起きないようにするために意図的にそこに気を遣わなければならないのは、それこそ頭が痛くなる話だが……。
何の因果かは分からないが、この目には死が視えている。
何故ソレを死と知覚できるのかは分からないが、そうとしか言えない以上仕方ない。ここに来る前の記憶なんて興味もないし、殺せるのであればそれでいい。なら、この目は精々有効活用させてもらおうとしよう。
……と、思いはするものの、さすが四六時中目にするのは鬱陶しい。特にメイド長の力が加わった空間は目にするだけで脳漿が蕩けてしまいそうになる。
意図的に意識を死からずらさなければあっという間にこの身は崩壊するに違いない。
まあ、これは意図的に意識の焦点を『死』からズらすいい訓練にはなるだろう。視ようとしなくても視える。視ようとしたらもっと視える。俺の持つ直死の眼はその二択の訳なんだが、逆に言えば意識を逸らして、死に対する認識を曖昧にするっていうのも不可能ではない筈だ。
……暴論なのは承知だがね……。
オオカミのような肉食動物と馬といった草食動物の例を挙げて考えてみる。
オオカミといった肉食動物は、両の目の配置が二つとも前方へ向くようになっている。これは視界が狭い代わりに、目の前の獲物との距離感や姿形をハッキリと把握できるようになっている。
逆にシマウマのような肉食動物は両の目の配置が前方ではなく、やや左右斜め、つまり対象との距離感や姿形をはっきりと認識する能力を犠牲にして、代わりに広範囲の視界を手に入れているわけだ。この広い視界の大きなメリットとして、まず自分にとって驚異たりえる存在をいち早く察知できることだろう。距離感や姿形を認識する必要なんてない。
逃げるのであれば、姿形よりもその存在がそこいると分かっていれば十分。対象との距離を考える必要なんてない。そんな暇があるのならばさっさと自分の足を動かして逃げればいいだけの話だ。
……で、話を戻そう。
何でそんな例を挙げたかといえば、俺のような蜘蛛の体術の行使にはこの二種類の目のようなステートを同時に持たなければいけないって所だ。まあ、人間の目の向きはどう見繕っても肉食動物寄りだ。草食動物のような周囲を把握できるようにするためには、瞬時に目を動かして見渡すか、それか経験で慣れるしか方法がない訳なんだが。
獲物の急所を突くためにはその場所を把握しなければならない、そしてどのくらいの速さで、かつ何秒でその獲物にたどり着けるかを把握するためには、肉食動物のような目が必要。
反面、奇襲に失敗した時に逃げるためや相手の死角に回るために周囲の障害物を利用して蜘蛛のような立体的な動きを展開するためには、草食動物のような周囲の空間を把握するような目が必要な訳だ。
感覚、認識というものは重要だ。日常生活でも、そして俺が好む殺しでもね。
『殺し』に関しちゃあ、この眼は間違いなく一級品だ。だが、何でも殺せる毒ってのもこれまた厄介なものでね。決まった所しか狙い無い分、ナイフ捌きの精巧さは確かに鍛えられるんだが、殺す技術そのものに関しては話が別だ。
如何に最低限の力で獲物を仕留められるか、という技術。この『眼』を以てすれば簡単にソレを行える分、使い続ければその技術は衰えていくだろう。それは何としても避けたいことだ。
ナイフ捌きが鈍って足癖ばかりが悪くなる……なんて事態になったら目も当てられない。
……そして、ここからが本題。
別に死を視ること自体に抵抗がある訳じゃ無い。
だが、望んだ獲物と相対することなくまま死を視すぎてお陀仏……なんてオチはゴメンだ。望まれない役者であろうと、大根役者になるつもりは毛頭ないんでね。
そこでだ、先ほど上げた草食動物の目のように、死をあまりに認識しない方法っていうのに触れてみる。
ようするに死の位置そのものを把握しても、それ以上の知覚を持たない方法。
『そこにある』という認識以上のものを持たないということだ。深くは知覚しない、周囲にある障害物と同程度の認識に抑える。その死に触れる必要になった時だけまともに知覚すればいい。
テレビに例えるのならば、チャンネルを切り替える、と表現するのがいいのか。
一種の自己暗示まがいの気休め程度のものだが、これだけでも結構負担を抑えることはできる。
これならばメイド長の空間にいてもさほど苦にはならん筈だ。
元々、メイド長の能力は上司にしてみればこれ程理想的なものもない。時間を操るついでに空間を操れるだなんて、空間を武器にする俺からしてみれば理想的な能力なのだ。使われる側としちゃ是非とも活用していきたい代物だよ。
先ほどそれをメイド長に打診してみたものの、どのような返事が来るかは分からない。検討はしておく、の一言である。
精々いい返事を願って、暇つぶしついでにご主人様のご友人だと言われる人物の寝床に入ってみたわけだが……。
「俺の想定が甘かったかな、こりゃ……」
世界を覆い尽くす程の本棚の羅列を前にして、俺は呟く。
死が視えすぎることに関してはもう慣れたつもりだった。外観と中の空間の大きさが一致しないのにも慣れたつもりだった。
だが、さすがにこれはあんまりじゃないかね……。
「本当、まともじゃないよ……」
さて、まあここの連中がみんな規格外の力を持っていることについては知れたこと。故にこそこのような窮屈な箱庭に押しやられたのであろうが、その中でもメイド長の能力は群を抜いた代物じゃないかね。
……そう考えてきたら、またあの夜を思い出してきた。
やはり我慢はよくないな。今すぐにでも踵を返してメイド長と殺し合えないものか。元々、あの門番とやりあってそれでくたばっても文句はなかったことだしな。
記憶がない今、娑婆に未練がある訳でもない。
……だが、それでも些か勿体ないと思うのが人情というものか。
今はこの上なく自分の命が惜しい。最高の獲物と殺り合うためには、この命は不可欠だからな。
そのためにも、この幻想の箱庭においても屈指の知識人として知られるご主人様のご友人に挨拶ついでに、ここのイロハを教えて貰うとしようかね……。
そう思い、俺は図書館の周囲を見渡す。
見れど眺めれど目に映るのは本棚の羅列ばかり。障害物が多いのは殺害現場にうってつけだが、生憎今回は別の用事だ。
なるべくこの図書館の中心と思われる方向に歩を進めてみると、やがてソレは見えてきた。
壁のない書斎、という表現が正しいのだろうか。いや、周囲の本棚が実質的な壁の役割を果たしている。
兎にも角にも、お目当ての人物は見つかったわけだ。
「失礼致します」
此方に見向きもせずに読書に耽っているこの異界の主に、その無防備な背中についナイフが軽くなってしまう前に、俺は声をかけた。
◇
紅魔館の地下にはある大図書室がある。
広大な空間に立ち並ぶ本棚の羅列。一体誰が、どのようにして集めたかという疑問も抱く間もない程にぎっしりと詰められた知識の宝庫。
その中心に、「動かない大図書館」という肩書きで知られる少女はいた。
その名はパチュリー・ノーレッジ。
薄紫色の服、ドアキャップに似たかぶり物を頭に乗せた長い紫髪のこの少女は、例にも漏れず人間ではない。
少女と思しき見た目とは裏腹に、その年齢は100を超えている。
少女、パチュリー・ノーレッジはこの大図書館の主にして、魔法使いでもある。そして、この館の主であるレミリア・スカーレットとは気心の知れた友人でもある。
本を読むことが好きな彼女は、いや、本を読むことそれ自体に価値や享楽を見いだしている彼女は、今日も今日とて読書に耽っていた。
ここの図書館においてある本の内容は粗方網羅し、理解、記憶している彼女であるが、それでもその本を読むことに飽きを見せてはいなかった。
読んだ記憶を頭の中で復唱するのと、実際にもう一度読むとは、やはり彼女の中では大きく違うのだ。
本に書いてある内容、その文字、文体、挿絵、筆圧、その全てにはその本を書いた者の見えない情熱や主張が詰まっている。
それはやはり、実際に読むことでしか感じることのできない、何にも変えられない代物なのだとパチュリーは考えていた。
故に、彼女は本を読み続ける。
……そして、それに熱中しているからといって、己の背後から近づいてくる下手人に気付かないほど、彼女は愚かではなかった。
それでも、背後からその聞き慣れない声を聞くまで、彼女は気付けなかった。
「失礼致します」
「むきゅっ!?」
そんな素っ頓狂な声が出てしまう程に、その者の気配は薄かった。
これが聞き慣れた咲夜の声だったらまだ驚きはしなかっただろう。時を止めて急に現れることはしょっちゅうであったし、その事で一々悲鳴を上げるほど彼女は狭量ではない。
ましてや、急に自分の背後から現れて紅茶を置いて一言も発せずに去って行くことなどザラにある。
にも関わらず、パチュリーはその者の気配に気付けなかった。
「だ、誰かしら……?」
「これは失礼。先日、レミリアお嬢様から雇われました、七夜というものです。何卒よろしくお願い致します」
いつの間にか自身の背後にいた男性は、片手を上腹に添えて頭を下げながら、パチュリーに挨拶した。
能面に薄ら笑いを貼り付けたかのような皮肉げな笑みも相まって、何処か此方を小ばかにしているような印象さえ与える。しかし、絵に描いたように似合う燕尾服がうまく調和して何故か悪印象を抱かせなかった。
「先日、貴女様からお呼びの声があったとメイド長から聞き、こうして馳せ参じたのですが……その様子だと、また日を改めた方がよろしいでしょうか?」
そういえば、そんな事も言ったわね、とパチュリーは昨日の自分の発言を思い出す。咲夜に壊されたナイフの修復を任されて、珍しいと思いつつも修復魔法が効かなかったことを思い出すパチュリー。
自身の魔法を以てしても修復不可能までに壊されたナイフ。
そのカラクリに興味を抱き、ナイフを壊した本人を連れてくるように咲夜にお願いしていたのだった。
……と、いうことは今自分の前に立っているこの男こそが……。
「いいえ、結構よ。貴方の事は咲夜から既に聞いているわ。歓迎するわよ、ナナヤ。いきなり後ろから声をかけるのは心臓に悪いけどね」
「申し訳ありません。あまりにも無防備な背中を晒しているものでしたので、ついナイフを突き立ててしまう前に、慌てて声をかけた次第で御座います」
「冗談にしても笑えないわよソレは……ハァ、とりあえず、そこに座りなさいな。お茶は出せないけれど、そこまで時間は取らないわ」
「では遠慮なく」
また変わり者が一人増えてしまった、とパチュリーはため息を吐きつつ、向かい側の席に座るよう七夜に促した。何も言わずに七夜はパチュリーが指示した椅子に腰をかける。
「一応、自己紹介をしておきましょうか。私はパチュリー・ノーレッジ。一応、ここの館の主であるレミィの友人をやっているわ」
「では改めて。本日限りでご主人様から雇われた執事、七夜で御座います。以後、お見知りおきを」
「……それと、別に敬語でなくて構わないわよ。私はレミィの友人であって、形式的には貴方たちの主ではないのだから」
「メイド長からは、貴女様にもご主人様同様敬意を持って接するよう仰せつかっておりますが?」
「咲夜は単にメイド長として他の従者の模範となるよう心がけているだけよ。私はそんなことは気にしないっていつも言っているのだけれどね。貴方がそうしたいと言うのであれば、止めはしないけど」
「畏まりました。では……こんな感じで結構かい、魔法使いのお嬢さん?」
「お嬢さんは余計よ。こう見えても私は……いえ、もうそれでいいわ」
一々指摘することに疲れたパチュリーは渋々と了承した。100年以上生きているとはいえ、幻想郷の他の人外魔境たちと比べれば自分は全然若いほうだからだ。お嬢さんという呼び方もあながち的外れではないだろう。
「それにしても、あっさりと素面に戻ってくれたものね。初対面なのだし、普通はもっと遠慮するものではないかしら?」
「生憎、素で敬える程できた人間じゃないさ」
「そう。慇懃無礼なのね、貴方」
「お褒めにお預かり、光栄で御座います」
「言ったそばから敬語に戻らなくていいわよ! まったく……」
開いた本で顔を覆ってため息を吐くパチュリー。
そんなに長く会話をしている訳でも無いのに、喘息で疲れそうだった。
とにかく、この話題は取りやめようとしたパチュリーは次の質問をした。
「それで七夜。ここはどうかしら?」
「どう、とは?」
「この館についてよ。住民の一人としては少し気になる所だわ」
「赤い葡萄酒ばかりで飽きるね。もう少し白を混ぜてもバチは当たらないんじゃないか?」
「要するに、悪趣味と?」
「いいや、素敵な色さ。もう少しパンチが欲しい所だが」
「私も同意見よ」
やや捻くれた答え方だが、おそらく感性は普通なのだろう。目の前の男をそう判断したパチュリーは幾分か安心する。
「それじゃあ次の質問ね。率直に、此処はどうかしら?」
「さっきの質問とは違うのかい?」
「ええ。この館についてではなく、単純に貴方がここに来てからの感想。まだ1日程度しか立っていないでしょうけれど、感じたことの一つや二つはあるでしょう?」
「生憎、箱庭に感じ入ることなんてないよ。俺はできる事をするだけなんでな」
「クスっ。箱庭、か……是非とも何処ぞの隙間妖怪に聞かせたい言葉ね……」
思わず手元を押さえてパチュリーは笑いを堪えた。
感じ入ることなんてないと言いながら、その口から出てきた「箱庭」という言葉こそが彼の感想なのだろう。
本人がどういう意図で言っているのかはパチュリーには計りかねるが、おそらくどの意味でもこの幻想郷に当てはまる。
明確とも取れるし、曖昧とも取れる言い回しはさすがと言ったところか。
「さすが、レミィが見込むだけあって変わり者ね。これなら確かにやっていける、か……」
「俺を試したのかい?」
「半分は。単純に貴方のことを知りたかったっていうのもあるわ。同じ館に住む以上はね」
「そうかい。で、俺はあんたのお眼鏡に適ったのかな?」
「それは貴方次第よ。精々うまくやりなさい、執事」
投げやりな返事を返すパチュリー。
彼がやっていけるのかやっていけないのかを決めるのはパチュリーの領分ではない。あくまでパチュリー本人からしてみれば問題ないと言っているだけに過ぎないのだから。
さて、そろそろ次の話題に移ろうか、とパチュリーは口を開いた。
「それで、私からの贈り物は気に入って頂けたかしら? 新人従者へのささやかなプレゼントのつもりだったのだけれど……」
「ああ、いい物をもらったさ。この指輪だけはどうしても不可解だがね」
言って、七夜は先ほど咲夜から渡された指輪を取り出す。
何の飾り気もない指輪。しかし、何らかの力が眠っていることは素人目の七夜からみても分かることであった。
訝しげに指輪を見つめる七夜に対し、パチュリーはその疑問に答えた。
「その指輪は、謂わばマジックアイテムと呼ばれる物の一つよ。用途は、空を飛べる私たちにとっては余分なものだけれど、貴方には役に立つんじゃないかしら?」
「これを着ければ、俺も飛べるようになるってかい?」
「そんな便利なものじゃないわ。そうね……試してみるのが早いかしら。七夜、少し立って、自分の目の前に階段があるとイメージしてみなさい」
「……」
言われた通りに立ち上がった七夜は、パチュリーに言われた通りにイメージをしてみる。実際はそこに階段がある訳では無いので、その認識がイメージの邪魔とならぬよう、態々目も閉じた。
「いいわ。進んでみなさい」
「ほぉ……」
言われた通りに歩を進めてみる七夜。
すると、あろう事か七夜の足は何もない空間に立った。その現象に七夜は表情こそ変えなかったが、密かに感嘆の声を上げる。
――――中々に面白いな、これは。
空を飛ぶのでは無く、空を歩く。
空を飛ぶこと事態に憧れはない七夜であったが、これならば空を飛ぶ美麗な少女たちとも多少は殺り合えるかもしれないという淡い期待を抱いた。
「便利な物だな。これもあんたが遇ってくれたのかい?」
「まさか。たまたま魔法の実験をしていた時にできた副産物よ。元々破棄しようと思っていたのだけれど、丁度いいから貴方にあげようと思っただけ。気に入って頂けたかしら……って、えぇっ!!?」
指輪ができた敬意を説明するパチュリーであったがその言葉は目の前の光景によって遮られることとなった。
信じられない動きだった。
四肢を付きながら、沈み込むような低姿勢で、蜘蛛のような動き。
これだけならばまだ分かる。
その体勢のまま、七夜は指輪の効果で創造した見えない床や天井、壁を蹴りながら三次元的な動きを展開していた。
動きそのものも恐ろしく速い。が、ソレ以上に速度のメリハリが尋常じゃない。視界を慣らすことを一切も許してくれない動き。まるで一種の芸術。
人外のように空を飛べないが故に生み出されたその極地を、パチュリーは間近で見せつけられた。
「……まあ、こんな所か」
納得するまで動き回ったのか、七夜は納得した様子で元の椅子に落ちるように座った。未だ呆然として七夜を見つめるパチュリー。
「……じゅ、順応が速いわね。イメージも平行してやらなければいけないのに、まさか壁や天井まで創って足場にするなんて……」
「これくらい、メイド長のナイフを避けることに比べれば朝飯前さ。感謝するよ、おかげでこの指輪の使い方も分かった」
「そう……それは何よりだわ」
コホン、と喘息を我慢してパチュリーは続ける。
「そうね、貴方の動きを見ると下手に空を飛ぶ道具を与えるよりかは、その指輪の方が何倍も相性が良さそう。お気に召さなかったらどうしようかと思ったけど、問題はなさそうね」
「俺としちゃあ、こんな物を副産物で生み出しちまう何処ぞの魔法使いの方に興味津々なんだがね」
「魔法使いだなんてとんでもない……外に出たら私ごとき、精々が高位の魔術師止まりよ」
外と幻想郷では、魔法使いの呼び名が与えられる基準が違う。
外では発達した科学技術故、魔術でしか行えないことはごく少数。魔法と呼べる代物は最早五つくらいしか存在しない。
だが、文明が発達していない幻想郷となれば話は違う。その場合、魔法使いとしての基準は一気に下がる。単純に科学技術ではできない事が多いからだ。
妖怪の山に住む河童達がその技術を幻想郷中に広めれば話は別かもしれないが、そういったことが起こらぬ限りは、パチュリーも、あの白黒魔法使いも、人形遣いの少女も、幻想郷においては皆魔法使いを名乗ることができる。
「さて、と。付き合わせて悪かったわね。もう行っていいわよ、七夜。執事業務も大変でしょうし」
「そうかい、ならさっさと此処からおさらばするよ。あまりメイド長を待たせるのもよくない」
そう行って、七夜は立ち上がり、パチュリーから背を向けて去って行く。
その背中があまりにも儚く、目を離したらすぐにでも何処かへ消えてしまいそうな物悲しさを感じたパチュリーは、思わず七夜を引き留めた。
「七夜」
「……ん?」
「貴方はこの幻想郷を箱庭と例えたけど、言うなればここは、全てを受け入れる幻想の箱庭よ。狭いけれど、決して窮屈じゃない。物事には、全て意味がある」
「それで?」
「貴方がここに来たのにも、きっと何か意味はあるわ。それに頭に留めて置きなさい」
「ハっ――――」
かすかに鼻で笑うような声を残し、七夜は背を向けたまま去って行った。
それが見えなくなったパチュリーは、再び本を手に取って読書に耽る。
彼に対して言いたい事は粗方言い終えた。先の言葉をどう受け取るかは彼次第。
願わくば、彼とは長い付き合いになることを祈るばかりだとパチュリーは思った。
そして……。
「そういえば、咲夜のナイフが修復できなかった件について聞くのを忘れていたわ……」
しまった、という顔で再び顔を本で覆い隠すパチュリー。
思えば、そのために今日ここに呼び出した筈であるのに、別の話題でおざなりになってしまった。
修復できないナイフ、咲夜の空間を破ってみせた能力、極めつけは自身の術式を施した玄関の施錠をナイフの一振りで解除してみせたこと。
どれもパチュリーにとっては魔法使いとして無視しがたい現象なのに、あろうことかソレを忘れて会話に熱中してしまった。
「まあ、いつでも聞けるし。いっか……」
そう言って無理矢理自分を納得させ、パチュリーは今度こそ意識を手前の本へ集中させた。
動かない大図書館たる彼女は、今日も今日とて本棚のビルに囲まれた部屋で読書に耽る。
◇
「意味、ねえ……」
大図書館を後に、紅魔館の一階へと続く階段を上りながら、七夜は呟く。
元々、自分の欲しい物は分かっていても、自身の存在する意味についてはどうでもいいというのが七夜の感想だった。
いつか死ぬなら、ここで死んでも大差はない。
生の実感以上に死を望む彼にとって、存在する意味など、それこそ無意味だった。
レミリアの戯れに付き合っているのも謂わば遊びみたいなもの。それは向こうも同じ認識だろう。
生きているも、死んでいるも大差なんてないのだ。
この眼に映る線をなぞってしまえば、すぐにでも殺せてしまうのと同じように。
彼にとって自分の命とは謂わば道具に過ぎない。
殺し合いとなれば、いつだって自分の命を捨て鉢にする事が出来る。
覚悟がどうのこうのではない、彼自身が自分がそういう存在であると結論付けてしまっているのだ。
そんな七夜の在り方を感じ取ったのか、パチュリーは立ち去る七夜に対し言葉をかけたのだろうが、それでも七夜の在り方は変わらない。
今、自分が一番欲しいものを彼はちゃんと理解していた。それが、世間一般の者にとってはどれだけ無意味なものであるかも理解していた。
記憶を失った彼にとって、その欲しい物は失った記憶ですらない。
それはつまり、記憶を取り戻しても彼にとっては無意味なものであることを証明しているに他ならなかった。
「分かっているさ。それくらいの事……」
自身がここに存在する意味。そんなことはパチュリーに言われなくとも分かっている。
失われた記憶。
なのに、何故か覚えている殺しの業。何故だかソレを死と理解できる、黒い線と点を見る眼。
これだけ殺しに関わることだけを覚えているのだ。
自分がここに来た理由など一目瞭然。
いや、そうでなくとも彼は同じことをしていただろう。
何故なら、この身は自らを呼ぶモノを殺すだけの存在なのだから。
どんな結末をお望み?
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諸々あった末くっつくルート
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諸々あった末殺し愛ルート
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直死で幻想郷から出て七夜の誇り清算ルート