双夜譚 月姫   作:ナスの森

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注意:残酷な描写
厭な人はブラウザバックを。正直自分でもここまで描くとは思わなかった……。


対峙

 古い木造建築が立ち並ぶ街並み。

 その街並みの一角にある暗い店舗の中から姿を現した七夜は、買い物袋を片手に寺子屋を目指した。何だかんだ自分で夜行性だと宣いつつ、最後まで仕事を完遂してしまったなと七夜は柄にもなく耽った。

 おまけに余計な興味のために寄り道までしてしまう始末である。まあ、それなりに面白かったので本人はどうとも思ってはいないのだが。

 己の仕事をやりきったことを自覚した途端、未だに沈まぬ日の光を浴びて七夜はその貼り付けた笑みすらも歪めた。

 ――――やはり、昼は駄目だな。まったくやる気が起きん。

 これが日を遮る障害物の多い狩り場であったのなら話は別だったのだろうが、如何せんこんな人の往来の多い場所では殺害現場には相応しくない。

 最も、建ち並ぶ木造建築や、路地裏などは狩り場にならない事も無いのだが、だからといってどうやってそこに獲物を誘い込むかという話になるし、そもそもそんな物好きがこんな往来を歩いているとは七夜には思えなかったのである。

 

「やれやれ、さすがは瀟洒なメイド、か……」

 

 こうも自分に殺る気を起こさせない時間帯を選ぶとは、首輪の繋ぎ方に中々になっている上司である。このままでは咲夜とレミリア、どちらをご主人様と呼べばいいのか分からない状態だ。いや、結局はどちらもご主人様という事になるのか。

 片や時の首輪、片や運命の首輪を繋がられてどうしようもない。

 この見えない首輪もこの眼で殺せたらどれだけ楽なのやら、七夜のため息を虚空へと消えていく。さすがにそこまで便利な性能はしていない。

 この眼で殺せないことはともかくとしても、業が鈍っていくのは七夜としては死活問題だった。鍛錬で得た技術は瓦礫の塔に過ぎない、塗り固めなければ絶えず瓦解していくものだと、誰かが言っていたか。そのためにも、何とか獲物にありつけたいモノなのだが……。

 

「まあ、暫くは番犬の真似事かな……」

 

 幸い、この仕事を引き受けるのならば、咲夜から七夜向けに空間を弄ってくれるという約束を取り付けてある。

 咲夜は七夜の挑発に乗ることはなくなり、本格的に相手にしてもらうには、いよいよ主であるレミリアに直接手をかけるしか方法はなくなってしまうのだが……。

 こと暗殺において、七夜は紅魔館の面子の誰よりも自分は優れているという自負がある。さすがに咲夜の時止めを鑑定に入れれば話は違ってくるかも知れないが、相手の死角に回ること、こと気配遮断にかけては七夜の右に出る者がいないのは周知の事実だ。

 故に、棺桶の中で眠っているレミリアに対し、寝首を搔く事だって造作ではない。無論、相手は吸血鬼だ。ただのナイフでは殺せないだろうが、それを可能にする術を七夜は持っている。

 だが、元から七夜はその選択肢を頭に入れていなかった。

 あんな魅力的なご主人様の力を見る事無く終わるなんて、それこそどうかしている……それが七夜の思考だ。暗殺者として最高峰の能力を持っていながら、その思考は大凡暗殺者向けではない。

 殺人鬼としてはともかく、やはり暗殺者としては七夜はかの鬼神に比べ格段に劣っている。そんな自身の性能と性格の矛盾は七夜もよく自覚している。

 欲しがりな性分である自分は、暗殺者としては片手落ちだろう。それこそ“殺す”事しか取り柄がなくなってしまう。

 そう、殺し合いも暗殺も、結局の所は殺すという結果に終止する。ようするに、殺せさえすればいいのだ。

 結局の所、この男の結論はそこに終止するのである。

 

「さて、と」

 

 目的の寺子屋前までやってきた七夜。

 随分と寄り道をした彼であったが、上司である咲夜の姿は見えない。どうやら未だに献血中のようだった。

 これなら寄り道もばれる心配はないか、と思ったその矢先。

 どくん、と胸の鼓動が跳ね上がった。

 

「……ハッ」

 

 この衝動を感じるのは既に二度目だった。一度目、咲夜とここに落ち合うと約束した時、この寺子屋の建物の中から感じた。

 そして今回は二度目。

 強い“魔”の気配だ。

 だが、純粋な魔ではない。

 ――――混ざり物の気配だ。

 その事実が、七夜の高揚をより促進させる。衝動の所為ではなく、七夜本人があの寺子屋の中にいる気配の主を解体したがっているのだ。

 もしかしたら、この眼を使わず、直接この舌で解体の味を味わえるかもしれないのだ。

 そして、その気配の主が、外に出てくるのが七夜の目に入った。

 

「く、はははッ……」

 

 ――――おいおい、人里の真っ只中とはいえ、そんな不用心に出てきて大丈夫かよ……。

 ……このナイフがいつ軽くなっちまうか、分かったものではないというのに。

 七夜はなるべく視線を逸らすようにして、寺子屋から出てくる気配の主を一瞥する。

 子供達の肩を優しく押しながら出てくるその女性に、七夜は釘付けになった。

 釘付けに、ならざるを得なかった。

 ……七夜の眼は、あり得ざるものを視ることができる。

 そこにないのに、だけど確かに在る物。特に、魔性に関する物に関しては。

 その眼が、女性を見据える。

 女性の見た目は人間と相違なかった。青のメッシュの入った長い銀髪、赤いリボンの付いた青い帽子を被り、胸元にも赤いリボンが付いた上下が一体になった青い服を着用している。

 彼女のイメージは、一言で言い表すのであれば青、といった所か。

 そんな清楚な見た目と雰囲気を漂わす彼女であるが、七夜の眼からは異様な物が視えていた。

 ……それは、黒い靄だった。

 彼女の半身を犯すかのように浸食している、黒い魔性の靄。

 間違いない、アレが彼女の“魔”の部分であると、七夜は確信した。

 

「嗚呼……」

 

 なんてこった、と七夜は虚空を見上げる。

 己の意識を保つために、今すぐにでもあの女性に飛びかかりたいという衝動を抑えるために、七夜はらしくもなく“我慢”という選択肢を取った。

 なぜ、そんな選択をしたのか。

 分かっている、アレは彼女の本当の姿ではない。

 どちらが本当の彼女であるかはともかくとして、少なくとも、七夜の本命はあの姿ではない。……故に、狩り時ではない。

 本当に、この箱庭は魅力的な上玉が多すぎる。

 雨夜の品定めの時間が必要だと自分で言いはしたが、果たしてそこまで自分の理性が持つかは甚だ怪しいところだ。

 それでも、七夜は身から溢れた立つ衝動をねじ伏せながら、女性の後ろ姿を見つめる。

 黒い靄が、見える。

 蜘蛛を引き寄せる、誘蛾な花匂を放っている。

 

「差し詰め、花びらを閉じた魔花、と言った所か……」

 

 今の彼女は、差し詰め花弁を閉じた蕾という表現が正しい。

 七夜の眼は、我慢しきれずその蕾の中身を覗き込んでしまったが、それだけだ。満開の姿を見るには至らない。

 いつかは、見せてくれるのだろうか?

 いつかは、自分に晒してくれるだろうか?

 狂える己をその眼に焼き付けさせてくれるだろうか?

 ああ、考えるだけで脳漿が沸騰しそうになる!

 だから、その時まで――――。

 

「その花びらを開かせた時が、狩り時かな」

 

 その時まで、待つとしようか。

 寺子屋から去って行く女性の背中を見送った七夜は、傍にあったベンチに買い物袋を置いて座り込んだ。

 咲夜から来るまではまだまだ時間がありそうだ。

 だからといってそれまでする事など無い。唯一知りたいと思い探っていたこともほんのちょっとの寄り道で大体を知る事が出来てしまったことから、いよいよ咲夜が来るまでやることがなくなってしまった。

 元より……この時間帯で活動すること自体が性分ではない。彼が、『七夜』であるが故に。

 寝るか、そう思ったその時だった。

 

「ちょっと、そこの貴方」

「……うん?」

 

 不意に、後ろから見知らぬ声をかけられた七夜は振り向く。

 赤目で、赤いロングヘアー

 白い小袖の上に紫の打掛を羽織った女性がそこに立っていた。

 

 

     ◇

 

 

 その男を見つけたのは、偶然だったといえよう。

 顔立ちは整ってはいるものの、刃物のような目付きは周囲とは一線を画する。

 それだけならば、まだ彼女の興味を引きつけなかった。

 本格的に彼女の目を引いたのは、見たことのない生地で出来上がった、黒を基調とした衣服だった。

 外の世界ではさほど珍しくない燕尾服であったが、この幻想卿では話が違う。同じ給仕服とした知られるメイド服に関してはよくこの人里を訪れる紅魔館の従者がいるので、さほど珍しいとは思わなかった。

 だが、男性物の給仕服たる執事服に関しては話が別である。

 警官であると同時に、コレクターでもある彼女の嗅覚を、それはもうビンビンに刺激した。

 故に、その男に声をかけた。

 

「ちょっと、そこの貴方」

「……うん?」

 

 その声に応えて、少年も振り向く。

 遠目でしか見えなかった鋭い双眸は、目付きが悪い、なんてものじゃなかった。

 女性は一目でその男の在り方を悟る。

 ――――この男は、普通じゃない。

 種族が、肉体が、ではなく、在り方が。

 何も無い、ただ能面に薄ら笑いを貼り付けたかのような小さい笑み。鋭いと思った双眸は、文字通り抜き身の刃物のように鋭く嗤っている。

 まるでこの世界に価値を見出していないかのような、気怠げな雰囲気は、この世に生ける者というイメージから一層遠ざける。

 故に、次はコレクターとしてではなく、警官としての嗅覚が刺激された。

 

「何か用かい、お姉さん?」

「いえ、珍しい服を着ているから、思いがけず声をかけてみたのだけれど……」

 

 当たり触りのない会話から始める。

 嘘は言っていないのだから、問題はないだろう。

 

「これかい? ああ、俺の飼い主が態々遇ってくれた特別製らしい。性能的にも文句はないんで、有り難く着用しているんだが……」

 

 ――――見てくれに執着せず、あくまで性能だけを気にするか……。

 些細な事ではあるが、概ね女性はこの男の性格について把握しかけていた。この程度ならばまだ物事に執着しない性格であるというだけで片付けられる。

 しかし……決してそれだけではないと、女性の勘は告げる。

 この手の輩は、このような自分の生ける世に価値を見出していないような奴には、しかして『一つの事』に固執、執着するようにしてこの世にしがみ付く者が多いのだ。

 この世そのものに価値を感じないが故、その者の全ての想いと執着はその『一つの事』に終始する。狂人の究極系の一種と言い換えてもよい。

 それは恋人であったり、物であったり、仇であったり、形は人によって様々だろう。

 とにかくその執着するモノが、危険な代物であった場合、女性はこの男を牢に入れなければならない。

 できればこの男がボロを出して、危険と断定できる材料を突き止めた上で。……そうでなくてもコレクター感覚で牢にぶち込んでしまうのが彼女であるのだが。

 

「それで、一体何の用なのかな、お姉さん?」

「いえ、それだけなのだけれど……う~ん、困ったわね、何と話したら良いのやら……」

 

 いざ嗅覚で嗅ぎつけたのはいいものの、肝心の材料が見つからず悩む女性。

 以前、ある教授に何でも一つ願い事を叶えてやると言われ、その際に「巫女が欲しい」と答えた変人である彼女だが、その巫女を手に入れた彼女はさっそくコレクションとして牢にぶち込んだ。

 ……割と外道巫女として知れ渡っていたので、まあいいかと高を括っていた彼女であったが、その後痛いしっぺ返しをくらい、さすがに興味あるものに何でも手を出す事はやめようと反省した彼女。

 そんな過去もあり、危険な匂いはプンプンするのだが中々に懐の十手に手を伸ばしにくい状況なのだ。

 だが、その膠着状態をあろう事か向こうから崩してきてくれた。

 

「まあ、丁度暇してたし、何か面白いことを話してくれるんだったら、聞いてやってもいいぜ?」

「あ、あら、そう?」

 

 どうやら、雰囲気に反して男は割と友好的なようだった。

 これなら何かしらこの男について引き出せるのでは無いかと、そう意気込んだ矢先、次の男の発言で、その希望は崩れ去った。

 

「特に、その探るような厭らしい目には、俺がどう映っているのか、興味が注られるね」

「ッ!?」

 

 途端に、胸が締め付けられるような感覚に陥る女性。

 相手は、此方が探ろうとしているということに気付いていた。深淵を覗き込もうとして、逆に深淵に覗かれてしまった。

 そう、赤髪の女性の思惑はここでもう頓挫となった。

 本来ならば、ここで身を退いておくべきなのだと女性は直感し、ここで問い詰めるべきなのだと女性は判断した。

 そして、女性は判断の方を優先した。

 決して踏み入れてはいけない、その道へと足を踏み入れた。

 

「そうね。私も貴方のその『今すぐにでもお前を殺したい』と嗤うような眼が気になるのよ」

「なら、もっと視ていくかい?」

 

 意趣返しに女性も眼の事を言及する。

 だが、男は動揺するばかりか、むしろ逆。男の腕がドン、と寺子屋の壁に寄りかかった。

 女性を、逃がさんとばかりに壁に押しやり、間近でその眼を見せつけた。

 だが、次の瞬間、ゾワリと悪寒が女性の背筋を走った。遅れるように、冷や汗もまた垂れて走った。

 男の目の色は深淵の黒から、蒼い虹彩に煌めく色へと変化していたのだ。

 先ほどまでの男の目が刃物そのものであると例えるのなら、今の男の蒼い眼はまるで、その刃物が鞘から抜かれて月光を反射しているかのよう。

 ――――殺サレル。

 ただその四文字が、女性の脳裏に幾度も。

 

「――――」

 

 それは無言の圧力、ではない。

 問答無用の理不尽さを感じさせるその眼は、女性に不可解な恐怖を与えると同時に、女性の目を惹きつけていた。

 まるで、この刃に刺されて死ぬのであれば、自分は一切の後悔も抱かずして死ねるだろうという、そんな情慕すら抱かせる。

 呼吸すらも、忘れそうになる。

 だが、女性はソレに屈しなかった。

 

「いいえ、十分……よッ!」

「おやおや」

 

 手を振り払う女性。

 意外にも、男はあっさりと女性の手を離してくれた。元々冗談のつもりだったのだろう。……だとしても、許せるモノではなかったが。

 男の顔は相変わらず変わらない。刃物のような目付きに、貼り付けたような薄ら笑い。大凡生者からは離れた空気を放っている。

 そうだ、こんな男を放置など出来るはずが無い。

 

「さてと、困ったな」

「何かしら?」

「どうやら、あんたは俺をこのまま逃したくはないらしい。だが俺にも先約があってね。暇とは言ったが、いつそのお暇が来るかは検討も付かない」

 

 困ったもんだよ、と男は肩を竦めて皮肉げに笑う。

 男の言う通りだ。女性は男をこのまま逃がすつもりはない。

 捕まえるつもりはなくとも、この男の危険度の有無だけは確認しなくてはならない。

 妖怪ではない、ただの人間。だが、人間といえどこの幻想郷に限ってはどのような能力を持っているか分かったものではない。

 そしてそれが妖怪に限らず、人間であろうとも、危険思想を持っていないとは限らない。

 

「そうね。最初は興味本位だったけど、私は貴方を見逃す訳にはいかなくなったわ」

「それはまた、態々ご丁寧に」

「だから、ここで貴方が証明さえしてくれればいいわ。口約束だけでも構わないのよ。貴方が、この里において危険じゃないって、そう証明してくれれば」

「……ふうん、そう来たか。だが参ったね、それには少しばかり時間がかかる。手っ取り早く済むに越したことはないんだが、そうだな……」

 

 ふむ、と男は顎に手を当てて考える。

 そして再び、能面のような薄ら笑いを浮かべ、女性に提案した。

 

「とりあえず、少し込み入った説明が必要だな。さっきいい店を見つけてね、そこで良ければ話をするよ。ご婦警さん?」

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

「隠し持ってるその十手、気付かないと思ってたか? 十手は武器としてよりも、身分証の意味合いの方が強いようだしな」

「……」

「それに、あんたは嗅覚が鋭いと見える。ソレを信じるっていうのなら、今がチャンスだぜ?」

 

 さあどうする、と男の目が女性に語りかける。

 ――――ああ、この男は黒だ。

 女性は確信する。

 自らの怪しい匂いに、自分が気付いた事にも、それを分かっていながら尚、この男はその状況を愉しんでいるようにも見えた。

 それに、嗅覚が鋭いという意味ではこの男も人の事は言えない。手を伸ばそうとしていてとはいえ、そのような仕草を見せた覚えはないし、そもそも隠し持った十手を見せた覚えもない。にも関わらず、この男はソレに気付いた。その上で、女性を誘っている。

 選択を迫られる女性。

 そして、言われるまでも無く、女性の中で既にその選択肢は決まっていた。

 

「分かったわ。貴方に付いていきましょう」

「そうかい。なら――――1名様、ご案内だ」

 

 途端に、男の貼り付けた笑みが、一瞬だけつり上がったのを女性は見逃さなかった。

 覚悟を決める女性。

 自分が取ろうとしている手は、決して最善ではないだろう。

 それでも、事を早めに済ますことを女性は選択した。相手が馬脚を表すのを待ち、その場で取り押さえようという選択肢を取った

 そして、背を見せて歩く男の背中を、女性は付いていく。

 買い物袋はどうするのだろうと考えた女性であったが、どのみち捕まえるのだから些細な事だと思い、気にしないことにした。

 

 そして、暫く歩き、やがて人の少ない影の世界へと足を踏み入れる。

 人の気配がない、その世界へ案内された。

 人里の構造を熟知している女性は、もちろんこの世界の事も知っていた。

 日の光が上からしか届かない世界。建物の壁に囲まれた狭い空間。

 天からのみ降り注ぐ日光は表とは違う明暗を映し出し、退廃的で幻想的な光景を生み出す。

 そこで、男は立ち止まる。

 女性も、ソレに合わせて立ち止まった。

 逃げ場の無い、路地裏で。

 

「随分と、退廃的な店なのね」

「ああ、ここはサービス店さ。俺から、あんただけへのね」

 

 パチン、という音が響く。

 男が取り出した木製らしき棒から、日本刀のような刀紋が入った両刃の刀身が現れる。

 

「さて。いらっしゃいませ、お客様?」

 

 次に、胸を射貫かれるような殺気が女性に襲いかかる。

 何て厭な笑い。人間とはこれ程までに血に飢えた笑いができるのだろうか。

 分かっていた。男の狙いは最初からこれだと。人里の構造を熟知していた女性は、ここら辺に店などないという事も知っていた。

 それを分かった上で、男に着いてきたのだ。

 

「……そんな事だろうと、思ったわ」

「この方があんたもやりやすいだろう? 住民を巻き込む心配がない上に、現行でとっ捕まえる事ができるんだからな」

「それは、気を利かせたようね!」

 

 笑う男を睨み付け、女性もまた十手を取り出す。

 女性はようやくこの男のことを掴んだ。生きる価値を見出していない人間が、それでもこの世に留まろうとする理由。

 この男にとってはコレこそが全てなのだろう。

 “殺し”こそが、この男にとっての情熱、この世の全てなのだろう、と。

 

「絡め取られると知りながら巣に飛び込むとは、はしたないお嬢さんだ」

「生憎、絡め取られるのは貴方よ。私にナイフを向けたその行為――現行犯として貴方をとっちめます」

「ククッ。ならようこそ淑女(レディ)――――この素晴らしき惨殺空間へ」

 

 男が謳うと同時。

 男は、女性の視界から消え去った。

 呆然となる女性。

 

「消え――――ッ!?」

 

 その瞬間、寸での所で反応が間に合ったのは、まさに奇跡と言えよう。

 十手の棒が、寸での所で上から跳びかかってきた男のナイフを防いでいた。

 人が一瞬で消え、上から降ってくるという現象に驚きを隠せない女性。

 飛ぶだけならば分かる。だが、一瞬で消えて上から降ってきた……まるで何かの手品を見せられたかのようだった。

 

「ッ!?」

 

 十手を持つ痛みが悲鳴を上げる。

 痙攣する十手を持った腕をもう一方の手で殴りつけ、金縛りを解いた。しかし、持ち直した直後、その視界に男を捉える事は叶わなかった。

 

「ガッ!」

 

 直後、横から飛んでくる蹴撃。

 衝撃と共に吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた女性の身体は路地裏の壁にぶつかる……事は無く、それより先に回り込んでいた影がそのナイフを振るう。

 偶々吹き飛ばされた方向に視界を向けていた女性は、奇跡的にその一撃を十手の鉤で防ぐ事ができた。十手の鉤は相手の刀を防御しつつ、引っ掛けて絡めとる方法を基本的な型としているが、今回受け止めたのはナイフの刃。その刀身の長さは十手の棒よりも遥かに短く、絡めとるには至らない。元よりナイフを使った武術とは得てして体術の延長戦としてある。用途が相手に依存される十手術では相性が悪いのだ。

 絡めとるには至らず、しかもその衝撃の強さは先の蹴撃と何の遜色もない。

 吹き飛ばされた女性の身体は、まるでピンボールのように逆ベクトルの衝撃を受けてまた吹き飛ばされる。

 

「あぁっ!?」

 

 背中が壁と衝突し、ミシミシと身体中に伝わる衝撃に悲鳴をあげる女性。

 妖術で身体を強化していたのであれば、この痛みはなかっただろう。だが、その妖術を発動する間を相手は与えてくれず、その衝撃と痛みを、女性は受け入れてしまった。

 辛うじて防御のイロハが間に合った女性は再び下手人を視界に入れようと必死になるが、直後、それ以前の問題に直面した。

 ――――十手が、ない?

 何処に落としてしまったのかと、周囲を見渡し……そんな時間を、向こうは与えてくれなかった。

 

 ズブリ。

 

 右肩が、何かによって貫かれた。

 

「あ……」

 

 肉を裂くより先に、骨が砕かれる音。

 自分の肩から、自分が持っていた筈の十手の先端が生えていたのを視認する女性。

 生えた十手の先端が引っ込み、肩から引き抜かれる。

 その痛みを感じる間もなく、女性はまた蹴り飛ばされた。辛うじて動く方の腕で受け身を取る女性。

 

「ガっ、アァっ!?」

 

 ようやく、痛みに悲鳴を上げた。

 ――――今の、突き……!

 貫かれた右肩の風穴を押さえ、痛みに耐えながらも、女性は思い返す。

 ――――鈍器で貫かれたというよりは、まるで刃物を突き刺されたかのような鋭さだった!

 

 『点穴』と呼ばれる、およそ優れた暗殺手段とはかけ離れた殺害方法。かの鬼神が最も愛用したと言われる殺害方法と同じ手段を男は用いていた。

 右手にはナイフ、左手には女性から奪った十手――両の手でそれぞれ違う暗殺手段を実現しているのだった。

 だが、その様子を女性は視認できない。

 

 立つのも束の間、全方位から、打撃と斬撃が同時に襲ってきた。

 

「イッ?」

 

 ざくりと、ナイフが腕の肉を削ぐ。

 見えたのは流れた血だけで、その下手人の影を補足する事は叶わない。

 

「ギィッ!?」

 

 ごきり、と今度は肉を伝った衝撃が、骨に皹という傷跡を残す。

 聞こえたのは骨が割れる音だけで、どこから打ち込まれたのかさえ分からない。

 

「ッ」

 

 今度は、悲鳴すら上がらなかった。

 ナイフの刃が足を抉り、ざば、と音を立てて地面がぬれていく。

 骨まで食い込んだナイフが足と床を血塗れにして、立っていることさえ苦痛にさせた。

 

「アァッ!」

 

 一拍子挟んでの悲鳴。

 右腕に鈍器が叩き付けられる。今度は、骨だけと行かず、肉までもがミシミシと音を立ててグチャグチャになる。

 

 その後も、それの繰り返し。

 常人ならば失神してもおかしくないほどの威力が込められた斬撃と打撃の音の協奏。それでも、女性は倒れなかった。

 血を吐き、女性は内心で悪態を付く。

 ――――コイツ、遊んでるっ!!

 女性がギリギリ死なない程度の斬撃を、女性がギリギリ失神しない程度の打撃を、全方位から振るい、女性の生気を削いでいく。

 だが、致命傷となる一撃は一度として飛んでこない。

 まるで、巣に捕まった虫を、蜘蛛の糸で絡め取って弱らせていくような、卑劣な手法。

 いつでも、女性を殺せるチャンスはあった。

 例えば最初の一撃も、もっと速く振るっていれば首を刈り取る事ができた。

 例えばこの右肩を貫いた点突も、肩と言わず脳天めがけて叩き付けていれば、その首は胴体にのめり込んだだろう。

 右腕を狙った打撃だって、どうせ右肩を貫かれて動かせないのだから、もう一方の腕を狙った方がよほど効率的だろう。

 

「ギ、イィアアアァッ!!!」

 

 それでも、影を視界に捉える事は叶わなかった。

 これ以上は喰らう訳にはいかないと判断した女性は、出血と痛みに耐えながら路地裏の外を目指す。

 上から降り注ぐ光ではなく、通路を伝う光の道を目指す。

 悲鳴を上げながら全速力で走る、身体中もミシミシと悲鳴を上げる。それでも、女性は足を止めない。

 決死の覚悟で背を向ける。

 その背を逃がさないと、後ろから跳びかかってくる影の気配を、女性はようやく感じ取った。

 

「ッ、掛かったァッ!」

 

 くりると、独楽のように反転した女性は、同時に此方に肉薄していた影に向けて左手を掲げる。

 目を見開く影。開かれる蒼い虹彩の双眸。

 ――――けれど、もう遅い!

 散々人で遊んでくれたツケをここで返してやらんと言わんばかりに、ソレは放たれた。

 この幻想郷に住む力あるものならば誰もが持ちうる常套手段。すなわち、弾幕だ。

 敵はまだ女性に肉薄しかかっている状態、そんな状態で、しかも近距離から放たれれば、ソレは避けられまい。

 この男が、どのような能力を持っていたとしても。

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――うそ」

 

 だからこそ、その光景を信じる事ができなかった。

 結論から言うと、至近距離からの弾幕が男を捉えることができなかった。

 ――――あんな近距離で?

 ――――しかも不意打ちじみた弾幕を?

 女性が放った弾幕は、建物の壁を傷つけぬよう威力は手加減されたものだが、速度は決して加減していない。

 弾丸のごとき迫る弾幕の数々を、彼は、奇怪な動きで回避していた。

 

 女性が呆然とする理由はこれだった。

 最初、敵が視界から急に消えた時とは比べものにならないくらいに、あんぐりと口は開けられる。

 最初のように、影の姿が見えなくなった故の動揺ではない。

 その逆、()()()()()()からこその思考停止。

 一瞬、身体中を迸る痛みすらもが、忘却の彼方に帰する。

 

 男の動きは、異様だった。

 獣じみたスピードで壁を這い、屋根裏を這い、壁から壁に跳び移り、壁から屋根裏へ跳び移り、屋根裏から天井に飛び移る。

 そして、そのスピードは緩まない。

 通常、生き物が急な方向転換をする時は、一時的にその速度は急激に弱まる。特に円ではなく角を描く移動はその傾向が顕著だ。

 なのに、その男にはソレが無い。

 そして、その動きを以て、弾幕を躱していたのだ。

 這い、跳び移り、身体を捻らせ、得物で受け流し、その立体的な移動術を以てして弾幕を躱していた。

 

「――――――――――――」

 

 言葉が、まるで出なかった。

 空を飛べない力のない人間故に、たどり着けたのであろうその境地を、女性はまじまじと見せられた。

 さっきは動きが見えなかったが、こうして弾幕を打ちながら静観に徹していれば、目で追うくらいの事は叶った。

 今まで見えていなかっただけに、それが見えてしまったが故に、今度こそ呼吸を忘れてしまった。

 

 女性は今まで、自分があの男の影を捉えられなかったのは、何かしらの能力によるものだと勘違いしていた。

 だが、実際は違う。

 その正体は、あの男の蜘蛛のごときイカレタ体術なのだ。

 極限まで磨き上げられた殺戮技巧、それが女性の身体中に傷を負わせていた代物の正体だったのだ。

 男の動きは、美しかった。

 弾幕のスペルカードのような派手さはない。だが、決してはソレらでは見られない境地が、世界が、あの動きにはある。

 

 そう、倒すべき敵でありながら、牢に入れるべき危険人物でありながら。

 女性は、その動きに見惚れていた。

 飛んでいるのではなく、まるで舞っているかのよう。

 そして、女性はある事に気がついた。

 

「そう、いえば……」

 

 ようやく口を開き、弾幕を打ち続けながら呟く。

“絡め取られると知りながら巣に飛び込むとは、はしたないお嬢さんだ”

“ようこそ淑女(レディ)――――この素晴らしき惨殺空間へ”

 この戦いが始まる前の、男の言葉が脳裏を過る。

 巣、惨殺“空間”、あの動き――――連想されるは、蜘蛛。

 見えない糸、面影糸を巣と張る蜘蛛。

 今の自分はまさに、その巣の糸に絡め取られる真っ最中なのだ。

 

「あ……ぁ……!」

 

 ようやく女性は、自分の過ちに気付いた。

 胸の内から湧き上がってくるのは後悔。

 ここの場所に誘われたとき、最初は内心で安堵していた。

 相手の馬脚を引っ張り出せる、住民も巻き込まずに住む、その上、逃がす心配はない。

 実際は、逆である。

 逃げ場のない狩り場に誘い込まれたのは、自分の方だったのだ。

 

「ク……アアァァァッ!!」

 

 悔しの慟哭で叫びながら、女性は弾幕の密度を濃くする。

 それでも威力は周囲の建物を傷つけない程度に抑えていたのは、僅かながら理性が働いたせいだろう。

 だが、密度を濃くしたが故に。

 隙間を埋めてしまったが故に、女性は男を再び見失ってしまった。

 

 そして、気付かなかった。

 上、その空間に目をとらわれていたが故に、下から弾幕を潜り込んで迫ってくる男の姿に。否、潜り込むというよりは、その隙間に無理矢理身体を捻じ込んでいるかのよう。

 さながら蛇のような蛇行、アメンボのような滑走、獣のような疾走、蜘蛛のような低姿勢。

 女性の意識が向いていない、弾幕の下側に出来た僅かな隙間を高速でくぐり抜けて、男は女性の懐に迫った。

 

 鈍い快音が鳴り響く。

 ずぶり、と弾幕を打つために掲げていた左腕の骨に食い込む鉄の感触。

 さながら”キリ”のごとく穿たれた十手の先端は、容赦なく女性の左腕を刺し潰した。

 

「―――――ッ!!!!!?!?!」

 

 声のない悲鳴が響く。

 振るわれた十手は、女性の左腕を潰すだけでは飽き足らず、そのまま振り下ろして地面と十手の間に潰した箇所を挟み込む。

 

「ギぃ、嗚呼嗚呼ァッ!!!」

 

 更に潰される左腕。

 突き刺さった十手はついに潰すには飽き足らず、貫き、骨を通り抜けて先端が地面に突き刺さる。

 錐のように突き刺さった十手は、今度は女性の動きを封じる杭の役目も果たす事となった。

 そして、動きを封じられ身動きが取れなくなった女性に首めがけて、もう一方の得物が振りかぶられる。

 

「ぃ、ヒィッ……」

 

 思わず、恐怖のあまりに口を引き攣らせ、涙を流す女性。

 もはや痛み以上に、恐怖による金縛りで動けなかった。

 冷たい温度が身体中を伝って、ガクガクと寒気を訴える。突き刺さった十手からの、ひんやりとした温度が、更にソレを促す。

 そして、さらに冷たい刃が、首を切り落とさんと迫る。

 

 目をつむることしか、女性ができる行動はなかった。

 

 




殺人鬼と言ったら警察。
東方で警察と言ったらこの人……。

そして、リメイク前よりも黄理要素増し増しである。
それとごめんなさい……まほよの戦闘BGM聞きながら書いてたらいつの間にかこうなってました……

どんな結末をお望み?

  • 諸々あった末くっつくルート
  • 諸々あった末殺し愛ルート
  • 直死で幻想郷から出て七夜の誇り清算ルート
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