メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」 作:水郷アコホ
朝食を囲むソロモン達。すこし落ち着いた頃合い。
ポー
「どうぞ。おかわりお待ちどおさまです」
シャックス
「うむ、くるしゅーないくるしゅーない!」
モラクス
「いやそれ俺が頼んだ分だから! 当たり前みたいに取ってんじゃねえって!」
ウェパル
「この二人だけは、いつどこで食べても騒々しいわね……」
「あ、そうだ。ポー」
ポー
「はい、何でしょう?」
ウェパル
「昨日のお風呂、あれだけは素直に最高だったわ。ありがとう」
ポー
「えへへー。こちらこそ」
「隠れた名物ってやつなんですよ。時間は決まってますけど毎日入れるので、またどうぞ」
空いた皿を回収してポーが去っていく。
フォラス
「風呂? ここじゃあ浴びる程の湯でもすぐに冷めちまいそうなもんだが……差し支え無ければ、詳しく聞いても良いか?」
ウェパル
「あら。奥さんが居るってのに案外節操ないのね」
フォラス
「だからそういう意味じゃねえって! 俺はあくまでだなあ──」
ウェパル
「フッ──冗談よ。あんまり必死だと、かえって怪しまれるわよ?」
フォラス
「お、おう……」
「(娘もいつかこんな感じになるのかなあ。ハラハラしてくるぜ……)」
ウェパル
「私だけ、あの子のお節介で浴場に案内されたのよ」
「他の皆は疲れてるだろうからってまっすぐ寝室に通したのに、私だけってのは気が引けたけど──」
「大汗かかせたからって、私のためにわざわざ沸かし直したなんて聞いたら流石に断りきれないじゃない?」
フォラス
「暑がらせるの承知で強引な看病して、その穴埋めもってか。ちょいと不器用だが良い子じゃねえか」
「でも、こんな北国の風呂なんて、一体どんなだったんだ。さっきも言ったが沸かした所ですぐに冷めちまうだろうに」
「東の方じゃあ、火山帯の地下熱でグラグラ煮えた湯を冷まして入る天然の風呂なんてのもあるそうだが、ロンバルドでそんな話聞いた事ねえし」
ウェパル
「聞いてみたけど、普通に水を沸かすみたいよ。外に特大の竈が備えてあるとかで、そこから火を入れて、ぶっ通しでガンガン」
フォラス
「すげえな、力技かよ。竈がデカいって事は、浴場も結構広いのか?」
ウェパル
「ええ。元々かなり広い部屋を、真ん中に新しく壁を作って男湯と女湯に分けた感じだったわ」
「女湯だけでも十人は悠々入れるんじゃないかしら。それを私一人で貸し切り」
「今夜からはシャックス達とまとめて入る事になるんでしょうね。共同風呂なんて気が進まないけど、まあそれでも充分お釣りが来るわ」
フォラス
「随分気に入ったわけだ」
ウェパル
「そりゃあもう。お風呂のお湯も大空洞の水みたいよ。全身からフォトンを感じるなんて初めての体験だったわ」
「それに窓付きだから、開ければお湯に浸かりながら夜景を眺められるの」
フォラス
「ああ、そりゃあ良いな……想像するだけで節々に効きそうだ」
ウェパル
「フフ、おじさんくさいわよ」
フォラス
「良いんだよ。本当におっさんなんだから」
「しかし学者としちゃあそれより、何でそんな設備をわざわざ作ったかってのが興味あるがな」
ウェパル
「それも聞いたわ」
「昔はそこで沸かしたお湯で、凍った道具とかを溶かしてたらしいわ」
「かつての水の保管場所もそこ。当時は屋外になんて晒してたら容れ物ごと芯まで凍ったんですって」
「ここ何十年かは暖かくなって、そういう事も無くなって、そこで初めて入浴って文化を取り入れたらしいわ」
フォラス
「なるほどなあ。しかしするってえと、ロンバルドが温暖化した原因は何だ?」
ウェパル
「さあ。聞いてみたけど、そこまでは知らないって──」
シャックス
「ハイハーイ、それは多分フォトンのお陰だよ!」
フォラス
「うおっと。シャックス?」
ウェパル
「はいはい。シャックス先生のお考えは?」
シャックス
「あのねあのね。大地に循環してるフォトンの量が増えたから、地中の生物の活動が活発化したんだよ」
「ロンバルドは寒くて草もキノコも生えてないけど、土っていうのはそもそも動物や植物が最後まで分解された姿で、その中には目に見えない菌や微生物が沢山いるの」
「生き物が活発になって数が増えると、それだけで熱が生まれるから──」
「ちゃんと土を採取して専用の道具とかで調べないとハッキリとはわからないけど、元気になった地中の生き物が生んだ熱でこの辺りの気温が上昇したんだと思うよ」
「だからもしかしたら、寒さに強い野菜とかならそのうちロンバルドでも栽培できるようになるんじゃないかなかな?」
ウェパル
「解説どうも。まあ、有り得なくはなさそうね」
「昔からここに住んでたヴィータの死体とか、毒抜き中に揮発した水からフォトンが大地に少しずつ循環して、やっと『普通の』北国になったって所かしら」
フォラス
「お、おい……何で急にシャックスが学生みたいな事言いだしてるんだ……?」
「ウェパルも、何で当たり前みたいに接してるんだよ……」
シャックス
「フォラフォラヒドイヒドイ! アタシ学生だもん!」
ウェパル
「残念だけど本当よ。私も最初は驚いたけど、王都の学生らしいわ」
フォラス
「王都の!? 冗談だろ、エルプシャフトの最高峰じゃねえか……」
シャックス
「二人ともヒドイヒドイヒド──!」
「あーっ、モラクスそれアタシのアタシのー!」
モラクス
「へっへーん、さっきのお返しだぜ!」
フォラス達を忘れてモラクスに飛びかかるシャックス。
フォラス
「マ、マジかあ……付き合い長いつもりだったが、思いも寄らなかった……」
ウェパル
「ま、そのうち慣れれば定番ネタに見えてくるわよ」
ポーが再び料理を手にやってきた。
ポー
「はい、おかわり第二弾です。ジャンジャン食べてってくださいね」
モラクス
「ヨッシャ、肉は全部こっちに頼むぜー!」
シャックス
「違う違う! アタシの分もあるからあるから!」
ポー
「ちゃんと配りますから大丈夫ですよー」
「それと、他のお客さん達にはデザートです。お腹にも優しいのでぜひどうぞ」
ベレト
「よ、余計な事を付け足すな!」
ソロモン
「ハハ。まだ小さいのに、本当によく気が回るんだな」
ポー
「ありがとうございます。伊達におとうさんと二人で切り盛りしてませんから」
「あ、お客さん。茶葉とスパイスをミルクで煮たヤツ、おかわりいかがですか?」
ウェパル
「ええ、お願いするわ」
「あと、ウェパルで良いわよ。誰も彼も『お客さん』じゃ区別つかないでしょ」
ポー
「はい。じゃあ、『ウェパルさん』でよろしくお願いします」
ウェパル
「それと、よろしくついでにもう一つ」
「今朝早くに来たって客──どんなヤツだった?」
ポー
「はい。それは──え、ええ!?」
ポーの驚く声に食事中の一行の視線が集まる。台所越しにヤブもこちらを覗き込んでいる。
ポー
「あ、あの、他のお客さんの事を勝手に話しちゃうのは、えっと……」
フォラス
「おいおい。そう言う情報は店側がみだりにバラして良いもんじゃねえって事ぐらい知ってるだろ」
「俺達が王都の使いで来てるって言っても、俺達が情報を要求できる人間なんて事件に関係あるやつ──っておい、まさか?」
ソロモン
「もしかしてウェパル……その客の事を疑ってるのか?」
「その客が、今回の事件に何か関わってるんじゃないかって」
ウェパル
「半信半疑……いえ、三割くらいかしらね」
「でも、気にはなるじゃない? 王都から立ち入り制限されてるって知りながら、ゴネてまで滞在しようなんてヤツ」
バルバトス
「ふむ……少々気は進まないが、俺も同感だな」
「王都が敷いた制限というのも、恐らくは近隣の街の旅人に説明して帰ってもらうとか、そう言った対策になるはずだ」
「だとすると、その客もロンバルドの状況については再三説明を受けてるはずだし、場合によっては力ずくで差し止めを受けたかもしれない」
「それでもここまで来たと言う事は──ただの観光じゃなく、もっと重要な理由があると考えるのが妥当だ」
ポー
「えぇ~……あの、でも……」
ヤブ
「あー、皆さん。ちょっとよろしいですかね」
台所からヤブがソロモン達を呼び止めた。
ヤブ
「私としても、できれば皆さん方に協力はしたいと思ってます。それはそれとして……」
「うまく言えないんですが、『もしかしてこう言う事』じゃないですかね」
「皆さんは実はもっと早くに起きていて、下で私と『誰か』がやり取りしてたのを少しばかり見聞きしていた……と」
モラクス
「??」
シャックス
「……はぇ?」
ベレト
「ほぉ。冴えない面構えにしては知恵が回るではないか……嫌いではないぞ」
ポー
「お、おとうさん……?」
バルバトス
「──ああ、なるほど」
「いやあ、実はそうなんだ。それにもしその『客人』が、俺達の与り知らぬ所で幻獣の危険に晒されてしまうような事があったらと思うと気が気でなくてね」
「だからあの時チラッと見た人物が、せめて客だったのか集落の住民だったのか、『確認』を取っておきたいんだよ」
ヤブ
「そういう事でしたらお構いなく」
「私はまだ料理の途中なんで、ポーに聞いてやってください」
ポー
「え? えぇ? な、何が起きて……?」
フォラス
「ポー、ちょっと耳貸しな」
「(仮に今朝早く、俺達がその場に居合わせていたとするだろ。『もしそうだったら俺達が知っていた』だろう事を話してくれ)」
「(例えば外見とか、その客がどんな行動してたか。その客が居ない今の内なら、そのくらいの情報は俺達が『たまたま』下に降りた時に見かけたって事にできるって訳だ)」
ポー
「(え……えぇ~……そういうの、アリなんですか?)」
フォラス
「(本当は褒められた事じゃないけどな。まあどの道、そのくらいの情報なら同じ宿で過ごしてりゃすぐに解っちまう事だしよ)」
ソロモン
「何かズルい事してる気は拭えないけど……ポー、教えてもらえるかな」
「その客が何者だったとしても、その人が居るとわかった時点で、俺達が守らなきゃならない命なんだ。少しでも知っておくに越したことは無い」
ポー
「う~~ん……わ、わかりました」
「と言っても、大体はお父さんが対応してたので、あんまり細かくは覚えてないですけど」
ソロモン
「構わないよ。じゃあ、まずは外見から教えてもらえるかな」
ポー
「はい。えっとまず……金色の長い髪の男性でした」
ソロモンたち
「……」
バルバトス
「ちょ、ちょっと待った。何で皆して俺を見るんだ!?」
「ポー、他に、他に無いか。例えば──服装とか!」
ポー
「あ、服装はよく覚えてます。こんな寒い所なのに服の前を素肌までバーっと開いてて──というか、上は上着一枚だけで肌着とか無かったような?」
ウェパルたち
「……」
ソロモン
「いや俺は関係ないって!」
モラクス
「俺も! 俺も!」
ポー
「あ、いえ。何というか、その人はもっと大人な方でした」
ソロモンたち
「……」
フォラス
「お前ら、もう半分フザけてやってるだろ……」
ウェパル
「ねえ。全部当てはまるヤツ、心当たりあるんだけど……」
ソロモン
「え、俺達の知ってる人間って事か?」
「でもウェパル、何か凄く面倒くさそうな顔だな……」
ウェパル
「ええ。正直、ハズレであって欲しいけど──」
「そいつ、くどい顔してなかった?」
ポー
「クドイ……? よくわからないですけど、顔立ちは彫りが深くて、目元がキリッとしてました」
バルバトス
「ん……?」
「ウェパル的にくどい顔……服をはだけて、俺より年上風の長い金髪……」
ウェパル
「変な飾りとかやたら着けてたり」
ポー
「あ、はい。飾りも色々と」
「確か、首輪っぽいのとか、ネックレスとか──」
ソロモンたち
「……」
ベレト
「蒸し返すな! とっとと話を進めんか!」
ポー
「他にはえっと……あ、『マフラー』も着けてました」
「最初は服にくっついてるように見えたんですけど、ものすっごく長いピンクの毛皮のマフラーなんです」
ソロモン
「あれ……?」
「素肌に上着一枚で、ピンクの長いマフラーみたいな……んん?」
ウェパル
「喋り方とかは? 一度聞いたら忘れたいのに忘れられないような感じだったりしてない?」
ポー
「うーん。お話はおとうさんがしてたので、あんまり……あ、でもたまに大きな声で何か言ってたような……」
「えっと、知らない言葉だったからちゃんと聞き取れてないかもですけど……」
ウェパル
「良いから」
ポー
「確か……おほん、『えぃぐずぁぁくとぅり』?」
ソロモンたち
「あっ!!」
???
「オーゥ、こんな所で出会うとは。奇遇だねキミたち!」
酒場の奥の通路から、忘れたいのに忘れられない声が届いた。
※ ここからあとがき
公開してだいぶ経ってから気付いたのですが、メギド質問箱をよく見るとヴァイガルドにも温泉があるようです。
なのでフォラスがそれを知らないかのような発言は些か不自然ですが、たまたまヴァイガルドの温泉文化と東の温泉文化がフォラスの中で結びつかなかった的な解釈でお願いします。
以下は弁明なので読み飛ばしていただいても問題ありません。
現実世界でも西洋の温泉は豪華な造りが多かったり、古代ローマの浴場も入浴より施設内でドンチャンするのが主なイメージがあるので、ヴァイガルドも「天然温泉=宮殿風」な印象を持たれがちという可能性もあると思います。
そう考えた上で
・フォラスは、いわゆる温泉とは何か。またどのように作られるかまでは熟知していない。
・フォラスの中の「温泉」の定義は「体に良い湯を張った共同浴場」である。
・辺境のロンバルドで当世風の温泉施設があるとは考えにくい。
・酒場で東国風の酒を味わった経験から、東の文化に影響されている可能性がある。
・手早く体を洗うだけというのは少し厳しい。欲場で暖を取れる形態が求められる。
・即ち「ロンバルドの風呂=東国風の小ぢんまりとした、あるいは自然環境に最低限の整備を加えた空間」
といった過程で先入観が生まれたと解釈する事もできるかと。
確か、西洋では温泉といえど、ゆっくり浸かるものではなく体を洗う事が優先され、共同浴場は温水プールのように泳いだり水辺でリラックスしたりとレジャーな利用法が多いと何かで読んだことがあります。
なので、フォラスにとって東の温泉は「正式名は知らないが、風呂の形態に酷似した未知の文化」という認識だったと。そのような感じで何卒お願いします。