メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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12「事前レクチャー」

 追加の幻獣に出くわす事もなく、大空洞入口前に到着した一行。

 馭者を担当していたガイードが背後に呼びかける。

 

 

ガイード

「さて、こっからが本番だ。ポー、準備頼むぜ」

 

ポー

「もう済ませてます。後は皆さんに説明するだけです」

 

ガイード

「さっすがぁ」

 

 

 馬車の中ではポーが積荷から取り出した道具類が整然と並べられている。

 

 

ソロモン

「これは、寒波の時にも渡された、防寒具?」

 

バルバトス

「まあ当然だね。『大空洞調査用』の品々なのだから」

 

ポー

「それじゃあ皆さん、使い方とか説明しますので、1人1セット持って、一旦外に出て下さい」

「あ、薄着のお客さんはこっちの外套を着て下さい。フード付きなので高地の冷たい風もへっちゃらです」

「そちらのお客さんは特に薄着ですから、この『ミノ』があればバッチリです」

 

ベレト

「だから何で儂にだけそんな野暮ったいモノばかり着せようとするのだ!?」

「もうこの綿の塊みたいなボテボテを着込まされて暑苦しいくらいなのだぞ! この上そんな藁の塊など被せて何になるというのだ!」

 

ウェパル

「一番寒そうだからって言ってるじゃないの。似合ってるわよ?」

 

シャックス

「いやー、丸っこくてナデナデしたくなりますなー」

 

 

 喚くベレトを引っ張りながら外に出る一行。

 ちょうど強めの風が吹くと、ベレトがすぐに大人しくなった。

 

 

ベレト

「ふぐぅ……!」

 

モラクス

「ウヒィ……脇腹の辺りから冷てえのがゾワって……」

 

シャックス

「ぜ、全然へっちゃらじゃないないぃ~……」

 

ウェパル

「外套纏ったくらいじゃ、まだ全然ね……」

「そこのハルマも、ヴィータが寒がってんだから空気読んで一枚くらい着なさいよ」

 

ミカエル

「ノンノンノー! ハルマだからこそ誇らしく立ち上がらなくては。震える子羊達の希望としてね」

「それに、私にはまだまだ心地良い秋風のようなものさ」

 

ウェパル

「アスタロトかデカラビアでも居ればよかったのに……」

 

ソロモン

「それにしても、何だこの寒さ……昨日ここまで来た時は大した事無かったのに……」

 

ガイード

「山の気候ってやつですよ。なだらかに登ってくるから気付かない方も多いですが、この辺かなり標高がありますからね」

「むしろ昨日が穏やかすぎたんですよ。苦労かけますが、説明が終わるまでは辛抱願います」

 

バルバトス

「なるほど。俺達みたいな『温室育ち』に自然の厳しさを理解してもらうための青空教室でもあるわけだ」

「大空洞に入ってからトラブルが起きたら困るどころじゃ済まない。だから説明を終えるまでに体調を崩すようなデリケートな客のふるい分けもできる」

 

ガイード

「まさにその通りです。商売としちゃあとんでも無い話なのはわかっちゃいるんですがね」

「お客さん達くらいならよくある事なんで気にせんでもらって大丈夫なんですが──」

「中には地底湖で泳ぐんだって裸同然で来る客もいるくらいですからねえ……」

 

ウェパル

「バカなの? いえ、バカに失礼ね……」

 

バルバトス

「接客だの観光だのでは避けて通れないからなあ……そういう出会い」

 

ガイード

「観光地になるまでは、ちょっと留守にしたって鍵なんかも……」

「ああいえ、話を戻しましょう」

「基本的な防寒具は着てみれば解るとして……ポー、皆さんに説明」

 

ポー

「ハイ! ではまず、皆さんに配った防寒具から、この2つを取り出してください」

 

 

 掲げたポーの手から、衣類とは趣の異なる物体が2つぶら下がっている。

 

 

モラクス

「でっけえ眼鏡と……なんだ?」

 

ウェパル

「犬の口輪?」

 

フォラス

「眼鏡じゃなく『ゴーグル』、もう一つは『マスク』な」

「まあ、年中過ごしやすいエルプシャフトじゃあどっちも馴染み薄い道具だが」

 

シャックス

「あ、知ってる知ってる!」

「胞子やカビを吸い込んじゃうと危ないから、研究する時はマスクを着けるんだよ」

「アレアレ? でももっと目の細かい布とかじゃないと意味ないよ?」

 

バルバトス

「砂漠や鉱山で、粉塵から目と呼吸器を守るのに使われると聞いた事あるが……」

 

ポー

「なるほど。外だとそんな風に使ってるんだぁ……」

「あ、じゃなくて……この辺りでは、寒さから身を守るために使ってます」

「皆さんに1つずつ配りますから、私が説明する通りに着けてみて下さい」

 

 

 言われるままに装着する一行。

 

 

ソロモン

「えっと、これで良いのか? でも、何だかこれ……」

 

ウェパル

「ちょっと息苦しいわね。感触も慣れなくて鬱陶しいし」

 

モラクス

「視界の隅が隠れちまって落ち着かねえ……これでバトルって、ちょっと面倒かも……」

 

シャックス

「アハハハハ、みんな変な顔ー!」

 

バルバトス

「いや、お互い様だからな?」

「(ただ……顔半分以上が隠れてるのに、ミカエルだけむしろインパクトが増した気がする……)」

 

ミカエル

「む? どうかしたかい?」

 

バルバトス

「い、いや何でもない……」

 

ウェパル

「(いよいよもって完全体の変態ね……)」

 

ポー

「付け方を覚えたら、外して大丈夫です」

「ゴーグルはまだ身に着けなくて大丈夫ですが、マスクは大空洞に入る前に必ず装着してください」

 

 

 指示通り、顔の防具を外し始める一行。

 

 

バルバトス

「(シャックスは覚えててくれるか……いや、どうせ俺が着けてやる事になるだろうな)」

 

フォラス

「マスク……呼吸……そういや、集落の寒波の時、息吸っただけで咳き込みそうになったな」

 

ポー

「はい。大空洞はもっと寒くて胸が締め付けられるくらいなので、そのままだと息もしづらいです」

 

ベレト

「くだらん。集落の時もすぐに慣れたのだ。これ以上、鬱陶しい物を着る必要はない」

 

シャックス

「ベレベレダメダメ! 菌が肺に入ると咳が止まらなかったり血を吐いたりしちゃうんだよ?」

 

ベレト

「こんな所にカビなど生える物か!」

 

シャックス

「あるよあるよ! すっごく珍しいんだけど、コ──」

 

ポー

「あ、あのぉ……確かに、すぐに何か起きたりはしないんですけど──」

「油断してると、息を吸った時に口の中が凍って、舌が唇や上顎にくっついちゃうんです」

 

モラクス

「ああ、冬に氷触った時とかたまにあるよな」

 

バルバトス

「多分、その比じゃないだろうね。くっつくと、どうなるんだい?」

 

ポー

「大抵、驚いて無理に剥がそうとしちゃうんですが……」

「そうすると、くっついたどっちかの表面が『ベロン』といきます」

 

ベレトとシャックス

「……」

 

 

 外しかけたマスクをいそいそと着け直す2人。

 

 

ガイード

「ちなみに、あっしも若い頃にやっちゃいましてね。その時からベロの形がちょっと変わって──」

 

ソロモン

「わ、わかった! ちゃんと着ける! 着けさせる!」

 

モラクス

「何でオッサンちょっと楽しそうなんだよ……」

 

バルバトス

「何故だか自慢気に語りたくなるものなんだよ……」

「(まあ、これならシャックスもちゃんと気を付けてくれるだろう)」

 

ポー

「あはは……後、くっつかなくても口や鼻からどんどん冷えちゃうので、その予防です」

 

フォラス

「冷え切った空気を直接吸わないためのマスクって事か」

「するとゴーグルは何だ? まさかこれも……」

 

ポー

「はい。目玉が凍ったりはしませんが、それでも表面の涙が乾いたり、瞼やまつ毛が凍ってくっついちゃったりします」

「それで何か困った事になったって話はまだ聞かないですけど、何か起きてからじゃ遅いので」

 

フォラス

「つまり、ゴーグルは目に異常を感じた時に応急的にって事か」

 

ポー

「あと、転んだ時の防具です。大空洞は足場が悪いですし、あっちこっち尖った物もありますから」

「でも、ダメな時はやっぱりダメなので、『着けた方がまだマシ』って感じです」

 

フォラス

「さっすが大自然だ。何だか逆にワクワクしてきちまう」

「とにかくわかった。気をつけよう」

 

ガイード

「説明はここらで良いでしょう。ポーも上出来だったぞ」

 

ポー

「えへへー、もうすっかり覚えましたから」

 

ガイード

「では今から風よけ用に、ごく簡単なテントを張ります。まあ5分とかかりません」

「張り終えたら、すいませんが男性の皆さんはテントの方に移動願います」

「服装によって防寒具をどれだけ着ける必要があるか変わりますので、それぞれポーと私で確かめさせてもらいます」

 

フォラス

「場合によっちゃ肌着から着込む必要もあるって事か。まあこの寒さじゃ納得せざるを得ないな」

 

ポー

「特に足先は靴で見えない分、『まだ大丈夫かな』とか思ってる間に大変な事になっちゃいます」

「私達も大空洞に入る時は分厚い靴下何重に重ねたりもするので、履物は皆さん専用の物に替えるつもりでいて下さい」

 

バルバトス

「この完璧な装いを崩す事になるのは遺憾だが、やむを得まい」

 

ウェパル

「着替えるといえば、何で朝食の時の服から着替えてるの。勲章じゃなかったの?」

 

バルバトス

「ポーが俺の姿を見て心を痛めてしまうかもしれないだろう?」

「女性の笑顔を守るなら、栄誉だって捨てるし、俺は悪にでもなるのさ」

 

ウェパル

「私達は、先に馬車で着替え始めちゃっててもいいのよね?」

 

ガイード

「ええもちろん。昨日の今日でこんな事お付き合いさせちゃってすいません」

 

ウェパル

「別にいいわよ。あなた達も大変ね」

 

バルバトス

「(スルーされた……!)」

 

ベレト

「フッフッフ。儂はここで待っていてやろう。珍妙な格好で出てくる貴様らを笑い飛ばしてやるから覚悟しておくのだな!」

 

ポー

「何言ってるんですか。外でじっとしてたら体壊しちゃいますし、お客さんは特に念入りに着込んでもらわないと危ないですから」

 

ベレト

「何だと! ここまでゴテゴテにさせておいて、後どこに物を着ける余地がある!?」

 

ポー

「普段使いの防寒具と大空洞用のとは全然別物です」

「『ミノ』は大空洞でも使えない事も無いですけど、とにかく全部一旦脱いで選び直しです」

 

ベレト

「貴様は儂をどこまでイモくさい着せかえ人形にすれば気が済むのだ!」

 

ポー

「ロンバルドでおイモなんて育ちません。さあ、ついて来てください」

 

ベレト

「ついて来いと言うなら引っ張るな。離せ、離さぬか、この……」

「おのれェーーーーー!」

 

 

 ポーに引きずられて馬車へ一番に消えていくベレト。

 いつの間にかテントの設営を始めていたガイードが一行に声をかけた。

 

 

ガイード

「いやはや。何だかすいませんね。あの子はお節介が始まるといつもあんな具合で……」

 

ソロモン

「いえ。俺達も、ここに来るまでだけでもポーに助けられてばかりですし」

 

バルバトス

「それにベレトも、本当に嫌ならおとなしく引っ張り込まれたりはしないだろうしね」

 

ウェパル

「それはどうかしらね。あの子、何か断りきれないし」

 

バルバトス

「断りきれない──?」

 

ガイード

「あー、わかります。すっごくわかりますよ」

「本当に放っといて欲しい時とか、人の心配してる場合かって時でも、何故かポーだけは撥ね付けられないっていうか──」

 

バルバトス

「そういえば、ウェパルも文句言いながら、かすり傷の手当を大人しく受けてたな」

 

ウェパル

「ええ。纏わり付かれるのもウロチョロされるのも嫌いだし、寒さで気が立って、いっそ怒鳴ってやろうかと思ってたくらいなんだけどね」

 

ミカエル

「ほほぅ──」

 

ウェパル

「よりによって何であんたが食いつくのよ」

 

ミカエル

「気にならないわけがないさ」

「それはまるで、彼女は他人の心に何か働きかけているようではないかね?」

 

ソロモン

「働きかける、か──」

 

モラクス

「いや、そんなんじゃねえと思う」

 

ソロモン

「モラクス?」

 

モラクス

「俺がポーから毛布とか飲み物とかもらった時、なんとなくだけどよ──」

「何か、『すごく心配されてるんだな』って──よくわかんねえんだけど、そんな風にストンと思えたんだ」

 

シャックス

「あ、それあたしもあたしもー!」

 

モラクス

「いや、お前まっ先に寝てたじゃん!」

 

ウェパル

「あっ──」

 

バルバトス

「ウェパルも同意見って顔だな。俺にはいまいちピンと来ないが──」

 

フォラス

「俺はまあ、娘の世話してる時の嫁みたいに甲斐甲斐しいなっつうか──」

「『百戦錬磨のこいつらにそこまでしなくても大丈夫だろうよ』とか微笑ましく思ってたな」

 

バルバトス

「同じく」

 

フォラス

「戦闘のダメージが少ない俺達やソロモンは、相対的にポーとの交流が少なかったせいかもな」

 

ソロモン

「いや、俺はわかる気がする」

「モラクス達の世話を焼いてるポーを見て、何でかはやっぱりわからないけど──」

「仲間達を心配してくれてるのが、こっちにまで伝わってくるような、そんな気持ちになったんだ」

 

バルバトス

「俺とフォラスには実感が無いのに、他のみんなはポーに対して、ほぼ同じ感想を抱いたって事か?」

「うーん。偶然って言うには、俺達はそれぞれ性格も物の考え方もだいぶ違うしな……」

 

ガイード

「ちょっと、良いですかね。テントが出来たんですが──」

 

ソロモン

「あれ? もうそんなに経ってたのか……」

 

ガイード

「まあこっちも慣れてますからね。それより、ちょっと皆さんの話に混ざってもいいですかね」

「実は、あっしらにも心当たりがあるんですよ」

 

ミカエル

「つまり、キミ達もポーの『心配』を感じ取っていると?」

 

ガイード

「まあ、そんな所ですかね」

「何で断りきれないのか、最初の内は例えば、人間離れした肌に思わず見惚れたからだ、なんて色々言い合ってたもんですが」

「いつの間にか、誰ともなく同じ答えに行き着きましてね」

「あの子から向けられる『気持ち』とでも言いますか。そんなものを仕草か何かから感じてるんだろう、と」

「だから──何ていうんでしょうかね。『断っちゃ悪い』とも違うし、『甘えたくなる』ってのも変だし……ハハハ」

 

シャックス

「うんうん、わかるわかる!」

「朝ごはんの時もね、ポーポーがバルバルにドキドキしてるんだーってわかって、何だかあたしも楽しくなっちゃったし」

 

バルバトス

「(何か、シャックスらしからぬ話題が飛び出した気がする……!)」

「って、ちょっと待て。それで何で俺を犯罪者扱いする方向に乗っかったんだ!?」

 

シャックス

「だって、パルパルもベレベレもそう言ってたから、そういうノリかなーって」

 

バルバトス

「ノリなんてどこにも無かったから! ポーの気持ちを汲み取れて何でそこが汲み取れなかったんだ!」

 

ウェパル

「そう? 言われてみると私もあの時のバルバトスが一際気持ち悪く見えたから、正直な気持ち伝えただけよ。最初からそういうノリだったじゃない」

 

バルバトス

「人助けしたってのに何でだ!? どこがいけなかった?」

 

ウェパル

「さあ。こういうのに『理由』なんていらないじゃない?」

 

ミカエル

「インタレスティング! これもまた『奇跡』の1つかも知れないね」

「誤解や疑心暗鬼はハルマにさえあるその中で、彼女の真心だけは、あまねく人の心に確かな『何か』を届けているのだ」

 

バルバトス

「その『何か』の受け取り方に差がありすぎるだろう……」

 

ソロモン

「(何か……似たような事が前にも無かったっけ……)」

「(うーん、ダメだ……何か出てきそうで出てこない。とても大変な時だった気だけはするんだ。それに……)」

 

シャックス

「ん? モンモンどしたの?」

 

ソロモン

「いや。何でもない」

「立ち話はこれくらいにして、俺達も早く着替えよう」

「(それに、何だかシャックスが関係あったような……無かったような?)」

 

 

 




※ここから後書き

 ポーのセリフに「大空洞の空気は冷たいし乾いてる」と何となく書いていたのですが、ちょっと調べてみると氷点下でも水蒸気は発生しますし、湿度100%近い洞窟も珍しくないらしいです。
 よって、慌てて一部セリフを修正しました。

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