メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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17「落下と献身」

 自ら幻獣へ飛び込むベレトに、ソロモンがフォトンを回す。

 

 

ベレト

「まだ足りん! ありったけだと言っておる!」

 

ソロモン

「もっと? だって、もう奥義だって打てるくらい……!」

 

ベレト

「いいから黙って従え! 小童がどうなっても知らんぞ!」

 

バルバトス

「何か考えがあるみたいだ。とにかく言う通りにしてみよう」

 

ソロモン

「わ、わかった。いくぞ、ベレト!」

 

 

 手当り次第にフォトンをベレトに注ぎ込むソロモン。

 ベレトの周囲に余剰したフォトンが溢れて、立ち昇る紫のオーラを形成しているのが、ソロモンの目に見て取れた。

 

 

ベレト

「(あの小童が関わると、何故だか調子が狂う……立つ腹も立ちきらん……)」

「(だが今は違う……相変わらず何故かはわからんが……あの幻獣ども……!)」

 

ベレト

「『目障りだっ! 邪魔で邪魔でしょうがないっ!!』」

 

 

 ベレトは駆け出した勢いそのままに飛び上がり、旗竿を大きく振りかぶった。

 

 

ベレト

「ずえぃっ!!」

 

モラクス

「武器投げたっ!?」

 

ソロモン

「しかも、フォトン全然使ってないぞ! 何やってんだ!?」

 

バルバトス

「いや待て、幻獣自体はフォトンも必要ないくらいに脆い。という事は……?」

 

ウェパル

「(このやり取り何秒の間にこなしてんの……?)」

 

 

 旗竿を幻獣に投げつけたベレトは、崩れた姿勢そのままに着地して、地面の滑りやすさを利用して幻獣たちの直下をくぐり抜けた。

 スライディングの先には、前へ後ろへと振り向いてオロオロするポー。

 

 

ベレト

「小童ぁっ! そこ動くなあっ!」

 

ポー

「えひっ!? お、お客さ──?」

 

 

 既にベレトの頭上では、放り投げた旗竿が回転しながら、砲丸を受けた蜘蛛の巣のように幻獣たちの体を引き裂いている。

 滑る勢いそのままに無理やり立ち上がり、ポーの眼前に駆けつけるベレト。

 滑り止め素材の靴底を頼って急ブレーキをかけ、庇うように抱きしめるような動作をしたベレトが勢い余ってポーの額──の石に頭突きを見舞ってしまった所で、旗竿が幻獣の核を叩き潰した。

 

 一匹の爆発を機にドオン、ドオンと、一回一回確かめるように爆発が相次ぐ。

 

 

フォラス

「ちっ……本当に誘爆しやがったか」

 

バルバトス

「(おかしい……数に比べて、明らかに爆発の規模が小さい?)」

 

ウェパル

「(思い出した。あの爆発、やっぱり『そっくり』だわ……でも、普通『そんなこと』する?)」

 

ソロモン

「ベレト! ベレト無事か!?」

 

 

 各々が思う所を抱える中、爆風の向こうで、ベレトはポーの盾になるような形でシッカと立っている。

 爆風に踊りに踊らされた旗竿が2人のすぐ隣に突き立ち、微かに残る爆風にはためく。

 しかし爆風が完全に収まったとほぼ同時、ベレトがユラリとその場に崩れ落ちた。

 

 

ポー

「あ、お、お客さん!」

 

バルバトス

「ポーが無事……なるほど、自分の体にフォトンを充満させて、捨て身で防波堤になったのか」

 

ミカエル

「私が統べる者を爆風から守った時と同様だね」

 

ポー

「だ、ダメですお客さん、起きて! そっちは……!」

 

 

 倒れるベレトの体がそのまま斜面に投げ出された。

 上半身が完全に斜面に乗った所で、ポーがベレトの両足を抱えて何とか踏みとどまる。

 

 

ポー

「く、ぅ……!」

 

ガイード

「まずい……ポー! 今行くから持ちこたえてくれ!」

 

ソロモン

「ベレトっ! 召喚に応じてくれ!」

「……ダメだ、完全に気を失ってる……反応すら来ない!」

 

ミカエル

「いかん、ここは私が──」

 

フォラス

「こっ……んのぉ!」

 

 

 ガイードに先んじて、ミカエルを押しのけ、フォラスがポーの元へ駆け出した。

 

 

ミカエル

「ウップス……!?」

 

ソロモン

「フォラス!?」

 

ガイード

「お客さん落ち着いて!」

 

 

 遅れてガイードも駆け出す。

 黙って立ち尽くしてもいられず、残る者達もあとに続いた。

 

 

モラクス

「や、やべえって、二人ともズルズル滑り落ちそうになってる!」

 

バルバトス

「小柄で痩せている方とはいえ、15のヴィータの体をポーが支えきるのは無理があるか」

「ポーもポーで体格的にはせいぜい8~9歳って所だしな……」

 

 

 座るような姿勢で、足を前方に突き出して踏ん張るポー。

 その踵がお誂え向きな岩の突起に引っかかった。

 

 

ポー

「これ、なら……少しくらい、お客さんを引き上げ──」

「……あ、れ……からだ……ちか、ら……」

 

 

 全身に力を込めようとしたポーが脱力し、ベレトの体に引っ張られるまま、ベレトの足に縋り付くような姿勢で共に奈落へ引きずられていく。

 

 

バルバトス

「気絶!? くそ、やはり爆風を防ぎきれていなかったか!」

 

ウェパル

「二人とも斜面に乗った。間に合わない──!?」

 

ガイード

「ポーーっ!!」

 

フォラス

「させっか……よぉっ!」

 

 

 先頭を走っていたフォラスが、後少しで2人に追いつくという所で斜面に飛び込んだ。

 勢いそのままに斜面を滑走してポーとベレトを体当たり気味に抱きかかえる。

 そのまま崖へと為す術もなく滑り落ちるフォラスが叫ぶ。

 

 

フォラス

「召喚だ、ソロモン!!」

 

ソロモン

「召喚って、まとめて……!?」

「いや、やるしかない……召喚!」

 

 

 ソロモンの指輪が光り、次の瞬間にはソロモンの目の前にフォラスと、その腕の中のベレト、ポーが転移した。

 だが、ソロモン達はベレトとポーを追って全力疾走の真っ最中だ。

 投げ出されたフォラスに盛大に躓き前方に投げ出されるソロモンたち。

 

 

ソロモン

「え、おわっ、とぁっ!?」

 

モラクス

「うぇっ!?」

 

ウェパル

「ちょ──!?」

 

 

 たちまち積み重なる3人。後に続いていたバルバトス、ミカエル、シャックスは直前で踏み止まった。

 フォラスが3発連続で蹴られた腰をさすりながら起き上がった。

 

 

フォラス

「う~、イテテ……助かったけどよ、座標ももう少し考えてくれたら嬉しかったな……」

 

ウェパル

「同感……」

 

シャックス

「わーいわーい、ピッタリ三段重ねー♪」

 

ソロモン

「ごめん、咄嗟だったし、こういう『大技』はどうしても……」

「っていうか、重い! 二人ともそろそろどいてくれ!」

 

モラクス

「あっ、わりいアニキ!」

 

ウェパル

「失礼しちゃうわね」

 

 

 モソモソとソロモンの上から降りる2人。

 当たり前のように無事を喜び合う一行をガイードがポカンと眺めている。

 

 

ガイード

「あ、あの……今、何が起きて……?」

 

ソロモン

「あー、えっと……何から説明すれば良いか……」

 

バルバトス

「世の中、有り得ないと思う事をやってのける人間が1人か2人いるって事さ」

「今は説明は後にして、ポーとベレトを安全な──」

 

ポー

「う、うーん……」

 

 

 ポーが起き上がった。状況が把握できていないようでぼんやりと周囲を見回している。

 

 

ポー

「あれ……何が起きて……?」

 

ガイード

「ポー! 無事か? 怪我はないか!?」

 

ポー

「あ、ガイードさん。はい、大丈夫です」

「何だか、急に目の前が暗くなって、気付いたらこんなですけど──」

 

 

 言い終わらないうちにガイードがポーを強く抱きしめた。

 

 

ガイード

「よかった……本当に、よかった……!」

 

ポー

「ガ、ガイードさん、力強すぎ……痛いです……」

「あ、そうだ、お客さんは!?」

 

ガイード

「おっと、すまねえそうだった」

 

 

 ベレトを見ると、既にミカエルがベレトを膝枕して状態を見ている。

 

 

バルバトス

「(スゴイ絵面だ……)」

 

ミカエル

「ノープロブレム。呼吸も脈拍も正常だよ。後は目覚めるのを待つだけだ」

「先程の幻獣と戦って起こるという、いわゆる目眩や失神と同様のものだろうね」

 

ポー

「私、お客さんに大変なご迷惑を──」

 

バルバトス

「こらこら。それはいただけないぞ、ポー」

「君達に案内してもらって、俺達は君達を守る。それでお互い対等なんだ」

「俺達を助けてもらった分、むしろもっと頼ってくれるくらいじゃないと割に合わないさ」

 

ポー

「は、はあ……」

 

ソロモン

「でも、さっきみたいのは流石に二度はなあ……」

「『召喚できないメギド』に『普通のヴィータ』までまとめて召喚なんて正直、大技どころか本当にできるか怪しいところだったし」

 

フォラス

「まあそこは悪かった。つい勝手に体が動いちまってな」

 

モラクス

「いいじゃねえか。他にいい方法も思いつかなかったし、結果オーライだって!」

 

ガイード

「皆さん。すみませんが、今日の所は撤収第一で構いませんかね」

「こうして元気そうでも、やっぱりポーには大事を取ってやりたいんで」

 

ポー

「そんな、私は別に……」

 

フォラス

「いや、俺も賛成だ。守られたとはいえ、幻獣の攻撃を受けた事には変わりねえ」

 

ポー

「で、でも……」

 

ウェパル

「別に確認取るまでも無いんじゃない? 元から帰り道なんだから」

「要は寄り道も幻獣退治も無しって事でしょ。こっちも欠員出ちゃったし丁度いいわ」

 

バルバトス

「それに、フォラスの腰も労ってあげないとね」

 

フォラス

「まだそこまでくたびれてねえよ。格好悪い事言ってくれんなっての」

「ポーもそんな気にしないでくれ。さっき言った通り、お前さんが無事でも、ここから出る事には変わりなかったんだしな」

 

ポー

「はい……」

 

シャックス

「でもでもー、ここならフォトンが沢山あるんだし、ベレベレここに置いてけばすぐに元気になるんじゃないかなー?」

 

モラクス

「サラッとエグい事言いやがった……!」

 

ソロモン

「仮に外よりここの方が回復早かったとしても、その前にベレトが凍死しちゃうだろ……」

 

ウェパル

「冬眠に失敗したカエルみたいにね」

 

バルバトス

「それにフォトンを操作してやるソロモンもこの場に長居させる事になる」

「でもだからってベレトを独りにすれば、凍える前に淋しくて死んでしまうだろうね」

 

ソロモン

「気絶してるの良い事に乗っからなくていいから!」

「とにかく、ガイードさんの言う通りで異論ありません。帰り道の案内、よろしくお願いします」

 

フォラス

「ベレトは俺──とモラクス、交代で背負ってもらって良いか」

「案内役に負担かけるわけにもいかねえし」

 

モラクス

「おう、なんなら俺1人でも大丈夫だぜ」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 その日の夜。今回のまとめを語らった一行も寝室へ引き返した頃。

 明かりを落とした酒場にフォラスとヤブの姿。

 

 

フォラス

「もう皆も寝静まった頃だってのに、こんな遅くに時間取ってもらってすまねえな」

 

ヤブ

「いいえ。大空洞で倒れられたお連れさんは、その後どうです?」

 

フォラス

「心配ねえ。改めて診てもらったが特に異常も無いとさ」

「よっぽどの事で無い限り、明日までには目を覚ますそうだ」

 

ヤブ

「そりゃあ良かった。お客さんもお疲れでしょう。よければ何か一杯くらい──」

 

フォラス

「ありがてえが遠慮しとくよ。嫁から最近、腹がたるんできたって言われたばかりでな」

 

ヤブ

「はっはっは、そりゃあ辛い所ですな」

 

フォラス

「はは、全くだ」

「ポーの方は、その後も心配無さそうかい?」

 

ヤブ

「ええ。お陰様で。さっきも賄いをモリモリ平らげて見回りに出た所ですよ」

 

フォラス

「育ち盛りで微笑ましいこった」

「それじゃあ、本題に入って構わねえかな」

 

ヤブ

「ええ。ガイードからも聞いてます。ポーの両親の事ですね」

 

フォラス

「ああ。くれぐれもすまねえ。よそ者のくせしてこんな事──」

 

ヤブ

「良いんですよ。あの子のためだってんですから」

「それに最近はポーもすっかり──」

「ああ、いや……うーむ……」

 

フォラス

「地底湖の前で、ポーが何か見てぼーっとしてたの、関係あるみたいだな」

 

ヤブ

「ええ。でもまあ、集落の皆が知ってることですし、知られたからって気にするような子でもありませんしね」

「何から話したものか……まず、ご存知の通り、私はあの子の本当の父親じゃありません」

「一時は連れ合いもいましたが、子を授かる前に洞窟調査で足を滑らせまして──」

「ああいや、こんな事は話してもしょうがないか」

 

フォラス

「構わねえよ。好きなペースで話してくれ」

「嫁さん、災難だったな……」

 

ヤブ

「いえ。ここじゃあ寿命以外、みんな大空洞ですから。あいつも三度の飯より探検好きでしたし」

「でもまあそんな感じで、ポーの身元も私が引き取ったらどうだってなりましてね」

「あの子の両親は、まあ──行方不明です」

 

フォラス

「何か事情があって、ロンバルドを出たとか?」

 

ヤブ

「いいえ。ロンバルドじゃあ、そんなイザコザにかまけてたら凍え死んじまいますから」

「大空洞でね。消えちまったんですよ。影も残さず」

 

フォラス

「大空洞でか……でも、あくまで『行方不明』と?」

 

ヤブ

「もう2年ほど経ちますが、調査隊としても人の親としても立派な2人でしたからね──」

「それに、ポーを前にして『死んだ』なんて認めちまうのもねえ」

 

フォラス

「だなあ……だからガイードさんも『預かってる』って言ったわけだ」

「ご両親が姿を消した時の経緯、もう少し詳しく聞いても?」

 

ヤブ

「もちろん」

「あれは一昨年──ポーが10歳の誕生日を迎える何日か前の事でしたよ」

「あの日、家族連れ立って、地底湖まで赴くことにしたんです」

「二人目の子宝に恵まれて、安産祈願に天使様の御下で地底湖の水をいただこうってね」

「その日を境に母親の方も調査隊を退いて、子育てに専念するつもりでしたし」

 

フォラス

「ポーの落ちた地底湖に、か……いやむしろ、だからこそか?」

 

ヤブ

「ええ。帰って来てからのポーは信じられない程の飲み込みの早さで腕を上げましてね。昔みたいなヘマは仕掛けたってかかりやしないだろうってくらいに」

「ポー本人が興味津々だったのもあって、地底湖に距離置いてた両親も、『ここらで一区切り付けよう』と」

 

フォラス

「そして、ポーを残して消えた……?」

 

ヤブ

「……昼間に大空洞に入ったってのに、夕暮れになっても出てきやしなかった」

「当時、休憩所に詰めてたガイードが気付いて、仲間を呼んで地底湖に行ったんです」

「地底湖のほとりで、打ち上げられたみたいに水に浸かって眠るポーだけが見つかりました」

「地底湖には、ポーを回収して以来、簡単な舟を置いてあるんですがね」

「目覚めたポーが言うには、『舟に乗って、天使様の前でみんなでお祈りした後から、何も覚えてない』と」

「その舟も、天使様のすぐ手前で水浸しで引っくり返ってましたよ」

 

フォラス

「……まるで状況が見えねえな」

 

ヤブ

「でしょう? 舟に、かなりの血の跡があったんで、最近では例の怪物に襲われたのではなんて声もありますが──」

「吹っ飛ばされたのなら身に着けた物の1つくらい見つかるでしょうに、あの2人に関わる物は何一つ……」

「そもそも、あの頃に怪物の話なんて誰も聞いた事もありません」

 

フォラス

「何かに襲われた……くらいしか考えつかないが、証拠は舟の血の跡だけ、しかもポーは無事か……」

 

ヤブ

「最初の内は両親が消えたって知って、ポーもだいぶ塞ぎ込んでいましたが、ほんの何ヶ月かですっかり立ち直ってくれて──」

「いや、そう思いたいだけですね……」

 

フォラス

「それで2年足らずで『おとうさん』だもんな……」

 

ヤブ

「改めて考えてみれば……全く居た堪れない気遣いです」

「言い訳がましいですがね。何故だか集落のみんな、それでも皆、『ポーは大丈夫』って心から思えちまったんですよ」

「あの子の笑顔見てると、本当に、心の傷なんてどっかに隠れちまったんだって……そんな風に自然と、ね……」

 

フォラス

「『心配してくれてるのが伝わってくる』……『もう気にしてないのが伝わってくる』、か」

「……そういや、それならポーが地底湖の前で見てたアレは?」

 

ヤブ

「『キンチャク』──小物入れるための袋です」

「あの中に、石が3つばかし入ってるんですよ」

 

フォラス

「石……」

 

ヤブ

「両親が行方不明になったあの日、凍えもせずに眠るポーが握ってたんですよ」

「同じくらいの大きさが2つ、ずっと小さいのが1つ。3つまとめてもポーの手に収まる程度のちっぽけな石ころです」

「地底湖の周りには全く見当たらない、見たこともない石でしてね」

「そんなの、何か関係あるって思うじゃないですか。だから、ポーも肌身離さず──」

「あの子も両親が消えてから何度も地底湖を出入りしてますから、すっかり落ち着いたと思ってたんですが……」

 

フォラス

「それが今日、不意に昔の事を思い返しちまって、その石を……」

「周りが気付いてなかっただけで、何度かそうしてたのかもな」

 

ヤブ

「でしょうね。もしかしたら──『乗せられてた』のかもしれませんね」

「本当に感じてきたのは、『あの子が大丈夫』って気持ちじゃなくて、『私なら大丈夫』って、あの子の精一杯の空元気で──」

「その元気に乗せられて、『こんなにも元気を分けてくれるなら、きっと大丈夫なんだろう』なんて──」

 

フォラス

「余り思いつめないほうが良いぜ」

「人の事は言えないが、そういうのを子どもはよく見抜くし、そうなると却って子どもを傷つける事になる」

 

ヤブ

「わかっちゃいるんですよ。いるんですが……こればかりはどうにもね」

「……少し、愚痴を聞いてもらっても良いでしょうか。身内には言いづらい事も、有るものでして」

 

フォラス

「俺で良ければ。立ち入った話聞かせてもらった身だ。文句なんてあるわけないさ」

 

ヤブ

「ありがとうございます」

「……恐らく、集落のみんな、薄々感じている事だと思うんですがね」

「あの子のためにやってきた事……間違いがあるんじゃないかって」

 

フォラス

「間違い……?」

 

ヤブ

「……あの子が落っこちたと知った日にはね。集落中、夜も眠れないほど心配したもんです」

「そしてあの子が目覚めた時、寝ぼけたポーを放り出しそうなくらい、みんな泣いて喜び合いましたよ」

「当たり前じゃないですか。子どもなんですから。ただの、1人の子どもですよ。だからこそ我が事のように一喜一憂しました」

「なのにね……なのに、『特別』なんですよ。あの子は、今じゃあ」

「ロンバルドのみんな、ポーを愛さずには居られんのです」

「あの子は私達に絆を与えてくれた。結果として、ロンバルドを豊かにしてくれた。あの子こそ、この地の天使のようだと──」

「子どもをですよ。たった1人の。それを大人から同い年の子どもまで……『寄ってたかって』」

 

フォラス

「……」

 

 

 フォラスは黙って聞いていた。

 時折、思う所があるように目元や指が動く事があったが、それでも口は挟まなかった。

 

 

ヤブ

「そりゃあ私だって、幼い頃は家族に、ご近所に、友達に。散々良くしてもらいましたよ」

「でもそれは、ポーにしてやるソレと、本当に同じだったろうか──」

「あの子を子どもとして大切にするっていうのは、本当にこう言う事だったろうかってね……」

 

フォラス

「……言いたい事はわかる。身につまされるくらいにな」

「『子どものため』、『家族のため』になる接し方かってのは、俺もたまに悩むが……」

「偉そうに言えた義理でもないが、一度、面と向かって相談してみるってのはどうだ?」

 

ヤブ

「そうしようと思った事もあります」

「しかし、情けない話……どうしても切り出せないんです」

「見た目を差し引いても、ポーはやっぱり、私らの歳からすればまだまだ子どもですから」

「もしあの子が、こんな事ちっとも気にしてなかったら──」

「だのに親代わりの私から、あんな幼い内にこんな話を聞かされたら、あの子がどう思うかって考えると……」

 

フォラス

「……参ったな。返す言葉も無え」

 

ヤブ

「……まあ、所詮は愚痴ですよ。これからも私なりに精一杯、あの子の面倒を見ていくつもりです」

「すいませんね。余計な時間まで取らせちゃって」

 

フォラス

「とんでもない。何だか1つ教えられた気がするくらいだよ」

「──あー、そうだ。やっぱり、一杯だけ貰っちまおうかな?」

 

ヤブ

「私もお付き合いします。こう言う時の〆はコレに限りますからね」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 更に夜遅く。フォラスとヤブも寝室に入った頃。2階宿屋の女子部屋。

 全員、静かに寝息を立てている。

 

 

ベレト

「ん……うむぅ?」

 

 

 ベレトがベッドから起き上がった。

 何だかやけに布団が重たいと見てみると、ベッドに備え付けの物より分厚い物が掛けられていた。

 綿が大量に詰められてモコモコで、表地は中央に簡素な柄。外縁を白無地で額のように縁取りしてある。やはり何だか野暮ったい。

 

 

ベレト

「むぅ……腹が減っ──」

 

 

 寝ぼけ眼で何気なく振り返ると、驚いた顔で固まるポーと目が合った。

 

 

ベレト

「ぬあっ!? 何だきさムゴっ……!」

 

ポー

「お、お客さん、シーッ!」

 

 

 ポーがベレトの口を塞ぎ周囲を見回す。

 

 

シャックス

「んん~……しょくぅん、ほんじつはむぽぴぇみょムニャムニャ……」

 

ポー

「……フゥ。お、お客さん、夜遅いので、どうかお静かに……」

 

ベレト

「むぐっむむご、むっごもむも……!」

「(わかったからとっとと離せ!)」

 

ポー

「あ、はい。すいません……」

 

ベレト

「ぷはっ……」

 

ポー

「すいませんお客さん……起こしちゃいました?」

 

ベレト

「知らん。儂が自分で起きただけだ」

「それよりも何だ、こんな時間、に……」

「待てよ、儂は確か大空洞で幻獣と戦って……?」

 

ポー

「はい。危ない所を助けていただいたのですが、お客さんそのまま気絶しちゃって」

「せめて暖かくしてあげようと思って、別のお布団を上に掛けた所だったんですが……」

「あ、ちなみにこのお布団、今は余り使われて無いんですが、この辺りがもっと寒かった頃に──」

 

ベレト

「薀蓄など誰も求めておらん。気遣いもいらん」

「それより、どいつもこいつも寝静まっておるではないか。こんな遅くに貴様は何をしておる」

 

ポー

「だって、私のせいでお客さんが倒れちゃったと思うと、ちょっと寝付いてもすぐ目が覚めちゃって……」

 

ベレト

「む……よ、余計なお世話だ。1回は1回、それだけだ」

 

ポー

「1回?」

 

ベレト

「だから……ほら、あの時の?」

 

ポー

「えっと……すいません、あの時って、どの時でしょう?」

 

ベレト

「ぬぅぅ……だ、だから──」

「き、貴様の、その……『事情』を知らずに、酒場まで追いかけ回して……」

 

ポー

「追っかけ……あ、あー、最初に怪物を退治してくださった時の!」

 

ベレト

「当事者のクセに忘れるな! とにかく、それで貸し借りは無しだ。良いな!」

 

ポー

「ふふ……はい。ありがとうございます」

 

ベレト

「わ、笑うな……」

「それより、その……もう、店は閉まっておるのか?」

 

ポー

「はい。もうおとうさんも寝ちゃったはずですけど、何か──」

 

 

 ぐ~~~~……。

 ベレトの腹から鈍い音が響く。

 

 

ベレト

「ぅ、ぐ……ぬ゛~~……」

 

ポー

「そ、そう言えばお夕飯も食べ損ねちゃいましたね」

「今から勝手に火を起こすわけにもいかないですし……あ、ちょっとしたお菓子くらいなら──」

 

ベレト

「い、いらん! もういい! たかが1食ありつけんくらいで音を上げるほどヤワな生き方はしておらん!」

 

ポー

「は、はあ……」

「あ、じゃあその──代わりと言ってはなんですが」

 

ベレト

「む?」

 

ポー

「(ごにょごにょごにょ……)」

 

 

 ポーがベレトに何事か耳打ちした。

 

 

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