メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」 作:水郷アコホ
翌日の早朝。
喉を鳴らすネコのような顔のベレト。
ベレト
「っむぅ~~~にゅふぅぅぅぅ~~んんん~~~んっふふ~ん……♪」
酒場兼宿屋の一角。一昨日、ウェパルだけ通されたという共同浴場。その女湯。
顎先まで湯にどっぷり浸かって、腹の底から極楽を唸る長い声のベレト。
髪をまとめるだとか、湯船に浸かる前に体を洗うだとかには、全くお構いなし。
ヴァイガルドでは水浴びか個人用のバスタブが主流な中、中流以上が嗜むようなエチケットなどベレトが知る由もない。
ベレト
「風呂は朝早くにも焚いておる、か……小童め、中々オツな情報を流してくれよった」
「っあ゛ぁぁぁ~~冷えた体にフォトンが沁みる……」
「……ンむっふっふ~……たかがヴィータと言えど、これは褒めて遣わしても良いかもしれんなあ~……」
昨夜ポーから耳打ちされたのは、この朝風呂に入れる時間帯。
気絶したお陰でたっぷり睡眠を取った今日のベレトに早起きなど造作もなかった。
ソロモン一行以外に客も居ない今、朝焼けが差し込む浴場はベレトの貸し切り。
すっかりいい気になっているベレトは風呂場特有の発想力も手伝い、夢見がちな独り言が増えていく。
ベレト
「うむ……大風呂をこさえさせるか」
「いずれはメギドラルの頃のように儂の領地を手に入れて、公衆浴場を作らせよう」
「そして儂の御殿を遥かな高みに作らせて、同じだけの風呂場を儂1人で堪能するのだ。クックック……」
ベレト
「──いや、しかし水を引くのが手間か?」
ベレト
「ならば蒸し風呂はどうだ。ガンガンに暑くした部屋で湯を沸かして蒸気を充満させるのだ」
「のぼせるようなら、ちょっとした水風呂でも用意しておけばよい。汗も落とせて一石二鳥だ」
ベレト
「うむうむ。現実的な譲歩もしてやれてこそ上に立つ者に相応しい」
「もしかしたらこの蒸し風呂も新発明になるのではないか? フッ、儂というやつは──」
重い扉を動かす音がした。
浴場の湿気を遮断するため、やや大仰に作られた出入り口が開く音。つまり第二の客だ。
ベレト
「ぬっ……!?」
「(だ、誰だ……き、聞かれてはおらぬだろうな……?)」
冷静になってみるとノリノリすぎた自分が何だか気恥ずかしいベレトが、隠れるように顔下半分まで湯船に沈んだ。
ポー
「あ、お客さん。おはようございます。もう起きてたんですか?」
ベレト
「む……何だ、小童か」
「まあな。あれだけ眠り倒せば当然であろう」
入ってきたのはポーだった。
掛け湯用の浴槽に溜められた湯を汲んで足先から順に湯を浴びせていく。
ベレト
「……何をやっておるのだ?」
ポー
「何って、お風呂入る前ですから、簡単に汚れを落とさないと──」
ベレト
「ぎくっ」
「そ、そんな事は知っておる。あ当たり前だろうが!」
「そそ、そんなもの、頭からでもひとっ被りすれば充分だろうと言っておるのだ!」
ポー
「ですね。本当はお客さんも私も、肩とかからザバーッとで大丈夫みたいです」
「でも大人になると、冷えた体を温めると心臓に悪いらしくて、お母さん達がそうしてるの見てたら自然と身についちゃいました」
ベレト
「うむ。熱に慣らすということだな。ま、まあ、納得してやろう」
ポー
「……ふふふ、大丈夫ですよ。慣れない観光の人も珍しくないですし、今はお客さん達くらいしか入りませんし」
ベレト
「な、な、な何の話だ! ま、全く要領を得んぞ!」
ポー
「いいえ、ナンモです。おじゃましまーす」
ベレトと一緒に湯船に浸かるポー。
ポー
「ところで、お湯加減はどうですか?」
ベレト
「う、うむ。こればかりは文句の付けようも無い」
「だから、えっと……す、少しは見直してやらん事もない。有り難く思え」
ポー
「ほんとですか、えへへー♪」
「朝はいつも私が沸かしてるんですよ。気に入ってもらえて嬉しいです」
ベレト
「貴様が……1人でか?」
ポー
「はい。朝は私がやらせてもらって、夜はおとうさんが」
「お風呂は夜の方がお客さんも多いから、一昨日のウェパルさんの時みたいな特別な時以外はやらせてもらえないんですよ」
「『風呂を沸かす竈の管理は何年もかけて覚えるもんだ』ー、『お前はまだまだ風呂焚き見習いだ』ーって。ふふっ」
ベレト
「未熟者扱いされとるのに何で楽しそうなのだ……」
「(『ウェパルさん』……儂は『お客さん』……むぅ)」
「……おい、貴様」
ポー
「はい、何でしょうお客さん?」
ベレト
「それだ。その……いや、待て、その……」
「わ、儂はな。今、気分が良い」
ポー
「はい。何だか私も嬉しいです」
ベレト
「だから、その……儂の呼び名を改める栄誉をやろう!」
ポー
「えいよう……?」
ベレト
「え・い・よ、だ!」
「ウェパルだけ特別扱いしよって、儂を他の連中と一括りなどと、儂を何だと──」
「い、いや違う、これじゃ儂がみみっちいみたいではないか!」
「と、とにかく、貴様は狂喜乱舞して儂を唯一無二の名で呼べ! その権利をくれてやったのだ!」
ポー
「(あ、なるほど……)」
「ふふっ、わかりました。じゃあ、『ベレトさん』で──」
ベレト
「ダメだ。それではウェパルと一緒ではないか」
ポー
「え? でもベレトさんの名前はベレトさんだけの──」
ベレト
「ダメったらダメだ。ただの『さん付け』ではウェパルと同格みたいではないか」
「その気になれば他のどいつにも同じ呼び方できるし、何より安直すぎる」
ポー
「うぇー……じゃあ、『ベレト様』?」
ベレト
「堅苦しすぎだ。急に儂だけ『様付け』では他の奴らがいらぬ誤解をするだろうが」
ポー
「『ベレトちゃん』?」
ベレト
「今度は馴れ馴れしすぎだ。儂を誰だと思っておる。歳も背丈も貴様よりずっと上なのだぞ!」
ポー
「うぅ……じゃあ、例えば何てお呼びすれば……」
ベレト
「そんな事くらい自分で考えんか! せっかく儂が──」
「ぁ、いや、その……」
ベレト
「(何やっとるのだ儂は! これでは儂がめんどくさいヤツみたいではないか……!)」
ベレト
「ご、誤解するな、今怒鳴ったのは、別に、その……うぬぅ~~」
ポー
「んー……じゃあ、『お姐さん』!」
ベレト
「お、おね……!」
「だ、だから誰にでも使えるような呼び名は──!」
ポー
「でも、他のお客さんは皆さん私より大人っぽい方ばかりですから──」
「私だったら絶対、お仕事気にしちゃって『さん付け』がやっとだと思います」
「お姐さんはお客さん達の中でも、背格好とか私に近い方ですから、もうちょっと親しい感じで呼んでも大丈夫かなって」
ベレト
「お、おとな……」
「(確かに、遺憾ながらあの中で儂が一番ちっこいのは事実だが……)」
「(だが──シャックスまで大人枠だと? それで儂だけ?)」
「(怒りを通り越して軽くショックだ……)」
ポー
「それに、私──ひとりっ子ですから」
「家族やご近所にも『おねえさん』って呼べそうな人も居ませんから、ちゃんとお姐さんだけをお姐さんって呼べると思いますよ」
ベレト
「む……ぬぅ」
ベレト
「(このまま勢い任せに苦言を呈してやっても、恐らく墓穴を掘るだけだ──)」
「(それに下手すれば今の失態、小童も儂を疎んじたかもしれん。二人っきりでそれは気まずすぎる。儂が居た堪れん……!)」
ベレト
「わ、わかった。貴様の誠意に免じて認めてやろう」
ポー
「じゃあ、改めてよろしくおねがいします、お姐さん」
ベレト
「う、うむ……」
話を切り上げて、暫し黙って湯に浸かる2人。
ベレトがチラチラとポーを見ている。
ベレト
「むぅ……」
「(何だかさっきから小童に主導権を握られてばかりな気がする……)」
「(そうだ、そもそも小童が入ってくる前、儂が独り言をぶちまけておった時──)」
「(こいつに儂の独り言が聞こえていなかったという保証も無いではないか。もしやナメられてはおるまいな……!)」
ベレト
「(クソッ、聞かれたのでは思うと頭がグラグラしてくる。何だか湯の温度まで上がった気までして来よる……)」
ベレト
「(ぐぬぬ……涼しい顔しよって小童めぇ……!)」
「ナリまで雪のように涼しげなクセに、溶けもせず湯を滑らせて遊ばせおって……」
「(余裕なのか……? 奴隷として甚振られ続け薄汚れた儂を見下しておるのか?)」
「儂など所詮は湯を腐らせるだけの垢の塊と……」
「(……おい待て、何を馬鹿げた事を考えておるのだ! クソッ、頭が纏まらん……のぼせてきたか……?)」
ポー
「お姐さんこそ、戦い慣れてらっしゃるのに大きな傷も無くて羨ましいくらいですよ」
ベレト
「へ……?」
「……ハッ! ナァッ!?」
「(く、口に出ておったのか!? どっから!? どこまで!!??)」
「ま、待っ……ちがっ……!」
ポー
「私なんて、落っこちた時に大怪我しちゃったから今も痕がすごくって──」
「えっと、ほら、ここ見えます? 髪に隠れてますけど、ぶつけた時にバックリ裂けちゃったみたいで──」
ベレトの狼狽が見えていないように、ポーが後ろ髪をかき上げて見せる。
後頭部を中心に、髪も生えなくなった質感の異なる白無地が首筋に届かんばかり伸びている。
ベレト
「……っ!?」
ベレト
「(こいつ……気付いとらんのか……?)」
「(傷跡どころか、後ろ頭が骨ごとひしゃげておるではないか。あれで生きていられるのか……!?)」
「(いっそ滑稽なほど真っ平らに……全く笑えん……)」
血の気の引いた形に顔を歪めるベレト。頭も一瞬で冷えた。
すると今度は熱を伴わない方の「馬鹿げた考え」が脳内を占領し始める。
ベレト
「(それとも、ナニか……)」
ポー
「それに私からしたら、お姐さんの髪や肌も素敵ですよ」
ベレト
「(阿呆を装って恥部でも見せつければ……)」
ポー
「真っ白って何かメリハリ無いじゃないですか。あ、そのタトゥーも、昔『お父さん』達から聞いた事があります」
ベレト
「(儂が貴様に比べてマシだと思うとでも……)」
ポー
「タトゥーを掘ってる人は、大地の恵みととても関わりが深くて──」
ベレト
「違う……」
ポー
「え?」
ベレト
「自分が誰かも分からぬ赤子を押さえつけて墨を刺す親がどこにいるものか」
「仮にも売り物として、最低限の見てくれだけ取り置かれただけだ。痕の見えぬ傷など幾らでもある……」
「(いや、待て。だから……)」
ベレト
「入れ墨だって、儂が与り知らぬ内からあった。こんなのどうせ業者の『商標』に過ぎん。そうに決まってる」
「(儂は、さっきから何を陰険な……黙れ……!)」
ベレト
「儂の体などはなあ、泥に埋もれた路傍の石にも満たんのだ。貴様とは……貴様のようなのとは……!」
「(黙れ! 黙れ! そんなのは出任せだ!)」
「(何なのだ……儂は、こんな話、したくもないのに……!)」
ポー
「……」
「もしかして……ずっと小さな頃から奴隷に……?」
ベレト
「ッ!」
「だからどうしたあっ!!!」
ポー
「ひっ!?」
浴場を揺るがさんばかりの怒号にポーが怯んだ。
ベレト
「何だその眼は! 儂を……儂を誰だと思っておるっ!」
「口を慎めよ。やろうと思えばたかが小童一匹、この場で悔やむ間も無く縊り殺せるのだからな!」
ポー
「ご……ごめんなさい……」
ベレト
「フ~……フ~……!」
ポー
「ロ、ロンバルドは、昔の事とか、みんな気にしないで暮らしてて、それで、つい──」
ベレト
「言い訳は聞かん!」
ポー
「ぅ……はい……」
そのまま暫く気まずい静寂。しかし二人とも湯から上がろうとしない。
ベレト
「(……何なのだ、儂は!)」
「(自分から惨め自慢を垂れ流して、縮こまっておいて──)」
「(憐れみを受ければ恫喝だと? その上『誰だと思っておる』だ?)」
「(紛う事無きクズではないか……! 醜い虚栄心が呼吸しておる以外の何だというのだ……!)」
ポー
「……」
ベレト
「(小童も小童だ。何なのだ、さっきから近づくでも離れるでも無くチラチラ顔色ばかり伺って……)」
「(弱くちっぽけな存在が、黙ってウジウジしてへりくだって、何か言われるまで大人しくしておけばどうにかなるとでも思っておるのか……)」
「(言い訳の1つでもしたいなら愛想笑いでも取り繕ってみせ……いや、それは見たくもない。考えただけで腹が立つ。何故だ……)」
「(クソッ、何なのだ……何なのだ! 考えれば考えるほど腹が立つ。今すぐ引き裂いてやりたいくらいだ……!)」
ベレト
「……ハァ」
ベレト
「(……落ち着け。無理でも落ち着け。不必要に頭に血が上っておるだけだ)」
「(こんなのは儂の勝手な妄想だ。ただ気に食わない『何か』を小童と重ねておるだけだ)」
「(とにかく……この場を何とかせんと、息苦しくて儂まで動くに動けん。クソッ、儂の方から気など遣わせおって、この──)」
「(ええい、だから落ち着け! 何か──せめて話をする切っ掛けくらいは……)」
ベレトの視線がポーの一箇所に止まる。
普段は手袋に隠れているポーの素手を凝視するベレト。
ベレト
「お……ぃ……」
「……お、おい!」
ポー
「っ!? は……は、はぃ」
ベレト
「その……つめ……」
「貴様の、その、爪のは何だ。その……そ、染めとる、のか?」
ポー
「つめ? あ、ああ、こ、これですね?」
ベレト
「そうだ。召喚者も確か黒一色で染めておったが、貴様は赤だの青だのと……」
ポー
「こ、これも、おでこの石と同じです」
「おでこの石より、もう少し後になってから色が変わって──」
「爪も石みたいに丈夫になったけど伸びなくなっちゃって。た、たまに不便だったりします。あはは……」
「あ、どっちも同じ指は同じ色なんですよ。赤と、黄色と、水色、青色、緑色──」
「後、手のひらに茶色も」
広げて見せたポーの手のひらに爪一枚程、琥珀のような物がポツンと埋まっている。
ポー
「私、外ではずっと手袋で隠してますから、集落でも知ってる人は少ないかもです」
「えっと……お、お姐さんも、その少しだけの一人、みたいな、あはは」
「……えっと……すみません」
ベレト
「……」
「わ……わざわざ隠しているとでも言うのか」
ポー
「あ、は、はい。えっと、やっぱり体が変わってくと心配させちゃうかなって」
ベレト
「ばかば……ひ、必要ないだろう。ここの連中は、貴様がどうなろうと受け入れているではないか」
ポー
「それでも……変なものは、変ですから。きっと、気を遣わせちゃいます」
ベレト
「どこがだ。貴様が成長せんのに、気を『遣う』どころか『留め』もせんではないか」
ポー
「し、してます! 成長!」
「地底湖から帰ってから、ちゃんと、このくらいから、このくらいには伸びたんです!」
手のひらを頭頂部に置き、上下に動かして伸び幅を示すポー。目測で大体、7cm前後。
ベレト
「むぅ……」
「(確か、4年ほど経つのだったか……それだけかけて死骸蝉一匹あるかないか程度……)」
ポー
「それに──みんな、気にしてないように振る舞ってくれてるだけです」
「昔の事、楽しそうに振り返ったりしてくれますけど、私はその場で見てきたんです」
「私が帰って来た時も、私の体がどんどん変わっていった時も、私にどうしてあげたら良いのかって、みんな、すごくオロオロしてました」
「今もそうです。私に何かあると、私の心配しかできないみたいになっちゃって──」
ベレト
「……あ?」
ポー
「こんな体だから、病気にでもなったらお医者さんに診せて治るのか、薬が効いてくれるのかって、話し合ってるのを何度も聞いた事あります」
「集落の人達が、心から私を心配してくれてるのはわかります。それは本当にありがたいと思ってます。けど──」
ベレト
「っ……」
ベレトは、考え込むような素振りでごまかしながら、口を手で押さえつけていた。
ベレト
「(まただ……また『馬鹿げた考え』が来ようとしている)」
「(小童の話が気に食わん。何が気に食わんのか、今度はわかる)」
「(だからこそ、この口は開けん……! やっと持ち直した雰囲気が元の木阿弥になる!)」
「(何より……『今』の儂には、儂が『間違っている』のがわかる……儂は、こんな怒りは望んでいない……)」
「(だのに……腹の底からろくでもない言葉が勝手に飛び出そうとしている……!)」
ポー
「けど、この集落でだって、辛い思いをしている子や危険な仕事を頑張っている子は沢山いるんです」
「不自由な思いしている人だって沢山……なのにみんな、私だけは特別なのが当たり前みたいに──」
「私の事を、自分の事みたいに悩んでくれるみんなを見てると、何だか私がみんなを苦しませているみたいで──」
ベレト
「っざけムグッ……」
ベレト
「(黙れ! 口を開くな! だが……腹が立つ! 罵り倒してやりたい! だが……ダメだ!)」
「(よくわからんが、今、この状態の小童にそれだけはやってはならぬ気がする……!)」
ポー
「え? あの、お姐さん何か……?」
ベレト
「~~……」
ベレトが何か苦しそうにしているように見えて心配するポー。
だが、ベレトの顔つきが明らかに怒気を孕んでいるのが見えて近寄るのを躊躇う。
ポー
「あ……えと……ごめんなさい……」
ベレト
「っ!」
「グッ……ふ……ざけるな……!」
ポー
「う……」
ベレト
「(やってしまった。またか……もう自分で自分がわからん……)」
冷静な自分と、激情に身を任せる自分とが内にある事をベレトは自覚していた。
ベレト自身では、自分の意思に反して体が勝手に動いてしまっているつもりだった。
実際には本心は大きく激情の側にある。だが、その激情がどれほど望まぬ齎すかも同時に見えている。
それでも優先したいと思えるほど激情への衝動は強く、言い換えれば甘美だった。
だから自制しない自分を、自分の中で苦し紛れに正当化しているというのが、ベレト自身でも気付いていない実態だった。
精一杯の自己嫌悪を胸中でアピールし、言わば自分のプライドに対して「自分のやっている事は本心ではない」と言い訳している。
怒りを抑圧する事と同等かそれ以上に、「わかってて愚行に出る自分」を認められなかったからだ。
そして「言い訳をする自分」に気付き直視することも、同じくベレトには困難だった。
ベレト
「何とも贅沢で嫌味な悩みだな。貴様だけは集落の連中とは違うとでも言いたげではないか」
ポー
「そんなつもりは……! 私はただ、他のみんなと同じように──」
ベレト
「儂はなあ!」
ポー
「は、はい……!?」
ベレト
「儂は物心ついた頃には貴様の勘ぐり通り、顔も知らぬ親に口減らしで売り飛ばされた」
「親の寄越した名も知らず、儂を買ったゲスが覚えているはずもない」
「この歳までゲス共の雑用以外、何一つ知らずに生きてきた。口の利き方さえもだ」
「取るに足らぬ奴隷の売れ残りだと、商人どもも、通りすがりの盗賊まがいも、同じ奴隷ですら儂をこき使ってきた」
「命令、お願い、その場の空気! 手を変え品を変え儂に面倒事を押し付けていった」
「話したとバレれば儂が殴られる情報を、そうと知りながら聞き出した奴らが何と言ったと思う? 『すまない』だぞ?」
「儂に命を盾にさせた連中が何と言ったか貴様にわかるか? 『ありがとう』と抜かした。『許してくれ』とほざいたのだ」
「儂は決して聞き逃さなかった。貴様にはわかるまいな、奴らの言葉がどれほど軽く、重いかを!」
「さあ、どうだ。怒りと狂気だけで生きんとするこの儂を貴様はどう思う?」
ポー
「ど、どうって……」
ベレト
「思ったのだろう? 『可哀想』だと。あわよくば『助けてやりたい』と」
「好き勝手に慰めたいだけ慰めて、都合の悪い時だけ、さも儂から身を捧げた体裁を強いて生贄に突き出し、全てが終わってから嘆くのだろう?」
「『守ってやりたかった』と。『なんて無力なんだ』と!」
ポー
「あ、あの……」
ベレト
「貴様が住民どもから向けられるモノも、貴様が住民に抱える不満も何も変わりやしない!」
「そうやって独りで勝手に人を憐れむくせして、他人のそれだけ止めろなどと──」
ポー
「あの! 待って下さい!」
ベレト
「ぐ、ぬぅ……!?」
ベレト
「(それとも──これは『業』か)」
「(怒りを血肉に変え、叩きつけるために生を選んだ、儂の業か)」
「(儂の望むと望まざるとに関らず、ひとたび怒れば当たり散らす以外の術など、とうに切り捨ててしまって残っておらんのか……?)」
ポー
「お姐さんが、大変な思いをしてきたんだっていうのは、わかりました。けど──」
「けど、かわいそうとか、そういうのは私──これっぽっちも思いません」
ベレト
「……!」
「(……!)」
心の外側と内側の考えが一致した。
ベレト
「……何と言った?」
ポー
「だから、お姐さんは──」
「お……お姐、さん……?」
ベレトが湯船から立ち上がり、ポーにユラユラと歩み寄る。
落ち着いた挙動だが、ポーが今までベレトに感じてきたものとは全く別の雰囲気を纏っていた。
ベレト
「どうした。おい──」
「何と言ったかと聞いておるのだ」
ポーの眼前に立ったベレトが、ポーの前髪を引っ掴んだ。
髪ごと引っ張り上げたポーの顔をギョロリと睨むベレト。
ポー
「あうっ!? い、痛っ……!」
ベレト
「もう一度だけ聞くぞ」
「今、何と、言った……ええオイ!!」
困惑する瞳がベレトの眼光とぶつかり合った。
しかしポーは視線を逸らさず、ベレトの瞳のその奥を精一杯に見据えて口を開いた。
ポー
「……お、お姐さんは、全然かわいそうじゃありません……!」
ベレト
「……」
ポーの髪を握る手に不死者の握力が加わる。
髪がブツブツと引き抜かれる感触が、互いの指と額に伝わる。
ポー
「だって、お姐さんもお客さん達も皆──幸せそうです!」
ベレト
「……?」
ベレトの手が僅かに緩み、解放された髪が数本ハラハラと落ちた。
ポー
「お連れの皆さん、お姐さんを『買った』ようには、とても見えません」
「皆さん、お姐さんと対等に接して、お姐さんも生き生きして見えました」
「お姐さん、今は奴隷じゃないんですよね? 仲間とか、お友達なんですよね?」
「私、奴隷だった人から昔の話を聞いた事もありません。ここではそんな事、気にもならないくらい皆、朗らかに暮らしてて──」
「だから私なんかじゃ、お姐さんの辛さなんてわからないかもしれません」
「もう返って来ないものも沢山あるんだと思います。私には考えつかないほど酷い思いも。でも──」
「お姐さんは今、元気で、自由です。強くて、綺麗で、羨ましいくらいです」
ベレト
「し……し……知ったような、口を──!」
ポー
「知ってません! 何もわかってあげられません!」
「だから私、言い方とか心配りとか足りなくて、お姐さんを怒らせてしまったんだと思います。それは本当にごめんなさい」
「でも、お姐さんは本当に綺麗です! 格好良いです!」
「物怖じとか遠慮とかしないで、自分のやりたい事にちゃんと突き進める人です!」
ベレト
「っっ!?」
ポー
「私にとってのお姐さんは、それで全部です!」
「今のお姐さんしか知らないのに、私の知らない昔のお姐さんばかり勝手に考えて『かわいそう』とか『助ける』とか、そんな難しい事できません!」
ベレト
「……」
「……むかしの……」
ポーを握りしめる手を開き、滑らすように脱力し、萎れるように湯船に座り込むベレト。
ベレト
「……ふっ……はは……」
「むかし……ばかり……はは、は……」
ポー
「お……お姐さん……?」
ベレト
「……こンのっ!」
ベレトがポーの頬を結構強めに引っ張った。
ポー
「いひゃっ!? いひゃひゃいっ、割とホントにいひゃいです!」
ベレト
「儂が可哀想で無いなら、儂だけゴテゴテ着込ませるのは何だ!」
「『格好良い』儂にあんなブクブクの田舎臭いものばかり何故着せようとする! 儂が寒々しいと哀れんでおるのだろう!」」
ポー
「リャ、リャって、本リョうはヒなヒャんに着ヒェリャいでヒュけど……」
「む、むかヒながリャの服って、あんまヒ使わなくなっリェ数が少ないから、本ヒョうにうヒュ着の人にぃ……」
ベレト
「何言ってるかロクにわからんが余計なお世話だ! 動きにくいわ隙あらば鳥頭がすり寄ってくるわで散々なのだ!」
「良いか、次からは絶対に、儂の防寒具も他の奴らと同じ物にしろ。良いな!」
ポー
「リェも、かわいいのに……」
ベレト
「どこがだ! 全然わからん!」
ポー
「ヒョんなあ……」
「……あ、あの、お姐ヒャん……怒って、無いですか?」
ベレト
「これが怒っとらんように見えるか。怒り心頭だ。湯で濡れておらなんだら怒髪天を衝いておる」
「だから貴様も──お前も怒れ! 儂が羨ましいなどと戯けるなら、偉そうに説教垂れる前に怒ってみせろ」
ポー
「あの、お話の前後がよく……って、私も……?」
ベレト
「そうだ。お前に『宿屋の娘』だの『奇跡の御子』だの止まりを押し付ける、この地の何もかもに怒って見せろ」
「お前が望むものが何だろうと、存分に見せつけて、この生き様は至高なのだと、誰にも止める権利は無いと怒り、誇るのだ!」
ポー
「別に私、怒りたいわけじゃ……それに生まれて今まで、お姐さんみたいに怒った事なんて──」
ベレト
「なら、この儂を見ろ。『突き進む』術を見て学べ」
「だから以後、儂の過去を蔑ろにするような物言いは許さん」
「儂の過去は怒りの源。今の儂が生きる意味。原動力だ。如何にお前にとって見向きに足らぬとてもな」
ポー
「そ、そんな、私そんなつもりで言ったんじゃ……」
ベレト
「……フフン。なら、先程の無礼を詫びるチャンスをやろう──」
「貴様は今より儂に降り、臣下となるのだ。そして儂に傅け。手始めに儂の髪と背中を流すのだ」
ポー
「し、しんか……? ってあの、家来とかそういうのですよね?」
ベレト
「そうだ。『羨ましい』儂を助け、間近で儂の流儀を知れる。うむ、一石二鳥ではないか」
ポー
「髪と背中っていうのは……? あ、もちろん構いませんけど」
ベレト
「あいつら毎度毎度、ちゃんと身を濯げとうるさいのだ」
「沐浴くらい昔からやっとるというのに、洗い残しがどうとか時間がどうとか屁理屈をこねよる」
「かねがね思っていたのだ。『そんなに言うなら貴様らが儂を清めろ』とな。お前に洗わせれば、あいつらもそうそう文句は言えまい」
ポー
「は、はあ……」
「えっと……多分、お友達みたいなものって事ですよね。それなら──」
ベレト
「断じて違う! 儂が『王』で、お前は『臣下』だ! これは譲らん。否、たった今から事実だ!」
「嫌と言っても聞かん。お前には儂を怒らせた責任がある」
「ぃ……良いな……!」
ポー
「……」
「ふふっ──はい。王さま」
ベレト
「ぬ……お、王さまか……ふふ、フヒフフフ……」
「悪くないな。だが、今はまだ人前では止せよ。儂がしもべを得たと知ったら、召喚者が妬むやも──」
「……って、お熱っっちゃぁっ!?」
愉快な声を上げながら、ポーの頬を摘みっぱなしだった手を振り払うベレト。
思わず湯に叩き込んだ指先が真っ赤になっている。
ベレト
「なんか妙に火照っていると思ったら何だお前、湯より熱いではないか! しかもジワジワ来よる!」
ポー
「あ、ごめんなさい。竈に火を入れたあと、外で冷ましたつもりだったんですけど──」
ベレト
「な、何の話だ……?」
ポー
「私の体、どんどん冷たくなりますけど、火の近くとかだと熱くもなっちゃうんです」
「お風呂はおっきな竈を使うから、その後すぐお風呂入っちゃうと、お湯がバチバチ蒸発しちゃうくらいなんですよ」
「だからいつも風に当たって覚ますんですけど──」
「たまに『芯』の方がまだ熱いのに気づかない事があってですね……」
ベレト
「
ポー
「いやー、それが私にもわからなくって……あはは」
ベレト
「急に湯の温度が上がった気がしたのもお前の所為か……!」
「ええい、儂はもう出る!」
ポー
「あ、でもお背中洗ったりは──」
ベレト
「後だ後、次の機会だ! 釜茹でにされては適わん!」
ポー
「じゃ、じゃあ私、すぐに着替えてお水持ってきます」
ベレト
「冷えたやつだからな。持ってくる間に沸かすなよ」
ポー
「そ、そこまで熱くないですから……多分」
2人揃って浴場を出た。
※ここからあとがき
ベレトのタトゥーについて、当初は闇の性癖に従って登録商標的な意味合いとするつもりでしたが、メギド質問箱No.2の説明を見て、ベレトのタトゥーも出自が伺えるようなものだったりしても良いなと思い、説明をぼかしてみました。
ベレトが何だかおかしな事になりましたが、煮立った風呂でのぼせたり色々思う所があって情緒不安定になっただけです。難しい年頃なので。
行き過ぎてるように感じた時は、実は人格の統合に不備があって乖離しやすいとかそんな感じで、大まかに脳内補完しておいてください。
心の移り変わりはともかく、独り相撲を起こした事自体は、別に後々の伏線とかいう予定はありません。