メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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01「ロンバルド道中」

 数日後、馬車に乗ってロンバルドへの道を往くソロモン一行。

 

 

ソロモン

「結局、大体はいつものメンバーに落ち着いちゃったな──」

「ブネと連絡が付かなかったのが少し意外だったけど」

 

バルバトス

「まあ行動を共にする時間が長いって事は、それだけ使える時間を用意してあるって事だしね」

「ブネの方は、あれで中々やむを得ない所もあるんだよ」

 

ソロモン

「何か外せない用事があるって事か?」

「ブネって暇な時は大体アジトに居るイメージあるから、ちょっと想像つかないな……」

 

バルバトス

「彼は最初にシバやハルマと接触し、追放メギドの存在を認知させたメギドでもあるんだ」

「だからああ見えて、王都と最もパイプを持つメギドでもあるんだよ。太さの上でも、数の上でもね」

「俺達が王都と対等な組織としてやっていくにも、地味な裏方仕事は欠かせない。ブネはそれを担っている1人でもあるのさ」

「君に出会う前にも一度有ったよ。王都側から呼ばれて、数日ほどだけど別行動を取ってた時期が」

 

ソロモン

「そうだったのか。長いこと一緒に居るのに、全然知らなかった……」

「やっぱり政治絡みの複雑な事とか、人に明かせない話もあるのかな。俺、そんな事今まで気にもしないで……」

 

バルバトス

「ソロモン王。どんなに背伸びしたって、君はまだまだ若い部類なんだ。任せるべき所は任せるべきだよ」

「それに──あのブネだぞ? マジメに仕事もこなすだろうが、その後はお偉方御用達の酒でも囲んで楽しくやってるだろうさ」

 

ソロモン

「ハハッ──確かに、そうかも知れないな」

 

 

 ──ソロモンを気遣い、この場に居ないのをいい事にブネを茶化すバルバトス。

 ──王に余計な事を思い悩ませずに済ませた。

 

 

ソロモン

「それにしても──」

「まさかこんなに『長旅』になるなんてな……」

 

 

 ロンバルド最寄りのポータルから馬車を借りて北上を開始して数日。地図通りならもうすぐ着くはずだが、一行の退屈はピークに達していた。

 馬車の隅で、シャックスが楽しそうに寝息を立てている。

 そのシャックスの毛布を剥ぎ取り、二重毛布に包まって不機嫌な顔だけ覗かせているウェパル。

 モラクスはとうとう武器を馬車内に預け、幌の屋根部分で寝そべっている。

 

 

シャックス

「すぴ~……グフフ……ピヨ……せかい……」

 

ウェパル

「……来なきゃ良かった」

 

モラクス

「くっそ~……ヒマすぎて死にそうだ……」

 

 

 乾燥した寒冷地特有の、見渡す限りの平原。全くと言っていい程に幻獣の影も形も無い。

 徐々に厳しくなる寒さの中、代わり映えしない景色を眺めるだけの日々。

 モラクスは刺激の無い世界に瞳が濁り始めている。

 ウェパルは元々人一倍に寒さに弱かったらしく、北国を甘く見ていた事を後悔している。

 シャックスは静かな以外はいつもどおりかもしれない。

 

 そして、仲間は他に二名。

 

 

フォラス

「王都の報告書にあった通り、穏やかで良い事じゃないか。少なくともインドア派には大助かりだぜ」

 

 

 馬車の馭者を任されながら、「このくらいでだらしないな」とでも言いたげなニュアンスのフォラス。

 フォラス自身は馬車は客として乗った経験しか無いが、余りに長閑なので交代で受け持つ事になった。

 

 

バルバトス

「ロンバルド周辺の土地は大昔から、フォトンが殆ど枯れ果てているからね」

「他の土地に比べて自然に乏しいし、幻獣が寄ってくる理由もない」

「そして唯一のフォトンスポットは集落と大自然の要塞によって守られている。直ちに危険が無いと判断されれば、王都が後回しにするのも無理はないか」

 

ソロモン

「今こうしている間にも、ヴァイガルド中で幻獣に悩まされている人が大勢いる。全部を助けに行くのが難しいのは解ってるけど──」

「やっぱり、こうして『順番付け』がされてるって知ると、つらいものがあるな……」

 

フォラス

「だからこそ、シバには感謝しないとだな。そのお陰で、こうして見過ごされてた危機に1つ気付けたんだ」

 

ソロモン

「そうだな……あ、そういえば──」

「なあ、フォラス。あれから考えてみたし、王都の報告書でロンバルドの事も調べたけど……結局あの時のシバとフォラスのやり取りの意味、全然解らないんだ」

「何か、ヒントとかもらえないか?」

 

フォラス

「ん~そうだな~。俺も悩みを解消してやりたいのは山々なんだがなー、あんなに口止めされちゃあなー」

 

ソロモン

「その口ぶり絶対話す気あるやつだろ!?」

「なあ、頼むよ。今後のためにも、シバや王都の事でモヤモヤを抱えるのはイヤなんだ」

 

 

 どんなに頼み込んでも、フォラスははぐらかすばかり。

 話の端々から要点を把握したバルバトスが急に大きめに声を上げた。

 

 

バルバトス

「おっとフォラス。そろそろ寒さで地面も凍てつき始めるあたりじゃないか?」

「ちゃんと馬を見てやらないと、思わぬ事故を招くかも知れないなあ」

 

フォラス

「(やれやれ。ま、これ以上は『考えろ』なんて言っても意地悪か──)」

「そうだなー。こっからは、後ろで何話しててもまともに聞いてるヒマ無さそうだー」

 

ソロモン

「えっ、えっ!? フォラス? バルバトス!?」

 

 

 本当にフォラスが返事を返さなくなった。

 肩を落とすソロモンにバルバトスが笑いを堪えながら小声で諭す。

 

 

バルバトス

「ほらソロモン。今ならうっかり誰かにバラしても、フォラスが聞いてないなら証拠は無いも同然だ」

 

ソロモン

「──あっ、そういう事か……」

「改めてそんな気を回されると、ちょっと言いづらくもあるけど……実は──」

 

 

 フォラスは暗に「どうしても解らないなら、バレないように他言して相談しろ」と言いたかったという事だ。

 バルバトスに、シバが今回の依頼を持ち込んだ時の事を詳細に話すソロモン。

 バルバトスはすぐにその意味を察し、顔をニヤけさせる。

 

 

バルバトス

「はっはーん」

「シバの女王も、ちゃんと年頃の女の子だったって所かな」

 

ソロモン

「わ、解ったのか!?」

「な、なあ、バルバトス……」

 

バルバトス

「わかってるよ。ちゃんと説明してあげよう」

「まず、君も報告書で見ただろう。ロンバルドは『水』が名産品なんだ」

 

ソロモン

「あ、ああ。確か──唯一のフォトンスポットが地下に続く巨大洞窟の中にあって、そこの水が他の水源とは比べ物にならないフォトンで満たされてるって」

 

バルバトス

「その通り。ついでに水としての栄養分もタップリだ。紅茶みたいな繊細なモノには向かないが、健康と水に関わる多くの事に珍重されている。わざわざ王都が直接輸入する程にね」

「飲食はもちろん造園、栽培、製薬何でもござれ。そのどれもが王室御用達さ。もちろん、化粧品もね」

 

ソロモン

「化粧品……? それが、何か関係在るのか?」

 

バルバトス

「やれやれ、鋭いんだか鈍いんだか──」

「フォラスがその場で言ったんだろう。ロンバルドの幻獣騒ぎは何ヶ月も前から王都に伝わっていたって。それは事実だ」

「ロンバルドの人々が自助努力で被害を最小限に抑えているからこそ、王都は何ヶ月も幻獣の驚異を静観する事ができた。とは言え、全く無傷とは行くはずがない……」

「知ってたかい。ここ暫く、王都へのロンバルドの名水の供給が滞ってる事」

 

ソロモン

「いや……たまに街を見に行くくらいだったから、全然……」

 

バルバトス

「日々戦いに明け暮れてるんだ。悪い事じゃないさ。とにかく──」

「水の供給が途絶えれば、それを利用した品物の流通も止まる。つまり……愛用する顧客たちは化粧品が手に入らなくなる」

 

ソロモン

「いや、だから何で化粧品がそんな重大そうに……」

 

バルバトス

「大事だとも。髪が女性の命なら、その肌はヴィータ全ての命。如何なる宝にも代えられないのだから」

「シバは普段からあの調子だから、化粧の大切さは知ってても、そこまで執着はしないかもしれない」

「となると大方マイネ辺りと話してて、『この頃ロンバルド水の化粧水や香水が手に入らない』みたいな愚痴を聞いたんだろう」

「それで親友のため、居ても立っても居られなくなったシバが押し掛け、強引にロンバルド救援の契約を取りに来たのさ」

「だが対メギドラル真っ只中の今、そんな私情で事の順番を繰り上げるなんてガブリエルが許すはずがない」

「だからお忍びでアジトにやってきたのさ。思いつきの脱走計画をガブリエルに嗅ぎ付けられて、必死にその目を掻い潜ってね」

「ソロモンがその気にさえなったのなら、王都側が無理に差し止める理由もない。ハルマの心象を余程悪くしない限りはね」

 

ソロモン

「でも、たかが化粧品なんて無くても死ぬわけじゃなし……」

 

バルバトス

「それ、絶対にシバの前で言っちゃダメだぞ。いや、どんな女性に対しても……」

 

ウェパル

「今回だけ、聞かなかった事にしてあげる」

 

バルバトス

「それと、もしかするとだけど──話の内容からするとその日の昼頃、丁度ブネが城に出向いてたはずだ」

 

ソロモン

「あ──そう言えば、シバと話し終わって仲間を探している時からもうブネが見当たらなかった!」

 

バルバトス

「シバがあのガブリエルを出し抜けた一因がそれだろうね」

「ブネの来訪に合わせるために城がバタついてたか、あるいは監視を任せたカマエルあたりがブネに反応したとか……まあ、だからどうしたって事も無いけど」

 

ソロモン

「でもフォラス、あの一瞬でよくそこまで解ったな……」

 

バルバトス

「最前線で東奔西走してる俺たちよりは、世間一般の情勢に詳しかったからだろうね」

「後は、フォラスの奥さんもロンバルドの化粧品を愛用しているのかも。高級品だけど、物によっては全く手が出ない程でも無いからね」

「君もいつか、フォラスやダンタリオンに頼んで付いて歩いてみたらどうだい。新しい発見があるかも知れないぞ」

 

ソロモン

「つい最近も似たような事言われたような……」

 

 

 ゴトン、と馬車に硬いものが落ちた。音の方を見るソロモンとバルバトス。

 ウェパルと暖を取り合うように隣で聳えていた毛布巻きの塊が倒れている。

 一枚の毛布で全身を梱包した塊が、グネグネ跳ねたり転がったりしている。

 

毛布の塊

「ぐぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛……ぐぬぬぬぬぅ~……!」

 

ウェパル

「うるさいわよ」

 

 

 毛布の芋虫がソロモン達に這い寄り、カタツムリのように頭だけ飛び出させた。

 いつものメンバー以外の2人の内、もう1人の方だ。歯の根をガチガチ震わせながら叫ぶ。

 

 

ベレト

「オイ貴様! 召喚者! よくも儂を騙したな!」

 

ソロモン

「いや騙してなんてないだろ! ちゃんと冷えるのも長旅なのも説明して、それでも『連れてけ』ってそっちから──」

 

ベレト

「言い訳は聞かん!」

「いつもいつも、儂がアジト暮らしで暇を持て余しておるのを知っとるくせに連れて行かんで、たまに訴え出てやればこの扱いは何だ!」

「キサマ儂に恨みでもあるのか! 儂を誰だと思っておる!!」

 

ソロモン

「無茶苦茶だ……」

 

バルバトス

「あ~、ベレト。俺の毛布、使うかい?」

 

ベレト

「フンッ!」

 

 

 バルバトスに差し出された毛布を歯で引ったくり、指一本晒すものかとばかりその場でぬたくって器用に毛布を重ね巻きするベレト。

 

 

バルバトス

「多分、ソロモンの説明は全然聞いて無かったんだろうな……出発直前になって怒鳴り込んで来てたし」

 

ソロモン

「って言うか、依頼の時に呼ばないのはベレトがいつも居ないせいだろ」

「シバとかルネとかアミーとかに誘われてホイホイ付いてくの何度も見てるし、その度に新しい服やら食べ物やらもらってホクホク顔で帰って来るし、こっちも何か軽々しく連れ出すのが申し訳なくなってきて……」

「この間だってそうじゃないか。遠くの村に幻獣退治に行くって時に、誰に誘われたのか知らないけど緩みに緩みきった顔でスキップしながら──」

 

ベレト

「だだだだだ黙れッ!! 気安く人をジロジロ見るでないわ、いやらしい奴め!」

 

バルバトス

「思ったより満喫してたんだな……まあ、何よりだよ……」

 

 

 ちなみに一連のやり取りはフォラスに丸聞こえで、聞かれない程度に小さく笑っている。

 

 

ベレト

「とにかく儂を構え! 労れ! 篤く饗せ! こんな所で黙って蹲っておったら凍りつくのを待つだけではないか!」

 

ソロモン

「だから出発前に『貰った服から暖かそうなの選べ』って言ったじゃないか……」

「いつもそうだけど、何でわざわざ奴隷の頃の服ばかり着てるんだよ。そんな格好じゃ今、絶対ウェパルより辛いだろ?」

 

ベレト

「あんなヒラヒラのフリフリを戦に纏っていけるか!」

「それにあんなサラサラのフワフワ、泥でも引っ掛けて汚したらどうしてくれる。貴様が弁償するとでも言うのか?」

「儂の怒りを妨げん程度の服なら着てやらん事も無いが、何にせよ貴様の指図など絶対に聞いてやらん!」

 

ソロモン

「どうすればいいんだよ……」

 

バルバトス

「とりあえずシバに、ルネに、アミーだな。今度、それとなく普段着を与えるように話してみるか……」

「(ベレトとしては、戦う原動力としての『怒り』を忘れないための戦装束でもあるんだろうけど──)」

「(とは言えボロはともかく、金属の枷まで身につけてちゃあ体温を奪われてばかりだろうに……)」

 

 

 フォラスが立ち上がり、馬車へ入ってくる。

 

 

フォラス

「モラクスー、そろそろ交代だ。馬の様子と、幻獣が辺りに居ないか見ておいてくれー」

 

モラクス

「んが……? やべ、寝てた」

「おー、今行くー」

 

 

 モラクスが幌の上から降りてくる。退屈の余り声にも覇気がない。

 のっそりと馭者の位置につくモラクスを見届けてからフォラスが馬車の一角に腰を下ろす。

 フォラスは纏っていた毛布を眠るシャックスにかけて揺り起こした。シャックスは眠りながら笑いながら震えている。流石にそろそろ体を壊しかねない。

 

 

シャックス

「キノコ……シャリシャリ……ふぇ?」

「ん~……もう着いた着いた?」

 

フォラス

「もうちょっとの辛抱だ。現地に備えて、今のうちに目を覚ましておけ」

 

 

 フォラスの方は元が比較的厚着なためか、まだ余裕がありそうだ。

 

 

フォラス

「流石に、そろそろ退屈を誤魔化すのも限界そうだな」

「ベレト達の気を紛らわしてやるためにも、そろそろロンバルドの事でも確認しなおすか」

 

バルバトス

「良いねえ。ロンバルドは何かと曰く付きの土地だからね。俺も話のタネに困らない」

 

ウェパル

「そんなもの、勿体つけて無いでとっとと話せば良かったじゃないの……」

 

バルバトス

「先に話しちゃったら、こうして限界が来た時にいよいよ気を紛らわすモノがなくなってしまうだろう?」

 

ウェパル

「バカみたい」

「ハァ……せめて向こうに着いてから呼んで貰えば良かった」

「7人も居てツッコミ役が私とフォラスだけなんて、バランスも最悪じゃない」

 

バルバトス

「え?」

ソロモン

「え?」

 

ウェパル

「え?」

 

 

 

 

 




※2020/09/30追記

 原作ではベレトはペルペトゥム常駐組ですので、基本ペルペトゥム暮らしと考えるのが妥当ですが、これを書いた当時はまだメインストーリーをそこまで進めて居なかったので、質問箱を頼りに「身寄りのないメギドと一緒にアジト暮らしかな」と考え、そのように描写していました。

 今更なので、修正せずにこのままにしようと思います。違和感は各自で脳内修正していただくと助かります。
 気晴らしにベレトが休暇を取ったりしていれば、その間はアジトを拠点に満喫してるはずでしょうし。

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