メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」 作:水郷アコホ
女子部屋に戻るベレトと、後に続くポー。
ポー
「──でも、本当に、もう良いんですか?」
「私やっぱり、お風呂でお姐さんに何か酷い事を言っちゃったんじゃないかって……」
ベレト
「だからもう済んだと言っておるだろうが。1回は1回だ」
ポー
「1回って、私なにか──?」
ベレト
「な、何でも良いだろう! お前は大人しく安堵して、儂の寛大さを崇め奉っておればよいのだ」
寝室の戸を開けると、ベレト達のやり取りが聞こえていたウェパルと目があった。
既にウェパルは着替えまで済ませている。
シャックスはまだベッドで饅頭のように一塊になっている。
ウェパル
「あら。今朝は早いのね」
「──何か顔赤いわよ。大丈夫なの?」
ベレト
「ふん、少しはしゃいできただけだ。幻獣退治に支障は無い」
「(まだ『のぼせ』が抜けんか……まあこの気温だ。すぐに収まるだろう)」
シャックス
「クンクン……この匂いは!」
シャックスが毛布を引きずりながらベッドから飛び起き、カサカサとポーの元へ駆けつける。
這えずりシャックス
「暖まるミルクおーくれ♪」
ポー
「はーい。お客さんのためにちゃんと用意してきたんですよ」
飲み物やブランケットを積んだ台車を寝室に引き入れ、シャックスに例の乳飲料を差し出すポー。
シャックス
「うわーい! フーフー、うまうま♪」
ウェパル
「餌付け……?」
ベレト
「(こんなのでも、ポーには『大人っぽい』のか……?)」
シャックス
「ゴクッ、ゴクッ、キュ~~……!」
「っぷはー、ん~このお腹の中から暖まる感じがなんとも──」
「も……もも、も……!?」
ウェパル
「桃? 入ってんの?」
ポー
「いえ、桃なんてお話で聞いたことしか無いですし。むしろ今回は──」
シャックス
「かぴぴゃぉーーーーっ!!?」
被った毛布を跳ね飛ばし、床に倒れて涙目でのたうち回るシャックス
ベレト
「な、何事だ! 毒か!?」
ポー
「入れてません! はい、お客さん。こっちは砂糖を溶かした甘ーいアイスミルクですよー」
シャックス
「か、かひゃ、かりゃ……!」
2ショットほどの量の乳飲料を差し出され、縋るように受け取るシャックス。
練乳と牛乳の中間のような具合で少しとろみがある。
冷たい飲み物を与えられたのに、凍死寸前にスープを与えられたように弱々しく大切そうに飲むシャックス。安堵の涙を滲ませている。
シャックス
「うぇぅ~……」
ウェパル
「……しつけ?」
ポー
「し、しつけって……違いますよ」
「黄色いお客さんは朝が苦手そうでしたから、今回は目覚ましに、後からカーッと来るタイプのスパイスを入れたんです」
ベレト
「儂がこんな事を言うのもなんだが、やりすぎではないか?」
「力ずくで泣き止まされた幼子のように震えとるぞ……」
ウェパル
「あんたが言うと生々しすぎてギリギリね……」
ポー
「うーん。お布団出れなかったりお菓子ばっかり食べたがる子のお仕置きとかに淹れてるのと同じのなんで、本当ならちょっと『ぶえー』ってなる程度なんですけど……」
ウェパル
「なら、内地の方じゃ珍しい組み合わせの香辛料で驚いたか、シャックスが子ども舌ってことね。納得」
ベレト
「(子ども舌……ふむ)」
「おい。その辛いやつ、儂にも味見させてみろ」
ポー
「あ、はい。一気に飲むとますます火照っちゃうので、少しだけなら」
ベレト
「うむ。構わん」
少量受け取ってカッと一気に飲み下すベレト。
ベレト
「ふむ……言われてみれば少しピリリとするが、この程度どうという──」
「……ど……どうと、いう……こヒョは……」
どこか憂いを讃えた悟りの境地を思わせる無表情のようにも、ちょっと苦い程度で口にした物が思ったより遥かに苦いのを誤魔化そうとしているようにも見える、微妙な顔になっていくベレト
ウェパル
「面白いくらいホントに『ぶえー』って感じの顔ね」
「このくらいがスタンダードってこと?」
ポー
「はい。ちっちゃい子達も半分くらいは、二度目からこうやって効かないフリするんです」
ベレト
「えぅ……ぐぬぬ……」
「も、もういい! 儂にも甘いやつをよこせ」
シャックス
「うぅ~、あたしにも暖かい普通の普通の~~……」
ポー
「はい。目も覚めたみたいなのでちゃんといつもの差し上げますね」
シャックス
「やったー、これこれ♪」
ウェパル
「この立ち直りの早さだけは素直に羨ましいわね」
ベレト
「飲んだらとっとと着替えて下でメシだ。どうせ今日も大空洞に行くのだろう」
ウェパル
「一応その予定よ。まあ多分その前に、朝食がてらの作戦会議ね」
「気絶したあんたに共有させるためにって、ソロモンが昨夜の反省会もそこそこで切り上げちゃったし」
ベレト
「ふん。普段からそうやって殊勝にしておればよいものを」
ウェパル
「お互い様でしょうけどね」
ベレト
「ど、どういう意味だ!」
ポー
「あの、着替えるって、お姐さんはいつもの、その……お召し物では寒いんじゃあ……」
ベレト
「ならこの出来合いの寝間着で幻獣に立ち向かえとでも言うのか」
「それに、冬の石畳で寝る時だってあの格好だったのだ。この程度は物の数にも入らん」
シャックス
「……!!」
元気を取り戻していたシャックスが再び辛そうな顔でベレトに何か差し出した。
ベレト
「む? 何だこれは。貴様がいつも着けとる襟の……『何かアレ』ではないか」
ウェパル
「ちなみに『ビブカラー』ね」
シャックス
「だってだって~……」
ポー
「ダメですよ、お姐さん。ウチは宿屋なんですから、もっと快適に過ごしてくれないと!」
「ちゃんと防寒着も持って来ましたから、ここに居る間はちゃんと暖かくしてください」
ベレト
「お、おい、まさかまた……」
ポー
「はい。『ドテラ』も『モモヒキ』もバッチリです。ご近所から余った『ハラマキ』や『モンペ』もいただきました」
「着方がわからなくても、ちゃんと私が手伝いますから!」
ベレト
「だからついさっきも止めろと言ったばかりだろうが! 戦闘の邪魔だ!」
ポー
「でも、せめて脱ぎ着しやすいものだけでも……」
ベレト
「ぐ、ぬぅ……」
「(……何だかまた腹が立ちきらんようになってきた)」
「(風呂では我ながら恥ずかしくなるほど荒ぶったというのに、何だこの落差は……)」
「……だ、ダサいのは無しだ。一昨日ウェパルに着せたような肩掛けとかフワフワの上着とかなら──妥協してやる」
ウェパル
「ストールとカーディガンね。私も1枚もらえる?」
ポー
「はい。でも、都会ではそう言うんですね」
「こっちじゃ『アカゲット』と『サッコリ』って呼んでるんですよ」
ウェパル
「アカ……そう言えば肩掛けは赤いのばっかりね」
ポー
「はい。最初に作った人の故郷で赤の染物が流行ってたから赤ばかり広めたとかで、後から作る人も『取り敢えずこれは赤で作るべきなんだな』って」
ウェパル
「ふーん。フォラスが喜びそうな話ね」
シャックス
「じゃあじゃあ、あたし、ベレベレが着てたカワイイの着てみたい!」
ポー
「はーい、ただいま──」
ポーが台車から衣類を取り出そうとした時、全員の足元が大きく揺れた。
ポー
「うわ、わ、と……っ!」
シャックス
「あわわわ、地震じしーん!?」
ウェパル
「っ! 離れて!」
ウェパルが咄嗟にポーを台車から引き離した。
今しがたまでポーが立っていた場所に、台車の上のポットが落下し、湯気と共に中身をぶち撒けた。
ウェパル
「怪我はない?」
ポー
「あ、はい。すみません」
ウェパル
「ただの仕事の一環よ。それより、今のってもしかして……?」
ポー
「はい。地震も最近増えてきたので──」
ベレト
「つまり、幻獣か!」
窓の外で重低音が聞こえる。
窓を開くと遠方に、聳える急斜面と切り立った崖に挟まれた、なだらかな地形が見える。
ウェパル
「そういえば、この辺りは殆ど山って話だったわね。こんな間近に実感できる物があったなんて」
シャックス
「パルパルが寒い寒いって締め切ってたもんねー」
ウェパル
「文句なんて一度も言ってないでしょ。あんた達が勝手に気を遣ったせいよ」
ベレト
「それより今の音は何だ」
シャックス
「……あっ、アレだよ、もっと上の方上の方!」
シャックスの指差す先──なだらかな地形の片側、上り斜面の遥か高みからヤギのような動物が数匹、土砂と共に転がり落ちていく。
ポー
「この辺り、普段は殆ど地震なんて起きないんで、簡単に地滑りとか起きちゃうんです」
「あの動物もロンバルドで飼ってる家畜なんですが、あんな感じに巻き込まれて毎回被害が……」
ヤギてきなやつら
「ン゛メ゛ェ゛ェェェェェ~~~~……」
話している間に、切なく長い悲鳴と共に、なだらかな地形でワンバウンドしながら反対側、断崖の底へとヤギが落ちていく。
見送っている間に女子部屋のドアが叩かれる。
ウェパル
「入って」
入室を認めると、ノックの主はソロモンだった。
ソロモン
「みんな、怪我はないか!」
ウェパル
「何とかね。幻獣でも見つけた?」
ソロモン
「ああ。こっちの窓から、何匹か遠くへ飛んでいってるのを見つけた」
「飛び去った分は追いかけようが無いけど、多分、相当な数が集落にも到達してるはずだ」
ウェパル
「了解。準備ができ次第、外に出てくから、男組は先に幻獣たちの対処よろしく」
ソロモン
「わかった。先に行ってるから、なるべく急いで頼む」
戸を閉じるソロモン。階下への足音に一泊置いてバルバトス達だろう足音が続く。
道中での会話が寝室まで届く。
ソロモンの声
「ミカエル、ちょうどよかった。一緒に来てくれ」
ミカエルの声
「オフコース。無粋な幻獣のお陰で、湯浴みも中途半端に終わってしまった」
階下へ消えていく足音達。
ベレト
「(ハルマも朝風呂に入っとったのか。アレと同じ事をしてたと思うと、複雑だ……)」
ウェパル
「ほら二人とも、全速力で着替えて。さっさと片付けに行くわよ」
ベレト
「わ、わかっている!」
シャックス
「ねえねえ、上からあのモコモコのやつ着てっても良い?」
ポー
「あ、はい。『ドテラ』も無事みたいなので、良ければ是非──」
ウェパル
「余計な話は準備済ませてからにして!」