メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」 作:水郷アコホ
宿の一角。共同浴場。女湯でシャックスがスタートダッシュを決める。
シャックス
「いやっほーーーーう!! 広いお風呂に一番乗っぷえぇ!?」
前方を歩いていたウェパルが振り向きざまのラリアットを決める。
床と背中で派手な音を奏でるシャックス。
ウェパル
「全員で入るんだから、まずは体を流してからよ」
シャックス
「あうう~、パルパルひどいひどい~……」
ポー
「お、お客さん、大丈夫ですか……!?」
ベレト
「放っておけ。そいつは火山の火口に落ちても縮れ毛になるだけで帰ってくるタイプの女だ」
後に続くポーがシャックスを案じている間に、ウェパルが掛け湯用の浴槽から桶で湯を汲んで戻り、寝そべり続けるシャックスにぶち撒けた。
シャックス
「ぶはっ!? 熱い熱い! アツ──」
「あ……ああ~……キクぅ~~……」
肌から直接染み渡るフォトンに耽溺し、その場でごろ寝を始めようとするシャックス。
ポー
「ちょちょ、お客さん、こんな硬い所で寝たら体に悪いですよ!」
ウェパル
「熱く感じるのは体が冷えてるからなだけ。私とシャックスはそんな汚れてないから、こんなもんでいいでしょ」
「ベレトは殆ど泥まみれなんだから、しっかり洗い流してからにしなさいよ」
ベレト
「言われるまでもない。風呂場の作法くらいとっくに弁えておるからな」
ふんぞり返るベレトにウェパルの視線は冷ややかだった。
ウェパル
「へー。まあ、いいけどね。髪ごと湯船に浸かるくらいは」
ベレト
「髪……?」
「ま、まさか、貴様が入る前にわざわざ髪型を変えたのは……!」
今のウェパルは、髪を頭の上で1つにまとめて結わえている。
ウェパル
「別にいいって言ってるでしょ。一応仲間なんだから邪険にする気も無いし、他に迷惑かける客も居ないんだし」
「ほら、シャックス。そっちは体洗う用。浸かるのはこっち」
シャックス
「あれあれ、そだったっけ?」
ベレト
「なん……だと……?」
「お、おい、ポー!」
ポー
「え、えっと……髪を降ろしたままだと、体から出た汗とか垢とか付いちゃいますから、長い人はまとめたりしますね」
「私はそこまで長くないから詳しくないですけど……」
ベレト
「ぐぬぬ……先に聞いていれば……」
ポー
「それであの……お姐さん?」
ベレト
「わかっておる。付いてこい。儂に纏わり付く泥を残らず洗い流せ!」
ポー
「はい、頑張ります!」
洗い場へ向かうベレトとポー。
ほぼ同時に、湯船に顔面スレスレまで沈み込んだシャックスが野太いため息を漏らす。
シャックス
「お゛ふぉ~~~……!」
ウェパル
「ベレトに言ったそばから髪を漬け込んでるし……やっぱりこういう場所は一人が一番ね」
シャックス
「フォトンとあたしが溶けていく~……あたしは、フォトンなのだ~……」
ウェパル
「(メギド体はフォトンで構成されてるし、魂も一種のフォトンだから、間違ってはない……?)」
「ここのマスターが『ポーは風呂入れば大体治る』みたいな事言ってたのも、このとびっきりの効能のお陰かもね」
「(一年間も生きてた原因が例によってフォトンだったら、地底湖を揺蕩ってた名残で水浴びが一番吸収効率が良いとか……なんてね)」
「……アジトにも取り寄せられないかしら。バスタブ単位で」
シャックス
「はっ! 今、何かわかった気がする……フォトンとは……あたし達とは……!!」
ウェパル
「はいはい。頭ん中が虚無になるまで永遠に閃いてちょうだい」
ベレト
「ふっふっふ……この程度で満足しているとはなあ、おめでたいやつらだ!」
洗い場からベレトの声が割り込んできた。
既に体は簡単に洗い終えたようで、ポーが懸命にベレトの長い髪を泡立たせている。
ポー
「うーん、結構手強い髪質ですね……」
ベレトはご満悦そうにポーに身を委ねている。泡立てきる前から両目はしっかりと閉じられている。
ベレト
「この風呂の真髄を堪能するには、まだまだこんな物では足りんのだぞ?」
ポー
「(多分、朝風呂の事だなあ……沸かしてる手前、喜んでくださるのは嬉しいけど)」
ベレト
「どうだ知りたいか?」
ウェパル
「別に?」
ベレト
「そうかそうか、そん……な!?」
「そ、そこは乗っかる流れであろうが!」
シャックス
「はーい、じゃあ私知りたい知りたーい!」
ベレト
「フッ──それはなあ……」
「教えてやらん!」
シャックス
「はうっ、天井から雫が目にぃっ!?」
ウェパル
「こんだけ湯気立ってるんだから当然でしょ。変な入り方してるからよ」
目を閉じながらの会心のドヤ顔は誰も見ていなかった。
ベレト
「聞けぇぃっ! 儂をスルーするな! 構え!!」
ポー
「わわっ、お姐さん暴れないでください!」
ウェパル
「はぁ……どうせそんな答えだろうってバレバレだからこうなるのよ」
シャックス
「はっ! バレバレベレベレ!」
ウェパル
「は?」
「それにしても──」
愚痴を溢しながらもポーに諭されて大人しく洗われるベレト。
その様子を眺めるウェパル。
ウェパル
「……何か、急に距離近くなってない?」
一方、ポーとベレト。
ベレト
「あいつらときたら、人を敬うという事を知らんのか全く……!」
ポー
「あ、あはは……」
ベレト
「……と、ところでだ」
ポー
「はい?」
音量を落として呼びかけるベレト。合わせてポーも小声で応える。
ベレト
「その……風呂に入る時は、髪をどうすれば……ウェパルみたいに出来るのだ?」
ポー
「確か、ウェパルさんみたいなのは小さいヘアゴムとかクリップで留めて、他には洗った後に大きいタオルで上から全部包んじゃったり──」
ベレト
「そんなのは見ればわかる! そうでなく……髪のどこをどうすればあんな形になるのかがわからんと言ってるのだ」
ポー
「んー、手順を言葉だけで説明するのは……ちょっと難しいですね」
ベレト
「むぅ……なら、後で教えろ」
ポー
「よければ、髪を洗ったら早速ウェパルさんにも手伝ってもらったり──」
ベレト
「それはダメだ。何か負けた気がする」
ポー
「は、はあ……」
ベレト
「すぐで無くていい。奴らがおらん時に密かに習得し、そして見返してやるのだ」
ポー
「……くすっ、わかりました」
ベレト
「な、何だ。何故いま笑った!?」
ポー
「いいえ、ナンモです。洗い流すので、ジッとしててくださいねー」
ベレト
「む、お、おう」
何となく肩を強張らせて待ち構えるベレトの頭にゆっくり湯をかけた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
男湯では、各々で体を洗い終えた一行が静かに湯に浸かっている。
フォラス
「ああ……もう一生ここで暮らしてえ」
ソロモン
「あはは、そんな大げさな」
フォラス
「いや、半分くらい本気になりそうだ……」
「もう俺は決めたぞ。事件が片付いたら絶対、家族水入らずでもう一度ここに来る」
バルバトス
「でもまあ、そう言いたくなるだけの効果は実感できるね」
「衛生の維持以上に、入浴それ自体が娯楽として成り立ちそうなくらいだ」
「まるでフォトンが能動的に体を癒やして──あるいは体の再生を助けているかのように感じるよ」
「古き血筋のソロモン王としてはこの効能、どう思う?」
ソロモン
「流石に、体の中に入ったフォトンまではよくわからないから何とも言えないけど──」
「バラムとかから、土地の影響で稀に、フォトンそれ自体がヴィータに大きな影響を与えるって話は聞いた事がある」
「もしかしたら、本当にバルバトスの言う通りの効能があるのかもしれないな」
モラクス
「……ふぅー……」
フォラス
「モラクスも大人しくなるくらいだから、こりゃ本物だな」
モラクス
「いや、そんなんじゃねえけどよ」
ソロモン
「そういえば、いつものモラクスなら大はしゃぎで湯船に飛び込んだりすると思ってたな。川や海みたいに」
「だと思ったら、最初に浴場に入ったのに大人しく体洗い始めてたし」
バルバトス
「やはり、それほどまでに疲れていたと言う事か……」
モラクス
「い、いや、だからそうじゃねえんだって!」
「風呂入ろうとした時、シャックスのはしゃぐ声がこっちまで聞こえてきたろ?」
バルバトス
「あったあった。すぐに悲鳴に変わってたから、多分ウェパルが止めたんだろうな」
モラクス
「俺も最初は一番乗りでひと泳ぎしてやろうって思ってたんだけど──」
「シャックスに先を越されたと思ったら、何だか急に冷めちまって……」
ソロモン
「ハハ、あるある。自分よりテンション高い人が居ると思うと何か冷静になるよな」
フォラス
「俺は経験ないけど、サタナイルからそんな話聞いたな」
「演奏会の鑑賞に行って、とびっきり良い演奏聞いて感動に浸りかけたら、隣の客が感動の余り号泣始めて、そしたら何だか白けちまったって」
バルバトス
「それでも悪い事じゃないさ。結果として旅先のマナーを守れたんだ」
「地底湖に一番乗りで飛び込もうとしたりしてしまわないよう、俺達も気を付けないとな」
ソロモン
「ガイードさんが大空洞前で話してた、地底湖で泳ごうとしたお客さんか。あれ、本当なのかな」
モラクス
「どっちにしても俺もそこまではしねえって」
一同
「ハハハハハ!」
取り留めない話に笑顔を交わしていると、浴場の入口が気品よく開かれた。
ミカエル
「やあ。君たち」
ソロモン
「お、ミカエルも入るのか」
ミカエル
「オフコース。この文化と風土のマリアージュ、ハルマとしても注目に値するからね」
「一度でも多く触れ合う機会があるのなら、見逃す理由などあるはずがないのだよ」
バルバトス
「(それにしても、風呂場にミカエルが居るってだけで、何だか空気がガラリと変わる気がするな……元のアクが強いからか?)」
洗い場に移動し、無駄に艶かしく体を清めながら会話に応じるミカエル。
ソロモン
「ミカエルは今朝に入ったばかりだし、一緒に来なかったからてっきり──」
「ああいや、これだと何か来てほしくなかったみたいな言い方になっちゃうな。ごめん……」
ミカエル
「ノープロブレム。疲弊しきった君達に代わって、先程まで念の為に周囲を見回っていたのさ」
ソロモン
「そうだったのか──本当に助かるよ、ミカエル」
ミカエル
「ノンノンノー。感謝の言葉には及ばないさ。これもハルマの務めなのだから」
ソロモン
「……あのさ。ミカエル」
「お礼を言ったばかりでナンだけど、1つ聞いていいか?」
ミカエル
「何だい?」
ソロモン
「……何か、探してるのか?」
ミカエル
「……」
バルバトス
「(今朝の加勢は、俺達だけでは収束が困難と見ての例外……)」
「(ミカエルの幻獣に対する一連の消極的な姿勢──ソロモン、君も気付いていたか)」
ミカエル
「当然だとも──」
「私は、事件の『原因』を探しにここへ来たのだから」
ソロモン
「そう……そう、だよな」
会話が途切れる。
ソロモンの面持ちが晴れない事に気付いたモラクスが小声で問う。
モラクス
「……?」
「どうしたんだアニキ? 今の話、何かおかしいところあったか?」
ソロモン
「薄々そうだろうとは気付いていたけど……」
「ミカエルは幻獣が現れた原因に心当たりがあるんだ。そして、それを俺達に隠している」
「ミカエルが幻獣と戦おうとしないのも、恐らくそれが原因だ」
モラクス
「マジで!? 何でだよ、ハルマとメギドでも今は一応味方だろ?」
フォラス
「俺も同感だ。ソロモンと同じ考えには行き着いたが、だとしてもそれを黙っている理由が解せねえ」
ソロモン
「えっ!?」
フォラス
「え?」
「な、何だよそんな驚いて……そっちには何か心当たりがあるのか?」
「まさかこんな所でまたアンチャーター絡みって事も無いだろう?」
「動機にアテがねえなら、『隠し事がある』なんて『仮説』じゃなく『因縁』になっちまうぞ」
ソロモン
「あ……い、いや……」
「アテが無い事も無いんだけど……その、ちょっと『筋が通らない』推測だったからさ──」
「だから、フォラスからはっきり『わからない』って言われると……もしかしたら、やっぱりこれは間違いなのかなって……」
フォラス
「……」
「パッとしない答えだが……ま、お前さんがそういうなら、今は信じとくさ」
「だが、それでもミカエルに『隠し事』があるって確信はある。そういう事だな」
バルバトス
「その点は後で話し合おう。ウェパルの意見も聞いておきたいしね」
「それに、今の所はミカエルと俺達の利害は一致しているはずだ。今はまだ事を──」
ミカエル
「失礼するよ」
ミカエルがゆっくりと、全てを見せつけんばかりに堂々と湯船に入ってきた。
じっくりと腰を下ろしながら、悶えるように時折ポーズを取っている。
フォラス
「ただ風呂に入るだけにしちゃ無駄な動きが多すぎねえか……?」
ミカエル
「この感動を、少しでも長く味わいたいのさ」
「穏やかな王都では貴重な、この冷えた肌を伝わる擽るような熱の感触……オゥ……エクスタティック」
モラクス
「(なあ……こいつ、本当に隠し事なんてあるのか?)」
バルバトス
「(そのはずだ。何を隠していようとこれが彼の『素』なだけなんだから)」
「(……多分)」
※ここからあとがき
ヴァイガルドにヘアケア用品ってあるんでしょうかね。
頭髪用の洗剤ができたのがかなり最近と聞くので、文明水準を考えると、せいぜい石鹸洗い、あるいは水洗いや、梳かすだけに香油などで誤魔化すかでしょうか。そういった習慣にしても月1~2回程度とか。
公衆衛生的にも下水処理や手洗いうがいに比べると優先順位は幾分か劣るでしょうし、その分、洗髪の普及は技術的にも商業的にも伸び悩む気がします。
一応、今回ヴァイガルドの世界観はそこまで重要でないので、何か都合の良い石鹸をハルマが普及させたみたいな形で当たり前に洗わせてます。
追放メギドにも見るからに清潔&ソフトな髪質のキャラも多いので、多分そのへんの問題もクリアされているのでしょう。
あのカマエルでさえピシッと髪型整えてるくらいですし。
ついでにヘアゴムやクリップの存在も。日頃のモブから一般的な装飾品では無さそうですけど、わかりやすさ優先で。
あと、シャワーだとお湯の温度をどう保つか等の壁があったため、入浴用と洗う用に別々の浴槽がある方式にしています。
ミカエルとかすごくシャワーが似合いそうなので惜しい所ですが、ご査収ください。