メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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26「夕食」

 夕食を囲む一行。

 思い思いに腹を満たした後半戦。そろそろ全員が満足する頃合い。

 

 

モラクス

「……」

 

フォラス

「どうした、モラクス。手ぇ止まってるぞ。食いすぎたか?」

 

モラクス

「いや……今、気付いたんだけど……」

「ポーの皿が、さ……」

 

フォラス

「皿?」

 

 

 ポーの席の前を見るフォラス。

 視線を何度かモラクスとポーの食卓の間で行き来させるフォラス。

 モラクスと顔を見合わせるフォラクス。共にポーの食卓に視線が固定される。

 

 

フォラクス

「……」

 

 

 固まるフォラスとモラクスに気付いた仲間が、視線の先を追う。

 

 

ポー

「モグモグ……ごっくん。むふ~♪」

「……あれ? 皆さん、どうしたんですか?」

 

 

 辺りが静まり返っている事に気付いて顔を上げ、一行と視線が合うポー。

 ポーの向かいのミカエル以外、全員がポーを凝視している。

 

 

フォラス

「なあ、ポー……その空いた皿……」

 

ポー

「モグモグ……ごっくん。お皿?」

 

ベレト

「話しかけられとる途中で食うな……」

 

 

 ポーの前に積み上がった食器の高さは、モラクスの前に積まれたそれの1.5倍はあった。

 今、最後の一口を終えた皿がもう一枚プラスされた。

 

 

ポー

「え、あれ? な、何か、おかしかったですか?」

 

シャックス

「もしかしてもしかして……1人で、こんなに……!?」

 

ウェパル

「流石に無いでしょ。空いた食器を端にやってたら、たまたま混ざったとか……」

 

ヤブ

「いやいや、そんな事はありませんよ」

 

 

 食器を下げにヤブがやって来た。

 

 

ソロモン

「あ、ヤブさん。で、ですよねえ……」

 

ヤブ

「そうですとも」

「ついさっき、ポー1人でこの半分の高さまで平らげてくれた食器を、この私が下げてきたばかりなんですから」

 

ソロモン

「『そんな事ない』ってウェパルに対して!?」

 

モラクス

「お……俺の2倍食ってる……!?」

 

バルバトス

「惜しい。2.25倍だ……」

 

 

 慣れた手付きで、ポーの前に聳える食器の塔を丸ごと持ち上げて台所へ去るヤブ。

 

 

バルバトス

「そういえば今朝も、隙あらば物を口に運んでいたような気が……」

 

ポー

「え……え? も、もしかして……」

 

ウェパル

「よーくイメージして。さっきまであった、あなたの食器の高さと、私達の前の空いた食器全部を積んだ高さを」

「……それが、事実よ」

 

ポー

「……そ、そんな……!」

 

 

 離れた席で一足早く完食していたガイードが、一行の席を見て笑っている。

 

 

ガイード

「だから今朝も言ったじゃあないですか」

「『ポーじゃあるまいし、皆さん全員の料理を平らげるなんて出来ない』って」

 

ポー

「な、な、なな……!」

「何で教えてくれなかったんですか! おとうさん! ガイードさん!!」

 

ガイード

「育ち盛りってやつだろうと思って、なあ?」

 

ヤブ

「だな。これもポーの肌とかデコみたいに『そういうもの』だろうと。こっちも作り甲斐があるし」

 

ウェパル

「自分で見て気付かないってのもどうなの……」

 

ポー

「~~~~ッ!!!」

「も、も、もう、ごちそうさまでしたッ!」

 

ガイード

「無理しなさんなって。いつもは後ボウル三杯は片付けねえと満足しないくせに」

 

ヤブ

「『もう食べられない』って言ってからがようやくデザートタイムじゃないか」

「今日は良い焙煎豆と魔糖キューブが入ったからなあ。ドーナツでも揚げて一杯どうかと思ってたんだが……」

 

ミカエル

「オー、それはエレガントな一時になりそうだね」

 

バルバトス

「(静かだったクセになんてタイミングで乗っかってくるんだ……!)」

 

ポー

「う……ぅぅぅぅぅ~~……!」

 

ソロモン

「(すごい……あれだけ食べた後なのに、今にもよだれが溢れそうになってる)」

 

フォラス

「ま、まあまあ。何も悪い事じゃないんだ」

「今日の所は開き直って、一緒に楽しく食いたいように食おうぜ。な?」

 

ポー

「うぅ……はい……」

 

ベレト

「しかし、これだけ食っても縦にも横にも伸びんとは……」

 

ポー

「の、の、伸びてます! ちゃんと縦に伸びてますから!! お姐さんにはちゃんと説明したじゃないですか!」

 

ベレト

「だが、流石に……」

 

ウェパル

「仮にどんなに背が伸びたって、それで使い切れる量でも無いと思うけど……」

 

ガイード

「そういやあ、こんだけ食べてるのに全然肥えねえなあ、ポー」

 

ポー

「ちょ!?」

 

ソロモン達

「(言い方……!)」

 

ヤブ

「記憶にある限り、大空洞から帰ってきたあの頃から体格に大きな変化は無いですねえ」

「あれでしょう。幾ら食べても大丈夫な体質とかいう。あるいは、これも『そういうもの』なのかも知れませんがね」

 

シャックス

「すごいすごい! 羨ましい羨ましい!」

「パルパルなんて、こないだ前に着てた服がちょっとキツくなったかもってホキュウッ!?」

 

 

 テーブルの下で、ウェパルの踵がシャックスのつま先を捻り潰した。

 

 

ウェパル

「体質にしたって流石に限度があるでしょうし、まあ『そういうこと』なんでしょうね」

「別に気にしないで、いつもどおり過ごしてた方が良いと思うわよ」

 

ポー

「ありがとうございます……」

 

シャックス

「ッ……ッッッ……!!」

 

バルバトス

「(シャックス、すごい脂汗だ。相当、真に迫った一撃だったんだな)」

 

 

 ポーを宥めて食事を再開する一行。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 食後のティータイム、あるいはコーヒーブレークを楽しむ一行。

 カエルドーナッツとガルドブレンド(あるいはエトワールオレ)を味わっている。

 

 

シャックス

「もむぉーっ、ほごむぐむもがむぁえお!」

「(訳:ふおぉーっ、サクサクのフワフワだよ!)」

 

ウェパル

「食べながら喋らないの。ばっちい」

 

ソロモン

「そう言えば、作りたてのドーナツって余り食べた事なかったな」

「作り置きが効くから王都じゃ屋台とかで温め直したのが多いし、グロル村じゃそもそもドーナツ自体が知られて無かったし」

 

バルバトス

「君の場合、せっかく作っても贈り物にする事を先に考えてしまうしね」

 

ソロモン

「あはは……」

 

フォラス

「しかし、俺もそろそろ油モンは胃にクる年頃なんだが、これは案外イケるな」

 

バルバトス

「それも作りたてだからじゃないかな」

「油ってのは長く空気に触れるほど、食べた時に『重たく』感じやすいらしい」

「もしくは使ってる油が良いのかも知れないが……正確な事はフルフルを見つけた時にでも確かめるのが一番かな」

 

フォラス

「なるほどなあ」

「娘が揚げ物とか濃い味に熱中する年頃でな。同じ物を一緒に食うのがキツくなってきたんだが……」

「そう考えればやりようもあるのかもな……良い事聞いたかも」

 

モラクス

「なあなあ、今度はベレトがすごい勢いで食ってるぜ?」

 

ベレト

「もぐっ、もっご、むぐ……んむ?」

 

 

 何か不名誉な注目を浴びている事を感じ取って睨みつけてくるベレト。

 

 

ソロモン

「ああいや、何でもない……」

 

フォラス

「そんなにかっこんでると、喉つまらしちまうぞって思っただけさ」

「水でも何でも良いから、横に用意しとけ」

 

ベレト

「ぅむ。むご、ごっきゅ、あぐ……」

 

ソロモン

「……一心不乱だ。リスみたいになってドーナツを絶えず頬張り続けてる」

 

モラクス

「仇みてぇに食いまくって、口の隙間からボロボロこぼしまくってる」

 

ウェパル

「カエルって普通に共食いするのよね」

 

バルバトス

「(夕食前の魚呼ばわりの仕返しか……)」

「相当気に入ったみたいだね。もしかして、ドーナツ自体知らなかったとか?」

 

ソロモン

「それは流石にどうだろう? 何だかんだでシバ達からお茶や食事に呼ばれてるんだから知らないって事までは……」

「まあ、そういう俺も、ベレトにドーナツを紹介した覚えとか無いけど」

 

フォラス

「姫様達とお茶してるからって何でも詳しくなるとは限らないんじゃねえか?」

「ドーナツはどっちかと言や市井向けだしな。王宮御用達の店でなら、もっとシャレたのばかりだったかも知れねえ」

「小さいタルトとか、カヌレ……とか言うヤツとか?」

 

バルバトス

「そう考えると……アジトの食事は一度に何十人前と作るから、揚げ物とかの後片付けが面倒な品は出にくい」

「昼食は各自だから、食べる専門の仲間は凝った物には余りありつけない」

「世話焼き担当はと言えば、アミーは料理の毛色がだいぶ違うし、アイムはもっと素朴な料理が主体……」

「なるほど。アジトの環境は『大衆向け』とは縁遠くなってしまいがちなのかもしれないな」

 

ウェパル

「仮にも軍事施設なんだから、それに越した事も無いんでしょうけどね」

 

ソロモン

「そういえば、王都で買い出しついでに買い食いするにしても、店も品数も相当だったな」

「ハルファスに付いてきてもらった時も次から次へと……」

「シバと王都を歩いた時に初めて知った料理もあったし、知らない時はいつまでも知らないものなのかも」

 

 

 会話を余所にドーナツを貪り続けるベレトにポーが布巾を持って近づく。

 

 

ポー

「お姐さん、ドーナツは逃げませんから、もうちょっと落ち着いてください」

「ほら、口中お砂糖でベッタリですよ」

 

ベレト

「む……?」

「フン。もぐもぐ、ずず……んん」

 

 

 ミルク増量のエトワールオレを軽くすすって小休止するベレト。

 ベレトがふんぞり返って一声唸ると、ポーが咀嚼を続けるベレトの口を拭う。

 

 

ポー

「はい。失礼しまーす」

 

ウェパル

「どっちが『おねえさん』なんだかわからないわね」

 

バルバトス

「ポーとしても、淑やかに振る舞って見せて汚名返上したいのだろうね」

「ドーナツも二個に抑えて、さっきから誰かを手伝いたげに眺め……」

「……いや、ダメかも。ベレトのドーナツの残りを物凄いチラチラ見てる」

 

モラクス

「そんなに食いたきゃ食えば良いのにな?」

 

バルバトス

「健啖な女性も素敵だが、当の女性達にとっては余り好まれないものなのさ」

 

ウェパル

「特に人の目があるとね。プライドとか見栄とか色々あるのよ」

 

バルバトス

「(『語り』の重みが違うな……)」

 

モラクス

「ふーん。メッチャ飯が食えるやつって、普通に格好いいと思うけどなあ」

 

 

 ヤブがバスケットを2つ持って現れた。

 

 

ヤブ

「ちょっと失礼しますよ」

「ほら、ポー。お代わり持ってきたぞ」

 

 

 先程、全員分として出したものと同じバスケットが2つ、それぞれ同じ量のドーナツが収まっていた。

 

 

ポー

「ぅあぅ!?」

 

 

 粗方ベレトの口を拭い終えたポーが全身でヤブに振り向く。

 

 

ポー

「ぐ……ご、ごめん、おとうさん。私、もう……お、お腹……い、い、いっぱいだから!!」

 

ヤブ

「そういう事はドーナツじゃなく俺の顔見て言えよな」

 

ベレト

「むむ……むぁぐっ、むがも……!」

 

 

 お代わりを見つけるや、皿に残ったドーナツを口に押し込み片付けるベレト。

 

 

ヤブ

「皆さんも、まだ腹に入るようでしたらどうぞ」

「ロンバルドに長く滞在してた学者さんの話なんですがね。こう余りにも寒い土地だと、普通に生活してるだけでも、かなり体力使うらしいんですよ」

「だから、少し食べ過ぎるくらいで丁度良いそうです。その学者さんも、いつも通りに過ごしてたのにガクンと痩せちまったとかで」

 

ウェパル

「…………」

 

バルバトス

「(シャックスが余計な事を言いかけてたせいで、ウェパルが複雑そうに手を拱いている……)」

「そ、それじゃあ一個もらおうかな。英気を養うのが今日の目的だしね」

「ほら、ソロモンにモラクスも、明日に備えておくといい」

 

 

 率先してドーナツを取り分けるバルバトス。

 

 

ソロモン

「そうだな。ありがとう、バルバトス」

 

モラクス

「サンキュー。俺もっと食えるし、3つくらい頼む」

 

バルバトス

「OK。油断の無いよう、蓄えるに越した事はない」

「(これで済し崩しにウェパルの取り分が無くなってくれれば、わざわざ『いらない』と言わせる心配もなくなるだろうさ……)」

 

シャックス

「むもーっ! もがまもーー!!」

「(訳:うほーっ! おかわりーー!!)」

 

バルバトス

「こらシャックス、喜ぶのは口の中の物飲み込んでからにしろ」

 

ベレト

「むぉい! もごもむんももごもぁ!」

「(訳:おい! 儂の分を取るな!)」

 

バルバトス

「怒るのもだ!」

 

フォラス

「そういや、ガイードさんは向こうの席でずっとカップ傾けてるだけだが、良いのか?」

 

ヤブ

「あいつは昔から甘い物ダメなんですよ」

「食い意地は張ってるのに好き嫌いは多い、全くとんだ料理人泣かせですよ」

 

ガイード

「おーおー、いい歳こいて辛い物ダメなお子ちゃま舌が偉そうに」

「こっちは気にせんで結構ですよ、お客さん。何しろ見てて飽きませんからねえ」

 

ウェパル

「フッ。見てる分にはね……」

 

ヤブ

「ポーも強情張ってないで食べとけよ」

「色気づくのは結構だが、それで倒れられちゃ元も子も無いんだからな」

 

 

 言いながら、返事も待たずに台所に帰っていくヤブ。通りがかりにガイードの後頭部をゴチンとこづいた。

 

 

ポー

「うぅ……だってぇ……」

 

ベレト

「むぉー、もごんももがもごむぇ」

 

ポー

「へ……えっと、私を今、呼んだんですか?」

 

ベレト

「ぅむ」

 

ポー

「……すいません。さっきは何と?」

 

ベレト

「むがもぁいもぁが、もがむご」

 

ポー

「……???」

 

ベレト

「むぁんごむげ! むがめもぐもが!?」

 

 

 テーブルを叩いて訴えるベレト。怒鳴り任せに開いた口から食べ滓がボロボロ落ちる。

 

 

モラクス

「何怒ってんだか全然わかんねえ……」

 

フォラス

「明らかに自分の方が理不尽だろうに、よくもまああそこまで堂々と怒れるよな……」

 

ポー

「あああ、ご、ごめんなさい。あの、せめてお水でも飲んでから……」

 

シャックス

「ベふぇベふぇわ、いふぁまいまがふぃぶんがふぁげうって!」

 

ソロモン

「シャックス、通訳まで物食べながらじゃ意味ないだろ!」

 

ウェパル

「どうすんのこれ……」

 

バルバトス

「あー、ポー。ベレトは君が食べないなら、君の分を自分に食べさせろと言いたいようだよ」

「(クソ……シャックスの翻訳でわかってしまうなんて……)」

 

ポー

「な、なるほど……」

「あ、じゃあそういうことなら喜んで……よろ、こ……うぅ……」

 

フォラス

「2人で一緒に食べちまえよ」

「ベレトのこの勢いだ。どっちがどれだけ食べたかなんて、すぐにどっか行っちまうさ」

 

ポー

「そ……」

「そうですね! 是非、お姐さんも一緒に片付けちゃってください!」

 

 

 当然のように手つかずのバスケットを1つ取り、目を輝かせてベレトとの間に置くポー。

 席に座ると同時に両手に1つずつドーナツを取り、そのまま右手のドーナツにかぶり付く。

 

 

ポー

「はぐっ! むぐっむぐっ、むふ~♪」

 

ベレト

「むぅ!? ……う、ぅむ」

 

バルバトス

「(ひと籠丸ごと来るとは思ってなかった顔だな)」

「(ベレト。振りだけで良い。すぐにポーが平らげるだろうさ。だから、がっつくのを止めるんじゃないぞ……)」

 

ミカエル

「ん~……ファビュラス」

 

 

 一方ミカエルは、同じテーブルに付きながら対岸の火事のように喧騒を眺めつつ、食後を堪能していた。

 

 

 

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※ここからあとがき

 数学とかの順序立てたものがとにかく下手なので自信無いのですが、
 モラクスの食事量を1として、ポーのテーブルの上の食器量が1.5。
 食事中にヤブが片付けた皿が現在のポーの半分ほどなので0.75。
 合算してモラクスが1に対して2.25。これで間違いないと良いのですが……。
 真面目に考えた時ほど初歩的すぎる所を見落としているのでハラハラします。

 調査に手落ちが無ければ、ベレトへの贈り物にカエルドーナッツは無かったはずなので、初邂逅という事にしてみました。

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