メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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27「恐れ」

 夜のロンバルド集落、酒場近辺。一行は幻獣と交戦していた。

 集落一帯が騒がしい。所々で小さな煙が昇っている。

 

 

モラクス

「くっそー! クラゲどものヤツ、まだドーナツ一個食べ終えてなかったのに!」

 

ウェパル

「夕方の2匹だけで終わってくれれば良かったのに……」

 

フォラス

「大丈夫か、ベレト。脇腹痛くなったりしてねえか?」

 

ベレト

「うぷ……こ、このくらい何ともない!」

 

フォラス

「ポーに負けじと半分くらい詰め込んだもんな……お前は本当に頑張ったよ」

 

シャックス

「ベレベレのポンポンつらそうつらそう~……」

「このままじゃベレベレがベロベロゲレゲレに……あれ?」

 

ウェパル

「ひっくり返ってるわよ(カエルだけにね)」

 

ベレト

「ふざけるな! これ以上汚れ役になどなってたま……ぐぅぅ」

 

 

 強がるベレトだが、明らかに動きが鈍い。

 

 

ソロモン

「ベレト。悪いけど、調子が悪かったらすぐに下がってくれ」

「今は幻獣を殲滅するのに一秒でも惜しい。持ち直すのを待つより、交代してもらって少しでも素早く敵を討ちたい」

 

フォラス

「急にばかに大きな雷が落ちたと思ったら、火種も無いのにあっちこっちで小火騒ぎだしな」

「放っておいたら今まで以上にタダじゃ済まなくなるかも知れねえ」

 

バルバトス

「住民の間ではこれも慣れっことは言っていたけど、流石に火事は地味に危険の質が異なる」

「今朝の水浸しが異常なだけで、普段は乾燥した気候だ。一度火の手が勢いづけば、まず大惨事だろう」

 

ウェパル

「例によって、斜向かいの家も燃えてたしね……」

 

ベレト

「言われるまでもない……と、言いたいが……ぐぇっぷ……」

「とにかく、儂はまだ動ける。指図は受けん」

「召喚者が断り無く指輪の支援を切ろうとも、不死者として儂の怒りを振りまくまでだ。良いな!」

 

ソロモン

「わかった。頼りにしてる!」

 

 

 指輪の支援は定員5名。現在はバルバトスを控えに置き、幻獣に襲われる住民や放置された火元が無いか警戒させている。

 

 

バルバトス

「(今のところは問題ない。近所の様子からしても、出火だけなら住民も冷静に対処してくれている)」

「(怖いのは火元で幻獣が自爆して、爆発で火が屋内に飛び込んだり、牧草の類が燃えたまま飛び散る事)」

「(だがこれも、俺たちが討ち取って事前に抑止できている……)」

「(そう……できて『しまって』いるんだ。たった6人で)」

「(いまだ酒場の周囲しか対処できていないのに、遠方で爆発騒ぎの1つも聞こえて来ない)」

「(被害は酒場に……俺たちに集中していると考えられる。『発生源』は確かにあり、俺たちはそれを手放せていない)」

「(原因は何だ……何がある。俺たちの誰かが持ち歩いていて、この集落のどこかに……)」

「……あるいは、どこかに……『いる』?」

 

 

 急にバルバトスが顔をしかめて蹲った。

 

 

ソロモン

「バルバトス!? ど、どうしたんだ!」

 

バルバトス

「大丈夫……ちょっと足を滑らせただけだ……」

 

ソロモン

「そんな顔には見えないけど……」

 

バルバトス

「顔……?」

 

ソロモン

「何か、とても『怖い』ものを見たような……」

 

バルバトス

「……」

「ははっ、まさか。暗がりだから見間違えただけさ。俺の甘いマスクにそんな顔が似合うはずもない」

 

ウェパル

「ソロモン! バルバトスなんかに構ってるヒマあったらこっちにフォトン!」

 

ソロモン

「ご、ごめん、すぐに送る!」

 

バルバトス

「やれやれ、なんて言い草だ……」

「……」

「(今、急に悪寒と、胸を握り潰されるような気分を覚えて、足の力まで抜けかけた)」

「(そうか……これは、『怖い』んだ。今、俺は『恐れ』に駆られた……『理由』もなく……)」

「(そしてついさっき、俺は無意識に、自分が『恐れた』事実をソロモンに隠し立てた)」

「(今もだ。ここまでの発見について、『誰かに話そう』と言う気が、俺の中にちっとも湧いてこない)」

「(それも『理由』は無い……いや待て、『わからない』のか)」

「(本当に方向性の無い『恐れ』なら、今こうして幻獣と戦う事さえ避けたがるはず。不合理な判断を下させる『条件』があるはずだ」

「(となると……。確証は未だ持てないが、お陰で原因が分かった気がする)」

「(最後のピース……見えてきたぞ。ミカエルの隠し事のわけも、ぼんやりと……)」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 シャックスが幻獣を討ち取った。

 爆風を耐え切ったシャックスが、ソロモンからフォトンを補填されながらその場に座り込む。

 

 

シャックス

「ふぃ~、やっと終わった終わった~……」

 

フォラス

「あくまで目に見える限りは、だけどな」

「戦ってる最中にどっかへ逃げて行っちまった奴が何匹か居たはずだ。そいつらを探し出さねえと」

 

バルバトス

「行先はバッチリ見てたよ。不幸中の幸いか、探すのは一匹だけで良さそうだ」

「その一匹以外、離れたクラゲは空高くへ流されていった。住民から聞いたここ数ヶ月の話からしても、もう戻ってくる事はないだろう」

「最初から、『目標』が明確になったところで集落まで辿り着けるクラゲはごく一部だけなんだろうね」

「地上には、大空洞には殆ど無い『気流』がある。大空洞の環境だけに適応したクラゲには抗いようが無いんだ」

 

モラクス

「一匹だけなのは良いけど、集落もそこまで狭くないぜ。どっから探せばいいんだ?」

 

バルバトス

「……多分、酒場だろうね」

「俺達を通り過ぎたなら、他に向かう先……『目標』は酒場にあると思う」

 

ベレト

「根拠はあるのか。貴様の事だから当てずっぽうなどと言う事もあるまい」

 

バルバトス

「……」

 

ウェパル

「クラゲの『目標物』を私たちが持ち込んだとすれば、荷物に紛れ込んでる可能性もあるって事じゃない?」

 

フォラス

「確かに、あり得なくは無いな」

「直接、俺達に向かって来なかった個体が居るって事は、ロンバルドに元々あった『目標物』か、俺達の持ち込んだ分が宿にあって、そこに向かったって事か」

 

バルバトス

「(……ウェパルが『はぐらかす』方に乗ったか)」

「(これまでの会話からして、ウェパルもある程度感づいている。その上でとなると……尚の事、核心は酒場にある……か)」

 

ソロモン

「酒場に戻る点については俺も賛成だ」

「何にしても、敵の所在が知れない以上、まずは拠点を守りに行くのが妥当だと思う」

 

フォラス

「もし本当に酒場に向かってるとしたら、下手すりゃポー達がクラゲの自爆に巻き込まれるかもしれねえしな」

 

ベレト

「なっ……それを早く言わんか!」

 

 

 ベレトが酒場の方角へ駆け出した。

 

 

モラクス

「あ、おい! アニキの指示を待てって!」

 

ソロモン

「みんなも異論無いな。俺達も酒場に向かうぞ!」

 

 

 ベレトの後を追うように走り出す一行。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 酒場の玄関前に到着した一行。辺りは静まり返っている。

 

 

ベレト

「おい、肝心の幻獣はどこに行った!」

 

フォラス

「正面からは見当たらない。だが近所に騒ぎも無いって事は……」

「酒場に居るという前提で考えるなら、建物の陰にでも回り込んでるかもしれねえな」

 

モラクス

「他のクラゲ達みたいに、もう空に飛んでっちまったんじゃねえのか?」

 

ソロモン

「どうだろう。それなら異常気象も収まってるだろうけど、今回は雹みたいなわかりやすい事も起きてないし……」

 

 

 背後がぼうっと明るくなり、酒場の斜向かいから悲鳴が上がる。

 

 

咽び泣くガイードの声

「嘘だと行ってくれよぉ~……やっと塞ぎ終わったばっかりじゃねえかよぉ……」

 

 

 斜向かいの屋根から火の手が上がっている。修理のために打ち付けた木材からピンポイントに。

 壊れた窓枠でも、すでに打ち付けた木材が焦げて穴が空いている。

 

 

ウェパル

「流石にちょっとかわいそうになってきたわ……」

 

バルバトス

「と、とにかく、まだ異常気象は続いているみたいだ。クラゲがまだ近くに居るのは間違いないだろう」

 

ソロモン

「じゃあ、早速この辺りを索敵して……」

 

フォラス

「ちょっと良いか。先に、ポー達の安全を確認した方が良いと思うんだが」

 

ベレト

「うむ。勝手に自爆するような幻獣どもだ。万一に備えるに越したことはない」

 

ソロモン

「確かに……ヤブさん達も小火に備えてるとしたら、水とか持って壁際に居る可能性が高い」

「そこにちょうど壁越しにクラゲが居合わせたら、それだけでもフォトンを奪われてしまうな」

 

ウェパル

「こういう時こそミカエルの仕事でしょうけど、例によってどこほっつき歩いてるか知れないし」

 

ソロモン

「ただ、二手に分かれるにしても、ヤブさん達を誘導するのにそんなに人手は要らない」

「一人か二人、話を伝えたら酒場に残って、後のメンバーは周囲の探索を始めよう」

 

ベレト

「なら儂が残る!」

 

モラクス

「即答かよ!? いつものベレトなら、さっきみたいに真っ先にクラゲ探しに突っ走ってそうなのに」

 

ベレト

「知った風な口をきくな! 儂の勝手だ!」

 

フォラス

「だったら、ポーが心配だし、俺も残りで……」

 

バルバトス

「すまない、フォラス。その席、俺に譲ってくれないか」

 

フォラス

「バルバトスが?」

 

バルバトス

「ああ。ちょっと、確かめたい事があってね……」

 

フォラス

「そういう事なら、まあ構わねえよ。そんなツラで頼まれちゃ断るわけにもいかないしな」

 

バルバトス

「そうかい? 微笑んでみせたつもりだったけど……どんな顔に見える?」

 

フォラス

「俺の見る目が無いだけなら良いが……これから死にに行く覚悟固めたみたいに見える」

 

シャックス

「ほんとだほんとだー。酔っ払ったアラアラとルカルカに絡まれて引きずられてった時みたいな顔してるー♪」

 

バルバトス

「あのとき見てたのなら助けて欲しかったけどね……」

 

ウェパル

「アラストールとフルカスって、それホントにマズいやつじゃない? よく生きてたわね」

 

ソロモン

「バ、バルバトス……その話は置いといて、何をするつもりなんだ?」

 

 

 バルバトスに不穏な単語が付いてきたのを聞いて、ソロモン達も注目しだした。

 

 

バルバトス

「落ち着け、ソロモン。もう、いつぞやの『壁』は越えたんだから」

「しかし、なるほど。どうやら、夜の俺はセンチメンタルな魅力も押し出していけるみたいだね」

 

ウェパル

「もっぱら男にばっかりウケてるけどね」

 

バルバトス

「そういう趣味は無いつもりだからな。念の為。(たまに女性から期待されるけど……)」

「とにかく、ポー達も居るのに危険な真似はしないさ。約束する」

 

ソロモン

「なら、いいけど……」

「じゃあ、ベレトとバルバトスは酒場へ。残りは手分けしてクラゲを探す。良いな!」

 

 

 了解の号令と同時に、探索組が方方に散っていく。

 

 

バルバトス

「行ったか」

「じゃあ、俺たちもポー達を守らないとな」

 

ベレト

「言われるまでもない」

「しかし……本当にどうした。儂でも無視できんくらい顔が青いぞ」

 

バルバトス

「何でもないさ。本当に何でもない事なんだ。なのに……」

「……なあ、ベレト。一つだけ聞いておきたい」

 

ベレト

「何だ、急に改まって?」

 

バルバトス

「かつて君の『怒り』は、赤い月に奴隷商人達が殺された事で、その『理由』と『方向性』を失った」

「だがもし、彼らが死んだのではなく、どさくさに紛れて逃げおおせたのだとしたら、それはどんな『怒り』になったと思う?」

「そして未踏地に入った俺達がベレトのアンガーストーンに影響された時、どんな『怒り』を掻き立てられたと思う?」

 

ベレト

「赤い月の欠片の影響で貴様らまで自覚なく怒りっぽくなっていたというアレか」

「生憎と知った事ではない。貴様ほど儂は余計な事に頭を使う気は無いのでな」

 

バルバトス

「フッ……」

「だと思った」

 

ベレト

「ふざけとるのか貴様?」

「全く、心配して損した。早く入るぞ」

 

バルバトス

「(何でもない事が何故、やろうと思っただけで、隠しきれなくなるほど『怖い』のか……)」

「(もし、全部想像通りなら……十分あり得る)」

 

 

 酒場の扉を開けるベレトとバルバトス。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 酒場では、ヤブが台所で食器を洗っていた。

 

 

ヤブ

「おや、お帰りなさい。お二人だけですか?」

 

バルバトス

「ああ。実はまだあと一匹だけ討ち損ねていてね。それで──」

 

ベレト

「む……?」

「おい、ポーはどこに行った」

 

 

 見回した限り、ポーの姿は見えない。

 

 

ヤブ

「ああ、ポーはまあ、その……」

 

バルバトス

「その様子だと、『今回も』のようだね」

 

ヤブ

「……ええ、まあ」

 

ベレト

「今回も……?」

「まさか、やはりまた様子がおかしくなったのか!」

 

ヤブ

「その……ボーッとしたまま返事が無くて、やっと気づいたと思ったらフラついたりで」

 

ベレト

「今どこに居る!?」

 

ヤブ

「ポ、ポーの方から『やっぱり今日は早く休む』って、少し前に寝室に──」

 

ベレト

「どの部屋だ!」

 

ヤブ

「に、2階右手の突き当りに──」

 

ベレト

「突き当り……なら壁際ではないか!」

 

 

 足音粗く階段を駆け上がるベレト。

 

 

ヤブ

「ああちょっと、今夜はそっとしてやって──」

 

バルバトス

「ヤブさんも来てくれ。さっき話した最後の一匹だが、この近くに潜んでいる可能性がたか──!」

 

 

 雷が間近に落ちたような爆音が会話をかき消した。音の方角は酒場のほぼ真上。

 同時に、酒場全体が軋み、上の階で木や石が砕けるような音も微かに聞き取れた。

 

 

バルバトス

「しまった……ポー、ベレト!!」

 

 

 すかさず階段へ走るバルバトスとヤブ。

 

 

<GO TO NEXT>

 




※ここからあとがき

 別件に追われ&期日を1日勘違いして幻の酒イベのストーリーを読みきれなかったり、PCがオダブツしたりと色々バタバタしてましたが、じわじわと再開していこうと思います。

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